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女神より奪いし者 〜最強チートの異世界ライフ〜  作者: シンクレール
第4章 動き出す物語
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45話 宣告と決意

この離れ島において、最も近代的だと言えるのがこの建物であるのは、最早周知の事実だろう。

そう思わせるほどに、ドーム状のこの建物は他を逸脱した高度な技術が使われている。


話によると、『幻影の魔女』の最高傑作なのだそうだ。

ーーとの事だが、年齢的にそれはあり得ない…と、思う。


『幻影の魔女』といえば、無理を押してのランド護衛用の魔法具制作を依頼した所、彼女はなんと家の片付けを依頼してきたのだった。


そのせいでエルフィと、リューク、そしてカールは別れの日に船着場に来ることが出来なかった。

あの日以外時間が無かったため仕方が無いが、あの2人には悪いことをした。


ーーとはいえ、3人ともパーティーで存分に別れの言葉を伝えてたらしいし、俺がそこまで気に病む必要は無いのかもしれない。


閑話休題。


この入学試験と入学式が行われた記憶に新しい白と赤のドームは、魔法の力によって姿形を幾つかのパターンに変更出来るとヘレン学園長は言っていた。


それを聞いた時は未知の技術に心が踊ったものだったが、流石にこの建物に使われている技術についての詳細は明かしてくれなかった。


けっちぃ先輩だな。


と思ったものだが、あの人には立場と言うものがある。

寧ろ、俺に詳細を教えていたら大人としての信用性を著しく損ねてしまっていたかもーー


と、また話がそれている。

気が高ぶり、落ち着きをうしなってしまっているのかもしれない。


俺はそんなことを考えながら、服の胸元をパタパタと揺らめかせた。


現在、この場には全校生徒が集められ、此度の戦争についてヘレン学園長直々に話しがなされていた。

帝国出身者は流石に肩身が狭いのか、他の生徒から自分の姿を隠すように顔を背け、俯いている者が大半だ。


しかし、その中にも祖国のとった行動を素晴らしいものだと感じている者もいるのだろう。

俺は、先程から、ちらほらと向けられる敵意の視線を感じていた。


それは共和国出身の者や王国出身の者も同様で、説明が過ぎるに連れ、俺に怒りや憎悪といった激情が色を見せて襲い掛かってくる。


以前と同じようにSクラスの為に設置された席の周りは閑散としていたが、それでも委員会に入らず、ただ暇を持て余している数人ーーつまり、アリス、ラフィス、カールの3人は、俺の事を庇うように円状に座っていた。


「全く…何も知らないで敵意ばかり。野蛮である事が帝国貴族の誇りだとでも言い出しそうな雰囲気だね」


お前だって帝国貴族だろうが。

これからどうすんだよ。


と思ったが、それを口にはせず。ただ、


すまん。


と、言葉を返した。


何を謝ることがあるか。

そんな風に毅然な態度をとっているとはいえ、そこに何時もより大人ぶったカールがいる事に、俺は不安を感じずにはいれなかった。


戦争。

それを俺自身が経験したことは無い。

当然、一度もだ。


戦争など無い、退屈な平和を持て余している世界で生活してきた俺ーーつまりは和人にとって、戦争というのは、既に貫禄を醸し出しているご老人達が、恐ろしいものだと年の功を盾にして何時ものように忠告するだけの存在でしかなかった。


師匠とリリーを一度に相手取る訓練などでは、戦争というものはこういうものなのだろうと思わせる迫力と恐怖が確かにあった。

しかし、そこには死者の怨念と、グチャグチャになった肉塊と、なにより、血の匂いが足りなかった。


後付けで設置されたのでは無いかというほど高い位置に設置された窓が、無限の光を全てへとぶつけた。


荒々しいその光は、意思を混沌の海へと飲み込み、荒れ狂う竜巻に身を投じようとしている全ての者に、平等な希望と、そして絶望を知らしめようと降りかかった。


ヘレン学園長からの説明はいつの間にか終わっていた。

何時もとは違い、終わった後に拍手や歓声が無かったのが気付かなかった要因なのだろう。


当然のように静寂を切り裂いた闇が、空気となって這い寄り、口に入り、粘膜を犯した後、気管を通って心臓を侵食した。


早々にステージを降りたヘレン学園長をしかと見届けた司会が、解散の号令をかけた。


不安なのだろう。

身をよじり、両の腕を己の肩へと回し、震える者が大多数を占めた。

思えば、登校した後すぐにHRでこのドームへの集合を各担任から指示され、途端に震え出した者がいた。


その上、ドームまでの短い間、彼方此方からすすり泣く音が聞こえたものだ。


ぶっちゃけよう。

舐めてた。

舐め切っていた。


いや、だって俺知らなかったもん。

こんなん過剰反応だろって今も現在進行形で思っちゃってるもん。


戦争という二文字の単語を聞くだけでこの反応。

今まで仲の良かった別国同士の友人が、あからさまに気まずい雰囲気に包まれている。


あっちゃーやっちゃったか〜


と思い、申し訳なくなってしまったが、ではランド一家を助けず放置するべきだったかと問われれば、コンマ一秒の間もなく首を横に360度回転させるだろう。

それくらいの、断固とした意思が俺にはあった。


「さて、話も終わりましたし、いい加減にこんな辛気臭い所は出てしまいしょう。まあ、皆さんのアイドルにでもなりたいならここに残るといいですよ。ただいるだけで達成出来そうな雰囲気ですしね〜」


「アラスさん、私もすぐに出た方がいいと思います。皆さんの気持ちも、分からなくは無いですが…その、アラスさんが悪いわけじゃないというか…」


「ありがとうアリス、ラフィス。俺もそう思ってた所だよ」


「じゃあ行くか」


そう言ったカールが真っ先に立ち上がった。

先程から、帝国の敵である俺と親しげに会話をしているカールにも、それ相応の悪意の視線が降りかかっていた。


確かに、この場には居づらいだろう。

カールが立つとともに、遠くに座っていたリュークが待ってましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。


俺とアリス、そしてラフィスも同様に立ち上がり、押し潰されそうな視線の網を掻い潜ってドームを出た。


このドームは本校舎と渡り廊下で繋がっており、Sクラス御用達の溜まり場と化しているHR用の教室へと俺達は向かっていた。

今からSクラスでは何時もよりも長めのHRが行われる。


これはSクラスだけに限った話ではなく、他のどのクラスでも今後の、王国での戦争に向けての対応が先程より事細かに説明され、帝国出身の生徒や共和国出身の生徒は自国へと強制送還される。


帝国の生徒はこの国に軟禁しておくものだと思っていた俺は、この方針に顎が外れるほど驚いた。


外交上は仕方が無いのかもしれないが、送り返せばその分敵兵が増えるのは明確だ。

最悪、学友同士で命のやり取りをする可能性さえ出て来る。


この国の王様は馬鹿なのか?一度頭の中をシュレッダーにかけるといい!

いい刺激になって脳みそが正常に働くようになるだろう!


と心の中でまだ見ぬ王に罵声を浴びせかけた俺は、リュークに何かを話しかけられている事に気付いた。


ジッと顔を覗き込むように見つめると、目の下にクマが出来ている事が分かる。

どうやら、予想通りエリスの訓練はかなり厳しいものらしい。


ーーちなみにエリスは学園に通い出してすぐにその実力から風紀委員に抜擢され、今も何処かで仕事をしている。


「ーーぇアラス!ねぇってば!僕ちんの話し聞いてるの!?」


「すまん、聞いてなかった。で、なんだ?」


「聞いてなかったって…アラスって、時々そういう風にボーってしてるよね…僕はAクラスについたからもう行くけど、その…カールの事は、よろしく頼めたらな…ってね」


そう言ったリュークは、少々気まずいそうにカールを横目でチラリと見た。

「ありがとう」と呟くカールも、やはり少々気まずそうに見える。


無所属民の俺にはよく分からないが、やはり色々あるのだろう。

「 当然だろう。馬鹿にするなよ」

と軽口を叩くと、リュークは


「さっすがは(われ)らがアラス!」


と調子のいいことを言って1年Aクラスの教室へと飛び込んで行った。


(われ)らがアラスって…流行させたいのか…?


と、その場にそぐわぬ感想を抱いた俺は、ようやくSクラスの教室までたどり着き、中に入った。


当然中には誰もいない…と、思っていたのだが、アルメル姫とジョシュ…なんとか、そう、助手がいた。


「あれ?Sクラス用の席に居なかったからもう帰国しているものだと思ってたんだが…」


「貴賓席にいたのよ!アンタの隣にいるその女も、本当はそっちに座るべきなんだから!」


「まあまあお嬢様。勝手に我が国に戦乱を呼び込むこんな野蛮人とは会話をしてはいけませんよ。ーー出てけ!!」


助手の目にはあからさまな憎悪が浮かんでいるが、驚くべきことにアルメル姫はそうではない。

嫌われているのはよく分かるのだが、そこに


『お前のせいでこんな事になったんだよ!』


という、道中で散々浴びせかけられた赤黒い意思は見受けられなかった。


俺は心の中でこいつとはもしかしたら仲良くなれるかもしれないという思いを持ち、アルメルに対する評価を上方修正した。


「私は貴方より自由な行動が許されているんですよアルメル姫殿下様。悔しかったら、教育のなっていない従者の躾をちゃんとして、私を見返して見て下さいね〜」


「くッ!ジョシュア!貴方の発言はあの魔貴族を助けなければ良かったのだという意味で取られてもおかしく無いわ!共和国は魔族擁護派なんだから、問題発言は控えなさいよね!」


「あの、皆さんもっと仲良くした方がいいんじゃ…」


流石に仲裁にラフィスが入る。

その声にハッとした誰もが、唇をキュッと紡いだ。


「そもそも…なんで帝国で公爵の地位を授かっている家の次男が野放しにされているんだよ!おかしいだろ!拘束でもして、人質にするべきだ!」


助手が座っていた席から勢い良く立ち上がり、カールを指差してそういった。


場が静まり、気温が数度下がったような気がした。

皆の意識がカールに集まっているのが分かる。

しかし、流石に視線を向けたりはせず、大半の者がカールに配慮した態度をとっていた。


別に、カールが悪い事をしたわけではないのだ。

当の本人たるカールは、先程から一切言葉を発さず、下を向いている。


「何とか言えよ!」


と、そう言おうとしたのだろう。

カールを睨み付けて再び口を開いたジョシュアは、言葉を放つ前に鋭い言葉を投げかけららた。


「ジョシュア!(わきま)えなさい!」


ーー驚くべきことに、一番最初に注意を促したのはアルメル姫だった。

流石にアルメルに言われてはもう口を閉ざすしかないのか、ジョシュアは視線を下に向けて、憎々しげな、反省など一切していない声ですまないと言葉を発した。


「まあ、大抵の帝国貴族は強制送還されるが、流石にカールには特別な処置が取られると聞いている。そう怒鳴らないでくれ」


元を辿れば全部お前が悪いんだよ!


とでも言い出しそうな剣幕で俺を睨んだジョシュアも、流石にそれを言葉にはしなかった。


誰もがピリピリとしている。

気付けば、先程まで責め立てるような激しい光を発していた太陽は曇天に隠れ、隙間から射す日光だけが地上を照らしていた。


「アラス…」


それは、小さな声だった。

しかし、その部屋にいる誰もが顔を驚きというなの絵の具で染め、声を発した人物へと視線を動かした。


「なんだ?」


少しだけ、声が囁くようなものになってしまったと、言ってから気付く。

何かを決心するように拳を固め、下唇を噛み締めたカールは、始めて言うかのように真剣な表情で、その言葉を発した。


「俺を、弟子にして下さい!!!」


息を呑む者が大半だった。

最早時間は無く、今は弟子入りを志願する事などよりも、遥かに自らの身の安全を考慮するべき時だ。


しかし、カールは言った。


その目には、何時もの、どうせ無理だろうという感情は浮かんでいない。

何が何でも弟子になってやるという、激情にも似た決意の色が浮かんでいた。


弟子にした所で、大魔法使い達による戦場への一斉転移までは5日しかない。

帝国も共和国もそれぞれが同盟国に協力を(つの)っているため、それくらいの猶予はあるだろうと見越しての決定だったが、5日では彼の知りたい、彼の極めたい剣の道は、一歩踏み出す程度しか達成され無いだろう。


無理だよ。意味がない。


そう言おうとした俺は、その目に(かつ)ての自分を見た。

それもほんの数日前、ランド達と最後の会話を交わす時のーー


「分かった。だが時間がない。弟子として迎え入れる事は今出来ない。剣を教えるのはまた今度だ。お前には、自衛の術を教えてやる。次に会った時、お前を弟子に取り、剣を教えてやろう」


「でも…」


「不満はごもっともだ。だがな、目先の欲に駆られて死んでしまっては元も子もないんだよ。お前は取り敢えずこの戦争を切り抜け、自らの価値を俺に示して見せるべきだ。安心しろ。5日あればそこそこの実力をつけてやれるし、この戦争も、俺がすぐに終わらせてやるよ!」


「分かったーーじゃあ…そうする。でも、いつか剣を教えてくれよ!」


もちろんだと、そう言葉を返した俺は、周りにいる自分の仲間たち(数人を除く)を見渡した。


こいつらにも自分の命を自分で守れる力が必要になる。

忙しくなるな…と、そうため息をついた俺は、そっと窓の外を見やった。


曇天の隙間から必死に這い出た光達が、見るもの全てに希望を与えようと頭上で舞を踊っている。




ーーこれから立ち向かう幾つもの試練が、俺達を歓迎していた。




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