44話 緊急会議
赤いテーブルクロスが目に眩しい。
そう思ったゴルドーは、豪華な調度品で溢れたこの部屋を見渡した。
赤と白のみで彩られたこの国で最も美しいこの部屋の調度品は、世界中の隅々をくまなく探してもこれ以上の物はそうないだろうと、そう思わせる。
赤はどれも火竜の皮を加工し、何年も寝かせる事で味を出している。
白は海竜の腹から取れる皮を同様に加工することで生み出された。
この部屋の全てを賄うのに、どれほどの命が失われたのかは、既に知る由もない。
15代目となる現王の第にまで受け継がれてきたこの部屋は、一説によると8代目の頃より何一つ変わらず威厳を保ち続けていると言われている。
来るのは久しぶりだな…と感慨に耽る暇もなく、ゴルドーは呼びかけられた。
「ゴルドー様の到着により招集した全ての貴族様方が揃いました。急ぎ、席についてください。緊急会議を始めます」
どうやらこの城のメイドの中でも、それなりに優秀なのを連れ出してきたらしい。
洗練された仕草は寧ろ優雅さを感じさせた。
分かったと返事をしたゴルドーは、いつも通り巨大な長机の上座から3番目の椅子を引いた。
小さく音を立てた床は少量の埃を空気へ誘い、美しさへと同化させ、小さな星の幻覚を見せて闇へと消えた。
椅子は追従するように淡く懐かしさを感じさせる匂いを鼻腔へと運ぶ。
いつも通り、ニコニコしたブランチュール家当主であるゲリック殿がお久しぶりですねと声をかけてきた。
ええそうですね。お元気でしたか?と尋ねた所、若々しく、しかしずっしりとした気配の男がゴホンと一つ咳払いをした。
黙れ。
と、そう命じられているのだろう。
「失礼しました陛下。お元気そうで何よりです」
「それはどうもありがとう。さて、会議を始めるぞ。今回の会議が如何様なものであるか、皆分かっているとは思うが、念の為、遅れて来たゴルドー殿に説明してもらおうか。いいかな?ゴルドー殿?」
そう言ってウインクする若き王、シュリック・セ・アルテールを見て、ゴルドーは溜息をついた。
先代の王が早くして亡くなったため、シュリックは23の時より王権を賜り今年でもう28となる。
28歳という年齢を耳にすれば、なんだ若いというほどの年齢では無いじゃ無いかと思われるかもしれないが、王の適正年齢が50過ぎであることが当然であるこの世界において、28の王は充分に若いという表現に当てはまる年齢だ。
何処か琥珀を思い起こさせる淡い金髪と、海のように透き通った青色の瞳は『若き賢王』と評されるほどの知性を醸し出していた。
お茶目なのは美徳だが、時と場合を選んでそういったことはしてもらいたい…しかしまあ、そう文句を言うわけにもいかないか。
ゴルドーは溜息を付くわけにもいかず、代わり、咳をした。
もはやこの場にいる十数人の大貴族の誰もが知っているであろう御託を、面倒臭がる素振り一つ見せずにハキハキと、威厳を持って説明すると、パラパラと気の無い拍手が起こる。
皆、自分がどれほどの軍勢を出せるか、もっと言えば、どうすればどれほどの楽を出来るのかを考えていたため、ゴルドーの説明を真面目に聞いているのはゲリックくらいのものだった。
「さて、此度の問題について、私は出来る限り共和国側を支援し、勝利に導きたいと考えている。帝国とは古き時代より魔族を打ち滅ぼす為にと友好条約を結んでいたがーー時代が変わった。残念な事だが、彼の国がしたことは厳罰に処すべき事だ。情けをかけることは出来ない。各々、出し惜しみなど一切せずに、出せる限りの私兵をだして貰いたいのだが…もちろん、出して頂けるな?」
嫌な笑顔だと、ゴルドーは思った。
この国の王族が持つ権力は貴族より遥かに大きく、強固だ。
それは古来より王族が持つ絶対的かつ、圧倒的な武力が要因であった。
勇者を塵芥のように吹き飛ばす程の力を、それぞれの国の王族は皆産まれながらに賜っている。
幾代に渡って積み重ねられた恩義は最早清算できるものではなく、ただ溜まりに溜まった恩を返そうと貴族達は苦心する。
この世界において常識だと言える封建制度は、地球のものとは一風変わっていた。
首を縦に振らない者はいなかった。
有能な人間ぞろいのその場において、王の本気具合を測れぬ者はいなかった。
「それではーー」
「少し、お待ち頂けませんか?王様」
力強い声。
その物珍しさに、その場にいた皆が声の主へと視線を向けた。
「どうしたゲリック?何か異議でもあるのか?」
穏やかな瞳に波が立つ。その目を真正面から受け止めているというのに、ゲリックは身じろぎもしなかった。
「今回の事について、私は一つだけ、火急に成さねばならない事があると存じております」
「ほう?なんだそれは」
一転、興味を示したシュリックは、体ごと視線をゲリックへと向けた。
ゲリック・ブランチュール。
アリスの父であり、長男を騎士団の中でも上位の位につかせている。
妻は教国にて療養中であり、武官の家柄にしては情報収集能力に長けている。
その彼が『火急に成せねばならないこと』だと言うのだ。聞かねばならないとシュリックは判断した。
「皆さんは知っておられるでしょうか?現在、魔法学園にてカール・ヘルガートという名の少年が在学中であることを。彼はヘルガート家、つまりナベリウス帝国にて公爵の位を授かる家の次男。もしも彼が此度の戦の為にと帰国すれば、我々の多くの情報がかの国に齎されてしまうでしょう。戦とは常に情報戦。今すぐにでも彼の身柄を拘束するべきです」
皆が唸る。
確かに魔法学園においては他国の生徒と若い世代の自国の生徒の間にパイプが出来ればとそのような制度が実施されていた。
現状、ゲリックの言っていることは正しい。
しかし、それをすればーー
「帝国以外の他国からの信頼も失う…か」
若き王はボソリと呟いた。
『信頼』それが他国との外交においてどれほど重要なものなのかを、この若く、優秀な王はよく知っていた。
苦渋の決断。
苦虫を潰したような表情は、それほどの間を置くでもなく何かを決意した男のそれへと変貌した。
王は重い上唇を持ち上げて言葉を発しようとした。
しかしーー
「少々、その決断は待っていただきたい」
ピリリと脳に響く爽やかな声が、その決意に満ちた声が王の唇を止めた。
ゴルドーの声だった。
この部屋にいる全員が彼を見る。
その目には妙な不快感が垣間見得ていた。
しかし、ゴルドーはそれを物ともせず、王だけを見て、言った。
「彼はアラス・アザトースの友人の一人です。下手に手を出すのは得策ではありません。それと、いつか言おういつか言おうと考えながらも言い出せなかった彼から王様への伝言が一つ。『もし有事の際、私の手の届く範囲にある大事なものに危害を加えれば、迷わずこの国を滅ぼす』ーーとの事です」
数巡の沈黙。
「アラス・アザトース…そうか、彼のーー」
アラス・アザトースという名がこの会議中に出されたことで、多くの貴族が雰囲気を重苦しいものへと変えた。
彼が自国にいるのは心強く、同時に巨大な危険を孕んでいた。
ゲリックがゴホンと一つ咳払いをし、注目を集める。
「いくら彼の友人であるといえ、流石に野放しにするわけにはいきません。せめて彼と話し合いの場を設け、妥協点を探し合うべきです」
「ふむ。ゲリック殿とゴルドー殿の娘が熱を上げているというあの少年の事なら、貴殿達の娘がどうにか出来るのでは?」
「冗談がすぎますよ王様。そんな事より、先程のゲリック殿の策は中々のものでした。一度、試して見ては?」
いい加減に頭に来たゴルドーは、少々乱暴な仕草を加えてそう言った。
それを見てあからさまに楽しそうな表情を満面の笑みとともに見せつける王を、ゴルドーは少し面倒に思った。
少しして分かったと頷いた王は、問題は無いかと皆に問いかける。
反論などでようはずもなく、全員可決で今後の方針が決まった。
さて、どれだけの兵を出せるだろうか…ゴルドーは先程の話題に戻ると考え、思考を進める。
「前々から気になっていたのだが、ゴルドー殿、アラス・アザトースいう少年は君の目にはどのような少年に写っているのだ?先程、国を滅ぼすと脅しをかけていたが、彼には本当にそんな事が出来るのか?」
考える暇などなかった。
このお喋り好きの殿下様はそもそも考えを練る時間など与えるつもりはないのだろうと思われた。
それに…ただ疑問に思って発言した訳ではなさそうだ。
そう、ゴルドーは直感した。
以前から悩みの種であったアラス・アザトースという人物がどういった、いや、どれほどの人物であるのかを、もっと言うなら、使える人物であるのかを、大貴族に名を連ねるお歴々が集まった際、最も彼と親しい自分に聞こうと合作していたのだと感じたのだ。
皆、表立っては分からないようにし、考え事をしているように見せかけているが、人が何かに意識を動かした時、その波は対象を飲み込むものだ。
ゴルドーはすぐにそれに気が付いた。
概ね、高々一人のガキに自らの意識を向けるのが威厳に関わるとでも思っているのだろうと、ゴルドーは予想した。
「彼は、実に有能な少年です。大きな力を持っているというのに、大して自惚れるわけでも無く、学園においては誰彼構わず挨拶をして回っているとの事です。教会と事を構えるなど、多少危なげな部分もありますが、それについても何かしらの目的があるように思われます。国を滅ぼす程の力があるのかどうかは現状分かりませんが、彼のあの紫色の眼、あれは魔眼でしょう。それも、調べてみた所新種であることが判明しました。その際の聞き込み時に分かった事なのですが、彼がプタ・テプールの手下を倒す際、あの目に光が迸った瞬間、全ての兵が紫水晶に変えられたそうです」
「『紫水晶の魔王』……か。確かに私も話には聞いている。人だけではなく、建物も地面も、何もかもが元々そうであったかのように紫水晶に転じたという話だ。もしもそれが本当なら、≪視野範囲内の全てを紫水晶に変える≫なんて馬鹿げた能力なのかもしれないな」
珍しく、王様の言葉に対して失笑が起きた。
言った本人は憮然とした様子も見せず、こうなることを予想していたかのように落ち着いていた。
渇いた笑み。
失笑にしてはその表現が妙に的を射ていた。
湧き出る知恵の泉は、これがただの失笑などでは無いことを一早く気付かせた。
そう、例えるならば魔王に立ち向かった勇者が余りの実力差に呆然とし、自らを嘲る際の辞世の表情であるようなーー
「安心しろ、ただの冗談だ。そんな事が出来るのならば、間違いなくランクSの魔眼だろう。そしてそんな事はあり得はしない。歴史上、たったの数人しか持つことを許されなかったのだ。彼がそうである可能性は極めて低い」
安心させるように徹底したのだろう。
何時もより遥かに柔らかな声は、この部屋に流れていた仄かな緊張の色を完全にとはいかずとも、確実に消し去った。
「では各々、帝国に縁者がいる者も多くいるであろうが、出し惜しみせずに出兵して欲しい。明後日までに幾人の、誰を行かせるのかを纏めた書類を提出するように。以上だ。解散!」
覇気のあるその声につられ、数人が立ち上がっては王へと礼をし、去って行った。
ゴルドーもその一人だ。
宮殿の外へ出ると、既に太陽は遠くの黒い地平線と融和し、その存在の如何なるかを示していた。
この時間であれば既に、あの友も去ってしまっただろう。
せめてちゃんとした見送りくらいしたかったな…とため息をついたゴルドーは、目とひたいと首の後ろをゆっくり揉んだ。
無事に帰れるといいな。
今までありがとう。
と、心の中で念じるように唱えた言葉は、近づいて来た夜の闇の濁流に呑まれて消えた。
ゴルドーは祈った。
今の濁流が、ランド達の元にも訪れ、無くなったものを継ぎ合わせるように、言葉の欠片を落としていってくれることを。
夜は近い。
大きく広がった怪物は、周囲の地面とともに、優しくゴルドーを包み込んだ。
テスト期間となりますので、次回の投稿は少々遅れる可能性があります。
ご迷惑をかけますが、何卒ご了承くださいm(_ _)m




