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女神より奪いし者 〜最強チートの異世界ライフ〜  作者: シンクレール
第4章 動き出す物語
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41話 エリスの知らせ

彩豊かな夏花(なつばな)の楽園。

中央には小さな、しかし堂々とした噴水がある。

円状に咲き乱れる花は、夏の訪れを喜び、太陽に向け、一身にその葉を伸ばしていた。


花々の間をブンブンと羽を鳴らしながら飛び回る蜂達は、巣へと運ぶ蜜をせっせと集め、そのほんの少し上では美しい七色の蝶々が跳ね回るテニスボールのような動きで柔らかに飛んでいた。


その蝶が飛んだ後には消えいるような虹が出来、花々を美しくコーディネートしている。


これまた円状のレンガ作りの道を挟むと、青々とした草木達が清涼感に溢れた樹々のトンネルを生み出している。

そのトンネルは複雑に絡まり合った枝葉で出来ており、受け止め損ねた陽射し達が其処彼処を照らし、見た者を神話の一ページに誘い込んだ。


その真下。

円状になぞらえた芝生のその上に、一定間隔に置かれた、オーク材で造られた重厚なベンチがあった。


その中でも最も人気のある、噴水の女神像を正面から見受けられるベンチに、2人の男女の姿がある。

その前には一人の男子生徒が土下座の体制で座らされていた。


ラファエールとは似ても似つかぬ長身のその女神像は右手を空へと伸ばし、視線も自然と指の先に集中していて、天に掌を向けたその右手の指先から、少量の水が絶え間無く吐き出されていた。


ベンチに座っている一人の少年は落ち着き払った様子を見せているが、内心はひたすら感動していた。

それはそう、目の前で土下座させている男の事など空の彼方に追いやってしまったかのように。


その様子に気付いた少女は、驚いたような表情を見せ、言葉を発した。


「お前…まさか、中庭に来るのが初めてなのか?この学園にはここを訪れる事を夢見て入学して来る者も多いという話なのに…」


「いや、遠目でよく見ていたけど、どちらかというと木々の方に集中してたから…」


ベンチに座っている少年は意識虚ろに返答する。


「木々…?まあ、確かに希少種が多く植えられているが…アラス、お前は木が好きだったのか…?常人なら誰しもがこの花々に注目するものだと思っていたが…」


「まあ、ちょっとな。女神像付きの噴水があることにすら気付かなかったよ。それは、これが小さいからかも知れないけど」


続いてハハハという、渇いた笑い声。


ちょっととは一体何のことだ?と問おうとした少女の声は、深く頭を地面に打ち付けられている少年から発せられた、「あの…」という声に遮られた。


ーー熱せられた風が3人の間を通り過ぎる。


「いい加減、この体制を崩してもいいんじゃ無いかな…?ほら、僕もいい加減足が痺れて来ちゃったし……」


本当に辛そうなその声に対して、


「「駄目だ!」」


と、少年と少女の声が重なる。

少年も天国もかくやというその景色に充分満足したのか、意識を巻き戻し、もう一人の提案…というか懇願に、確固とした返事を返した。


そもそも、ナンパに失敗しておいて尚エリスのケツを触ったお前が悪い。

いい加減にしないと、『僕は変態です』というプラカードを首から吊り下げて校門前の木に縛り付けるぞ……!


ーー現在、アラス達は先程から述べている通り中庭に来ている。


朝出来ていた人集りはどうにかルークと、驚くべき事に生徒会副会長だという、セイメル・アレンシャン先輩によって解決へと動き始めた。


ーー眠り姫ことセイメル先輩は「面倒臭いよぉ…」と言い出しそうな表情で事に当たっていた為、最後まで職務を全うしたのかは甚だ謎だが。


他にも集まってきた数人の委員達(風紀委員も含む。ちなみに、オルドは書類仕事を半ば終わらせた状態で熟睡しているらしい。哀れだ)の尽力もあり、早々に解決しそうな雰囲気だった。


かくいう俺達は途中でその輪を外れて中庭に訪れ、そこでアラスが2人の証言をよく聞いた後、リュークの頭を地面にめり込ませたのだった。


そろそろ事態に収束がついた頃だと思うが、此方はまだ問題が残っている。

そう、リュークへの処分だ。


「で?何で振られた後にエリスのケツなんて触ったんだよ?返答次第では、お前、(エリスに)ぶちのめされるぞ」


「いやいや、そんなに怒んなくてもいいんじゃないの?アラスくん」


悪徳商人のように媚び諂った声に、俺とエリスの額がピキリ。

と音を鳴らした。


「いや、怒るに決まってるだろ!登校したらナンパに行ってた馬鹿な友人がナンパに失敗して剣の鋒向けられてたんだぞ!いい加減そのナンパ癖を直せ!」


「あのくらいの事は慣れっこなんですよ!えっへん!」


反省の色が見えない。

心なしか、隣のエリスの拳が音を立てているように感じる。


「いや、慣れるなよ…」


その怒気に押され、声が少しだけ小さくなってしまう。

既に、エリスは剣の柄に手を置いている。


「とにかく、謝れリューク!」


惨事になる前に事を解決させようと、俺はわざわざ立ち上がり2人の間に身を滑らせた。


「どけっ!このような軟派のクズ男、性根を叩き直さんと気が済まん!」


俺に掴みかかり、無理矢理リュークを斬りつけようとするエリスに、多大な同情を感じながらも落ち着けと声をかける。


「怖い先輩さんだなぁ…折角の美貌が台無しだよ?」


流石にビビったのか、声を潜めていたリュークは、俺が味方してくれると気付いた途端に我が意を得たりと甘い声をだした。


パッと顔を赤らめるエリスを、ほとほと呆れたといった表情で見た俺は、何話逸らしてんだよという意を込めて、リュークの地面に埋まったままの頭を更に殴りつける。


「痛っ!」


「自業自得だ」


「とっ、とにかく!このような男は許せん!この私の、お、お尻を触ったんだからな!!」


そう言って、自分の右腕を体の後ろに回し、髪を逆立ててリュークを威嚇するエリス。

顔が赤いのは朝焼けのせいでは無いだろう。


「まあ落ち着いてくれよエリス。こいつも一応俺の友人なんだ。叩き斬るのは見逃せない」


リュークが「やったぁ!流石は我らがアラス!」と声を上げたと同時に、エリスの俺を見る目が友好的では無くなった。


共犯扱いされてはかなわないと考えた俺は、慌てて「別にリュークの味方をするわけじゃ無い!」と弁明し、別の罰を考えてくれないかと懇願する。


ーーなんの偶然か、飛んできた虹色の蝶が、俺の頭に止まった。

ほんの少しの時間、3人の間に静寂が流れる。


エリスは気勢を削がれ、やれやれと溜息を付きながら「分かった…」と返事をした。


「で?どんな罰を与えればいいんだ?私は叩き斬る以外何も思いつかんぞ」


「うーん、まあ取り敢えず、ちゃんと謝れリューク。嫁入り前の女性の身体を無闇矢鱈に触ったと知れると面倒な事になるぞ。特に、お前ら貴族はな」


「はぁ…まあそうだね。僕ら貴族は…って、アラスも貴族じゃ無いか。変な言い方をするなぁ…」


「いちいちそんな下らない事に気を使わなくていいんだよっ!早く謝れ!」


ふぅっ…と、リュークが溜息をつき、埋まっていた頭を力付くで抜く。

顔には多量の砂や石が張り付いていたが、その顔には今まで見たことも無いような真剣な表情が浮かんでいた。

リュークは再び頭を地面につけ、「申し訳ありませんでした」と、一切の適当さを感じない、真摯な声で謝った。


「あ、ああ…まあ、次からはこんな事が無いようにだな……」


俺とエリスの間に困惑が流れた。

エリスの声にも明らかな困惑が混ざっている。


余りの豹変ぶりに2人も何とも言えない表情を浮かべている中、リュークが先程までの硬い雰囲気を元に戻し、言った。


「どう?さっきまでアレだけふざけてた僕が突然真面目な表情で謝ると、何にも言えなくなるでしょ?これ、僕の処世術なんだ」


妙に弾んだ声だ。

余りにも2人が深く引っかかり、面白い反応をした為かもしれない。

エリスも俺も、完全に怒る気が失せ、「「はぁ…」」と、溜息をついた。


「ああ、そうだ!」


と、リュークが突然声を上げる。


「何だ?」


俺は一応返事を返したが、余りいい予感はしなかった。

どうやらそれはエリスも同じであるようで、妙に身構えている。


「僕の罰則の話だよ!エリス先輩、剣術が出来るんでしょ?噂で知ってるんだ。そこでだよ!僕に剣を教えてくれないかな?ほら、メチャクチャ厳しくしていいから、お願い!」


そんな2人の様子も気にもせず、リュークは大声でこう言った。


「まあ、確かにエリスが師匠になれば相当キツイ特訓になるだろうし、罰にもなるとは思うけど…」


正直、この提案はエリス次第だ。

先程自分に痴漢を働いた男とは金輪際関わり合いを持ちたく無いと考えるのか、それともこの変態の性根を叩き直してやろうと考えるタイプなのか……


まあ、エリスならーー


「いいだろう!だが、私も人に教えられるほど強いわけでは無い。加減が分からん事が大概だ。それでもやるのか?言っておくが、手加減はしないぞ!」


「うん。まあいつもカールがアラスに頼んでたから興味を持ったってだけだけなんだけど、それでも一度やると決めたらやり通して見せるよ!」


こうなるよな…と、俺はやれやれといったジャスチャーをしてみせる。

どうせリュークは内心、「こんな美人さんと毎日特訓だなんて、僕ってば最高に強運だよね!」とでも思っているのだろうが、すぐに考えを改めるだろう。


エリスはとんでもない脳筋野郎なのだ。

俺ほどでは無いにせよ、常人には成せない馬鹿みたいな特訓を積んでいる。

それはアラス・アザトースに助けられたあの日から更に厳しさを増し、毎日毎日、体力、気力が尽きるまで剣を振り回しているのだ。


2日後には、リュークが『どうか助けてくれ』と頼み込んでくるだろうと想像した俺は、クスリと笑った。


「良かったなリューク。まあ、エリスがいいって言うなら俺は何も言わないが、お前が辞めたくなっても俺は手助けしないぞ。絶対にやり遂げろよ?」


「勿論だよアラス!僕ちんがそんなに怠けた男に見えるのかい?」


「あぁ…まぁ、うん。見えないよ。とにかく頑張れ」


「よし!それじゃあ今日の放課後すぐに訓練場に集合だ!遅れるなよ!」


「勿論だとも!じゃ、そろそろ朝のHRが始まるから、行ってくるね!」


そう言ったリュークは、何とも嬉しそうに鼻の下を伸ばして走っていく。

心の中で(さようならリューク。君の事は忘れないよ…)とご冥福をお祈りした俺は、「それじゃあ俺も行くから」といって駆け出そうとした。


しかし、


「公爵家の、ご当主様から連絡があるんだ。少し、時間をくれないか?」


という、エリスの声によって引き止められた。

エリスの指は俺の服の先をちょんとつまんでいる。


「ゴルドーさんが俺に?一体何だよ?」


「それは…その…来週、ついにランドが魔界に帰るんだ。それで、お別れパーティーをするから、出来れば来てくれ無いか?と…」


「お別れ、パーティーか…」


自然と、声のトーンが低くなる。ランドとは最近全くあっておらず、気まずい。

あの家族は、今幸せの絶頂にあると言っても過言では無い。


3人は、触れ合えなかった一年間を取り戻すように朗らかな時を過ごしている。

最後にあったのは2週間前くらいだろうか?


あの時は、ついに人界での事情聴取も終わりを告げ、ランドが仕える第6位の魔王に連絡を取るということで、そのための遠距離通信魔法を使用するための魔力を提供するために呼ばれたのだ。


そんな言い方をすれば何だか道具として呼ばれたように聞こえるが、実際は大抵の準備も済み、魔界でも手続きが終われば帰れるという状況で、感謝を伝えるためにと呼ばれたのだった。


そこはまさに針の筵だった。

笑顔で並ぶ3人にお礼を言われ、それに引きつった笑みを返すことしか出来なかった自分を、あの時、どれだけ恥じた事か…


ーー酷く遠くで、授業開始十分前を告げるチャイムがなったのが聞こえた。

頭に乗っていた虹色の蝶はいつの間にか遠くへと飛び立ち、その鱗粉で花達を包んでいる。


「……すまない。行く気に、慣れないんだ…」


また、逃げるのかと心の中で声が響いた。

それはどちらかというと悲鳴に似ていて、それが怖くなった俺は心の蓋を閉じた。


「そう、か…まあ、予想はしていた。既にランド達からも伝言を預かっている」


準備の行き届いた事だ。

そんなに俺が行かないことが予想通りだったのかと、嘲るような声が蓋の隙間から聞こえる。


汚い自分が、ドンドン黒さを増していく。

それを遠ざける為に、普段よりも明るい声でそれは何かと俺は問いかけた。


「『俺達がこうしていられるのはお前のおかげだ。他の誰のお陰でも無く、お前のおかげなんだ。俺たちはお前に救われた。何を抱えていて、何を考えているのか、これでも300年近く生きている自分には、ある程度予想出来ている。考えが浅いかも知れない。的外れかもしれない。だが、大方あっているだろうと妻と俺は結論を出している。それでも尚、言わせてもらう。ーー本当に、ありがとう』」


右手に持った手紙を見ながら、エリスはハキハキとした声でそう言い終えた。

手元の紙を、某然としている俺の左手に、ギュッと握らせる。


その真っ白で、高そうな手触りのいい紙に、小さな染みが、1つ、2つと出来ていく。


あれ?おかしいなぁと自らを馬鹿にするような、掠れた声で行った俺に、エリスは自分も、他の皆だってお前の味方だ。

いつだってなと、そう言って去って行った。


暖かな風が一人の少年を包んだ。

陽だまりの中で膝をついた少年は、右手の中にある手紙を、優しく、握り、開いて自らの目で文字を追った。


エリスが言った通りの言葉の羅列の中で、最後の最後に、エリスによって語られなかった言葉が書き記してあった。



『来週の船出の際は見送りに来てくれ。俺の小さな、大事な親友よ』




ーー嗚咽が、誰もいない中庭で小さく音を響かせる。

幸いにして、それを聞いた者は一人として、存在しなかった。




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