33話 新たなるエルフィ
〜???side〜
積み重なる書類の山を淡々と片付ける男がいた。白い部屋は様々な装飾品で彩豊かに飾り付けられ、決して威圧的でない程度に高級感を放っていた。
コンコン。
夏へと移行しようとしている蒸し暑い気候の中、無駄に強い日差しを背中に浴び、山を消す作業に集中していた男は、ドアがノックされる音を聞いた。身を包むシルクの服は清潔感に溢れている。作業の邪魔にしかならないその袖を捲り上げながら、男は入室の許可を出した。
「失礼するぞ」
ノシノシと部屋に入ってきたのは黒服で髪に白髪が混じり始めた初老の執事ーーではなく、ブクブクと肥えた体を必死に引きづりながら歩く醜い男だった。
ーー来たか。
男は醜いその姿に眉を曲げながらも例の件についての報告を聞くに当たり、背中を伸ばした。
「例の男ーーアラス・アザトースは召喚に応じず、聖教騎士10人を噂の紫水晶に変えて解き放ったと報告を受けたぞ。どうするつもりじゃ?」
醜い男ーー枢機卿の一人、ベルナス・メルナントは疑問を呈した。『アラス・アザトース』。流星のように現れたかの超大型新人は、信じられない事に数時間でSランク冒険者になり、人界を震撼させた。
『アザトース』それは、ラファエール教による最大の信仰対象であるラファエール様の名前の一部だ。正確には『ラファエール・エルデ・メ・アザトース』という名前である。『創造神ラファエール』の名前を堂々と名乗るとは…本来、許されない事だ。
ラファエール様の本名は本来、平民であろうと貴族であろうと王族であろうと知る事の出来ない重大な秘密の内の一つである。何処から情報が流出したのかは現在、徹底的な洗い出しをする事で調べてはいるが、一向に成果が上がらない。
以前より進めていた暗殺計画も悉く失敗し、最後の頼みと綱として聖教騎士を派遣して出向いてもらえるように説得しようとしていたのだが……それも、失敗か……
ーーまだ20代前半であろうその男は大きく溜息をついた。
信者達には見せられない行動だが、幸いこの部屋には2人しかいない。夕暮れ時に近付き、赤く染まり出した太陽の光は書き掛けの書類を赤く染めた。
「次に、何か策は?」
無いだろう。そう思いながらも言葉を絞り出す。小鳥の囀りが聞こえ、穏やかな気持ちを讃える男は、早々に目の前の男が立ち去る事を祈っていた。
そもそも、この若い男は『アラス・アザトース』の暗殺にですらも協力的では無かった。生来優しい性格の彼は『殺し』などという最低なものを生理的に拒絶してしまう。
それではダメだと4人の枢機卿や、数人の大司教は口を酸っぱくするほど若い男にそう言い続けて来たが、それでもやはり、名前が同じだと言うだけで殺害を企てるだなんて間違っている…と、男は感じている。
そもそも、目の前の肥え太った男ーーに、限らずそこそこの地位にある教会のものは誰しもが黒い噂を抱えている。アラス・アザトースの暗殺にもそれが何か関係しているのだろう。内部が完全に腐ってしまっているこの現状に、男は頭が痛くなった。
「無い訳ではありませんが、あの2人を頼ってみれば…もしくは、『殺人姫』に依頼するのもありですな」
意外な事に作戦はまだあるらしい。糞狸共め…まだ殺そうと策を練るのか…男は心の中で怒りを覚えた。これが教会関係者だというのだから笑ってしまう。いつからこうなってしまったのやら……男の気持ちは沈む一方だ。
慰めるように暖かな光を放ち続ける太陽からエネルギーを補充した男は、思い切って尋ねてみる事にした。
「名前が同じだと言うだけで殺そうと考える理由が、やはり私には分かりませんね。民も、貴族も、王族でさえも知らない名なのですよ?彼の持つ異常なまでの強さ。神に関する名前ーー彼が、≪異界人≫、もしくは『現人神』である可能性を視野に入れるべきなのでは?」
そもそもその名を使っている時点で≪異界人≫(時折現れる未知の知識を持つ超人)、もしくは『現人神』(神のごとき力を持つ者ーーつまりは神のごとき者)である可能性を考慮すべきなのだ。
教会においては≪異界人≫の存在は認められておらず『現人神』は一人しか存在する事は無いとされている。
≪異界人≫の存在が認められていないのはーーここだけの話だが、≪異界人≫の持つ様々な知識を得るために、≪異界人≫を犯罪者として捕らえ、尋問…拷問するための下地を作るための勝手な決まりだ。昔読んだ『教典』には『≪異界人≫と共にあれ』と記されていた。
現在の教団のあり方は間違っている。身長が丁度ゴブリンと変わらない程に小さかった頃から男はそう思い続けて来た。ーーしかし、『教皇』という立場は名ばかりで殆ど権力がない。
「まだそんな事を言っているのか?お主は何も分かっておらん。≪異界人≫だとしても奴程の力を持つ者を屈服させるのは無理じゃし、『現人神』は既にアリス・フランチューレがなっておる。何にせよ、奴は殺さねばならん」
呆れたようにその大きく膨れ上がった腹を揺らしながらそう答えるベルナスは、やはり、内心呆れに呆れていた。
だが、それはこの男とて同様。話にならないと諦め、勝手にするよう指示を出した。
そもそも、教団が『殺人姫』や『例のあの2人ーー先日突然接触を持ち掛けてきた異常に美しい2人の男』と関わりがある事がおかしいのだ。あの3人は常人が付き合う者ではーーましては、聖職者が関わり合いを持つことが許される存在ではないーー男は、そう、固く信じている。
『教皇』からの形だけの許可を得たベルナスはこんな所に用はないとでも言わんばかりの足取りで部屋を出た。
ーーガチャン。
扉を開く音がすっかり暗くなった部屋を照らした。いつの間にかこんな時間になってしまっていたのか…。何故か苦笑を漏らした男は目の前に高く聳える書類の山を思い出し、苦笑から絶望へと顔色を変えた。
立ち上がる男。ゆるりとした足取りで窓に近寄り、カーテンをさっと開いた。月は満月から2日ぶん欠けている。黒々とした雲が三日月をより美しく見せ、真珠色の光が男を包んだ。
暫く見惚れていた男はハッと何かを思い出した様にカーテンを閉じ、机へと向かった。
ーー今日は徹夜だな……
夏の夜空の様に真っ暗な顔を書類へと向き合わせ、男はペンを握った。
▲▽▲
あれから幾年が過ぎーーというのは嘘で、それなりの月日が経った晩春の夜。俺はベランダに出て月を眺めていた。
この数ヶ月ーーというほど長くは感じなかったが月日は驚く程早く過ぎ去っている。
教団との接触の後、何らかの処置が取られると考えていたのだが、結局の所何事も起きず、不気味な程危険な事ーーは、あったが、それでも身内の問題での危険な事だったため、教団との関わりはない。
大きな出来事に上げられる物があるとすれば、この国の王様に招待された事くらいだろう。まあ、またの機会にと、断らせて貰ったが。
なんせ自分の近くには貴族が増えすぎている。ただでさえリリーに嫌われないかが心配なのに、ここから王族の知り合いまで作り出して見ろ。殺されかねない。そんな危険を恐れた俺は、
『王族が嫌いな友人がいる。貴方方と関わりを持つことで嫌われるのが怖い。諦めて頂けたら幸いだ』
という手紙で招待を拒んだ。友人に嫌われるのが怖いーーというのが何故か王侯貴族に馬鹿ウケし、そこまで悪影響のないまま話は済んだ。まぁ、本当に嫌いなのは『王族』では無く『王侯貴族』なのだが。
アリスの求婚は例の事件以来、パッと止んだ。俺が教団と大問題を起こした時から、今までの求婚が冗談であったかの如く無くったのだ。
ーーやはり、あの求婚は教団との何かが原因なのか…?
と、俺は思ったのだが、その真意を、未だに俺は聞かされていない。
まあ、後は皆と親しくなった程度だ。
何故今日、この日に思い出したように回想をしたかと言うと…
なんと!やっとこさエルフィのメイドさん修行が終わったという知らせを今日の授業中、超真面目に聞いてた授業中、よく頑張っているせいかよく先生に頭を殴られた授業中ーーに、伝令を受けたのだ。
その時はすぐさま行こうとしたのだが、流石にラフィスに止められた。貴族とはーーとか、長い話を聞かされたのだが、要するに体裁がある為授業中に抜け出されるのは困る。という話だった。
「伝令はどうなんだよ!」
と、反論したが、
「伝令は急を要する場合があるため、授業中でも関係なく受けられるようになっています」
と、『歴史』の担当であるマタレーナ・ネルネッサ先生(女性)に正論を返されてしまった為、大人しく席についた。
ーーあの後の俺はとにかく好き勝手やっていて、殆どの授業に完全に出席しなくなり、実技関係の授業か、『生魔転換』の授業以外には出ないのが当然になっていた。
ただ、この2つの授業は驚く程少なく、基本的には迷宮に入り浸るか、寮の部屋でゴロゴロする生活だった。
自堕落な生活は最高だったが、飽きっぽい俺は何もしない生活にすらドンドン飽きてしまっていった。何かする事は無いかとヘレンに話を持ち掛けたのだが、ヘレンの返事は
「授業に出ればいいんじゃないの?」
という実に素っ気ないものだった。まあ、それもそうか。と納得した俺は再び授業に参加するようになり、今に至る。
「ふぁ〜。明日は久しぶりに授業を完全にサボるか。エルフィの奴、『メイドとして立派になるまでアラスさんとは会いません』」とか意外とまともな事(手紙で)抜かしやがるから、あのあの後一回も会ってないんだよな…」
大きな欠伸をした後、エルフィがどれほど成長しているのかで期待を胸いっぱいに膨らませた俺は、ベランダから部屋に入り、ベッドに飛び込んだ。
相も変わらずベッドからは、淡く甘い匂いがした。しかし、今日は少しだけ匂いが強い気がした。
ーー朦朧とした意識は、闇へと誘われた。
▲▽▲
コンコン。
「アラス・アザトースです。伝令を受け、駆けつけました。入っても問題無いでしょうか?」
久しぶりに来た無駄にデカイ城で、俺は執務室のドアをノックした。
授業が終わった後、すぐに部屋から出ようとした俺はアリスに止められ、「今からじゃ再開の喜びを味わう時間もなく夜が来てしまいますよ?そういう事がしたいんなら別に構いませんが、今から行くのは余りお勧め出来ませんね〜」
と言われ、確かにそうだな。と、宵に近付いている空を見上げながら考えた末、アリスの言うことに納得して今日、この日にここにいるのだ。再開の喜びを分かち合う時間は沢山ある。
楽しみだな…どれだけ成長してるんだろうか…!!
「勿論、入ってもらって構わない」
少しヤツれたゴルドーさんの声。教団の情報集めに手を貸して貰っていたためだろう。今度ラフィスと2人っきりになれる場をセッティングしてあげよう。と、俺は心に誓った。ラフィスと一緒に入れば、ただそれだけで心が癒されるのだ。
ギィー
となる少々古びた扉を開けると、そこにはゴルドーさんと少し髪が伸びたエルフィの姿が見えた。
「ああ!エルフィ!会いたかったよ!!」
心の底から声を上げた俺に、エルフィが抱きついてきた。
「ご主人様!会いたかった、会いたかったです!!地獄のように辛い毎日を、それでも耐えて修行に明け暮れる事が出来たのは、ひとえにご主人様のお陰です!!!」
熱い抱擁を交わす2人を、ゴルドーは苦笑いしながら見つめていた。(地獄のような日々…そんなに辛い事をさせていたのか…?)エルフィの師匠としてメイドの作法を徹底的に教え込ませた、一人のメイドの姿を思い出し、ゴルドーは頭が痛くなった。
彼女は優秀だが、やり過ぎるきらいがある。今度注意しておこうと、ゴルドーはひとりごちた。
「ありがとうございました!ゴルドーさん!!」
エルフィの元気な感謝の言葉。聞いていて気分のいいそれの横で、俺も頭を下げた。
「これくらいの事だったらいつでも頼ってくれていいんだよ?アラス君」
「はい。ありがとうございます」
その優しげな視線に、思わず俺も感謝の意を示す。断る所だったんだけどな…と、心の中で苦笑した俺だったが、先程から気になっていたことがあったため、さっと部屋を見渡した。
とにかく書類が山のように溜まっている。これをどうにかする魔法でも考えとくかな…?次、ゴルドーに頼み事をする際の交換材料として、使えるだろう物を予想しながら、俺は会話を続ける。
「ゴルドーさん。次来る時は何かいいものを持って来ます。余り期待はされない方がいいですが、少しの期待程度ならしてもらって構いません」
その言葉に少し驚いた顔をしたゴルドーは、座っている椅子を立ち上がり、「それは楽しみだね」と、俺と握手をした。次に、エルフィとも。
戸惑いを隠せないままの握手となったが、それでもゴルドーの為人を知ることの出来る行動に、俺は何故か胸が暖かくなるのを感じた。
「失礼しました」
そう言って部屋を出た俺とエルフィは、≪瞬間移動≫で寮へと帰った。
ここまでの部屋を見るのは始めてだったのだろう。ただ呆然としていたエルフィを、俺は、正面から抱き締める事で意識を覚醒させた。
「本当に久しぶりだな…エルフィ」
心底嬉しそうな言葉の響きに、エルフィも顔を綻ばせた。
「はい!私、成長したんですよ?早速、お茶を淹れてみます!飲んで見てください!」
楽しそうなエルフィは、台所へと向かって行った。お茶か…エルフィにお茶を淹れられる時代が来たのか……と、随分と壮大な思想を巡らせていた俺は、暫くして、台所から漂ってくる実にいい香りを嗅いだ。
これは期待大だぞ…と考えていた俺は、
「出来ましたよー!」
という明るい声に耳を傾ける。盆に乗せて運んできたのは見事な紅茶だ。琥珀色の透き通るようなこの紅茶には、一切の濁りが無い。
「凄いな…エルフィ。お前は間違いなく成長してるぞ!」
今日の俺は自分でも理解出来る程テンションが高い。エルフィに会えて、興奮しているのだ。ーーいやまぁ、別に息子が飛び跳ねて喜んでる訳じゃないよ。立ち上がったくらいだよ。落ち着け。息子よ。
「えへへ。このお茶はですね、温度を62度に調節したお湯に1分つけ、1.2分常温で冷まし、更に2.3分47度のお湯につける事で旨味と甘みが最高の状態になるんです。更にこのお茶は『王国の花』と呼ばれていてですね、特殊なお茶っぱからしか取れない事で有名でーー」
「……………」
〜数分後〜
永遠に続くかと思われた薀蓄のお披露目はとうとう終わった。こんな弊害が出るとは…俺は戦々恐々したが、これに関しては何も言わない事にした。努力の先にあったものなのだろう。多分。
俺はカップへと手を伸ばした。お茶はまだ暖かい。スッと、カップを持ち上げた俺は紅茶を口に含んだーー
美味い。美味過ぎる…芳醇な香りに裏付けられた、濃厚な甘みが口一杯に広がった。
ーーここまで、成長したのか…!!
今まで何をしてもメイドとしての働きを失敗させるばかりだったエルフィが、こんなお茶を淹れられるようになるなんて…
エルフィの成長に、俺は涙した。いや、マジで。
「エルフィ!美味い!美味いよこれ!!」
「ああ、頑張った甲斐がありましたご主人様!!これからはひと時もそばから離れません!!」
2人の熱く、深く、暖かな抱擁は何時迄も続いた。
少しジメジメとした日差しがガラスから2人へと差し込んだ。
ーーまだ、夜は遠い。
この部屋では、2人の楽しそうな笑い声が何時迄もこだましている。新たなるエルフィが、アラスの元へ舞い戻った。




