31話 ラフィスとのデート
俺は魔法学園の正門にいた。まだHRが終わっていないのだろう。誰も学園の校舎から出て来ない。眠くなった俺は、先程までいた迷宮での事を思い出していた。
ーーあの後、火山地帯の余りの熱さに、俺は水魔法第六階級≪変地の水災≫を使って大洪水を引き起こした。それによって温度は下がったのだが、次は水蒸気で周りが真っ白になった。
直ぐにルークに助言を求めのだが、ルークは「なんて無茶苦茶な事をするんだ…!」と呟くばかりで役に立たない。俺はどうにかしようとして氷魔法第二階級≪猛威の吹雪≫を使って見た。
≪猛威の吹雪≫は猛吹雪を起こして局地的に寒冷地化させる魔法だ。吹き荒れる吹雪、余りの寒さに俺はルーク諸共≪結界結≫に閉じこもった。
暫くするとゴゴゴゴ……!と大きな音がし、唐突に地割れがおきてフロアが丸ごと崩壊し出した。俺の脚元の地面が崩れ、体制を崩しながらも俺は何とかルークの腕を掴み取り、≪瞬間移動≫を使って脱出した。まあつまり、結果としては一層も進まずに俺達は迷宮を出る事になった訳だ。
本で読んで知っている。という程度の理解しか及んでいない大魔術を次々使う目の前の阿呆男に呆然としていたルークは、正気に戻った瞬間に俺の頭を小突いた。流石に許容オーバーだったようだ。
なんせ、運が悪ければ間違いなく死んでいた。迷宮の傷は時間が経てば治るという話だが、地割れまで起きたのだし、暫く迷宮攻略は控えようとルークは思った。
小突かれて涙目で頭をさすっていた俺は、目に入った時計の時刻を見て、要らないと受け取る事を拒否するルークに20万ユルを押し付けて校門まで走ったのだったーー
うん。壮大な大冒険だったな。そう一人で納得する。ゴーン。ゴーン。と下校開始の鐘がなった。人目に出来るだけつかないように、ラフィスは急いで校舎から出てくるよう打ち合わせしてある。
ーーお、早速出て来たな。
俺は一人、駆け足で手を振りながら校舎から出てきたラフィスに手を振り返す。周囲には人っ子一人いない。
ーーうん。打ち合わせ通りだな。
「アラスさん!早速行きましょう!!」
俺の前でぜえぜえ言いながらそう言うラフィス。頬が桜色に染まり、心無しか目まで潤んでいる。
ーーうん。可愛いな。でも、この程度のダッシュでそこまで疲れるってのは頂けないな。運動しろ。何なら、俺が普通よりも激しい運動を…ってそうじゃないそうじゃない。
今日はデートだ。それはつまり女の子を楽しませる必要があると言うことだ。ナンパの時に使っていた技術をとにかく利用しよう。そして、ラフィスの人生最初(?)のデートを、最高の物にするのだ!
「ああ、そうだな。それじゃあ早速行こうか」
打ち合わせではこの後、俺が以前使っていた宿に≪瞬間移動≫して、ラフィスの要望通り平民街で買い物をする予定だ。
なんでも、貴族街でデートをすると、一夜にして噂が広まってしまうのだとか。面倒ごとは避けるべきだと、俺も平民街での買い物に賛成した。ーーまぁ、どちらにせよ、噂が広まるのが早いか遅いかの差しか無いとは思うが。
「あれ?今日は敬語を喋らないんですか?てっきり、デートでは気合を入れて何時もの何倍も畏まった敬語で話されると思っていました」
ラフィスは走って乱れた髪を手櫛で整えながらそう言った。
ーーここだ!
ちゃっかり相手の髪の毛に触るチャンス。これを見逃す手はない。俺出来るだけ自然体を意識して微笑みながらラフィスの手首を優しく握り、自らの指で手櫛をした。
『髪の毛を触る』という行為は信頼関係の上でしか成り立たない。今回のデートはラフィスからの誘いだ。これはいけるはず!!
案の定、ラフィスは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、向かい合っている俺から目を逸らすだけで、手を振り払おうとしたりはしない。
ーーよし、少しだけ関係が進んだな。掴みは完璧だ。多分。
これは小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ!
ーー言って見たかっただけです。はい。
俺は安堵しながらもラフィスが言った事について考えていた。
『今日は敬語を喋らないんですね』
俺は今まで、とにかく敬語を馬鹿にされてきた。当然、何故そうなるのかを考え続けていた俺は、つい先日、その理由に気付いたのだ。
俺にとって敬語とは女の子をナンパする時か、嫌いな相手に嫌味を言う時にしか使わないものだった。それがこの世界に来てからは日常会話でそれを使おうとしていたのだ。
ーー違和感を覚えるのも当然だな。慣れないことをすればボロがでる。それが少々引っ掛っていたのだろう。
そこで、練習した。とことん昨日の夜、練習したのだ。原因が分かれば、改善する事なんて簡単な筈だ!俺は、そう楽観視していた……
ーーしかし!徹夜してあらゆる方法で自然な敬語の喋り方を研究している途中、俺は気付いてしまったのだ!今の俺、なんかめっちゃ恥ずかしい事してね?と!1人、クソ広い部屋でポーズまでとりながら何にもない空間に話し掛け続けてる俺、超イタくね!?ーーと!
まぁ、何が言いたいのかというと、途中で心が折れた。そりゃあ敬語を使って何処ぞの王子様のようにラフィスをエスコートしてやろうと合作していたのだが……
とはいえ、この一晩の努力を無に帰す俺じゃあねぇ!利用出来る物は何でも利用して好感度を上げてやる!
「俺だって格好いい敬語で王子様みたいにラフィスをエスコートしてあげようと、昨日徹夜してまで違和感の無い敬語の話し方を研究したんだ…でも、出来なかった……それでも!努力した分、褒めてもらえたらなぁ…なんて思ってる訳だけど……」
『褒めてもらう』これは実に大事な行為だ。これをしてもらう事により相手が自分を必要にしていると思わせることが出来る。
女性は母性本能がある為、頼られれば断りにくい。かなり強引な言葉運びとなってしまったが、優しく可愛いラフィスなら、いける!いける、はず……!
しかも、俺は実際に授業に遅れて来ている!皆には剣の稽古だと伝えてあるが、「剣術の練習っていうのは嘘で自分にだけ真実を教えてくれてるんだ…」と錯覚させる事が出来れば更に好感度が上がる。
「きょ、今日は剣術に明け暮れてて遅くなったってーー」
ーー引っ掛ったな。
俺はは途中で言葉を遮り、
「皆に言ったのは嘘なんだ。でも、ラフィスには本当の事を伝えたくて…」
あのアラス・アザトースが自分の為に徹夜までして敬語の練習をしてくれた。その事実に沸騰しそうになった頭を必死に冷まして、褒めてくれ。と言われていた事を思い出したラフィスは
「あ、アラスさんは偉いです……」
と、本当に小さな声でそう言った。ここでお礼を言うことを忘れてはいけない。自分が褒めればお礼を言ってくれると覚えてもらう必要があるのだ。
素直にお礼が言える男ーーそれは、女性にとって男性を評価するポイントの中でもかなりの割合をしめるものだ。
お礼を言わない人間は好かれない。至極、当然の事だ。
「ありがとうラフィス。お前は優しいし可愛いし綺麗だし、本当に噂に聞く女神様みたいな女の子だ」
女性は、優しい、可愛い、清潔、綺麗、という言葉に弱い。躊躇って言わないのは馬鹿のする事だ。次々とまくし立てるように言うことが重要なのだ。
ーーとはいっても、これに関しては相手を選んで使わないといけないが。
最早ラフィスは虫の息だ。俺の事を白馬の王子様でも見るような目で見ている。やめてくれよラフィス。そんな目で見られると、照れちゃうじゃないか。ーーまぁ、本当に辞められたら結構悲しいんだけど。
俺はそんな事を考えながらも、並行して早く≪瞬間移動≫しなければいけないとも考えていた。あの宿の一室は俺の御用達として買い取ってしまっている。もう俺にとっては自分の家同然だ。
すぐにでも≪瞬間移動≫しなかったのは予め好感度を上げ、宿にとんだ後でもある程度自分の意見を通す為だ。下準備は済んだなーー
「ラフィス。そろそろ人が来てしまう。早く≪瞬間移動≫で宿まで飛ぼう」
「はい…」
ラフィスはまるで、夢見る少女のようだ。いや、正にそうなのかもしれない。何時も何時も一切好意に気付いてくれなかったアラスが、こんなに優しい言葉をかけてくれる…夢見心地のラフィスにはアラスの行動が計算に塗れている事になど気付かない。
ーー校舎の出入り口が騒がしくなって来た。俺は瞬時にテレポートで宿へと飛んだ。
▲▽▲
「恐ろしい子だな…」
心配で遠くからそれを見ていたルークは聴力を向上させる無属性魔法の使用をやめながらそう言った。
始めてのデートだと言うから、タジタジになるかと思っていたのだが…アラスの手腕は素晴らしいものだった。最早ベテラン。細々と計算されたその言動に思わず溜息をついたルークは、身を翻して生徒会室へと向かった。
ーー書類が溜まってるんだよな…ルークは肩を竦めて屋上のドアノブを握った。
▲▽▲
俺は次の瞬間には宿へと転移していた。俺は地面の上に転移したのだが、ラフィスはそうでは無かった。
「痛たたた……アラスさん。着いたんですか?」
ベッドの上に転移してしまったラフィスは、痛む体に無理をさせてベッドに座りながら、そう言った。どうやら、変な体勢で勢いよく落ち、身体の何処かを打撲してしまったらしい。普段の俺なら絶対にしないミスをした事で、案外俺も緊張してるんだなぁと、そんな事を思った。
ーーそれにしても、まずい!
ここはーー
「ごめんラフィス。ラフィスに転移後のダメージを与えたくなくってベッドに転移させようとしたんだけど…魔法の制御を間違えちゃって……」
俺は高そうな絨毯が敷いてある床を悔しそうに見つめながらそう言った。誠意は充分過ぎる程に篭った言葉だった筈だ。なにせ、本当に悪いことをしたと思っているのだから。
申し訳無さそうな俺の様子を見て、ラフィスは不機嫌そうに歪めていた顔をすぐに忙しなく働かせて必死に笑顔を作った。
「う、うわーアラスさんの優しさが心にしみますー」
少々棒読みなその言葉に、俺は、失敗したか…と思いながらも、直ぐに顔を上げて
「ごめんなラフィス。こんな俺を許してくれるなんて…ラフィスは本当に心の広い女の子だな!」
と、言った。『心が広い』これも重要なワードだ。とにかく女の子が喜びそうな事を言って失敗を揉み消す。それは俺の常套手段だった。
「ほ、本当ですかっ!私は心が広い…心が広い……」
ラフィスは零れ落ちそうになる頬を両手で支えながらもそう言った。それを俺は嬉しそうな顔で見たーーが、その表情とは裏腹に俺はまた失敗した……と、考えていた。
全盛期の俺なら『心が広いーー」云々の時に手を差し出し、ベッドから立たせるくらいの事はしていた。鈍ってんな…
この部屋からは一刻も早く出る必要がある。失敗を一度でも犯した場所には長居するべきではない。
このまま行くとラフィスが一人でに立ち上がってしまう…どうにかして会話を続け、俺がラフィスを立ち上がらせないと…
俺はそう考え、急いで作戦を練った。自分のミスを自分の手で清算しなければ女の子からマイナスの評価がついてしまう。俺はそれを恐れていた。
ーーここは少々強引にでもここを離れるか……
「ラフィス。早速この宿を出て、お前の私服でも買いに行かないか?」
『服を買う』俺は女の子にこの言葉を極力使わない。時間が掛かる行動はポイントを稼ぎにくいのだ。しかし、今回は自分のミスでラフィスを不快にさせてしまった。
俺は基本的に自分に甘々だが、女性が絡めば厳しくなる。これでも、俺はフェミニストなのだ。
『服を買う』という行為は男性からは大人気という程のものでは無いが、女性にとっては大人気なものの一つだ。買い物が嫌いな女の子はそうそういない。
予想通りラフィスは顔を輝かせた。
「ありがとうございますアラスさん!早く行きましょう!!」
そう言って元気よく立ち上がろうとするラフィスを俺は手で制し、膝を落として手を差し出した。
「ほら、今からは手を握って行動しよう。はぐれるといけないしな」
毎回行う相手の意思の確認。これはかなり大事な行動だ。それも『もしかして嫌?』という確認の言葉を絶対に高圧的に言ってはいけない。カップルとはどちらかが決定権を握るのではなく、両者が同じ立場で無ければならない物なのだから。ーーいや、付き合った事とか無いし、知らんけど。
ラフィスは俺の行動にあうあう言いながら顔を真っ赤にさせ、手を掴もうかどうか逡巡している。これは既にOKを貰ったようなものだ。嫌なら逡巡などせずに手を引く。
この場面で大事なのは少々強引でも手をとることーーというよりも強引に手を取る事だ。女性には強引な男らしい所も見せなければいけない。OKが出たら迷ってはいけない。攻める。それが最優先だ。
俺はゆっくりと跪いて騎士のような仕草でラフィスの手をとった。極上のシルクを幾重にも重ねて作られたようなラフィスのほんのりと暖かい掌は、何時迄もこの手を握っていたいという原始的な欲求を呼び寄せる。
俺は気付かれないように治癒魔法を少しずつかけ、打撲の痛みが殆ど消えたであろう頃合いになって、ラフィスをゆっくりと立たせた。
俺は微笑みながら恋人繋ぎに手を縫い合わせる。ラフィスはもう感無量といった様子だった。
おいおい、大丈夫かよ…こんなに耐性が無かったらいつかお持ち帰りされちまうぞ……
俺は余りにもチョロいラフィスを心配に思ったが、基本的にラフィスには護衛がついている。お持ち帰りされる事は無いだろう。と、判断した。
歩き始めた2人は宿主さんに軽く挨拶してから外へと出る。既に俺は『≪瞬間移動≫でこの宿に侵入する』ということを何度もしている為、宿主さんは驚きもしない。肝っ玉のでけえ宿主さんだな…と俺は思っているが、何かと物騒な王都で宿を開くにはそのくらいの順応性が必要なのかもしれない。
2人は談笑しながら平民街を進む。何時も通り視線が集まるが、俺はもう気にも止めない。
ーーしかし、俺はラフィスに不躾な視線を送っている奴には容赦無く殺気を放っている。俺の殺気はフェンリルですら怯えさせる。それをありありと受けた不躾なクソッタレ共は道の真ん中で失神する羽目になった。
さてーー服を買うとは言ったものの、肝心の服を売っている場所が分からない。どうしたものかーー聞くか。うん。
そう決めた俺はラフィスとの会話を慎重に止めた。乱暴に会話をやめてはいけない。デートとは神経を張り巡らせる必要のあるものなのだーー多分。
とりあえずそこらに歩いていた中年の男を優しく、少しだけ威圧感のある笑みで立ち止まらせた。
「すいません。服を買える場所を探しているのですが、教えて頂けませんか?」
怯える男。瞬時に俺は自分の体を盾にラフィスから男を隠す。見られるのは不味い。『人を脅す男』なんてマイナス評価にしかならない。
「そ、そこの角を曲がった所に貴族用の服屋があります…」
「ご親切にどうも有難う御座います」
男は(何がご親切にだ!完全に脅しが入ってただろ!!)と思ったが声には出さない。そそくさとその場を離れた。
親切にしてもらったらお礼を言う。当然の事を当然にすればそれだけで評価が上がる。それだけの当然の事を当然に出来ないものは多いのだ。
俺は優しく握っていた手を一瞬だけギュッとしてラフィスを自分に集中させ、爽やかな笑顔を見せてこう言った。
「次の角を右に曲がった所に貴族用の服屋があるらしい。早速行ってみよう」
その言葉にギュッと握られた手を顔を赤くしながら見ていたラフィスは俺の顔をチラッと見て歩き始めた。
ーー何だったんだ?今の
俺は何でも分かるわけではない。好意から来る行動に対しての理解は無いに等しいのだ。
ま、何でもいいか。
俺もラフィスの隣を歩き始めた。周りの人達はその光景にうっとりとして目を輝かせ、少人数ではあるが、後に続こうとする者達が現れ始めた。俺はついてくる者達を一瞬見たが、デートの邪魔にならない内は放置しておこうと決め、ラフィスとの会話を再開した。
「ラフィスはどんな服が好きなんだ?」
「ええっと…ワンピースの様な服が好きです!」
俺のその質問にラフィスは繋いでいる手をギュッと握りながらそう答える。ここで重要なのは返答の仕方にある。
「ふぅ〜ん。ワンピースのようなものか…ラフィスがワンピースを着れば世界で1番可愛く成れるんだろうな。所で、何でワンピースみたいな服が好きなんだ?」
まず、服の好みに関しては「○○が好き!」と言われれば、「へぇ〜!○○ちゃんが○○を着たら本当に○○なんだろうね」と答えるのがセオリーだ。
最後の○○には『可愛い』『美しい』『似合う』『大人びてる』『○○ちゃんの雰囲気にピッタリ』とか、何らかの褒め言葉をぶち込めばいい。
最後にした質問は店までの時間潰しだ。ちなみに「へぇ〜!」などの言葉もちゃんと相手の話を聞いていると思わせる効果や、相手の気分をよくさせる効果がある為、欠かしてはいけない。
えへへへ…と、照れながらもラフィスは答えた。
「それはですねーー」
▲▽▲
ーー服屋へと到着した。何故平民街に貴族用の服屋があるんだ?と、疑問を抱いた人も多いだろうが、まあ、貴族には色々ある。平民街に貴族用の宿や服屋があるのは別段おかしな事ではないのだ。
さてーー
入ったはいいが、服屋での買い物はナンパの際にはとにかく寄り付かなかった為、俺にも殆ど経験がない。余程押しが強い女子を引っ掛けた時以外は口八丁手八丁で別の場所へと連れて行っていた。
どうしたものかな…?
服屋でのデートの仕方が分からない俺はとりあえず店員さんに聞くことにした。ーーこれは完全に失敗だ。ここでは何でも知っている男を演出する事が必要だった。しかしまぁ、知らない事を知ってる風を装って恥をかくよりはましだろう。
それに相手はラフィスだ。難易度は最低クラス。店員さんに聞きに行ったのも分からない事は素直に聞ける賢い人だと思ってくれるかもしれない。
「すいません。彼女の服を見繕って欲しいんですけど…出来れば、ワンピース系の」
俺はこの店に数人いる店員さんの中でも特に若く美しい女性に声をかけた。彼女は振り返って俺の事を見ると、人形のように動かなくなってしまった。
「すいません。聞いてます?」
俺は仕方なく店員さんの肩をポンポンと軽く叩いた。後ろでムッとするラフィス。
ーー作戦通りだ。
俺は経験したことのない状況でも頭を働かせ、ラフィスを嫉妬させる方法を選びとった。これをするには時期尚早だった気がしなくもないが、ラフィス相手なら大丈夫だろう。
この作戦は基本的に俺が一切使わないものだ。俺がするのは友人のナンパの補助であって、お持ち帰りする事では無い。俺のナンパの師匠、賢兄はコレさえ成功して機嫌を直す事が出来ればベッドインも見えて来るとかなんとか巫山戯た事を言っていた。
俺はラフィスとベッドインする気は更々無い。では何故この作戦を実行したのか?簡単な事だ。自分のミスに気付かせない為。その一言に尽きる。
ラフィスが怒るほど気になる事があれば、俺の失敗が目立たなくなるだろう。そう考えての『嫉妬させる作戦』は成功したらしい。
俺に肩を叩かれてハッとする店員さん。幸い、ボーっとしながらも話は虚ろに聞いていた店員さんは慌ててワンピースが固めて置いてある場所まで2人を案内した。
「店員さん。どれがおすすめですか?」
俺は肩に手を置きながらそう言った。ラフィスの嫉妬は更に熱く燃え上がり、店員さんの顔は赤く変わる。遠目でその光景を見ていた他の店員さん達は若い店員さんを羨んだ。
「そ、そうですね!これなどは如何でしょうか?」
店員さんが差し出したのは白を基調にして、所々に金と銀の装飾がなされた、それなりに高そうで、とてもラフィスに合いそうな服だった。店員さんもバイトで働いている訳では無い。完璧な選択だった。
一目でそれを気に入った俺はラフィスの手を握りながらこう言った。
「ラフィス。お前がこの服を着こなせば、どこぞの女神よりずっとずっと綺麗に見えると思うぞ」
何処ぞの女神が誰なのかは言うまでも無いだろうが、ラフィスがこのワンピースを着ればラファエールより美しくなるだろうというのは、俺の本心だった。
唐突に掴まれた手に顔を真っ赤にするラフィスだったが、
「アラスさんはそこの店員さんとイチャイチャしてればいいんです……」
と、拗ねた様子でそう言った。
……か、可愛い!今すぐ抱きつきたい!ハグしてキスして食べちゃいたい!!やべぇぞ!なんだこの可愛い生き物!世界で一番可愛いのは間違いなくラフィスだ!!ーーいやまぁ、本当に食べちゃう訳じゃあ無いんだぜ?性的にだよ。性的に。
それにしても…今回のデートは結構上手く事が運んでるよな。失敗はクソ多いけど。それでも何とかなってるし。よし、このまま勢いで押し切るぞ!!
「俺はラフィスとイチャイチャしてる方が、ずっと幸せなんけど…ひょっとして、嫌か?」
俺はラフィスの手を強く、しかしゆったりと握り、至上の喜びを得たかのようにそう言った。その言葉に顔を爆発寸前の爆弾のように赤くするラフィス。
ちなみに俺のその言葉にはかなりの本気が含まれていた。何だか何かに満たされまくってそんな事を口走ってしまったのだ。
その後ワンピースを着たラフィスをベタ褒め…というかベッタ褒めした俺は、そのワンピースを購入した後ラフィスと店を出た。
ーー空は少し茜色を織り交ぜ、宵に近づいている。
「ラフィス。お前とのデート、本当に楽しかったよ」
と、そう言いながら俺は額にキスをした。ここだけは全盛期の和人からも褒めてもらえるだろうという完璧なタイミングでのキスだった。
『私も最高に楽しかったです!!』
と、そう言おうとしていたラフィスの動きは完全に止まり、口をパクパク動かして顔をリンゴのように真っ赤にした後、気絶してしまった。
ーーおいおい…流石に過剰反応だろ……
俺は少し呆れたが、すぐにラフィスを背負って歩き始めた。
えーと、ああ、確かあの元気爺いに呼ばれてたな。丁度平民街にいるし、今から行くか。
ーー俺は冒険者ギルドへと足を運んだ。




