29話 剣術の授業
柔らかな日差しが木々の間から差し込む。薄っすらと目を細めながら、木に覆われている空を見上げていた俺は、ふと周りを見渡した。
隣で木に腰掛けてあれやこれやと会話しているリュークとカール。2人はすっかり仲良くなり、カールのあの症状も先程あった時にはほぼ完治していた。
俺の目の前にはアリスとラフィスがいる。木に座る公爵家令嬢。珍しいものを見たと俺の口からはフッと笑みが漏れた。
2人の間で一人立ち続けているユミルは何度説得しても一緒に座ろうとしない。護衛は大変だな…俺はユミルの頭を撫で撫でしてあげたくなったが、またナイフで腹を刺されたら堪らない。そう判断した俺は伸ばしかけた手を地面におろした。
先程、耳を触ろうと近付いた時にブスっとやられたのだ。人目があったため、わざわざ治癒魔法第二階級≪超回復≫で直す事になった。凄い大騒ぎになったよな……俺はあの時の事を思い出して、クスリと笑った。(笑い事ではない)
ーー今、俺はAクラスの者たちと共に訓練用の校舎の横にある広場にいる。
この学園はそもそも、『魔法学園』と銘打ってはいるが、その実『魔剣士養成学校』。という異名も持ち合わせている。
この学園における最大のエリートコースは『聖王騎士団』、つまりアリスの兄が所属している騎士団に騎士見習いとして所属する事だ。
『聖王騎士団』は名だたる王国の部隊の中でも一際武力を誇示している騎士団で、『魔剣士』しか所属できない事で有名だ。当然、『闘気』だけを使える者や、『魔法』の使用だけが出来る者よりも格段と強い。
この学園に入学したこの国の者は最初、誰しもが『聖王騎士団』への配属を夢見ている。と言っても全く過言では無い。
何故このような説明をしているのかというと、現在行われているのが『剣術』の授業である為である。
当然『魔剣士』になるには最低限の剣術の使用が不可欠だ。闘気のコントロールは常人のなせる技では無い為教えられないが、それでもこと剣に関してはかなりの使い手が教員として集められている。
ーーと、俺はヘレンさんに教えられた。
その為、俺は6時間授業がある内での5時間目にあった剣術の授業に参加しているのだ。5時間目まで何をしていたかというと、鈍った感を取り戻すため、一心不乱に剣を振り回し、様々な剣技の型の確認をしていた。
ーーと、皆には説明したが、実の所寝坊しただけだ。寝過ぎだと自分でも思ったが、あのベットの寝心地が良すぎるのだ。ついつい何時もより長く眠ってしまった。全く…悪いベットちゃんだぜ。
話を戻そう。
俺はこの世界においてどれほどの力を自らが得ているのかを今一よく分かっていない。比較できる程強い相手がいなかったのだ。恐らく『戦闘力』という大きな括りで考えれば俺の相手を出来る者など中々いないだろう。
しかし『剣術』という小さな括りで考えればどうだろうか?この範囲でなら自分の身体能力を落とす事で『剣術』に関して自分がどれほどの高みにあるのかが理解出来るんじゃないか?と、俺は考えた。結果、俺はここにいる。
この場にいる殆どの貴族はこの学園に入る前からある程度の指導は受けている。剣を持ち、教師を見て「胸が高まるぜ!!」と言わんばかりのキラッキラした瞳をしている者が殆どだ。
ーーさて、楽しみだな。
俺はニヤリと笑みを浮かべた。その顔を見て、先程までいかに自分が剣術が苦手なのかをカールに語っていたリュークは
「うわ〜。流石にSランク冒険者は余裕があるね。僕なんて恐怖で震えて摩擦の熱で爆発しそうだよ」
と、そう言った。「摩擦で爆発…?いや、あり得ないだろ」と、俺は思ったが、本当に震えているリュークにそれを言う気にはならなかった。
「確かに余裕だな…僕がお前に頼みたいのは剣術を教えてもらうことだし、それくらい余裕があって当然だけどな」
したり顔でそう言うカール。
「いや、俺はお前を弟子にしたりしないぞ。面倒臭いし」
カールは先程あった際、『頼みたい事』について尋ねた時に「剣術の弟子にしてくれ!!」と頼み込んだのだ。当然、俺は「ヤダ」の一点張り。何故こんな才能の無さそうな奴に教えにゃならんのだ。面倒臭い。
「そんな事言わないで弟子にしてくれよ!俺は『魔剣士』になりたいんだ!!」
「前に教えてもらってた剣術の師匠に才能が無いって言われたんだろ?普通、仮にも公爵家の人間であるお前に対してそんな無礼な事は言わない。それを言わせるって事は余程才能が無いんだよ。お前」
「そんな事言わずに教えてあげればいいじゃん!ついでに僕も教えてよ!!」
俺は大きく、大きく溜息をついた。尚も強請る2人を無視し、緊張で体がガチンガチンになっているラフィスを心配そうに見て、声をかけようとしたのだが、
「今から皆がどれほどの力を持っているかを試させて貰う!現在いる我々5人の教官を相手に、ドンドン掛かって来てくれ!!」
という声に邪魔をされた。思わず眉を顰めた俺は先程からウズウズしていたアリスにこう言った。
「俺かお前、どっちが先にあの強そうなのとやる?」
それに対してアリスは、もう待ちきれない!!と言わんばかりに
「私が先にやりたいです。やらせて下さい!」
と言い、一人だけ完全に別物のオーラを出している偉丈夫な男をジッと見た。アリスは物心着いた頃から護身用に剣を教わり続けてきた。その実力は既に師を超えている。久しぶりの強者に胸が熱く踊った。
当然、アリスが先に殺るものだとその会話を聞いていた誰もが思ったが
「やだよ。俺が先にやる」
という俺の発言により、誰もが目を丸くする羽目になった。当然アリスも驚き、反発した。ーーじゃあなんで聞いたのかって?ただの意思確認だよ。
「嫌です。私が先にやります」
「なぁ、頼むから先にやらせてくれよ。久しぶりに強そうな奴を見つけて最っ高の気分なんだ。な?」
「な?じゃありませんよ。私だってあんな強そうな人久しぶりに見たんです。私がやります。ああ、それともアレですか?私が倒しちゃって相手がいなくなる事が心配なんですね〜?大丈夫ですよ。手加減はしますから」
胸を張ってそう言うアリスだったが、アレはアリスが手加減を出来る相手ではない。絶対に苦戦するだろう。
「お前じゃ手加減して勝つのは無理だ。ほら、俺もこれから皆みたいにアリス様〜!って呼んでやるから!頼む!!」
アラスは軽い気持ちでそう言ったのだが
「そんな事……そんな事、しなくていいです!!!」
という思ったよりもずっと重たい返事が返ってきた。
「……………へ?」
思わず上がった間抜けな声。
既に何組かが戦っている為、集まっていた視線は少なかったが、それでも近場にいた者は驚愕した。それは当然俺もでーーというより寧ろ俺が誰よりも驚いていた。
そんな事って何だ…?やっぱりアリス様〜!って呼ぶってやつか?あいつがああも感情を露わにするなんて…そこまで俺があいつを様付けして呼ぶのは気持ち悪い事なのか…ちょっと、傷つくな……ーーあれ?これって、弱味って奴じゃね?アリスが本気で嫌がる事ってかなり少ないし……
ーーふっ…やってやる!日頃の怨みを思い知れ!!
「アリス様。いきなり怒鳴らないでくださいませ。心臓に悪うございます」
「む、むぅ…趣味が悪いですよアラスさん。そ、その、様付けで呼ぶのやめてください」
「分かりました現人神様」
「…あ、貴方までそんな風に呼ばないで下さいよ………」
アリスはそう言って少しだけ涙目になった。周囲の人間は俺の事をゴミ屑でも見るような目で見ている。いや、そこまで悪い事してるつもりは一切無いんだがな……どうも今日はアリスの様子がおかしい。
何より涙目の上目遣いで見られたせいで顔が熱い。心臓がバクンバクンいっている。過去、これ程までにドキドキした事があるだろうか…?というほど胸が高鳴っている。いやまぁ、よく考えれば結構あったが。
ギャップ萌えって怖ぇ。ドキドキしめるのがバレたら面倒な事になるぞ……
それに、ユミルに先程から睨まれているのだ。マジで怖い。目に光がない人間はこうも怖いのか……俺はひとつ、新しい事を学んだ。
「冗談だよアリス。泣くんじゃない。もう様付けしてからかったりしないから。ほら、その辺りで休んできな?」
俺はアリスの涙を右手の人差し指で掬ってそう言った。アリスも珍しく顔を赤らめてその指示に従う。黄色い声が上がったが、ユミルからの殺気は倍増した。ーー意味分からんぞ…視界が悪くなるだろうから、拭ってやっただけなのに……
それにしても、アリスが事前に俺の事を襲わないようにと指示していなければどうなった事か……ユミルちゃん、マジでキレちゃってる目してるし。まあ、それも計算に入れての行動だったんだけどね!
ちゃっかり先に戦う権利を得た俺は偉丈夫の男の前に立った。木々の生い茂っている場所から一変、訓練用の広場は草一本として生えていない乾燥地帯へと姿をかえる。未だこの男には誰も挑んでいない。素人目にもこの男の強さが他の教師より頭一つ分以上に飛び抜けている事が分かるのだろう。
偉丈夫の男は髪をボサボサに伸ばし、実に汚らしい見なりをしている。だが、腰に差してある剣はしっかりと手入れされ、業物である事が一目で分かった。
「今から戦いましょう、先生」
俺がそう言うと、男はギュッとつむっていた瞼を重そうに開け、俺の顔を見、腰を見て不快そうに眉を曲げた。
「剣はどうした?まさか俺と素手で戦おうと言うんじゃないだろうな?」
この学園における剣術の授業では常に真剣が使われる。実戦経験こそが最も価値のある時間の使い方だというこの学園の方針による物だ。
ここ魔法学園には治癒魔法師が山程いる。最悪死ぬが、この最初の試験で剣を使った斬り合いを許される者と許されない者に別れる為、死者が出たことは一度も無い。
「当然です。しかし先生、僕の持っている剣は少しばかり斬れ味が良すぎて、斬り合いにならないかもしれません。そこで、良ければ訓練用の剣を貸して頂ければ……と、考えていまして」
「斬れ味が良すぎて……か。まぁ、お前ならばそのような言い訳も、事実に思えてしまうな。アラス・アザトース」
「嘘はついていません。次回までには訓練用の、普通の剣を用意しておきます」
「それにしても、訓練用の剣を準備しろという指示は、合格者発表があったその日に伝えられていた筈だ。時間は幾らでもあった。剣の切れ味が優れているという事は事前から理解出来ていたはずだが?」
痛い所を突かれてしまった。俺がペロリと舌を出して頭を掻くと、意外な事に目の前の偉丈夫は苦笑いしてくれた。てっきり、無表情のまま怒られるか、怒りを露わにして怒られるのかの2択だと思ってたのだが……以外と、冗談が通じる人間らしい。
「しかし…まぁ、今回は第一回目の授業だ。いいだろう。学園に置いてある訓練用の剣を貸してやる。次までにはしっかりと剣を用意しておけ」
「はい。必ず用意しておきます」
俺の目を見てそう言った男は、俺の言葉に満足したように頷くと、少し遠くにあった倉庫に入り、直ぐに一振りの片手用直剣を手にして歩いて来た。
「この学園に置いてある訓練用の剣は全てこの型だ。斧や槍を使うなら倉庫にあるが…」
「いえ、斧も槍も使えますが、僕は基本的に剣を主だった得物として使っています」
そう言った俺に、男は剣の鞘を持ち、柄を向けて差し出した。俺は受け取り、シュリィィンという子気味の良い音と共に刀身を露わにした。
柄が30ユル、刀身が90ユル…反りの無い、両刃の剣だ。少し頼りないが…まぁ、及第点は上げられる剣だな。少し埃を被っていたから心配したが、特に問題は無さそうだ。
「ありがとうございます。既にご存知の様ですが、改めて自己紹介を。ーー僕の名はアラス・アザトース。16歳で、ゴブリン討伐以外のクエストを受けた事はありませんが、一応Sランクの冒険者をやっています」
「『ゴブリン討伐以外のクエストは受けた事がありませんが』……か。中々に洒落の効いた自己紹介だ。では、俺も挨拶を返すとしよう。エルエス・フィルムク。以前は『聖王騎士団』の副団長をやっていた。歳が歳だから、数年前に引退したがな」
確かに、目の前の男は40前半程度の年齢に見える。剣士の寿命を鑑みれば、それでも長くもたせた方だと言えるだろう。年を重ねる毎に技術は洗練されるが、動きそのものが鈍くなってしまう。身体が付いていかない状態では、騎士団に残ってもいづれ邪魔になる…というわけだ。それにしても、『聖王騎士団』の副団長…成る程、道理で……
「他とは違う…か?」
「はい。明らかに纏っている雰囲気が違ったので……」
「しかし、まあ人は老いには勝てないものだ。ーーさて、無駄話も此処までにさせてもらうぞ。剣を構えろアラス・アザトース。試験を始める」
俺はその言葉に返事をせぬまま、腕をダラリと垂らし、身体から一切の力を消失させた。その姿は、操られる前の舞台人形のようでーー
「それが…お前の構えか?」
「はぁぁぁああ……!はぁっ!ーー行きます!!」
一瞬、気を溜め、放出する。瞬間、身体から無駄な力の全てが抜け切った。言葉と共に地面を踏みつけ、飛ぶように懐へと飛び込む。当然のように、危な気の無い動きで後ろへと跳んだエルエスは、鈍い光を放つ剣尖を、上体を退け反らせる事で避けて見せた。
当然、ただ避けるだけではない。後ろへと傾いた重心を利用し、右手をスナップさせる。それによって放たれた、跳ねるような刀身が俺の頬を少しだけ裂き、赤い雫を滴らせた。血液特有の、鼻に付く鉄臭い匂いが、俺を不快にした。その後数度剣を交えるも、全てを見切られ掠りもしない。
「チッ…!思ったよりも…疾い…!!」
一旦、後ろへと跳び、距離を取る。剣での斬り合いの真髄は、剣を重ね、火花を散らす事よりも、雷のような素早さで敵を切り裂く事にある。
(Level.1じゃ、キツイか…)
俺は剣を持つ右手に着けた腕輪を一瞬で操作し、Level.2へと引き上げる。
これによって身体能力が3分の2まで引き伸ばされた。要するに、時速300Kmまで出せる新幹線に置き換えて考えれば、時速200Kmまで出せるようになった訳だ。当然、敵からすれば今までとは全く違う動きに見える…筈だ。多分。
「はぁぁああ!!」
獣のように咆哮を放ち、剣を中段に構えているエルエスに斬りかかる。余りの蹴りに、地面の土が弾けて擬似的な爆発が起こった。いきなり速度が段違いに上昇したためだろう。目を見開いたエルエスの頬を、冷や汗が流れる。その感覚が何時もより鮮明なのは、太陽の暑苦しさ故か、それともーー
キィィンッッ!!
そんな音と共にエルエスの身体が後方へと押され、地面が削られる。既に試験中の殆どの者が、生徒、教師の壁なくアラスとエルエスの闘いに見惚れている。人類最高峰の戦いを目にする事が出来るいるという高揚感が、自然と胸を躍らせているのだ。
「途轍も無い腕力だな……いきなり動きが変わったが、それは?」
「そういう魔道具ですよ。因みに、今の僕は身体能力を3分の2に設定しています」
「今ので、3分の2……か…ーー成る程、加減は要らない。全力で来い」
「そのようですね」
そう言った俺は、直ぐに腕輪を操作した。正直、此処まで強いとは思わなかった。剣の腕は、恐らく俺の方が上だろう。剣の腕とは、即ち疾さなのだから。しかし、危機に瀕した際の反応速度、更に判断力に関しては圧倒的に向こうが上回っている。経験の…年月の差って奴か……
「ーーまぁ、俺が勝つけど」
「少し、口調が変わったな…まぁいい。久し振りに楽しめた。決着を付けよう」
そんな言葉と共に、今までとは違いエルエスが駆け出す。速くは無い。しかし、隙が一切無い動きだった。俺はダラリと垂らした腕を撥ね上げる様に斬り上げた。ギリギリで剣を盾にしたエルエスの頬に掠り、血を流させたそれは、次の瞬間には首を狙って振り下ろされる。振り下ろされた腕を掴んだエルエスは、その腕を支点にして背中側に周り、ゼロ距離からの鋭い突きを放った。
「甘い!」
そう叫んだ俺は、腰を落とし、剣の腹へと拳を放つ。刃は無理矢理に軌道をズラされ、その剣を握る腕ごと大きな隙を作り出した。
「なっ……!?」
俺は一瞬の隙をついて、後ろへと跳び、体勢を整えようとするエルエスの首筋に剣を当てた。周りは恐ろしい程の静寂に包まれている。聴こえるのは、木の葉と木の葉が擦れる合う、気持ちの良い音だけ。
「終わりです。首の『闘気』、解除しても大丈夫ですよ。斬りつけたりしませんから」
「まさか、『コレ』にまで気付くとはな……完敗。というやつを、久し振りに味わったぞ」
「貴方の全盛期に闘えば、剣を首筋に当てられてたのは、僕の方だったでしょうけどね」
「さあな。それこそ、『やって見なければ分からない』というやつだろう」
「違いない……ですね」
そう言った俺は、剣を腰に差した鞘へと戻す。途端に拍手と喝采が巻き起こった。気付かなかったな…目の前の事だけに集中しすぎて、周りが見えなくなってた……まだまだ未熟者のまま、か……
まぁいい、この世界での俺の強さも、今の闘いで其れなりに掴めた。
笑顔で拍手に応え、剣をエルエスさんに返した俺は、頭を下げて礼を言った後、ラフィス達の元へと駆け出した。
春の陽射しは何処までも暖かく、木の芽の出芽を見守っていたーー




