28話 寮とAクラス
「さてーー」
から始まったヘレンの話はおおよそ30分程で終わりを告げ、今現在、俺、ラフィス、アリス、カールの四人はAクラスの教室へと向かっていた。
1年生のAクラスの教室は一階の最も東に位置している。当然、2年生は二階、3年生は三階、4年生は四階にと各学年ごとを階ごとに分けられていて、五階は特別クラス用だ。一つの階丸ごと特別クラスの生徒の物になっているのだ。いかに優遇されているのかよく分かる。
ちなみにA〜Eまでのクラスの位置はAが最も東側、その後にB、C、D、Eと続き、ABC階段DEとなっている。これは全学年共通だ。
今現在、新入生達はこの学校での規則、行事、などについて聞いているらしいのだが、俺たちはそれを一切耳にしていない。ヘレンは「どうせSクラスの人間は爪弾きにされるし、知ってても意味無いわよ?」と言っていた。
何でも、実力差があり過ぎてSクラスの人間は参加できる行事が少ないらしい。「差別だ!」と、俺は憤ったが、無理もない事だ。特別教室に出入りする者たちの実力はそれ程までに他と隔絶している。
とは言っても、ラフィスのようにただ単純に一つ特技があって特別クラス入りしたと言う人は過去少なくなく、そういった人達は真面目に授業を受けなければ普通クラス入りするし、案外行事にも参加出来るらしい。
まあ、それは置いておこう。俺たちは今、ついに一階に降り立ち、Aクラスの教室へと向かっている。
別にAクラスである必要は無いのだが、アリスとラフィスがAクラスで授業を受けると言っている為、俺もソレに便乗した。リュークもAクラスだという話だし、悪くない選択だろうと俺個人は納得している。
「なぁ?お前らは授業を真面目に受けるんだろ?その間俺は何してればいい訳?」
俺はふと疑問に思ったことを口に出した。当然、歩みは止めていないが、その事に気づいた瞬間に少し歩く速度が遅くなった。
「嫌味ですか?アラスさん。あまり関心しませんね〜。まあ、図書館に入り浸るか研究所にでも行って見たらどうです?」
アリスは投げやりにそう言った。アリスに言わせれば確かにどうでもいいことだろう。ただ、『図書館に入り浸るか研究所に行ってみる』という言葉から『この島からは出ないで下さいね〜』という意思を感じ取れる。
俺はふとアリスを見たが、アリスよりもカールの事が目についた。アリスの後ろを恭しく歩くカールは変質者に見えなくもない。
「え?一緒に授業を受けないんですか?」
ラフィスの疑問の声。だが、俺は数学だの歴史だのを3人と一緒に真面目ぶいて教わる気はさらさら無かった。あのテスト、結局全教科満点だったのだ。それでも新入生代表挨拶をアリスが務めたのは、俺の必死の懇願によるものだった。
「嫌だよ。俺テスト全教科満点だったし、いちいち勉強なんてする気が起きないよ」
俺はラフィスの疑問にそう答えた。ラフィスは残念そうな顔をしているが、これは譲らない。勉強なんて時間の浪費だ。そんな暇があったら『生魔転換』を覚える。
「ぜ、全教科満点!?頭おかしいんじゃないか?お前!!」
まるで珍獣でも見たかのようなカールの驚いた声。全く、失礼な奴だ。
「うるさいな。あんなクソ簡単なテスト、百点取れて当たり前だろ。ほら、Aクラスの教室が見えたぞ」
4人はAクラスの扉の前で立ち止まった。3人は緊張しているのだろうか…?俺は気になり、後ろを振り返ったが、ラフィス以外は何てことない顔をしていた。
腐っても貴族だな。とアラスは心の中で2人を褒めたが、よくよく考えればラフィスも公爵家の次女。もっと堂々としていて欲しいものだ。
俺は早速ドアを開いた。ハッと驚くAクラスの生徒、目の前に見えた20歳くらいの若い女性教師も何故か驚いている。ちゃんと説明されてたんじゃないのか…?俺は疑問に感じたが、実際の所、この場にいる者は4人の…と言うよりは3人の美貌に目を奪われていたのだ。
そんな事は梅雨知らず、俺は階段状に設置された机の上にある様々な顔の中から、リュークを探した。
リュークの姿はすぐに見つかった。四方八方を女子に囲まれている。手の早い奴だ。手を振ってくるリュークに手を振り返すと
「あ、あの〜出来れば自己紹介などをしてもらえると嬉しいんですが…」
と、先程の教師が恐る恐るといった様子で俺に話しかけて来た。
全く…名前を知りたきゃ自分から名乗るって常識がこの世界の奴らには存在しないのか?俺は少し顔を顰めたが、面倒になって注意もせず
「アラス・アザトースといいます。僕はS’aだから気が向いた時だけ、もしくは興味のある授業にだけ主席する事に決めています。質問は…出来ればやめてもらいたいです」
と、出来るだけ親しげにそう言った。第一印象は大事だ。一歩間違えると面倒な事になるのは間違いない。当然、Aクラスの連中は誰一人として質問などせず、アリス達に見惚れ続けている。既に慣れきった視線だ。俺は最近、この容姿を何かしらの武器として活用出来るんじゃないか…?と、考えている。戦闘中、相手が女だった場合、ウインクするだけでどうにかなる気がするのだ。ーーいや、ホントにやったらかなり痛い奴だし、実際にはやらないが。
俺はとっととホームルームを終えて寮に行って見たかった。寮は『男子寮』、『女子寮』、『研究寮』、『教師寮』、などがあるが、『学生寮』以外は校舎からだいぶ離れて作られている。ちなみに、学園長は個人的な豪邸が与えられているらしい。
S’aの生徒は最上階の大貴族でも中々泊まれないような豪華さを誇る部屋を与えられる事になっている。実に楽しみだ。
「次、アリス挨拶しろよ」
アリスはチラと俺を見て、ニッコリと笑って一歩前にでた。
ーーヤバイ!なんかされる!!
「皆さん、アリス・アザトースです。これからよろしくお願いしますね〜。断じて『フランチューレ』ではありませんよ?『アザトース』です」
この言暫く某然としていたのは何も俺だけではない。当然だが、この場にいる誰も彼もが某然としていた。アリスの本名は『現人神』として有名だ。知らぬ者はいない。当然、アリスの発言が意味するのはーー
そして、一瞬でその場は騒然となった。
恐れていた事が現実になったーーそう確信した俺は取り敢えず闇魔法を応用した固有魔法≪記憶消去≫を使用した。固有魔法とはつまり、オリジナルの魔法だ。アラスは幾らでも使える。本来不可能とされる固有魔法の作成。だが、俺の頭脳は容易にそれを可能にする。
≪記憶消去≫は闇魔法の特性である『消滅』を『記憶』に限定させて使用する魔法だ。当然、誰も彼もが今のアリスの発言を忘れた。
その後、光魔法の≪記憶作成≫を使用。これは光魔法の特性『創造』を記憶に限定して使用する魔法で、『記憶を創る』魔法だ。どうせ忘れさせるだけでは同じ事の繰り返しになる。余り使いたく無い魔法だが、やむを得ないだろう。
アリスは明らかに違和感を覚えてしまっているのだろう。辺りをしきりにキョロキョロと見た後、スッと視線を俺に固定し、怒ったように睨み付けた。だからっ!怒りたいのは俺の方なんだよ!と思ったが、口にはしない。後が怖いしな。
アリスは、内包している魔力量が大き過ぎて、魔法の効きが悪かったらしい。まあ流石にもうアリスが今から挨拶する事は無いだろう。俺はそう判断し、アリスに勝ち誇ったような笑みを見せてやった。
それにしても…最近のアリスは過激過ぎるな…焦る必要が出て来たのか…?だとしたらーー
いや、その考えはよくないか。でも、そろそろ何か手を打たないと駄目だろうな……
アリスは渋々といった様子で一歩後ろに下がった。ラフィスも困惑しているらしい。アリスと同様に効き目が薄かったのだろう。魔力量が多いと『王格』が自然と高くなってしまう。魔法の効きが悪いのはそれが原因だろう。
まあそれはもういい。とっとと挨拶を終わらせて貰おう。
「次、ラフィス挨拶をしてくれ」
ラフィスはオドオドしながらも一歩前に出る。
ーー集まる視線。
「は、始めまして!ラフィス・グランデールと言います!これから一年、よろしくお願いします!!」
ラフィスは相当緊張していたのだろう。ずっと人目につかない別荘で暮らしていたというし、大勢に見られながら喋るという事に慣れていない筈だ。
Aクラスの生徒の中では単純にラフィスに身惚れる者。≪女神の堅盾≫を破壊した時の事を思い出したのだろう、顔を青ざめさせる者。その初々しい挨拶に微笑みを浮かべる者。など、様々な反応に分かれたが、まあ、上々な反応だろう。
ラフィスは顔を真っ赤にしながら両手で顔を隠して後ろに下がった。噛んだ事が恥ずかしかったのだろう。俺はしっかりと挨拶をしたラフィスの頭をそっと撫でてやった。あんまり可愛いので、自然と手が出てしまったのだ。
ーー湧き上がる黄色い声。
ラフィスは今度こそ顔をリンゴのように真っ赤にして俯いてしまった。過剰反応だと俺は思ったが、口にはしない。何故かアリスが殺気を出しているのだ。考え無しの行動は寿命を縮める。
やっと終わったな。自己紹介も終わったし帰るか。どうせもうこの時間じゃ行事の説明とかも終わってるしな。
俺はラフィスとアリスを目で促し、入り口へと足を踏み出した。
ーーが、
「おいおいおいおい!!まだだ!まだ僕の挨拶がまだ終わってないだろうが!!勝手に帰ろうとするな!!!」
というカールの声が3人を呼び止めた。とは言っても、ラフィスはカールと俺を交互に見て、本当に帰っていいのか逡巡していたため、呼び止められたのは2人だが。
「誰?」
アラスは首を傾げてそう言った。当然、カールの事を忘れている訳では無い。カールは反応がオーバーなのでからかうと面白いのだ。
「さあ?見たことありませんね〜。知り合いでしょうか?」
アリスも首を傾げてそう言った。アリスはカールが本当に誰なのか分からなかった。俺もそれを感じとり、本当に哀れな奴だな…と、流石に同情したが、俺は哀れみを覚えた程度で弄るのをやめるような優しい人間では無い。やめてやろよって?ヤダよ。面白くないし。
「俺もアリスもお前の事知らないんだわ。人違いじゃね?」
俺は少しチャラい感じを出して顔の前で手を横に振りながらそう言った。
カールもアリスが本気で自らの事を覚えていないと瞬時に理解したのだろう。完全に正気を失い、目が虚ろだったが、流石にこのまま2人に反論しなければ完全に置いていかれると理解した為、
「い、今から全員に自己紹介するから黙って聞いてろ!!」
と必死に叫んだ。俺とアリスもこのまま出て行こうとしても面倒な事になると判断し、渋々立ち止まった。
それを見て安心したカールは一歩前に出て挨拶を始めた。
「僕はカールーー」
ーー割愛!!!
酷いって?仕方ないだろ?だって、俺はドSなんだから!!!
▲▽▲
あの後、無事にホームルームも終わり、寮へと向かう真っ最中であるアラスは現在、リュークとカールと共に校舎を後にしていた。
男子寮と女子寮は校舎を挟んで真向かいにある為、アリスとラフィスは既に俺たちと分かれて行動している。
何故真向かいにあるのか?言うまでもない事だろうが、一応説明しておこう。簡単なことだ。異性が身近で睡眠を取っていれば不純な行為に走る者が出てくるため。それだけだ。当然、それは男子に限った話ではない。この世界の女子は実に積極的だ。
いい男と巡り会い、手中に収める事が出来れば生涯安定して暮らせるし、何より政治的な事を考えればどんな男と一緒になるかで地位まで変わってしまう。
爵位がある者を女が襲い、既成事実を作ろうとする。というのは別に珍しい話では無いのだ。その為、学園としても何らかの措置を取らなければならない。そうしなければ被害にあった貴族にお小言を貰い、面倒な事になってしまうからだ。その『措置』が異性の寮を離して設置するというものだったのだ。効果はそれなりにあるらしい。
「ねぇねぇアラス!この学園ってやっぱりレベルの高い女子が多いよね!僕ちん困っちゃうな〜!!」
身をくねらせながら今にも踊り出しそうな声でそう言ってくるリューク。喜ぶのはかまわないが、この学園の女子のレベルが高くてもお前が困ることは無いだろう。
「そういえばお前、四方八方を女子で囲まれてたよな。手が早いにも程があるだろ」
「いやいや、僕ってばモテちゃうからさ〜。アハハハハ!!」
「いや、まあそれはどうでもいいや。カール。お前いい加減に元気出せよ。アリスもいつかお前の名前覚えてくれるって」
アラスはカールの肩をポンポンと叩いてそう言った。カールは俯いたまま、
「僕はネールでもエールでもケールでもシールでも無い……カールだ…」
と、そう言った。あいも変わらず目は虚ろだ。俺は流石に哀れに思ったが、リュークは
「仕方ないよ!アリス様は君には興味無いんだから!!」
と、さらなる追い打ちをかけた。リュークとしてはそんなに気にする事じゃない。と、慰めたかったのだが、カールはドンドン暗くなる一方だ。
(あれ〜?何で更に落ち込むんだろう?やっぱカール君は意味不明だなー)
と、リュークは内心考えていたが、それをアラスが聞けば、「お前の思考回路の方が意味不明だよ!!」と怒鳴りつけただろう。
「あ、入り口が見えたぞ」
俺はカールの事は時間に解決して貰うしか無いと判断し、指で寮の入り口を指してそう言った。
流石に寮の入り口ともなればかなりの人でごった返していたが、誰も彼もが俺を見た瞬間に道を譲った。いざこざを起こして関わり合いになりたくないのだ。俺は猛獣か何かかよ……
寮の扉はどんな種族の者でも簡単に入れるように、冗談みたいにデカく設計されていた。縦10ユル、横4ユルといった所だ。道が分けたことにドギマギしているリュークとカールを置いて俺は寮に入った。
この寮は横に広く作られているため、五階建てで済んでいるが、一階に100人もの人数を詰め込もうとしているのだ。どれほどの大きさなのか、容易に想像できるだろう。とは言っても、所々で魔法を使用している為、本来必要な大きさよりはだいぶ小さい。
階段を登る。俺もリュークもカールも部屋は最上階だ。最上階はAクラスとSクラスの御用達になっている。
「そういえばカール、お前は俺に頼みがあるとか言ってなかったか?」
俺はふと気になったことを尋ねた。色々あって聞いていなかったのだ。どうせくだらない頼みだろうと思ったが、それは聞いてから判断する事だろう。ーー既に4階への階段に差し掛かっている。
「僕はネールでもエールでもケールでもシールでも無い……カールだ…」
「「………………」」
俺もリュークも黙り込んでしまった。カールは未だにこんなことを呟いている。アリスに相手にされなかったのが余程応えたのだろう。リュークと俺は、そっとして置いて置いてあげよう。と心の中で決めた。
ーー五階についた。
「じゃ、俺はあっちだから」
「うん。僕とカール君はこっちだね。ほら、カール君行くよ」
そう言ってカールを引っ張るリューク。
「僕はネールでもエールでもケールでもシールでも無い……カールだ…」
「しつこいよ!!!」2人はそう思ったが、そっとして置いてやると決めたのだ。声には出さない。俺は2人に背を向けて歩きだした。
暫く歩くと一際大きく、あからさまに豪華な扉が見えてきた。このS’a専用となっている部屋は男女寮共に5部屋ずつある。
ーー扉を、開けた。
目の前に広がるのは一面ガラス張りの真っ白な部屋。所々を赤と紫の装飾品で飾り付けてある。天蓋付きのキングサイズのベットはしかし、それでも部屋の一部を占めているに過ぎない。勉強用の机、高そうなテーブルとソファー。
ーー凄え……
と、そんな陳腐な言葉しか俺の口からは出て来なかった。なんと無しに外を見るためにガラス張りに限界まで近づいてみれば、外にベランダまであることが分かる。
ベランダに出て下を見下ろせば一面に広がる緑とごった返す生徒、様々な研究施設、訓練用のドーム、校舎が見えた。
ーーここで学んで行くのか…
大きな期待と感動を胸に、俺は部屋に入ってベッドに飛び込む。感触を表現するならば、まさにマシュマロのような柔らかさ。というやつだった。
ーー俺の意識は沈み、暖かな闇に包みこまれた。




