21話 出会い
一人の男がお茶を出すために冒険者ギルドレクルム支部の執務室の扉の前に立っていた。ここではあの史上最速のSランク冒険者アラス・アザトースと、ラファエール様の生まれ変わりだと言われるアリス・フランチューレ様が縁談をしている。
あの到底自分達と同じ人族だとは思えない美貌を持つ2人が結婚…間違いなく世界一の美男美女カップルだろう。
縁談がどれほど進んでいるのか気になり、ドアを開けた男が見たものは
「俺の、俺の大人のファーストキッスがあああぁああぁああああ!!!!!」
叫びながら壁に頭を打ち付けるアラス。頭からは血が出ている。
「ハハハハハハハハ!!!良いぞ!!もっとやれアリス!!ハハハハハハ!!!」
何故か職務中なのに酒を飲みまくり大笑いしているギルドマスター。
「アラスさん!?大丈夫ですかアラスさん!!血が出てますよ!!!」
余りの事態に心配するしかないエミィ。
「アラスく〜ん!もっとワイの事殴って〜な!!」
薄い緑色の髪をしたエルフの男。ケツをフリフリしてアラスに近付き、蹴り飛ばされた。
「僕のアリス様が………殺す」
ピンクの髪が目に痛い狐耳の少女。ナイフを両手に持ち、アラスに切りかかろうとしている。
「あはははははは。良かったですねーアラスさん。私もファーストキッスでしたよ」
『現人神』のアリスの楽しそうな笑い声。
「うるせー!俺はなぁ!俺は好きな人に大人のファーストキッスだけは捧げるって決めてたんだよ!!!」
やっと壁に頭を打ち付けるのをやめたアラス。
「ファーストキッスだけ?童貞の貴方が好きな人に捧げるのは本当にファーストキッスだけなんですかね〜?」
挑発するアリスさん。案の定アラスはまた壁に頭をぶつけ始めた。
……………なんだ?これ。
▲▽▲
「ああ、始めましてですねアラス・アザトースさん。いや〜噂に違わぬ容貌の持ち主で驚きましたよ。どうですか?私と、結婚してみません?」
日が確実に傾いてきている。徐々に日の光が宵色に染まって行くのが分かった。建物の中だと言うのに、何故かアリスの周りにだけ風が吹く。アリスは乱れた髪をそっと抑えた。
俺でさえ思わず見惚れてしまうその光景に、周りの人々の中からは魂が抜けたような表情をしている者が続出している。ーー傍迷惑な奴だ。
「なんで?」
俺は思わずそう返した。
いきなり何を言いだすのだろうかこの女は。周りにいる数十の人も、よくよく彼女の後ろを見れば気づく事が出来た、彼女の護衛であろう男女も。驚愕の思いで彼女と突拍子もない事を言われて鳩が豆鉄砲喰らったかのような顔になっているであろう俺の顔を凝視していた。
あの元気な爺さんの笑い声が耳に痛い。
今、なんて言った?コイツ。
「は?ではありませんよ。おかしいですね…頭にクソでも詰まってるんですか?」
「クソが詰まってるのはお前だろ」
思わずそう返した俺に降り注ぐ尋常ではない敵意の視線。成る程、流石は現界している神だと言われるだけはある。この人達は自分達の神様を馬鹿にされたと思って怒っているのだろう。
ムカついた俺はとりあえず殺気をばら撒いた。当然、数人の男女が倒れる。アリスはそれを愉快げに見て、
「う〜ん。ここでは話しにくいですねー。あ、そうだ!3階の執務室に行きましょう。そこで縁談を進めようじゃないですか!!」
そんな事を言ってくる。
縁談を進めようじゃないですか!だと?
俺は驚いて言葉が出ない。今までも多少強引なヤツは見てきたが、こいつは段違いだ。
面倒ごとの匂いがプンプンする。あの爺さんの用事も終わったみたいだし、この変な女無視して帰るか。
ーーにしてもこいつ目当てでここまで来たのに……なんか残念だ。
「やだ。俺もう帰る」
駄々っ子のように俺はそう言った。
困りましたね〜。と言うアリスの妙に間延びする声が辺りに響いた。
辺りはどんどん暗くなっている。春の夜風は只々冷たい。ーー早く宿を見つけて寝たいな。
うーん。それにしても俺、こいつの事嫌いかも。なんか、目があった瞬間にゾッとしたし。理由は分からないけど何故か『天敵』って感じがした。関わり合いになりたくないな……
俺のそんな考えを嘲笑うかのように彼女はこんな事を言った。
「う〜ん。『ペオナント教国』が貴方を暗殺しようとしているので助けてあげようと思ってたんですが…」
声色は困りました。と言っているが、顔はニッコニコしている。小悪魔敵な笑みだ。100万人、99万9千9百9十9人が惚れいるような笑み。
だがしかし、俺は純粋に、あ、こいつウザい。それも俺が超嫌いなタイプだ。と判断した。
周りにいた者は誰しもがアリスの言っている事に訝しげな表情を浮かべている。『教国』というには宗教国家。つまりラファエール教の心臓部なのだろう。
そして、俺が将来ぶっ潰す国。俺に対して暗殺なんて無意味だし、無視して帰ろうかとも思ったが、俺は思い留まった。
何故かって?そりゃお前……アリスの護衛の女の子が超かわいい獣耳美少女だったからさ!!
よく見てみると頭の上に狐耳があったのだ!!俺に言わせれば、これを逃すてはない!絶対にあの子の耳に触って見せる!!
しかし、こんな事を悟られてはいけない。恥ずかしいし。ということで、ちょっとクールに相槌を打つ。
「『ペオナント教国』とやらが俺に危害を加えようとしているなら、今すぐ潰しに行こうか?どうだ?一緒に行かないか?」
まあ、こんな所だろう。こいつが何故俺に手を貸そうとしているのか分からないし、教国相手に暴言を吐いた俺に対する反応を見て信じられるかを決めよう。
「いえ、それは貴方一人にやって貰いたい所ですねー。私、荒事好きじゃないですし」
アリスはいかにも面倒だという様子でそう言ってくる。軽く口に手を当て、欠伸までしやがった。これでは意図がよく分からない。
またまた微妙な反応を……まあいいか。少なくとも悪い奴ではなさそうだ。何と無くそう思った。嫌いな奴ではあるけどな。
「冗談だよ。それと、お前と結婚する気はないぞ。俺」
まあ、こんなパッと出の奴と結婚する気などあるはずも無い。そもそも結婚とかしねぇし。
「え?こんなに超絶美少女なのに?」
アリスが驚いた顔でそう言ってきた。が、予想通りって感じだな。俺が首を縦に振るとはそもそも思っていなかったのだろう。
それにしても自分の事を超絶美少女って…いや、その通りだけどムカつくな。
「うっさいブス」
どうせこいつはこんな事言われた事無いだろう。どうだ?屈辱だろ?
俺は怒鳴られると思い、こう言ったのだが…
「あはははははは」
笑われてしまった。自分が超絶美少女なのは揺るぎない事実だと思っているのだろう。
……これはウザい。とりあえず無視して3階に行こう。先程から野次馬の数がどんどん増えている。100人を超えているんじゃないだろうか?全く、俺はああいうがの嫌いだ。虫酸が走る。
チッ。俺は一つ舌打ちし、アリス達に目配せした。理解してくれたらしい。彼女等も歩き始めた。
ーー俺は踵を返し、階段を登った。
▲▽▲
この部屋にこの人数は少し詰め込みすぎじゃないだろうか?
ふと、俺はそう思った。窓から差し込むオレンジ色の光は夜が近づいている事を教えてくれる。と言うかもう殆ど夜だ。
俺の正面にはアリス・フランチューレ。更にその後ろには2人の従者が姿勢を正して…姿勢を崩して並んでいる。
行儀の悪い奴らだ。
俺から見て右手側の椅子には例のうるさい爺さん。先程から笑ってばかりだ。今だに愉快そうな顔をしている。そんなに面白いですか?ご老体とはいえあんまり馬鹿にされると俺も怒るんですがね。全く、腹立たしい。
俺の左手側の椅子には…誰もいないが、俺の左隣にエミィが座っている。どうしたのだろうか?さっきから妙に近い。
この部屋はそもそも汚いし、狭い。訳のわからない書類や道具、機械が散乱しているせいだろう。俺たちが少し動くたびにギィと音を立てるソファーは穴だらけで座りにくい。
「さて、アラスさんには何故自分が教国を殺そうとしているのか、分かりますね?」
ーーアリスが早速話しかけて来た。
おいおい、このパターンはさっきやったぞ…ここで分からないと言ったらまた馬鹿にされるな。うん。自分なりの考えを言おう。
「俺が異常に強いから?」
ーー俺は自信を持ってそう答えた。エミィに説明されたばかりだからな。
「違います。あ、そうそう。余り自惚れない方がいいですよ。貴女は私より強そうには見えませんし」
あれ?違った?予想外だな。まあそれはいい。俺がこんな弱そうな奴より弱い筈ねえよ!
と、ここでヒートアップしても疑わしいだけだな。クールに行こう。クールに。
「普段は力を抑えてるんだよ」
これは本当だ。今もレベル1のままだしな。
「ははは。じゃあ本気とやらを見せて下さいよ童貞さん」
いいだろう。この童貞の俺が…童貞の俺………?
「どどどどどど、童貞だと!?どどど童貞ちゃうわ!!!!」
ち、違うって!童貞じゃないって!いや、童貞だけど。
「どもりすぎですよ。やっぱり童貞だったんですね〜。何か童貞臭がすると思ってたんですよ」
ーークスクスと笑ながらアリスはそう言う。その顔はまるで、新しいオモチャを見つけた子供のようだ。
童貞臭だと!?そんな馬鹿な!?
「アリスちゃんもうやめたったり〜な。アラス君が可哀想やん」
唐突に後ろの薄い緑色の髪をしたエルフが喋り始めた。容姿は…まあ、悪くないな。背は高い。180くらいだろう。年は俺と同んなじくらいかな。……って、関西弁!?なんで!?……ま、まあ、それは後で聞こう。
それにしても俺のイメージ通りのエルフに会うことはこの先も無いのか…?
俺がそんな事を考えていると、先程のエルフが喋りかけて来た。
「始めましてやな。ワイの名前はオルド。アリスちゃんの従者やらせてもうてるわ」
俺としてはお前の名前なんぞより後ろのピンク髪の狐耳美少女の名前を知りたいんだよ!!!そう、思ったが、挨拶はきちんと返さなければいけない。礼儀だからな。
「始めまして。私の名前はアラス・アザトースと言います。これからもよろしくお願いします」
俺は一応敬語で返した。何時もより柔らかく、優しげな雰囲気を持って。
ふっ!これでどうだ!キモく無いだろ!!
「あははは。アラスさんキモいですねー吐いちゃいそうです」
ーーアリスの吐く真似は何故か真に迫っていた。今にもゲロゲロしそうだ。
嘘…だろ……ッ!?
「吐くほど気持ち悪かった!?そんな事無いよね!!??」
俺は咄嗟にオルドに助けを求めた。
「うーん、アラス君は敬語が驚異的に似合わへんし…やめた方がええと思うよ」
ーーオルドは目を逸らしてこう言った。
そんな…
「ハハハハハハ!!可哀想な奴じゃ!ハハハハハ!!!」
……俺は黙ってクソジジイを睨み付けた。ジジイは黙る。ふっ。ざまあみろ。
俺は決めた。もう敬語は使わない。絶対にだ。馬鹿馬鹿しくてやってられん。
すると今まで沈黙を保ってきていた狐耳美少女の口が開いた。
「僕、お年寄りを大事に出来ない人、嫌い」
嫌い…?そんな…って、ぼ、僕っ子…だとッ!!?
凄え!始めて会った!!やっぱり僕っ子は実在するんだ!!!
大興奮した俺は思わず抱きつこうとしたが、アリスに
「アラスさん。ユミルに手を出したら、怒りますよ?」
と、悪魔のような笑みで言われたため、泣く泣く諦めた。男連中は哀れみの視線を向けてくる。笑いたきゃ笑えよクソッタレ。
それにしても…ユミル。それがこの子の名前なのだろう。ピンクの髪で低身長。150弱って所だな。胸もそれに比例して全然ない。ああ、抱きつきたい。そんでもって耳をモフモフしたい。あの尻尾も触りたい!!俺の興奮が止まらない!!!
「アラスさん。あれ?聞こえないみたいですね。童貞さん?聞いてますか童貞さん?」
「……………」
無視だ。絶対返事なんてしない。
「返事を返してくれればユミルの耳を触らせてあげますよ〜?ほら童貞さん?聞いてますか?童貞さん」
「はい!何でしょうか!!アリスさん!!!」
俺は欲望に負けた。それにしても何でこいつは俺がユミルの耳を触りたいんだと気づいたのだろうか?……まあ、あんだけ耳を凝視すれば普通に気付くか。
まあそんな事はどうでもいい!俺はッ!俺はついに獣耳を触れるんだ!!!
「違いますよアラスさん〜。童貞ですが何か?が正しい答えです。諦めて下さいね〜」
……………は?な、なんだと!?お、俺の純情を弄びやがって、巫山戯んな!!と、俺がアリスを怒鳴りつけようとした時、
「このままじゃ何時まで経っても話し合いが進みませんよ。アラスさん」
という諌めるようなエミィの声が割り込んで来た。確かにその通りだな。
「で、何で帝国が俺を狙ってるんだって?」
確か話題はこれだった筈だ。
「簡単です。その『アザトース』という家名はラファエール様。つまり私の前世だと言われている女神様のものだからです」
………待て、こいつは今なんて言った?私の前世の女神様?こいつが?全然似てないのに?ってかラファエール死んでないのに?
「ぷっ」
俺は思わず吹き出した。怪訝そうな皆の顔が見える。ラファエール死んでねえよ!と、指摘してやろうと思ったが、やはりラファエールとの関係は秘密にしておくべきだろう。
そんでもって俺が狙われる理由である『アザトース』。昔から、何でこんな家名をつけたんだろう?と疑問を抱いていたわけだが、やっと分かった。確かにこれなら効率良くラファエール教の上層部と対立出来る訳だ。
おっと、こいつらにも何故吹き出したのかを説明しないとな。当然、嘘で。
「いや、くだらない理由だな〜って思ってな。そんだけか?」
「ええ。でも、くだらないって訳じゃ無いんですよね〜これが。あの人達にとっては『アザトース』なんて名前を持ってる人は即刻排除すべき対象ですからね〜。ほら、知りません?ラファエールという名前の人は見つけ次第殺されるって」
成る程。確かに聞いたな。だが、その理由すら俺は知らない。
「なんで女神様と同じ名前を持つ者は殺されるんだ?」
この質問にはエミィが答えた。
「それは『『現人神』』になる可能性が出てくるからって聞いた事があります」
ん?名前だけで『現人神』になるのか?そんな筈無いんだが…神のごとき力を持つ者が『現人神』になるって教わったし。
「名前が同じってだけで『現人神』になれるのか?」
「それは分かりませんねー。『現人神』になる方法は未だによく分かっていないんですよ。ほら、私は皆さんから信仰を受けて『現人神』になったでしょ?」
なったでしょ?って言われても分からんのだが。まあ、何で狙われるのか分かったし、これ以上はいいや。
「そんなの知らない。まあそんなのどうでもいいじゃないか。結婚どうこうの話に移ろう。ちなみに俺は反対だ」
「理解できませんね…私を好きに出来るんですよ?最高じゃありません?」
はっはっは。ナイスジョーク。
笑わせんなよ。と、俺が答えようとした時、
「全くやな。ワイもアリスちゃんのオッパイ触りたいわ〜」
と、オルドがアリスの胸に突撃をかました。いや、マジで。アリスは平然としている。もしかしたら日常茶飯事なのかもしれない。
……嘘だろ?こいつが護衛…?寧ろ、害を与える側だと思うんだが…
話が進まないのでおれが殴って黙らせた。…いや、黙らせようとした。手加減して速度は大した事無かったとはいえ、俺の左アッパーをオルドの野郎はよけやがったのだ。
ーーへぇ、強いなこいつ。じゃ、もう一発!
アラスはオルドの右側に回り込むふりをして左側にジャンプし、オルドの右腕を支店にして一回転。後ろに回り込んだ。そのまま左脚での回し蹴りをすると見せかけて、右腕でエルボーをかました。
どうだ!俺の柔軟性は天井知らずだぜ!何て言っても俺はついにあの『関節を外す』という。どっかの誰かがやっていた技が出来るようになったからな。師匠!いつか俺はあんたを超えるよ!!
ーーアラスはチラッとオルドを見た。
……にしても大丈夫かあいつ?思ったより強かったから割と本気で行ったけど……まあ、レベル1のエルボーなら大したダメージにならないかな?
……あれ?よく見ると幸せそうな顔をしている…?いや、そういうのはニーナがいるからもういらないんだが……まあいいか。
こいつが護衛なのは単に実力が高かったんだろう。2つもフェイクを織り交ぜた攻撃だったというのに、咄嗟に後ろに回避して威力を下げてたし。現に気を失っていない。優秀だな。
「いや〜流石ですねアラスさん。お礼にキスをしてあげましょう」
………ん?唐突だな。悪い気はしないが、ユミルが俺の事睨んでるし、何より……怪しいな。嫌な予感がする。だいたい、俺と結婚する事でこいつに生じる利益を聞いていない。まだ信用出来たもんじゃないな。
……とは言っても、俺は≪万能の指輪≫の<状態異常無効化>があるし、毒だの何だのを盛られても大丈夫だろう。
逆に驚かせてやるわ!!
「何を企んでるのか知らないが、俺は構わないぞ。キスなんてし慣れてるしな」
ーーアラスがそう言った瞬間、この部屋にいた奴ら全員がアラスに疑いの…と言うよりは哀れみの視線を向けた。
ーーだが、アラスはそんな事には気づかない。
ん?なんだ?その疑いの視線は。誰も俺の言ったことを信用してやがらねぇ!!
「アラスさん。嘘をつくのは駄目ですよ?私、アラスさんが嘘をつく所なんて見たくありません」
「いや、エミィ。俺、実はキスだけは経験豊富なんだ。この10日間でも20回以上やってるし」
ニーナとだけだがな。しかも20回ってニーナの新しい扉を開いたあの日だけの記録だけどな。まあ、嘘は言っていない。10日間の出来事だと言っても嘘じゃない。
「まあ、俺は大人のキスだけは好きな奴に捧げるって決めてるから一度もしたこと無いんだけど」
「へぇ〜。じゃあ、始めてのディープキスを捧げた人がアラスさんの好きな人って事なんですね〜?」
「ん?まあ、そう言うことかな」
俺が気取ってそう言った瞬間、アリスが顔を近ずけて来た。フッ!俺の始めての大人のキスを奪おうってか?無理に決まってるだろ!!
制止の声が聞こえる。エミィとユミルのものだ。だが、既に止められる段階では無い。視界一杯にアリスの顔が見える。唇が、触れたーー
舌が俺の口の中に侵入しようとして来る……が、無駄だ。俺はガードが硬いんだよ!!
俺は勝ち誇った笑みを浮かべ、アリスを見た。って、あれ?何でこんな不敵な笑みを浮かべてんの?……あっ!身体が動かない?って、ヤバイ!!勝手に口が開いてーー
舌が、入って来た。俺は、ぎゃああああああ!!!!と、叫ぼうと思ったが、声も出ない。完全に動きを封じられた。
な、何だよこれ!どうなってやがる!?こ、こうなったら≪理を断つ者≫を使って……いや、高々キスをやめさせる為に使っていいものなのか?本格的にペナルティが迫って来てるんだぞ!?
だが…俺の始めてが……これ以上耐えられるか!!使ってやる!!
<世界よ。俺の動きを阻害する者のーー
ーーと、アラスが頭の中で唱えかけた途中、突然体の自由が戻った。
あ、動きが戻った。すぐさま俺はアリス超絶糞野郎から離れる。
まずは目の前でニヤニヤしているアリスをチラッと見て、目の前のテーブルを光の無い瞳でほんの三秒程見つめ、俺は叫んだ。
「俺の、俺の大人のファーストキッスがあああぁああぁああああ!!!!!」
ーーこうして、物語は冒頭まで辿り着いた。
▲▽▲
「アリスッ!てめぇなんてことしやがる!!巫山戯んな!!!」
俺の怒りはラファエールに最初に会った時並みだ。ヤバイ、頭爆発しそう。
「ふっふっふ〜これが私の『『現人神』』としての力≪時間の支配者≫です。これで私の事が好きになったでしょう?アラスさん」
「なるかボケッ!!もういい!俺はらラフィス達の所に帰る!!!」
≪時間の支配者≫?大層な名前だな!俺の口が勝手に開いたのは時間を戻したからってか?くそっ!俺が迂闊だった。結婚?そんなのするもんか!!
早速立ち上がろうとした俺だが、アリスの様子がおかしい。なんて言えばいいのだろうか?時が止まったって感じ?何かボーっと俺の事を見ている。なんだ?心配になって来たぞ…俺とて本気でこいつの事が嫌いになった訳じゃ無い。
そりゃあ大事なもんだったからショックは大きいが、俺は案外立ち直りが早いのだ。どうせいつかは誰かとやってたし、ま、いっか。と思っている。
俺が激怒するのはせいぜい5分程度なのだ。
全く、仕方のない奴だ。俺に嫌われたとでも思ったのか?そう思い、別に怒ってないぞ。と、心優しい言葉を投げかけてやろうとした時、
「ラフィス…?今、ラフィスって言いました?」
というアリスの声が先にこのクソ狭い部屋に響いた。
「あ、ああ。確かに言ったぞ」
どうしたんだこいつ。急に変になったぞ。次はいきなり必死な感じになった。
「じゃ、じゃあ、エリスって知ってます?」
「ああ、ラフィスの護衛で俺の友人のエリスの事だろ?」
俺がそう言うと、
「帰りますよ二人ともッ!!今日はパーティーですッッ!!!」
大興奮してそう言ったアリスは、二人を引っ張って帰ってしまった。
……は?知り合いだったのか?
「そうかそうか!!お主が連れていた二人の美少女とはラフィスとエリスの事だったのか!!これは数奇な運命よ!!ハハハハハ!!!」
後に残ったのは、何か知らんが大興奮している爺さんと、大人のキスを奪われた俺。不機嫌そうなエミィの姿だけだった。
ーー外はもう、真っ暗だ。春の夜はまだ寒い。俺はそっと窓を閉めた。




