14話 決着と同情
決戦が終わります。
少々改正を加えました。
目の前には人型の紫水晶が点在している。
只々美しい光景だった。瞳を閉じて想像して見て欲しい。目を覆う程のアメジストが目の前にある光景を。
ーー照りつける太陽の光が紫水晶を媒体にして乱反射している。目に見える全ての空間が薄い紫色の光で包まれていた。幾億の光は紫水晶に呑み込まれ、純粋な陽の光は何処を探しても見ることは出来ない。 まるで…そう、万華鏡の世界に迷い込んだようだ。この光景を見た者は後に誰もがこう言った。
ーー『知らない内に、別世界に飛ばされたみたいだった』と。
誰もが口を開こうとしない。そんな状況の渦中にいた俺は、この邪魔な『モノ』をどうするかを考えていた。
ーーん?人影に隠れて見えなかった奴もいただろうに何故全員倒せたかって?そんなの御都合主義に決まってんだろ!…と言いたい所だが、これにはちゃんと訳がある。
≪紫結晶の魔眼≫が効果を与えるのは『見に見える物』という表現だけでは説明不足だ。正確には『認識した目に見える存在』に対して効果を与える。つまり、100人の敵を『邪魔者』という一括の存在として認識した事で全員が紫水晶化したのだ。
本来、≪紫水晶の魔眼≫で創られた水晶は絶対的な強度を誇る。このままコレらを放置しても大丈夫だと思うが…それではあんまりだな。うん。
俺はすぐに結界魔法第二階級≪結界結・泰≫を発動した。単純に≪結界結≫より滅茶苦茶でかくなっただけの魔法だ。が、この魔法は収縮して小さくする事で密度をあげる事が出来る。
あの3人に≪結界結≫を使ったのはそこまでする必要が無かったからだ。結界魔法は要するにつぎ込む魔力量が多ければ強くなる。≪地獄の業火≫に3回耐えられれば何とかなるはずだ。
捜索の前に取り敢えずランドに確認を取ろう。その後で≪理を断つ者≫を発動するのだ。それが、筋を通すってもんだろ?
「なぁランド、今からお前の家族を探そうと思うんだが…おい!聞いてるのかランド!!」
「……………。」
聞いてない…だと…ッ!?って、アレってそんなに見入る程の物か?まあ、聞いてくれないなら仕方が無い。勝手にやろう。ぶん殴ってから聞いてもらうのもなんか違う気がするし。
<世界よ。我はランド・フリューゲルの妻子の現在地に関しての無知を許さない>
と、心の中で唱える。知識を得るにも当然制限がある。しっかり条件を絞らないと発動しなくなってしまう。無論、今回は発動した。
このアルトと言う町は全体的に円状で、中心地に領主の屋敷があるのだが、(この世界の町や都市は大抵がそんな形らしい。ラフィスが言ってた)俺が得た知識によるとそこに2人ともいるとの事だ。
よかった…町の反対側にいたりしてたら正直面倒なので救出を後回しにしていたかもしれない。さて、とっとと行くか。
「おいランド。お前の家族の居場所は突き止めた。屋敷だ。あそこに2人ともいる」
俺はとりあえず調査結果を報告する。
「あ、ああ。って、なんでそんな事が分かったんだ…?」
まあ、そりゃ気になるよな。でも俺の答えは…
「何と無く」
そんなもんだ。
「そ、そうなのか…凄いなお前は。そんな事魔王様にも出来ないぞ」
うん。流石にもう会話ができるようになっているな。それにしても魔王様ですら出来ないとは…まあ、何と無くとか普通に嘘だし、そりゃ魔王様も出来ないだろうよ。
俺からしたらこの言葉を信じたお前の方が凄えよ。(何でそんな嘘をついたかって?それこそ何と無くだ)まあ、これだけの人数を一瞬で倒したんだ。あの豚の驚く顔が目に浮かぶな。
町人たちの大きく開いた口を面倒な事になった…と呟きながら、俺たちは領主の屋敷に向かって歩き出した。
ーー決着は、近い
〜???side〜
アラス達がいる位置から東に300ユル程先の屋根の上に、一人の男がいた。深くフードを被ったその男が持つ、淡い銀色の瞳が見ているのは、この世の者とは思えない美しさを持つ少年だった。
今、少年は一瞬のうちに100人ほどの騎士や傭兵たちを紫水晶に変えて見せた。
驚くべき光景だ。男は、アビスにすら出来ないであろう事をするあの少年に対して、僅かな恐怖心と、大いなる興味心を抱いた。
ーーあの少年は、あと時の少女より強いかもしれない。半年程前に一度だけ戦った際、300年ぶりに自分が押されて恐怖した、あの少女よりも。アレは良かった。結局は逃げられてしまったが、アレほど強いアビスの弟子は久しぶりだった。
あいつの弟子はすぐに有名になる。いつもは一つの町で有名になった時点で対処していたのだが、あの少女とこの少年が有名になるまでの時間は余りにも短過ぎた。
最近、異常な才能を持つ子供たちが明らかに増えている。俺に対する抑止力にでもするつもりか、ラファエール?男は、消え入りそうな声でそう呟く。
今まで、自分の目的を邪魔する者は皆殺しにして来た。これからもそれは変わらない。どれほど邪魔をしようと、あいつを奪ったこの世界の破滅を諦めるつもりは無い。
腑抜けて森に閉じこもったアビスもいつか必ず殺す。まあ、とりあえずは帰るか。今は人が多過ぎる。≪真王≫たる俺が姿を見せれば大騒ぎになってしまうだろう。
ーーそれにあの光景…何もかもが紫結晶と化すその様は、アビス以外の者には誰もなし得なかった特殊魔法。『錬金術』のようでは無いか。
思わず、含み笑いがもれてしまう。あの少年はラファエールの秘密兵器なのかもしれない。
ーー早々に手を打つ必要があるな。
「少年よ。貴様にはそう遠くない未来で必ず合間見えるだろう。その時は俺がすぐさま殺してやる。貴様の大切な物と一緒にな。貴様の顔が絶望に染まる瞬間を見るのが、本当にーー楽しみだ」
男はそう呟く。
男には、あの少年の姿と、昔の自分達の姿が被っているように見えた。おかしな話だ。少しだけ、懐かしい記憶を思い出して、フッと微笑む。笑ったのは、何百年ぶりだろうか?
一陣の風が吹く。次の瞬間、その場に男の姿は無かった。
▲▽▲
ーー道を行く俺たちを人々が見る目は完全に恐怖心で満たされている。まあ、俺があんな事やっちゃったからなぁ。仕方が無いけど、流石にちょっと傷つくな…この町がドンドン住みにくくなっていく……
俺たちはついに領主の館の前についた。あそこに全兵力を送り込んだのだろう。敵兵は一人もいなかった。確かに普通ならアレでびびって帰るのかもしれない。だが、相手はこの俺、アラス・アザトースだ。あんなのじゃ脅しにすらなりやしない。
今、領主の屋敷には結界魔法第三階級≪新世界≫を全体に張り巡らされている。大仰な名前だって?俺もそう思う。だが、この魔法は凄い。本当に新しい世界を創ってしまう。
とは言っても『世界』と言うほどの大きさには出来ないが。『異次元空間』と言った方が分かり易いだろうか?これで何人たりともこの屋敷から出られない筈だ。
外見は真っ黒。というか発動した者の好きなように変えられる。ランドはまたまた驚いているが、(遠目で俺たちを見ている人達も驚いている)俺が結界に穴を開け先に入るように促すと堂々とした足取りで入って行った。
ーーカッコイイな。
その堂々たる後ろ姿を見て、俺は思わずそう呟く。
屋敷の中に兵はいない。時々メイド服を着た人とすれ違うが、それだけだ。とは言っても、メイドさんは俺を見た瞬間に顔をポーっとさせる為、単にすれ違っただけでは無いのだが。
「おい、あの豚を殺すのとお前の『家族』を助けるの。どっちを先にする?」
一応打ち合わせをしておく。計画性は大事だからな。ちなみに俺は声を潜めて喋っているのでは無い。周りには誰もいないことを確認しているし、普通の声量だ。
「プタ・テプールを優先する」
やっぱりそうか…
「あの豚を倒すのはそう難しく無い。問題は、俺とお前、どちらがあいつを殺すのかだ。当然、お前が殺したいと言うなら、俺は諦める」
まあ、答えは聞かなくても分かっているが。自分の妻を苦しませた男だ。自らの手で殺したいに決まっている。
「……考えておく」
少々、間があった。
「どうしたんだ?俺に対する遠慮なんて全然必要ないんだぞ?考えるも糞も無いだろう」
「少しだけ、考えさせてくれ、俺は、妻が最も望む方法であいつを罰したい」
うーん、俺は別に構わないが…
「余り時間は無いぞ。早々に決めておいた方がいい。迷いがあれば、そこに付け込まれるかもしれない」
「分かっている」
とかなんとか言ってる内に執務室についた。ここに2つの魔力反応がある。片方は帝国の間諜だろう。逃げられない事を悟ったか。それにしてもどういうつもりだろう?片方は動き回っているのに、もう片方はピクリとともしない。俺たちを奇襲して返り討ちにでもするつもりか?
俺はドアを開く。随分と年季の入ったドアだ。ただ開けるだけで大きな音がした。中には金ピカな家具が所狭しと並べてある。
ーー趣味の悪い部屋だ。成金の部屋みたいだな。一応、由緒ある古くからの貴族だとラフィスに聞いていたんだが……
視線を遠く、先程一切動かない魔力反応があった場所に目を向けると、間諜なのであろう1人の執事服を着た男はナイフで首を突き刺していた。反応が消える。
チッ。まあ、これは予想できていた。先程動かなかったのも、自死の最中だったのだからだろう。さて、プタ・テプールはーー
「アラス・アザトース!貴様、儂に危害を加えてただで済むと思うておるのか!!貴様は今回の件で完全に帝国を敵に回したぞ!!今なら儂が便宜をはかってやろう!!ほら、とっとと手を貸さんか!!」
と、自分の負けを全く認めず、何の怯えもない不快な声で言い放った。逆に凄いな…こいつはまだ助けて貰えると思っていた訳だ。帝国を敵に回す?そんなの知るか。敵になるなら潰すだけだ。
「嫌だね。そもそも、帝国が俺の脅威になるとは限らないだろう?」
そう言って、今だに行動を起こそうとしないランドの、考える時間を稼ぐ。まあ、今言った事も本音ではある。俺は国と戦った事なんて無いしな。
「脅威にならない…?何を馬鹿な事を!一国に個人が勝てると思うておるのか!?」
いや、勝てるのかなんて知らん。邪魔なら潰す。それだけだ。
「さあな?脅威になるかどうかは知らんが、何にせよ、敵対するなら潰すだけだよ。ーーさて、お前の目の前には魔貴族がいる訳だが、お前、こいつの家族に変な事とかして無いよな?」
まあ、絶対にしてるだろうが。
「わ、儂は、捕虜に対する当然の扱いをしたまでじゃ!何をしようが文句を言われる筋合いはない!!!」
ランドは目の前で憎き仇にこんな事を言われているというのに、微動だにしない。それが、逆に不気味だった。
「おいランド、お前、まさかこいつを助けようとか言うんじゃ無いだろうな?余り言いたく無いが、こいつはお前の奥さんに、その……酷い事を…しているんだぞ?」
ランドはそんな俺の疑問に反応も示さない。そこにいるのは、先程水晶化した人々を見て狼狽えていた男では無く、立派な、家族を思いやる慈愛に満ちた父親だった。
ーーランドは、遠くを見るような目で、自らの妻と過ごした日々を思い出していた。
魔界では、草木の一本すら生えぬ程に土地が痩せ細り、満足な食事も取れない平民が山のように路地裏を彷徨っている。日々繰り返される強奪、殺人、女性に対する乱暴。そのよう野蛮極まりない生活が当然である中で、ランド一家は悠々とーーという表現はいささか過剰だが、それでも豊かな暮らしをして来た。
それに対し感謝をしたことは殆ど無い。ランドが貴族であるのは、ランドの先祖、当然、ランド自身もであるが、戦地にて人界相手に武功を積み上げて来た結果なのだ。
強い者が生き残り、弱い者は虐げられる。それは人界でも適用される法であり、何故か口に出すことを忌諱とされる法でもある。ただ、魔界ではそれが当たり前であり、日常なのだ。
路上で野垂れ死ぬ者は弱者である。それは魔界での常識であった。しかし、どれくらい前の事だろうか。貴族の集まりの帰り、馬車で家路を急いでいた所、唐突に前方の馬車が立ち止まったのだ。ランドの馬車の後ろから数人の罵声が空気を裂いたが、ランドの目の前の馬車は動こうともしない。
仕方なく、直接の注意を促すために馬車を降り、歩を前に進めたランドは、ゴミの散らばる地面に膝をつき、慈愛の表情で薄汚れたボロ切れを着た少女に、医療魔法を行使する自分と同じ年の頃であろう女性を目にする。それが、現在のランドの妻、ケミルとの出会いだった。
常識から逸脱し、異常だと、異端だと罵られるべき行為に及ぶ彼女に、ランドは怒りにかまけて怒号を上げるでも、自らの力でそれを無理矢理中断させるでもなく、ただ、茫然とその光景に魅入ったものだ。
『路地に伏す者を助ける』確かに倫理的観点からすればこれ程美しい行為もないだろう。だが、土地が枯れ果て、満足な食事を取る事すら困難である魔界において、一時的な救済は意味を成さない。
その時運良く命を繋いだとて、所詮はその時限りの幸運。二度とは続かず、すぐに力尽きてしまう。
では、その者だけでも屋敷へと連れ帰り、介抱してやれば良いのでは無いかというと、そう簡単な話でもなく、『あの貴族は一人の少女を救い、屋敷へと連れ帰ったらしい。もしかしたら、私達も助けてくれるかもしれない……』という噂がこの付近のスラムに瞬く間に広がり、屋敷の前をボロを着た民衆が埋め尽くしてしまう。
飢える者の数は余りにも甚大だ。国ですら彼らを助ける事が出来ないほどに。
一貴族がそれをどうと出来よう筈も無い。その為、彼女の行動は無意味で、無責任なこと極まりなく、なにより愚かであった。それだというのに、その光景には何処か胸温まる物があった。
自分でも驚く程の激しいアプローチを経て、僅か数ヶ月で結婚した2人は、そのまた数年後に産まれ、成長した可愛い我が子の要望により、一家水入らずで最近関係が向上してきた人界へと渡り、今この状況が形どられている。
あの優しい彼女ならば、心根がまるで聖女のようである彼女ならば、目の前で醜く自らの無実を叫び、汚い唾を吐き散らすこの汚物に、どんな判決を下すだろうか。
ーーランドは、これまでの人生の中で、一度も経験した事の無い、深い思考の海に潜り込み、自らの記憶から答えを探した。
数巡流れた沈黙を、何かを決意した表情を浮かべ、目を開いたランドが切り裂いた。
「この男は、捕らえて罪に問うべきだ。やっと改善されてきた人界と魔界の関係にヒビが入るかもしれないが、この問題は闇に沈めてしまうには、余りにも大き過ぎる。俺は、両大陸の重鎮に、この男の処罰を決めて貰いたい」
一瞬の呆然を経て、思考を取り戻した俺は、目から鱗とはこの事だろうか。と、心から思った。正直、俺はこいつを殺す事しか考えが及んでいなかった。こいつのせいで、皆が襲われ、ラフィスが倒れた。こいつの事は、絶対に許せないと、殺さなければいけないと思っていた。
だが、俺よりも、遥かにこの男を憎んでいるであろうランドは、この男を自らの手で殺すことはしないと言った。大陸がどうだとか、国際問題だとか、そんな事を言っていたような気もするが、全部建前だろう。
要するに、ランドは、自分が手を汚しても、妻は喜んでくれないと、もしかしたら、寧ろ悲しむかもしれないと、そんな風に考えたのだ。
なんて俺は稚拙なんだ。と、思った。到底真似出来ないと、そんな風に、思った。
272年生きたというこの男は、文字通り年の功で、俺との違いを示した。素直に、俺は感心し、少しだけ憧れた。
「儂を罰するだと!?そんな事、出来るはずが無い!許されるはずが無いんじゃ!!!」
今だに何かを叫び続けるプタに、俺とランドは冷ややかな視線を浴びせ掛けた。
「さっきのアレ、出来るか?」
ランドが問うた。出来るぜ、いつだって。そう答えた俺は、≪紫水晶の魔眼≫を発動する。
紫色の淡い光で包まれた部屋。そこには2つの影と、眩いばかりの水晶があった。
窓から一筋の光が差し込む。その光は水晶に反射し、部屋を斑に照らした。
心底、この世界に来て良かったと思う。俺はこれから、もっともっと成長出来るのだから。
ーーチラッと隣のランドの顔を盗み見る。そこに、一切の後悔の色は無かった。
▲▽▲
ーー俺たちは一つの部屋の隅の方にある壁の前に来ていた。こいつの家族はこの奥にある隠し部屋に隠されていたのだ。壁を押すとその壁はくるりと回った。まるで忍者屋敷の隠し扉のようだ。
ランドの『家族』との再会のシーンに俺は立ち入っていない。俺も、そこまで無粋な訳では無い。10分程して可愛い男の子が俺の膝下に元気一杯で飛び込んで来るまでは静かに突っ立って目を閉じていた。
これで、ほんの少しでも『償い』が果たせたかもしれない。俺は7歳くらいの男の子を笑顔で抱き上げる時、そう思った。
ーーこれから、俺はもっともっと多くの人を助けて行くだろう。少なくとも俺の手が届く人は誰でも救って見せる。もしかしたら、一生終わる事は無いのかもしれない。それでも俺はーー
その後、俺はランドに家族を紹介された。2人は俺に対してありがとうと言ってくれた。なんか、嬉しい。これはあまり上手く言葉に表せない感情だな。嬉しいとだけ述べさせて貰う。
ランドの妻、ケミルさんはこれまた金髪の美女だった。俺は「その…色々あったと思うんですが、嫌な記憶を消してあげましょうか?」と提案したのだが、記憶を消せるということに少し驚いた顔をされた後で、断られてしまった。
何故なのかは分からない。ブラン(2人の子供)は何を言ってるのか分からないと言う顔をしていたが、ランドは手の平から血を流していた。ーーどれほど強く拳を握ればああなるのだろうか?俺には、想像する事すら出来ない。
さっきの数分で色々と決めていたのだろう。俺にこの『家族』に対して意見をする資格は全く無い。いらないと言うのならそうなのだろう。無理に押し通す訳にもいかないしな。
これから、この家族に笑顔が絶えませんように…そう願った俺は、部屋を出た。
▲▽▲
ーーこの3人には一緒に王都に行って貰えるように説得しなければならない。
プタへの処罰を国際間で定めるにしても、その前に帝国にこの豚を奪還されては元も子もない。そうならないためにも、しかるべき場所に、この豚を捕らえておく必要があるのだ。
そこで、被害にあったこの家族に、様々な事を証言してもらわなければならない。酷な事だが、こればかりはどうしようもない。
俺は今、プタ・テプールの形をした紫水晶の首に縄を着けて引きずっている。
先程述べたが、この2人を有罪にするためにはランド一家の協力が不可欠だ。馬車の持ち主であるラフィスに許可を取るため、俺たちは腫れ物に触るような視線の中を歩いていた。
あの後、30人程のそこそこ可愛い女奴隷を元に戻すと連れて行って欲しいと懇願されたり、(首輪を破壊した後で一人ずつに100万エル渡して逃がした。何人かに土下座で感謝を示されたのだが…迷惑だよ!ブランが俺を見て怯えてるよ!!)
その後でランドにそんな甘い考え方では生きていけないと説教されたりした。(6億4千万エル持ってると言ったら仰天された。まあ、更に3千万エル減ったので今は6億1千万エルしかないのだが。そろそろ稼ごう)
まあ、そこそこ楽しい時間だった。『家族』と一緒にいられたからかもしれない。
ーー土の地面を歩くと何故だか安心する。この町はそこそこ居心地のいい町だった。エミィとも仲良くなれたし、他にも多少は一緒に喋ったりする奴もいた。あと少し滞在する予定だったが、そうもいかない。残念だ。
そんな事を考えながら先ほどの100人をもとに戻す。紫水晶になっていた者は時間の流れから外れる。こいつらも当然例外では無かった。
「おい!聞いていないのか!?突撃だと言っているだろうが!!」
そう叫び出した彼の声を聞いて、町の人たちの視線がスッと和らいだ。どうやら、俺がこいつらを皆殺しにしたと思っていたらしい。そりゃあ怖がって当然だわ。
「もう全部終わった後だ。ほら、これが見えないのか?」
一瞬だけ驚いた顔をした彼(とは言っても40代に見えるが)はこう言った。
「そ、その女と子供はどこから出てきた!?」
「いや、観点はそこじゃねぇーよ!?」
あ、声に出してしまった。ヤバイ。滅茶苦茶恥ずかしい。クール系で通していたのに。町の人たちの視線からは恐怖が消え、暖かい笑みを浮かべている。
いや、そんな『馬鹿な子ほど可愛い』みたいな理屈で笑われても嬉しく無いんだけど?って、ブラン君が完全に大爆笑してるじゃん!!怒るよ?幾ら何でも怒っちゃうよ?
「そんなのはどうでもいいんだよ!ほら、この豚みたいな奴に見覚え無いのか!?」
「あ、ああっ!プタ・テプール様!!」
「やっと気づいたか…」
ここらでネタバラシしておこう。こいつが帝国と手を組んでいたことを平民の皆に知ってもらう事は重要だ。
「何故そのような事をしている!今すぐ元に戻せ!!」
「理由は簡単だ。この豚はナベリウス帝国と手を組んでこの3人の魔貴族の一家を捕らえていた。これがどう言うことだか、言わなくても分かるな?」
ーー少しの質問の声に全て答えると同時に、静寂が訪れた。この豚がそんな事をしていたのが余程ショックだったのだろう。こんなのでもこの町の領主。こいつの不祥事は町全体の責任になる可能性がある。
「俺たちはこいつを王都に連れて行こうと思う。まあ、安心してくれ、俺がついているんだ。こいつが逃げる事は絶対に無い」
これだけ言っても誰も口を開かないか…まあ、心の整理が必要だろう。先程から空気を読んで後ろの3人も黙ってくれている。もう、行くか。
「俺たちはもう行く。じゃあな」
こうして俺たちはあの3人の所に向かった。
▲▽▲
帰ってきた俺たちを見て、2人はすぐに嬉しそうな顔をして俺の胸に飛び込もうとした。(エリスは嬉しそうな顔をしただけだった。俺の胸に飛び込んでこいよ!)が、≪結界結≫にぶつかって頭を強打した後、しゃがみ込んでしまった。
ーーそう焦らなくてもすぐに解除するよ…呆れた俺はそう思いながら≪結界結≫を消した。次の瞬間。凄い勢いで走ってきた2人は俺の胸に……腹パンをして来た。(胸にしたんじゃ無いよ。腹にしたんだよ)
え?いや、何でだよ!?おかしいじゃん!全ての事件を万事解決して来た俺に対して与えられたのは可愛い女の子2人による腹パンだとッ!?痛いっ!心が!俺のガラスのハートが砕けちまう!!
「痛いよ!何なんだいきなり!!そこは熱い抱擁だろ!?」
「アラスさん。確かに私は気絶する寸前、アラスさんの身を案じました!その時は本当に心配で涙が零れたんです……でも、よくよく考えたら私の魔法でアラスさんをどうこう出来る筈がありません!心配が杞憂だと分かったらイライラしちゃって…」
「うん。それって俺何も悪く無いよね?」
「でもご主人様、なんで私たちも連れて行ってくれなかったんですか?ご主人様と一緒に闘いに参加していれば戦闘中にキスとか出来たのに…」
俺、そんな理由で殴られたの?八つ当たりとキスが出来なかったからとか、意味が分からないんだけど。まあ、ラフィスの目尻が真っ赤になってるし、心配してくれたのは分かったけど、殴らなくてもいいじゃん。
それに、イライラしちゃってっていう理由は酷すぎじゃね?まあ、2人とも本気で殴ってきた訳じゃ無いけどさ。
俺、結構頑張った……かな?あれ?俺全然頑張って無くね?……いや、俺は頑張ってあの視線に耐えた。それだけで充分だ。うん。
それにしても……
「戦闘中にキスとは…確かに劇的だけど危険過ぎるだろ。だいたい、今回の件は戦闘にすらならなかったし…ああ、ラフィス。お前には泣かせてばっかりだからな。一つだけなんでも言うこと聞いてやるよ。何がいい?」
「一つだけなんでも…それは、本当に『なんでも』なんですか?」
あれ?なんか怖いぞ?後ろでご主人様の事が心配で心配で…と嘘泣きを始めたエルフィの事は無視しておこう。面倒だ。
それにしても、本当に『なんでも』なのか?かぁ、なんか不安になる言い回しだな…
「出来ないことは出来ないし、倫理的に考えて許されないことは無理だ」
「分かりました。デートしてください!」
……………は?
「すまん。もう一回言ってくれ」
「全く…デートしてくださいと言ったんです!!」
「………あ、ああ、お前ら、こっちにいる3人が捕らえられていた魔貴族なんだが、プタ・テプールを牢屋にぶち込む為には3人の尽力が必要なんだ。出来れば一緒に王都に連れて行きたい。許可してくれないか?」
「ええ、アラスさんが私とデートして下さるならもう何でもいいです!」
なんでラフィスが返事するんだよ…と思ったが、こいつが馬車の持ち主だった。返事をして当然だな。
「なあランド、俺の鼓膜をブチ抜いてくれないか?ちょっと最近調子が悪いんだ」
「やってもいいが…俺にも聞こえている。いいじゃないか。あんな可愛い子とデート出来るんだぞ?俺なら泣いて喜ぶがな」
………満面の笑みを浮かべているケミルさん(目は笑っていない)にボコボコにされているランドを助けるのは後だ。ーーさっきはあんなにかっこよかったのに……と、俺は心の底からそう思った。
いや、でもなぁ。ラフィスとデートとか正直あんまり気乗りし無いんだよな…ラフィスって俺の中では嫉妬深い妹って感じだし。一体俺の何を心配してそんな事を言い出したんだろうか…?ああ、今回の件は少し猪突猛進が過ぎたからな。それが原因かもしれない。
「なぁラフィス。俺は心配してもらう必要なんか別に無いんだ。確かに今回は猪突猛進な所があったけど、何か理由があってそうなった訳でも無いし。次からは気をつけるから、心配しないでくれ」
ーーあれ?何この雰囲気?俺の名推理の上で出した答えに間違いなんてあるはずが無いのに…
何で皆ラフィスに対して哀れむような視線を送ってるんだ?何で俺の事を親の仇でも見るような目で見るんだ?わけわからん。
「お前…お嬢様を弄んで楽しいのか!?今すぐ謝れ!!」
「いや、なんで?」
「アラスさんは、アラスさんは最低のゴミムシ野郎ですっ!!」
そう言ったラフィスはエリスの胸に飛び込んで行った。最後の最後で何時ものラフィスに戻ってくれたのはいいが…この重たい空気をどうにかしてくれよ……
後に残ったのは俺に対する多くの蔑むような視線と、たった一つの同情の視線だった。
ーー同情なんてされても嬉しくないやい!!
物語の展開が少し早いという指摘を頂きました。徐々に遅くして行こうと思うので、これからもよろしくお願いします。




