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ギターマン

作者: 紋次郎

その男の名はジェームス楠男。


別にハーフでもない。


今流行りのミドルネームだ。


芸能人でもはたまた役者でもないただの50歳間近のしがないサラリーマンだ。


ただ彼は学生時代からギターを始めおっさんになった今でも昔の仲間とセッションしたりライブBARに顔出してはギターを弾いて人生を謳歌していた。


いや謳歌しているつもりだった……。




「あなた!また出かけるの?たまには子供達と一緒にデズニーランドでも連れて行ってよ!」



「デズニーランド⁇何馬鹿な事言ってるんだそれでなくともボーナスカットされるわ俺の小遣いは減らされるわ、こっちは毎日毎日あの馬鹿な係長のおかげで神経ボロボロなんだよ!俺だってたまの休みの日ぐらい好きな事させてくれよ!」



「なにが好きな事よ!毎日毎日帰って来てはすぐ部屋にこもってギター弾いてるじゃないの?それとね、もう少し音小さく出来ないの?この間隣の吉田さんに、お宅の旦那さんのギター下手で気分悪るくて聞いてられない。雑音で迷惑してる。これ以上続けたら警察に通報するって言われたのよ!」



「なんだと!隣の家の吉田って元浪曲師かなんかのクソ爺いさんか!毎朝ゴミ出しの時はニコニコ挨拶してきながら腹ん中では俺の事馬鹿にしてたのか!ケッ!今時浪曲師なんて化石じゃねぇ〜か!」


「よく言うわね!あの人ああ見えてプロで食べてた人よ!立派じゃない。それに比べてあなたは何よ!若い頃から俺はビッグになる選ばれし男だから…⁇今幾つよ!もういい加減老後の事も考えなきゃ!」



「うるさい!」




ガチャン‼︎



楠男はドアが潰れそうな程の勢いで閉め又ギターを担いで出て行った。





最近近所にライブBARが出来た。

ここは楠男の家から歩いてわずか10分の所にある。

楠男にとってはここは楽園だ!



「やあ!ジェームスさん!いらっしゃい!

今日は早いね。まだドラムもベースも来てないけど、良かったらステージ空いてるよ」


「サンキューマスター!じゃあその前にフォアローゼスの黒!勿論ロックでね!」



狭い店内には数人のお客さん。

ここは音楽好きが集まり誰もがセッション出来るシステムになっている。

ホント楠男の為の楽園だ。



カウンターに座っていた1人のお客さんが楠男に話かけた。

年の功にしたらまだ30代だろうか?



「ジェームスさんって言うんですか?カッコいいデスね!でどんな音楽が好みなんですか?僕はガンズとか好きなんですよ!」



ジェームスは実は洋楽が大の苦手だった。

なぜならジェームスが唯一バンドとしてステージでギターを弾いたのは横浜銀蝿だった。




店内に懐かしいBGMが流れる中

2人の男が楽器を持って現れた。


「やあ!マスター久しぶり!」


「お!吉田君に佐藤くん!来てくれたんだね!」


彼らはマスターの昔のバンド仲間だった。


「どう?マスター久しぶりに一発やらないかい?」


「イイね〜!でもギターが1人足りない…あ!ジェームスさん、ちょっと参加してくれませんか?」



「イイっすよ!」


ワクワク気分のジェームスだった。


「こんにちわ!俺佐藤っていいます。こっちは吉田、こいつの爺さん昔プロの浪曲師だったんデスよ!両親は海外でクラッシックの楽団で現役でやってて唯一こいつだけがフュージョンプレイヤーって言う変わり者っす!」



ジェームス楠男は嫌な予感と不安に包まれた



「あの…よ…吉田くん…その…君のお爺さんってこの近所に住んでない?」



「よくご存知ですね!僕の爺さんの知り合いですか?」



「いえ!知りません聞いて見ただけで…」


そして

腕がうづいてきたマスターがみんなに声をかけた。


「さあ!挨拶はそのくらいにして!さあ〜やりますか!」



ステージ上でセッテングを始めた頃にはもう店内はお客さんで満席になっていた。

高笑いで喋るアベック、しかめっ面で終始ステージを睨めつけてる陰気そうな青年、店を

間違えたのか作業服姿の人…楠男はギターアンプのセッテングをしながらそれらを横目で見ながら少し来る日を間違えたかも!といつになく後悔していた。

ビッグになる選ばれし男に小心が悪さをする。



「じゃあ〜やりますか!コードは簡単だけど途中ドミナント入るから、後パッシングする小節あるけどついて来てね!エンディングは少しリットぎみで、」



楠男はまるで夢の中にいるようだった。

身体中が空に浮かされた様な意識になり今すぐにでも家に帰り風呂にでも入りたい気分になった。ビッグになる選ばれし男でもだ!


「…ド…ドミナント⁇ピザ屋?か?…パ…パッシング…車⁇…」


そして楠男の嫌な予感は的中した。











人気の途絶えた午前0時。

誰にも気づかれない様に静かに家の鍵を開け様とする楠男の後ろから誰かが声をかけて来た。


「もしもし!あなた!そこで何してるんですか?」



上下黒の皮服に身を包みチャラチャラとあちこちにチェーンをつけレイバンのサングラス姿のジェームス楠男に不審者と思った警察官が声をかけて来たのだった。



「あ!いえ!わたし…この家の住人でして…じ…実は今ツアーから帰ってきたばっかりでして…夜中に家族を起こしちゃあ悪いし…それにご近所さんにも迷惑かけてはいけないと思いまして…こうやって静かに鍵を開けてたんです。」


本当は隣の吉田の爺さんに見られたくなかっただけだ。



「そうですか!お疲れ様ですね。最近は何かと物騒なのでしっかり鍵を掛けて下さいね!失礼しました。」



お疲れ様…警察官の気遣いの言葉さえ今のジェームス楠男には嫌味に聞こえた。






トントン!トントン!

ジャー!ジャー!

コトン。コトン。


朝の何処にでもある食卓の光景はジェームス楠男の家も同じだ。


「翔!パパ起こして来てくれない?まだ寝てるみたいだから…」


「オッケーママ!」


親父のしつけのせいで子供までミュージッシャン気取りなってしまっていた。



ガチャ!


「パパ起きてよ!もう朝ごはんの時間だよ」



子供が3回程揺すってようやく目が覚めたジェームス楠男だったが…なんとギターを抱えたまま寝ていた。

昨夜あれだけケチョンケチョンにやられたにもかかわらずやはりまだビッグになる選ばれし男だと思っているらしい。


「パパ〜おでこにギターの弦の形がついてるよ!おかしいね!」



鏡を見るジェームス楠男。


「あちゃーホントだ!かっこわるいなー」








アリの大群の様な朝の市街地。

通勤ラッシュの駅前。

ジェームス楠男もこの時間は先行き不安なサラリーマンの1人だ。


「おはよう!坂田くん!」


「あ!おはようございます係長」


坂田とはジェームス楠男の本名だ



「ところで坂田君、例のクライアントの書類の訂正の方はどんな感じだい?ある程度すすんでるのかい?」



『し、しまった!ドミナントコードの事ばっかり考えててすっかり忘れてた…。』

「はい!課長!なんとか順調に手直しております。」



「坂田くん!君〜嬉しい事言ってくれるじゃあ〜ないか?もう僕の事課長に就任して頂けるのかい?」



『し!しまった!あまりに係長の事嫌いなあまりについ!口がすべっちまった!普段から係長だなんて思ってなかったからなー馬鹿タラコ唇野郎なんて普段から思ってちゃあいけないな!』




「そんな事より坂田君、君おでこに変な形がついてるけど大丈夫かい?なんだかキレイに線が六つ並んでるみたいだな〜畳の形でもなさそうだし何処か変なところでうつぶせて寝たのかい?」



「あ…いや…多分子供が寝てる時にイタズラでもしたんでしょう…時間が立てば消えると思いますので…」



「そうかい!気をつけなよ!」



「あ!はい!」








キーンコーンカーンコーン♬


水をお金を出して買う様な時代になっても

昔と変わらぬ呪文の様にも聞こえる昼休みのチャイムがジェームス楠男の会社に鳴り響く。



「坂田君昼ごはんどうするの?なんか食べに行こうか?」



「ありがとう!せっかくだけど今日は弁当なんだ!また誘ってくれよ」



「イイね!愛妻弁当かい?いつまでも中が良くって羨ましいよ!」


「あ…いえ…そんな事ないよ」






誰もいない昼休みの屋上。


ジェームス楠男は妻に無理やり作らした出来合いモノで並んだ弁当を食べながら何処までも青く澄み渡る空を仰ぎながら学生時代から今迄を振りかえっていた。


『早いもんだな〜後3ヶ月。もうすぐ俺も50歳かあ〜思い出すな〜あの頃は燃えてたよな〜なんかこう…毎日がロックンロールな気分でさぁ〜…あ〜あと3ヶ月で…50歳…3ヶ月迄にデビューしなきゃな…。」



馬鹿である。





カン!カン!カン!カン!


午後6時15分

家路を急ぐ人の波の中、踏切を待つジェームス楠男の右手にはさっき買ったばっかりのヤングギター今月号が握られていた。


ミドルなのにヤングだ。


ピンポン!ピンポン!


「あ!ママ!ダディがカミンホームだよ!」


「翔!やめなさい!その言葉使いはダメってママいつも言ってるでしょ!」



ガチャ!


「ただいま〜!もう今日はクタクタだよ!やっぱ月曜日ってのはテンション上がんねーな〜」



「あら!あなたがテンション上がるのはギターさわってる時だけでしょ?仕事でテンション上がる時ってあるの?」



「…ない…。」



「アレ〜パパ〜まだおでこの形取れてないよー」


「あら?ほんと朝より酷いんじゃない?それに左頬にも…ほら…丸い形が二つ付いてるわよ。それになんだか膨れ上がってるし…」



「え〜マジかよ〜きっと疲れてるから腫れてんだろう?そのうち消えるよ」






♬ジャッカ!ジャッカ!ジャッカ!ジャッ♬


いつもの様に自分の部屋でギターをかき鳴らすジェームス楠男。


小一時間程弾いた後風呂に入った。



「はぁ〜やっぱパワーコード弾いた後の風呂は最高だわ!」


そして髭を剃ろうと鏡を覗いた時…


「ん?なんだか俺顔つきが変わって来たなー

少し輪郭も長くなって来た様な…それに左頬のでかいイボみたいなのが気になるな〜まさか…癌じゃないだろうな。」





…それから6日が経ったある日。


「あら!あなた今夜は出かけないの?」


「あ〜今夜はやめておくよ。なんだか気分が悪くてね…ちょっと早目に寝るよ」



本当は先週のセッションでケチョンケチョンにされた事がトラウマだと言う事を言うに言えないジェームス楠男だった。

なぜならまだ彼にはビッグになる選ばれし男だと言う幻覚が脳裏から離れていなかったからだ。




そしてよく朝…。



「翔!今日はお休みだけどパパ起こして来て!朝ごはんだけは先にみんなで食べましょ」



「オッケーママ!」


パシッ!


「痛い!ママ!」



トントン、トントン…翔は

2階にあるジェームス楠男の部屋へ向かった



ガチャ!


「パパ〜朝ごはん先に食べようってママが言ってるよ!パパ!パパ!…あれ…?」



「どうしたの翔!」


「パパがいないよ!」


「えっ?」



トントン…トントン…



「あら!ほんとだわ!こんな朝早くどこへ行ったのかしら。。」



「ねぇ〜ママ、パパギター二台も持ってたっけ?」



「え?あらほんとだわ〜見慣れないギターねーパパいつも使ってたやつは立て掛けてあるし…どうしたのかしらこのギター。。」




『翔……ママ……俺だ…よ…ここに居るじゃないか?…翔…ママ…なんとかしてくれ…動けないんだ…。』



そう…ビッグになるべく選ばれし男は

ギターになるべく選ばれし男だったのだ。





それから数ヶ月がたったある日。




ピンポン!ピンポン!


「こんにちわリサイクルショップのモノですがお売りに成りたい商品の引き取りに上がりました。」



「あ〜ご苦労さん!じゃあコレ頼みます。

いやね再婚した妻の前の旦那が持ってたらしいんですけどわたしもこう言うのには全く興味がなくてね…。で!お幾らぐらいに成りますか?」



「はい!まだ持って帰って調べて見ないとわかりませんが…僕もちょっとはバンドやってたんである程度は分かるんですが…見たところどこのメーカーかもわからないし…年代ものには間違いないんですけど…ざっと見て50年前くらいなか〜」



「そうですか〜じゃあ後頼みます」



「はい!毎度あり〜!」




『コラ〜馬鹿タラコ唇!人がいない間に女房に手〜だしやがって!し…しかも…俺まで…売り飛ばすなんて…ゆ…許さん‼︎いつかビッグになってお前ら…全員見返してやるからな…。』

























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