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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・後編>
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【3】「いつの時代も揃いも揃って」

 あの謎なまでのぼんやり具合でお送りしていた甚平姿の娘、確か名前を「ウタリ」と呼ばれていたか。

 彼女には心底どえらい目に遭わされてしまった。ペースやリアクションや行動が読めない感はバリバリ伝わってきていたというのに、まさかまさか、いきなり尻尾に手を伸ばして来るとは。完璧に不意打ちだった。

 ぶち猫姿のまま矢も盾も堪らずといった勢いで――車道に飛び出してしまわないようにだけ気を付けながら――とにかく半狂乱の(てい)で無茶苦茶に走り回った白黒は、いい加減息が切れてきた辺りで手近に見えて来た小さな公園へと駆け込んだ。

 そのまま適当な茂みの中に転がり込んで一心地。まだビリビリ痺れているような気がする尻尾は後ろ足の間を通してしっかりと腹の中に抱え込んだ。弱点鉄壁ガードである。

 しかし本当になんなのだろうか、この尻尾の弱点振りは。

 そもそも結構な直線距離を飛んだり跳ねたりしながら移動した直後である上に、今日はまだ昼寝だってしていなかった。ここに来て軽くうつらうつらし始めた白黒は、尻尾にまつわる「記憶に無いトラウマ」についてなんとはなしに考え始めた。

(マジな話、何があったから――この、こう、尻尾についてこんなんなったんですっけ?)

 記憶に無いトラウマ。

 しかし、記憶がトンでいるのだという自覚はある。

 ということは必然――物心付いてより「以降」の話ではあるはずだ。

(…。……。………。一〇年そこら、前…?)

 そこまでアタリがついた所で、ならばとばかりに、今度はその周辺時期に経験していただろうエピソード記憶を引っ張り出してみる。

 確か――そう。その頃にはもう、レンタルが開始された新作映画DVDの本編映像を店頭で流しっぱなしにしている素敵ショップの存在も理解しており、そこで流されていた映画の類を文字通り片っ端から観るということをやっていた覚えがある。

 そこまで思い出すと続けて思い出すことが出来た。特に印象に残った映画があったのだ。

 舞台はアメリカだったか、はたまたイタリアだったか、それともロシアだったか。とにかく――沢山の雪が街に降りしきる中、厚ぼったいコートを着て、やけに長いマフラーを首に引っ掛けた男達が、円盤の形をした弾倉(マガジン)をぶら提げたマシンガンを腰溜めに構えて寂れた酒場でバカスカ銃撃戦を繰り広げる。そんな感じの映画だった。


 ――あれは異国の極道にござんす、若。

 ――酒の売り買いを禁じる法が敷かれていた折、官憲の目を欺いて密売酒の利権を喰い合っていた有様から着想された作り話でさァ。


 分からないことはなんでも三毛次に訊くに限る。ということでそのとき返ってきた解説はというとこんな感じだった。

 今なら理解出来る。あれは要するにマフィア映画だったのだ。

 銃口からバカスカ飛び散る火花やら円テーブルを咄嗟に蹴り上げて盾代わりにする身のこなしやらにはもちろん目を奪われたが、一番印象に残ったシーンはというとそういった部分ではない。

 人死になんか微塵も出て来ないワンシーン。

 敵対一家(ファミリー)との抗争の最中、運営資金などの面で何くれと面倒を見ている孤児院へとボスはじめ幹部の歴々が訪問する。そんな場面だった。


 ――なんで血生臭いことしてます最中ですってに、こんなノンビリしてやがらっしゃるんでっしゃろ?


 はじめパッと見た時には色々とすっきり行かなかったので、もう一回、フルで観た覚えがある。基本、店頭で流しっぱなしなだけのDVD映像である。こちらの任意で早送りも巻き戻しもチャプターセレクトも出来るわけがない。というわけで、気になるシーンがあったらあったでもう一回フルに見直すしか無いのだ。まあそれは別段苦ではなかった。なんせ時間は腐るほどあるのだから。

 とにかく、そんなシーンである。孤児院の子供達は裏では鉛玉で命をやり取りしている男達の生き様を知ってか知らずか、彼らの訪問を手放しで喜んでいるのだ。

 そして――三周観たところで、当時の自分はようやっと理解することが出来たのだ。


(この一家(ファミリー)がドンパチ繰り広げてましたのは、そもそも――この孤児院がある自分たちの縄張り(シマ)を守る為だったってェワケっスか!)


 目からウロコだった。

 あれこれ利権を巡って黒い金やケバい女や腕利きの狙撃手の手配などを応酬しまくっていただけかと思いきや、なんとなんとそんな事情があったのだ!

 ――というわけで。

 ――そういうカッコ良さにも、なんか憧れたのだ。

 かくして起こした行動はというと、実に単純。極めて安直。自分でもそう思うくらいに明快。三毛次に「俺めも〝コジイン〟のガキ共と遊んでやりますでよ! どこか場所探して下さいわ!」と言い付けたのだ。

 そして翌日から早速行動開始。

 三毛次が「ではこちらなどいかがでございやしょうか」とすぐに見付けてきたのは、世田谷区のすぐ隣、目黒区にあった児童養護施設だった。猫の方の姿で出入りしていたので、なんというか「遊んでやっている」というよりかは「遊ばれている」ような気がしないでもなかったが、とにかくそこに居た子供達は皆嬉しそうにはしていたので当時の自分としては結果とオーライな気分で、適当に時間を見た三毛次に首根っこを咥えられて場をはけるのを通例に、しばらくの間わりと毎日そんな感じで――


 そうだ、この辺りだ。

 たぶん、この辺りだ。

 ここらへんのどこかしらかで――どうも、記憶がトンでいる。


 目をすっかり閉じて少しばかり集中してみる。あの頃あそこにはどんな子供達が居ただろうか。皆が皆、ちびっちゃい人間(ニンゲン)だった。それは覚えている。覚えているのだが、いまいち全部の顔ははっきり思い出せない。

 そんな中で際立って思い出せる――ような気がする――顔が一つあった。

 確か眼鏡を掛けた小さな女の子だった。

 小さな、とはいっても、施設の子供達の中からすれば頭一つ抜けて背が高く、実際年長だったように見える。大体いつも睨み付けるような目でテレビを見ていたが、かといってディスコミュニケーションというわけでもなく、むしろ周りの年下達の面倒をあれこれ見ていた。そんな風に覚えている。

 そんな彼女のことが気にならないわけが無い。確かある時こっちから近付いてみたのだ。

 そして(・・・)―――――






     ※     ※     ※     ※     ※






「ホワアアアアアアア!?」

 ―――――そして、そこで目が覚めた。

 自分でも驚くくらいのでかい声を張り上げながら、ネコ白黒はバチィ! と目を見開く。

 この公園へ行き着いた時と比較すると、背中に感じる太陽光の角度がやや傾いているものと知れる。三〇分か一時間か、どうも少しばかり熟睡してしまっていたらしい。

 動悸がえらいことになっていた。

 手の肉球がいやな汗で湿っていた。

 そこまで自身の状態を理解した所で、確信する。ふと思い立って記憶を遡ってみるだに、どうやら「トンでしまった記憶」に手が届き掛けていたに違いな――


「って何いきなりでかい声出しとるかこの阿呆(あほう)が」

「ゲフゥ!?」


 ぶたれた。

 背中にチョップをブチ込まれた。

 およそ猫が出すものではない悲鳴が飛び出した。

「全く、黙って寝てさえおれば多少は見られた猫かと仏心なんぞ出したワシが馬鹿じゃったわ…。仏でなく神じゃけど」

「…う、ウェ?」

 ネコ白黒が目を白黒とさせていると、頭上で折檻(せっかん)の主と思われる人物の言葉が続く。

 それは少女の声音だった。

 いや、少女というかむしろ幼女といった方が良さそうだった。

 しかしなんともちぐはぐなことに、どこか舌足らずな音程とは裏腹に、その語調は妙に老成したものであり――


「〝白黒(シラクロ)〟の系譜の化け猫共は、いつの時代も揃いも揃って突飛な連中ばかりじゃの」


 ネコ白黒は改めて頭上を振り仰いだ。

 その幼女の亜麻色の長い髪に、だいぶ傾いた陽光が透けている。そんな色調と光彩があいまって、秋の半ばによく実った稲穂の列を連想させられた。

 そして、事ここに至って改めて気付く。どうやら自分は今、公園のベンチに掛けたこの訪問着姿の幼女の膝の上でうつ伏せていたらしい。

「…ヌヌ? ええと、スミマセ? おたく、一体…?」

 茫洋とした頭のまま、とりあえず口を開いてみる。

 この島の中に居る人物に限って、まさか猫が突然喋り出してみたくらいでびっくり仰天するような手合いはそうは居ないだろう。ネコ白黒は特に深く考えもせず人語を発した。

 するとどうしたことか。

 相手は驚きこそしなかったが、なんとなく寂寥感を感じさせる風に目を伏せたのだ。

 しかしそれも一瞬のこと。着物姿の幼女は、ネコ白黒の頭の上に小さな手を置くと、うりうりとこねくり回し始めた。

「あーあー、ショックじゃぜ。猫は本当に恩知らずな生き物じゃのー。…まあ、ヌシら(・・・)物九郎(モノクロウ)〟にそれを言うのも酷というものか。よいよい、その分と言わんばかりに三毛っちはほんに義理堅く出来ておるしの」

「物九郎? 三毛――三毛次?」

 白黒。

 物九郎。

 そして、三毛次の名前。

 自身のルーツにまつわるワードが見知らぬ相手から一気に二つ三つも飛び出してきた。まるで外れ掛けたこけしの首を填め直そうとでもしているかのような手付きで相変わらず頭をグリグリされているネコ白黒は、一体この幼女は何者なのだろうかと目をぱちくりとさせる。

「ええと…? 今〝神〟だとか言ったりしてましたよな? おたく、マジで何者なんですよ?」

「お、聞きたい? 聞きたいかの? ほーん? ふーん?」

 凄い思わせ振りな幼女がスゲエ勿体ぶってきた。

「ならば聞いて驚け、四十六代目物九郎(・・・・・・・・)!」

 かと思えばすぐに教えてくれるっぽかった。

 つくづく一瞬先の挙動が読めない幼女である。

 幼女は「くふ」と小さく笑うと、ネコ白黒の片耳を人差し指でめくり上げた。そして言う。











「我こそは稲荷大明神が眷属、仙狐・玉之緒! 気軽に〝お玉〟と呼び親しむがよいぞ! ――迷子の迷子の子猫ちゃん、何事もなくゲットじゃぜ」

 頭の上に、大きな狐耳をピョコンと飛び出させながら。

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