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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・後編>
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【2】「ズイブンとどっしり構えてるねェ」

「目に入れても痛くない」、という言い回しがある。

 俗に誰彼を溺愛する様を形容する言葉なわけだが、白狼少女ことヒルデガルド・シュナイダーに対する大加美稜牙の態度(それ)は――面と向かってそのように指摘こそされれば本人的には否定の言葉を口にする所ではあるだろうが――しかし客観的にはどこからどう見てもそれ以外の何物でも無かったりする所である。

 ともあれ。

 そのように目を掛けている少女が、これから編入することになる学校の見学に揚々と出掛けていった矢先にトラブルに巻き込まれたと聞いたら、そんな暫定保護者としてはどのようなリアクションを取るだろうか?

 答えは自明。

 激昂するに決まって――


「そうか。連中が――〝爪痕〟が湧いて出やがったのか」


 ――いるでもなかった。

 第十学区内、喫茶店『Wolf in forest』。旧知の古狐(ふるぎつね)と目下食客(しょっかく)として居候中の化け猫とが窓際のテーブル席で湯呑み片手に昔話に花を咲かせでもしているらしい傍ら、カウンター内で携帯電話相手に話し込んでいる稜牙は、苦虫を噛み潰したような顔付きで佇んでいた。

「神無月の生徒達は? ヒルダは? 大事はねぇ…か。ああ、ならいい」

 電話が鳴ったのは数分前。

 稜牙は今、表向きには大いにぼかされて公表された神無月学院敷地内で起きた騒動の顛末の「本当の所」の概要をざっと伝え聞いていた所だった。――第十学区の最高責任者本人から、だ。

『本ッ・当ォに申し訳ねえ。今回ばっかりは完全にコッチ側の手落ちだ。一度ツブした相手に一回攻め崩した技で一杯食わされるってのはサスガに――』

 普段こそ戯けた調子で稜牙のことを唐突に呼び付ける傍若無人っぷりを誇る電話の向こうの「怪人」も、さすがに誠実な言葉の選び方をしていた。

 まあわざわざこの店まで自ら新品の制服を届けに来てやる程に見込んでいた期待のニューカマーを、来島早々ビッグトラブルに巻き込んでしまったような格好なのだ。ヒルダの戌亥への誘致に一役買っている身としては、さすがに申し訳なく思いもするということか。

 とりあえずこの電話の向こうの怪人の精神構造は、自分が感じているほど破綻し切ってはいないらしいと知れて、稜牙は少しばかり相手のことを見直してもいいような気持ちになった。あくまで「少し」だが。

「いや、そこは仕方ねぇ部分もあんだろ。そもそも再生怪人なんてモンがリアルに登場する方が異常なんだ。特撮じゃあるまいに」

『ソコで特撮なんて言う言葉がパッと出て来る辺り、チミも結構サブカル好きっポいよネ』

「お前もう少し悪びれてろよ。なんで殊勝っぽかったのがものの十数秒で終了してんだよ」

 やっぱり少しでも見直してやるのは止めにすることにした。やはりこいつの人格は破綻している。舌の根も乾かぬ内に、とはこいつの為にあるような言葉だと稜牙はつくづく思った。

「まあ――仮にもル少年とあの戦争屋(・・・・・)二枚揃えの布陣を掻い潜って学院敷地内へ奇襲を掛けてのけたってんなら、そりゃその場に俺が居たって察知し切れなかったろうよ。ともあれ後に引きずるような被害もなくカタが付いたってんならそれでいい。あと俺に出来るコトと言や、うまいメシを準備してヒルダの帰りを出迎えてやるだけだ。とりあえず人前でヒルダと今回のコトの話をしないようにだけしときゃいいって所だろ?」

『オゥイェ! チミは戌亥の〝裏〟に絡む時の作法がしっかりしてて本ッ・当ォに助かるぜ♪』

 その〝裏〟にガンガン巻き込んで下さるのはどこの誰だという話だ。直近の事情で言えば、夜に突然呼び出されて戌亥式の思考戦車を三台から繰り出すテロ屋の壊滅を依頼されたばかりである。


 ――まあ、もっとも。

 ――そのように声を掛けられるからこそ、得られる情報(みかえり)もあるのだが。


 今回〝爪痕〟が――〝ヴァナルカンドの爪痕〟が戌亥の中に出現したという話自体、あの怪人のおわす戌亥ポートアイランド統括理事会側にしてみれば、事実確認が取れた時点で即特秘事項扱いされるような情報に違いない。

 そして。

 稜牙が鉄火場に身を晒してまで希求しているのは、つまる所「そういう情報」に尽きるのだ。

『・ってゆーかサ。なあウルフガイ? こんなコトわざわざ訊くのもアレだケド、チミ、ズイブンとどっしり構えてるねェ。可愛い可愛い愛娘がエラい目に遭った矢先なんだぜ?』

「勝手によそ様の娘を捕まえて俺の愛娘とか言うなバカ。そんな音声、まかり間違ってもこの世に残してくれんじゃねぇ。後でギュンターに殴り掛かられるのは俺なんだぞ」

『俺が会話する時は基本録音するよォにしてあってねェ?』

「脅迫か! 上等だ今テメーが居るのは御自慢の引きこもりルームかそこ動くなよ今度こそマジでグチャグチャに潰してやんぞ! 今度はル少年が止めに入って来ても容赦しねぇからな!」

『ヘイヘイ、クールに行こうぜウルフガイ? ンじゃとりあえず〝妹分〟でどォよ』

「あー…」

 まあ妥当な落とし所だろうか。

 一体何を探り合っているのだという話でもあるが。

 ひとまず、仮にもお客様ということになるロリババアヤクザの二人が、電話口でヒートアップしているこちらを不思議そうに眺めてきているのが少し視界に入ってしまった。稜牙は若干トーンを落とす。言われるがまま、ウルフガイはクールになってやることにした。

 この怪人と会話していると癪でない出来事が何一つない。全く以って不思議な話である。

「なんてコトねぇよ。単純な話だ。ヒルダだってもう子供じゃねぇ――いや、見てくれはこの『学生の街』に似合いの子供かもしれねぇけどよ」

『制服姿、本ッ・当ォに似合ってたぜ? もォ学院敷地内の監視ツールを思わず全機高画質モードでフル起動させてガン見したレベル』

「分かった、少し黙れお前」

 島の公共設備がいち個人の好き勝手で運用されているという事実。これもまた戌亥のどうしようもなく真っ黒な暗部と言えるのかもしれない。

「とにかく、ヒルダはあれで〝群れ〟の――〝暁の牙〟の立派な戦士だ。変に心配するのは筋違いで、あいつの誇りを汚すことにだって繋がる。そもそも俺達には〝あの連中〟との因縁はどうしたって付き纏うモンなんだ。その上でカチ合ったんだ。だってんなら、その戦果をこそ褒めてやるのが〝暁の牙(おれたち)〟の筋だ。今回の件、もうユーディの方には?」

『いいやァ? ミセスにゃまだ。これから連絡するつもりだったケド』

「そっちの報告、俺に任せて貰っても?」

『――そォ言って、今回の件の仔細についてチミへの情報提供漏れがねェかどォか俺にチェック掛ける腹だろォ?』

「さぁな」

『ヒャァハハハ! 〝さぁな〟だってサ! バトルもこなせてそのうえ腹芸までこなすなんざ、チミどんだけイケメンになる気だよ!』

 怪人が笑い転げている姿が目に浮かぶようだった。

 しかし腹芸などとは恐れ多い。実際、指摘された通りの心算があったのは確かではあるが、ともあれそういうの(・・・・・)は客席で呑気にくっちゃべっている古狐の領分だ。

『安心しろよウルフガイ? チミがその力を貸してくれる限り、コッチだって筋は通す♪ 妙なトコで(カード)を伏せたまんまハズレを引かせて指差して笑おうなんて、コレっぽっちも考えちゃいねェ。信じてくれてイイぜ』

「お前の口から聞ける〝信じろ〟がこんなにも胡散臭く聞こえるモンだったとはな。知らなかったぜ」

 電話越しに、互いに軽く笑う。

 彼と怪人の間柄というものは、おおよそいつもこんな所だった。

『ヒィ~ルダちゅわァ~んは、もォ今はチミの店の方に向かって移動を始めてる。〝トモダチ〟も一緒にネ』

「ヒルダのことを次にそんな気持ち悪ぃ発音で呼ばわってみろマジで舌引っこ抜くぞ。それで――なんだって? 今なんつった? 友達?」

『ま・そんなワケで、有言実行だウルフガイ! せェぜェうまいモンとやらを目一杯準備して出迎えてやるとイイ♪』

 稜牙の質問を無視して、自分の言いたいことばかりを並べ立てる怪人である。

 友達。まあこちらに向かってきているというのなら、すぐにも逢うことにもなるだろう。稜牙は特に追及はせずにおいた。

 なんと言ってもヒルダはあの通りの器量良し(身内の欲目抜きで)だ。友達の一人や二人、すぐに出来た所でなんの不思議もない。連れ立って今からこの店にやって来るというのなら、それはそれで好都合だ。ヒルダの後見人として挨拶の一つもしておくべきだろう。案外、見知りの神無月生だったりするかもしれない。

 だとすると、拒だろうか。それとも虚だろうか。

 もしも虚だったら――何かしら少し釘を差しておく必要があるかもしれない。とにかくコーヒー一杯をサービスで出してやることは決定事項だ。

『そォ言や今ソッチに〝ミス・フォックス〟も居るんだろォ? きっとドレだけ作っても作り足りないなんてコトはねェぜ! ヒャァハハハハハハハ!』

「ああ。随分と気楽な仕事らしいな、第五議席・第六議席付顧問相談役サマってのは」

 怪人がこの島のそこかしこに監視の目を張り巡らせているのは先刻承知である。当然、この店も「枠内」ということだ。そんな見てきたような話を切り出された所で、稜牙はごくごく普通に相槌を返した。

 と、くだんの(フォックス)こと玉之緒(タマノオ)――お玉が、頭頂に大きな狐耳をピンと張り出させながら「むっ?」とばかりに稜牙の方を向いていた。なんでもねぇよ、とばかりに手を振って返す。気持ち「しっしっアッチ行け」の形になっていたのは、まあ御愛嬌だ。

『諸々の収拾と当座の追調査の方はひとまずル・フゥが動いてる。今回の件の情報はPDF化したらいつものプロトコルでソッチに送付するから、ま・今の所はどォぞごゆっくり――』

 と。

 そこで『…いや、ストップ。ちょい待ち』と怪人の言葉が歯切れ悪く詰まる。


『悪ィ、ウルフガイ。やっぱり面倒が一つ出て来ちまった』


 ――その一言で、弛緩し掛けていた心境がたちまち引き締まる。引き絞られる。

「なんだ。何があった」

 ヌシよりによってなんじゃ今のあしらい方は失礼じゃろうがクラァー! とばかりに、三毛次(ミケジ)をほっぽり出してなんとカウンターの中までフラフラやって来たお狐様の頭を片手でムンズと押さえ付けながら、稜牙は電話の向こうの怪人に言葉の続きを促す。

 その厄介の内容というのは、






『〝アウル7(セブン)〟から報告が入ってねェ。例の〝結界〟の開閉に前後して――神無月生が一人、行方不明だ』

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