【7】「犬じゃなくて――」
「常にやたら高い所へギアが入ってる上に、躊躇なく思い付き任せで見切り発進と来たか。全く、大した坊主だ…。ある意味な」
おおもうあんな所にまで行ってんのか、と、目の上に手でひさしを作りながら稜牙はほとんど見えなくなっている白黒の背中を見送った。ちなみに呼ばわり方はいつの間にか「坊主」で定着してしまっていた。
皿洗いでござんすかお任せ下せえ望む所でさァ若が一花咲かせてお戻りになるまでの間にこの一宿一飯の恩義しかと返して見せやしょう、とかなんとか、別に泊まってはいないがタダ飯を出して貰ったことには違いない三毛次が変にやる気満々といった素振りで着流しの袖をいつの間にやら取り出したタスキで絞り上げ始めるのを尻目、稜牙は表の路上へと視線をやった。
そこでは超科学兵器死神の鎌を手に、狐に摘まれながら狸に化かされでもしたような顔でキョトンとしているキャスケット帽の少年――桜花晃。彼が一人。
目が合った所で稜牙は軽く片手を上げて見せた。相手は何度となく客として来店してきてくれている顔だ。
「…店主さん? その、こんにちは。ええと――今の子もそちらの方も、お知り合い、なんですか?」
「そうだよな、まず最初の疑問はそこだよな…。まあ、そうだ。厳密に言えば知り合ったばっかりの知り合いだがな」
「なぁに、大加美殿。袖摺り合うも他生の縁と申したもんでさァ」
「ああ、そうだな。どっちかと言えばそのことわざは袖を擦られた側の方が口にしない限りは言わないでおくのが奥ゆかしさだと思うぜ」
したり顔でのたまう三毛次に乾いた苦笑の横顔だけ向けながら、しかしどうなんだアレは、と稜牙は改めて呟く。
「ま、大丈夫か。よりによって合戦への異物混入ともなれば、とりあえず運営サイドのどこかしらがストップを掛けるだろ」
もちろん三毛次に何をどう順序立てて説明した所で今更あの「若」を連れ戻すように立ち回ってくれるとは到底思えない。ノリノリで送り出してたし。
諸々考えて――稜牙は深い溜め息を一つ零した。相変わらずぽつねんと佇んでいるままの桜花へと「合戦の続き、頑張りな」とだけ声を掛けて、店内へと引っ込んでいく。
「…え? 異物混入?」
そして一人無人の路上で立ち尽くす桜花は、ひょっとすると自分は何か妙な煽動をしてしまったのではないか、と、ほんの一分だけでも時間を戻せたなら充分取り返せることが出来る後悔を感じ始めていた。
――まあ、残念ながら。
――相対性理論の難易度設定を大幅に引き下げだってしてのける〝超科学兵器の牙城〟如月学院と言えど、生憎航時機を真の意味で完全に完成させることはまだ成し得ていないわけなのだが。
※ ※ ※ ※ ※
「楽しみですねえ? 楽しみじゃニャーですかよ、オーイ! 鎌のオウカ君にしたってパネェ右腕ブン回してたあのデカブツにしたって相ッ当ォなモンでしょうによ、この島にはまだまだ――まだまだ! まだまだまだまだまァーだまだ、もっともっともっとドとんでもねえ輩が跳梁跋扈してるってんですかよ! 昔三毛次に連れてって貰った百鬼夜行見物どころの騒ぎじゃねーっスわ!」
喜色満面で騒ぎ散らす白黒はほとんど飛ぶように跳んで行く。
立ち並ぶ信号機。道路を跨ぐ歩道橋。建造物の横に張り出た看板。ありとあらゆる足場を足場にして、目指すは一点。指差して貰った方角そのまんま。
「よく分からねえ絡繰然りよく分からねえ妖術然り、なんでもアリアリの喧嘩祭り! こいつが粋じゃァなくってなんだってんですよ!」
恐らく道路で車が通常運行していたとしても今の白黒よりも早く移動することはきっと出来まい。
休みなく。
息の一つも切らさず。
文字通りの道なき道も道でない道も道の無い道もただただひたすらに踏破して――白黒二色は突っ走る。
白黒の頭上を一機のずんぐりとしたヘリが横切って行く。機体側面には『戌亥ケーブルテレビ』というロゴが白抜きでペイントされていた。ローターは勢い良く回っているのに羽音が微塵も響いてこないそのヘリは、機体が常時叩き出す騒音の音波波形を超リアルタイム演算し完全に逆位相の音波フィールドを展開し続けることで無音を実現している超科学の産物である。窓からマイク片手に顔を覗かせているあんちゃんと着物幼女とが揃って不思議そうな顔でこちらを見下げているのが目に付いたが、白黒にはなんだって良かった。どうだって良かった。音のしないヘリにしたって、奥ゆかしいヘリですねえと思ったくらいである。でもとりあえず手だけは振ってみておいた。ますます不思議そうな顔をされた。失礼な。
――とにもかくにも。
――今まさにこの瞬間、目指す牙城に万に一つも揺らぎ為し!
「着いて来なさいや野郎共! 喧嘩だ出入りだ殴り込みだー! ニャんちって!」
実質気分任せで騒ぎに騒いでいるだけの白黒。そんな彼に着いて来る人影など、まさか一つもあるわけがなく――
いや。
それは否だった。
路地の裏から。自販機の隙間から。街路樹の下から。飲食店の番重置き場の影から。
街並みのそこかしこからぞろぞろと、なんだなんだ何騒いでるんだ、とばかりに姿を現すモノどもの姿があった。
〝彼ら〟の目は皆一様に金色に輝いていた。
そして〝彼ら〟はまるで暇潰しついでのように、お互いに視線を取り交わすと、クソやかましい作務衣姿が空を駆けて行く後をのそのそと追い始め――
※ ※ ※ ※ ※
――13:01 神無月学院 / 高等部校舎三階・生徒会室――
「退屈っていうのはさぁ」
室内から校庭を広く臨める窓際に立ち、神無月学院生徒会長・高等部二年乗降拒は言う。
それは、どこかちぐはぐな佇まいを持つ少女だった。
その服装はというとまるで生徒手帳の裏表紙辺りに「生徒の身だしなみ模範・女子」ということで記載されていてもおかしくないような、スカート丈すら改造されていないノーマルもノーマルな制服姿である。今どきマンガでも見られないような変に分厚い瓶底眼鏡を掛けており、髪型も髪型で太い三つ編みで一本に仕立てている。頭髪は当然のように微塵も染められていない。
――では何がちぐはぐなのかというと。
「最強が最強であるが故の最強税ってことなのよね。きっと。要するに」
異様に楽しげに、かつ挑戦的に吊り上がった口端といい。
瓶底眼鏡の向こうに見える、瞳孔の開き掛けた目付きといい。
見てくれだけはひどく大人しめな少女のそれだというのに――纏う雰囲気の全てが、ひどく〝獰猛〟なのだ。
肉食女子などという生温いものではない。その在り様はまるで――肉食獣、そのもの。なまじ変に穏当な格好をしているだけにそのギャップから繰り出される烈火の如き闘気殺気は、下手をすれば大抵の四足獣を視線だけで狂死させる得るかもしれないものだった。
それくらい獰猛な雰囲気を秘めると同時に隠しもしない――とんでもなくちぐはぐな、そんな少女だった。
「強い奴は弱い奴に勝つ。弱い奴は強い奴に負ける。ここまでは、まあ基本よね。っていうか摂理だわ。ここまではいいの。ここまでなら何も文句は付けないわ。この私が、この私の名に於いて許す」
どん、と窓ガラスに手を付く。彼女の視線の先――校庭を見下ろすように高々と掲げられた高さの異なる三本のポールには、それぞれ三つの旗が掲揚されていた。
一番下には赤い日の丸が。次点には「戌亥」と雄々しい書体がレタリングされたこの島の標章が。そして最上位で風にはためいているのは――十月・神無月にちなんで紅葉の意匠が取り入れられたデザインの、神無月学院校旗が。
なんだか色々と問題のありそうな掲揚順だった――まあ、それはともかく。
「でも強い奴が強い奴で〝最強〟の域に片足突っ込んで両足突っ込んで最終的には肩まで浸かって究極的には全身あます所なく頭まで浸かって――そこまで来ると、もう詰みよね。純粋な強さっていうのは原初の価値観であるだけに、例えどれだけ弱い奴にだって比較の実験を実践するまでもなく〝分かる〟…。つまり挑まれなくなるのよ。最強だから。だって最強だから。なんせ最強だから。勝てるかも、なんていう望みを持って挑んで来る余地すらまとめて殺して埋め尽くすくらいに最強だから」
神無月の校旗を突付くように、ガラス窓を指先でカツカツと弾く。
四月の合戦も中盤戦。相変わらず――〝オール・イン・ワン〟神無月学院の陣地には、誰も這入って来ようとすらしないでいた。
「だから最強っていうのはとりあえず退屈なのよ。自分の強さはもはや実用されるようなものじゃない。なんせ比較対象が寄って来ないから。だから最強が最強たる所以っていうのは、もう自分の自己認識くらいしか尺度が存在しないのよね。――全く。負け犬はせめて戦わなくっちゃ負け犬にだってなれない。それも分からない腰抜けの野良犬ばっかりだったのかしら、この島は」
拒は、はん、と吐き捨てる。嘲笑とも嘆息とも付かない所作だった。ひょっとするとその両方の意味を含ませていたのかもしれない。
「最強が最強に到達し終えちゃうと、そう。本当、退屈ね。こんなことならいつまでも最強志願の立ち位置でずっとフラフラしてたかったわ。まあもっとも――二・三戦ですぐに最強が証明し終わっちゃうだろうけどね」
「なあ、会長」
独白を続ける拒に掛けられる声があった。
部屋の片隅。簡素なパイプ椅子に片足を組んで悠然と腰掛けている少年が一人。傍らには黒石目の鞘に収められた日本刀が一振り、静かに立て掛けられている。
柄長・八寸五分。
刃長・二尺三寸四分。
問答無用の真剣――相州正宗。
「折角の合戦だっていうのに相変わらず周りだけ楽しくドンパチやってて、我ら不動の王者はある意味蚊帳の外。語弊も誤解も恐れずに言うが、つまりは欲求不満だろ? まあカリカリしたくなる気持ちも分かるけどもさ――」
手首。
指先。
首筋。
横顔。
そして、額。
およそ露出して見える肌部分の六割がたに白い包帯を巻きに巻いた、明らかに異様な風体の少年だった。目元はずるずると伸ばされた前髪に押し隠されている。
「心の在り様を水面にでも見立てて、静かに凪いだ気持ちになってみようぜ? 苛々してるとそれだけで五感が曇る。最高にイイ所を――獲り漏らす」
神無月学院生徒会副会長・高等部二年――神薙虚。それが彼の名前である。
「はぁ? なんですって? アンタ何の権限があって私に諫言なんかほざいてんのよ。それとも寝言? 起きてる癖に寝言吐けるなんて大した特技ね。私の名前、忘れた? 乗降拒って言うのが私の名前よ?」
「――だから。ちょっと落ち着けって、会長」
そう言って虚はスィと鋭い視線を上げる。前髪の間隙からカミソリのように切れ長の瞳が覗いた。
『うん、いいよ…? おにいちゃんにだったら、私――』
「今かなりいい所なんだ。確執と紆余曲折を乗り越えてまさに今、義理の妹と一線を越える所でね。少し集中したい」
そう言って手にしている携帯ゲーム機(の、プレイ画面の方)を拒に向けて見せる虚。
拒はツカツカと歩み寄って行くとそのゲーム機を取り上げた。
床へ叩き付ける。
更にストンピングを連打。
戌亥規格のゲームハードといえど、これだけの仕打ちが相手ではさすがにぶっ壊れた。
「おっと怖い。何してくれるのさ」
「ア・ン・タ・が・ナニしてんのよ…!」
「――クックック。見ての通り、さ?」
「何いきなりカッコ付け始めてんのよこのエロゲ脳! 自分こそエロゲに出て来るビジュアル重視の殺人鬼みたいなナリしてるくせに! 何? 馬鹿なの? 死ぬの? 死にたいの? 殺されたいの? 何回くらい殺されたいの? 今なら希望回数の二乗くらいでサービスするわよ?」
「会長の口から〝御奉仕〟なんて単語を聞ける日が来るとはねえ…? 軽く人生の悲願が達されたような気分だけど、とにかく、エロゲ。エロゲと言ったか。そこの所は否定させておいて貰うぜ。確かに原作はエロゲだったが、今プレイしてたのは家庭用に移植されたやつを更に携帯機移植した――」
「そんなこと誰も聞いてねーわよ!」
グワシィ! と半ミイラ男の襟首を左手一本で掴み上げる、肉食女子もとい肉食獣(風味)女子。
「だいたい家庭用からの移植だっていうのになんで明らかにエロエロしいシーンに突入してんのよ! なんで義理の妹がベッドの上で四割がた脱がされてるのよ! 何!? どこかモグリのメーカーの自作!?」
「それはあれさ。キスだけしといて画面はあそこですぐさま暗転、時間軸は翌朝に飛ぶって寸法だ」
いけしゃあしゃあと言いながら、虚こそ拒相手にキスしかねない至近距離にまで平然と鼻先を寄せていく。
そこで右ボディブローが捻じ込まれた。
周辺大気を纏めて揺さ振るようなズドンという鈍い音。虚の口から五臓六腑を絞り上げるような生々しくも奇怪な異音が零れ落ちた。そして虚はそのまま携帯ゲーム機の残骸の隣、床へとうつ伏せに墜落した。
「全く度し難い屑ね。何よ、要するにアンタもアンタで退屈してるんじゃない。そんなゲーム引っ張り出してハァハァしてる余裕があるっていうなら」
「さぁて。じゃ、どうする?」
のろのろと復活を遂げながら、虚。
「校旗完全放置で生徒会ツートップならびに全委員長投入、かねてよりどこかの誰かさんがやりたそうにしてたアレでもやるか? ――十一学院全方位同時侵略。もっとも何校かはもう既に陥落しちまってるけどもさ」
「はぁ? 何ふざけたこと言ってんのよ」
「カカカ。さすがにそれはやらない、か。確かに委員長クラスを一人も付けずに校旗放置はリスキー過ぎる。スピード勝負豪華一点主義のDOGSが後先考えずに突っ込んで来たら少しばかりやばいしな」
「違うわよ」
すがめた拒の目付きが真っ直ぐに虚を射る。
「何が〝生徒会ツートップ〟? 問題にしてるのはそっちよ。念の為に訊くけど、アンタ私と対等のつもりなの?」
「…。……。………。ああ、そっちか」
例え顔が半ミイラでも明らかにそれと分かるくらいに表情が切なさに歪んだ。
「でもさ」
だが虚は二秒と凹んでいない。
壁に立て掛けてあった相州正宗を手に取り、優雅な足取りで拒へと自ら近付いていく。そして彼女の肩へと手を回した。
「会長の左隣に並び立つのはオレの役目だ。戦線がどれだけ伸び切ろうが、実力の多寡はさておき立ち位置だけは常に――〝対等〟だ」
メゴッ。
拒の頭突きが虚の鼻先に入った。
虚は顔の周りの包帯を鼻血で汚しながら悶絶した。
「アッー! アッー!」
「次おかしなこと吐かしたらアンタを真っ先に誤爆するわ」
「…クク、恐ろしい会長さんだねえ…? 誤爆するなんていう宣言、生まれてこの方はじめて聞くフレーズだ」
「――とにかく」
拒は虚の背を右足で踏み付けにしながら闘気も殺気も通り越したような呪わしげな鬼気と共、静かに言い放つ。
「アンタの口。今度ヘリウムガスより軽いところ見せたら、上下縫い合わせるか舌を抜くかするわよ」
「会長の最強は不完全だ」
ピタリ、と。
そのまま虚の背骨でも捻じ曲げようとでもしているかのような勢いで圧力を掛けていた拒の右足が、停まった。
「確かに最強は最強なんだろうが、それはあくまで繕った上での最強だ。アンタの尋常ならざる天賦と努力と度胸と読みが乗って来ることでようやっと奇跡的に完成された奇跡。とどのつまり――致命的な構造欠陥を判っていながら出荷して、事故報告とリコールと責任問題がいつ持ち上がって来るかと戦々恐々。そんな新作車両を売り続けるメーカー取締役」
カカカ、と虚は笑う。
「それがアンタ。それがアンタの能力――〝バタ足アクセル〟の正体だ。こんなこと、自分が一番よく分かってるんだろ?」
「…。いま大気圏突破したわよ、その軽さ」
「そいつは凄い。そのまま月まで行ってみようか。無風の中で風にはためくインチキ国旗をぶっ立てて帰って来てやるぜ。とにもかくにも、会長。アンタの最強が揺るがされる可能性は大きく二つある。一つは、そう――ちょうど一年前オレにばれちまった時みたいに、オレみたいなのの能力を相手にした時。そしてもう一つは――」
「〝バカ〟」
拒はぽつりと口にした。
「バカよ。バカに弱いわ」
「カカカ。重ねて言うが、さすがに自分のことだ。よく分かってる。――そう。バカに弱いんだよ。例えば馬の耳に念仏っていうことわざを〝頑張ればいつかは馬にだって悟りを開かせられる〟って意味だと勘違いしてるような、例えば〝二階から目薬〟っていうことわざを〝頑張ればいつかは命中させられる〟って意味だと勘違いしてるような、例えば最強と戦闘が成立させられると思っているような――そういうバカに。オレを相手にするよりも、千倍万倍、よっぽど弱い」
「…本当、飽きもせず良く回る舌ね。私の中で人間国宝扱いしてやるわ」
さも憎々しげに吐き捨てながら背を向ける拒。虚は身体そこかしこの埃を払いながら、再度立ち上がった。
「そいつは光栄。すると何か、保護して貰えるってわけかい」
「そうね。アンタのことはアンタが死んだら殺してやるわ」
「オーケー、墓場まで一緒に行こうってことか。御奉仕発言に始まり今日の会長は随分と情熱的だ。オレはもうエロゲーもギャルゲーもなくていい! 会長がオレの専属ヒロインになってくれたんだからな!」
「やっぱり今ここで殺すことにしたわ」
「アッー!」
拒が虚の胸倉を捕まえて右手で顔面を鷲掴みにしながら壁際に押し込んでいると、そのとき生徒会室のドアがやかましくノックされた。舌打ちざま「何よ」と促す拒。
生徒会長の許しが出たそのまさに直後、ドアが忙しなく開かれる。やって来たのは、合戦に選抜された生徒会所属の女子生徒だった。長く伸ばした艶やかな黒髪の持ち主で、前髪を真っ直ぐに切り揃えた、まるで和人形のような佇まいの少女である。拒と虚は言わずもがな、彼女もまた黒い首輪を身に付けている。凛と伸ばされた背筋には武道の側に寄った礼儀作法を凝縮したような美しさがあった。
「会長、報告です!」
「報告以外の何用で駆け込んで来るっていうのよ。明らかな無駄な前置きね。要らないわ。不要。死ぬほど不要だったわね」
「え、ええと――ごめんなさいすみません申し訳ありません気を付けます」
「…。それで? 何?」
「す、すみません。ちょっと説明し辛い状況で――」
「はぁ? 何よそれ。ここまで来ておいてそんなグダグダなことで――」
「会長、ストップだ。とりあえず話を聞くのさ、こういう時は。…それで? いったい何があったって?」
虚のフォローもあって一心地付けた風の女子生徒こと和人形さんは、改めて語り出す。
「学院の正門前に――大量集結しているんです」
「…なんですって?」
ぎらり、と瓶底眼鏡の奥に裂光が過ぎる。
「――へえ。私が去年に生徒会長に就任して以来ずっと不動の王者としてやらせて貰って来たけど、とうとう今年度になって楯突きに来てくれる気合が入って根性の据わった馬鹿犬が現れたってわけ? どこの学院よ。卯月の脳筋辺り?」
「いえ。違います、会長」
「じゃあ皐月の猪突猛進馬鹿どもかしら。いや、っていうか卯月と皐月はさっき激突してたわよね?」
「違います、会長。犬…じゃないんです。馬鹿犬、じゃないんです」
「? は? 何そこに突っ掛かって来てるのよ、ものの例えじゃない。――まあいいわ。なんにせよ神無月本陣は何人たりとも通さない。全身全霊全力を以ってどこの尖兵だろうが刺客だろうが殲滅し尽くしてやるわ。…そう。猫の子一匹、通さない」
「あっ。そうなんです、会長」
と。得たり、とばかりに和人形さんは手を打つ。
は? と。拒と虚は揃って首を傾げた。
「犬じゃなくて――猫なんです。なんでか野良猫がたくさん正門前に集まってて、それで――」
ここで一度言葉を切る。そして、パソコンから出力したものだろう、手に持っていた写真を差し出した。
「こんな男子が一人、先頭に立ってるんです」
銀髪。
金瞳。
一昔前のヤンキーのような、ダルンダルンの作務衣姿。
写真を前に顔を見合わせる拒と虚。無駄に顔を近付けてきていたので、とりあえず拒は虚の横っ面を右平手で張り飛ばす。
――それはさておき。
――いったい誰だ、このこいつ。
今ここに居る三人が三人とも全く同じ疑問を抱いていた。