【1】「何屋なんですかよココ!?」
神無月学院敷地内。
ドイツからやって来た出会いや因縁が校舎屋上に吹き荒れた顛末から時間は少々遡り、話はまた能天気な作務衣姿の銀髪小僧へと戻る。
DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~
<神無月学院入学案内・後編>
日曜日が近付くと大多数の人間は皆一様にウキウキし始める。
東京都世田谷区の片隅から道を行き交う老若男女を眺め続けているだに、その程度のことは齢三つか四つの頃にはもう理解出来ていた白黒である。
――しかし、まさか!
――自分自身がそっち側立場に立てる日が来ようとは!
これはもう三毛次に自慢しておかないことには始まるまい。白黒は椅子に大人しく座っていられるのが自分で不思議なくらいにソワソワソワソワしていた。
「…通達事項は以上だ。それでは一二五〇時、現時刻を以って本日の教練課程を終了する。一同、余暇時間は節度を弁えた上で最大限に利用、充分に英気を養うように。一同ッ! 解散ッ!」
『サー・イェス・サー!』
帰りのHRを締め括るサージェント。一斉に起立した周りのクラスメイト達の動きに倣い、白黒も白黒で手刀の形に揃えた右手五本指でズビシと敬礼をかます。
学校を舞台にしたドラマなどではもっと普通に「先生さよーならー」と頭を下げていたような気がするが、きっとこれが戌亥ポートアイランドのスタンダードなのだろう。こんな挨拶はあくまで高等部1-A、もっと言えばサージェントが担任であるが故の独特のものなのだという常識を思いっ切り学び漏らしている白黒は、そんな風に脳内で解釈しながら――
「じゃあ白黒君、明日は朝九時に『夜空屋』の前に集合だからその前に――…。……。………。って居ないし」
「…在美? どうしたの? ひょっとして呪われたの?」
「ううんアタシはすっごい元気。っていうか、あっれぇー? 本当にどこへ消えちゃったんだろ?」
矢も盾も堪らずと言わんばかりの勢いで。
履き物を足袋から下履き用の下駄へと変化させざま。
つむじ風のような身のこなしで、あっという間に窓から外へと飛び出していた。
※ ※ ※ ※ ※
「明日は島じゅう遊び倒しまくりでフル行脚! フゥーッ! テンション上がって参りましたでよー!」
テンションが上がってきたも何も、常時アッパーじゃんお前とツッコミを入れてくれるような人はとりあえず傍には居なかった。
ともあれ、稜牙をして「この島に何しに来たんだお前」とまで言わせしめたほどに驚きの手ブラな白黒は、下駄の足音をカラコロと転がしながら学院敷地内を横断していた。
今日の所の学校はこれで終いだという。ならば後は『Wolf in forest』へと帰るだけだ。道順の心配はない。昨日と今朝とで既に二回、神無月への移動は経験しているのだ。それでももし迷ったら迷ったで、昨日使った「建物上直線移動」を持ち出してしまえばいいだけのことだ。
一瞬、今日一日の間さんざん世話になった拒のことが思い起こしたが――確か彼女も学校の後は店に行くと言っていた。となればすぐにもまた顔を合わせることになる。特に今わざわざ挨拶に顔出ししとくこともありませんよな、と判断し、白黒は気持ち大股でズカズカ歩むのだった。
「今日のトコは明日に備えて早めに寝っちまわねえとですわな、サスガに。そも今日は昼寝してませんしなー。さり気に俺め、目がショボショボですっつの」
思えば生まれてこの方、昼寝うたた寝一切無しで一日のうち朝から昼までの時間を過ごしたのも何気に初体験かもしれない。それに気付いた白黒は、自分で自分に「ホアアー」とひとしきり驚いていた。
新天地&新生活恐るべし。
こんなにも初めて尽くしで後で何かバチでも当たったりしないだろうか。
「って、アルェ? そういや、明日の件――」
と。はた、と足を止める。
「〝ヨゾラヤ〟っつースポットに集まるってな風に話がまとまっちゃァいましたけども。…そも、その店はどこにあるんでっしゃろ?」
通りすがる集団下校中の初等部生徒に「あ、しろくろだ」「ちがうよ、確か〝しらくろ〟だよ」「ややこしくね?」「〝ぬこ〟でいんじゃね?」とかなんとか言われつつ、ついでに珍しがられついでに携帯電話で写メられたりもしつつ。そしてそんな周囲の動向にはまるで気付かずヌヌヌと首を捻る白黒。
そんなこんなで、ついさっき在美がその辺の世話を焼いてくれようとしていたことには微塵も気付いていない白黒はというと、どうしましょうやどうすべきでしょうわとオロオロし始めるのだった。
一度1-Aに戻ってその辺のことを確認し直すべきかと思っていると、校庭の片隅に見知った姿を見掛ける。銀髪頭の上にピーンと猫耳を張り出させた白黒は一も二もなくそちらへと駆け寄っていった。
「ヘーイ! スミマセ、フェェェイファァァァァー!」
「? おお、オマエだたアルか猫男」
何か用アルかーと首を傾げるお団子頭のチャイナ娘・緋華はというと、左右の拳に何やらグルグルとテーピングを巻きつけている所だった。
そんな彼女の目の前にはドラム缶のようなでかさの釜がデンと置かれている。その下では焚き火がバチバチといい感じに燃え盛っていた。
――そして、その釜の中はというと。
――どこからどう見てもただの山盛りの砂以外の何物でもないブツが、赤熱するくらいに焼かれていた。
ズシャァッ!
ズシャァッ!
その中へと繰り返し繰り返し左右の拳を交互に突き込み始める緋華。ちなみに表情はすんごい平然としたものだった。
「…。……。………」
「どうかしたカ? 話し掛けて来たのはそちアルよ?」
「…。……。………。は、はヒ? あ、あーあーあー! そうですわ! そうでしたよな! ええ!」
すぐ目の前に居る相手にとんでもなく遠い所を眺める時の目を向けていた白黒はどうにか自力で我に返る。そして『夜空屋』について早速訊いてみた。
「カイ先輩ですとかの口からちょいちょい聞けてた名前なんですけどもよ? 酒なんかも売ってるー、とかなんとか。ニャんとか。場所、どこにあるか御存知ねっスか?」
「…夜空屋。あの店の店主からは何か妙な〝氣〟を感じるアルヨ。深入りは避けた方が吉ネ」
なんか訊いてもいない不穏な情報を先出しされた。
「み、妙な氣――っスか?」
だがそんなうそ寒い話が出て来てしまった手前、突っ込まずに通ることは出来ない。白黒は生唾をゴクリと飲み込んだ。
「そう。妙な氣ヨ。何かの使い手か、はたまた違うのか、とにかく迂闊に懐にだけは飛び込んじゃ駄目アル。打ち込んでも通るイメージがまるで湧いて来ない相手ネ――あんな手合い、大陸でも逢ったこと無しに付きヨ」
いったいどんな客商売をしている店なのだろうか。
というか緋華も緋華だ。常に殴るか蹴るかするイメージと共に人のことを見ているのだろうか。
背筋に冷たいものをダブルで覚えた白黒は、とりあえず当初の要件だけを再度質問する。
「店の場所なら簡単ヨー」
「イェーッス! それじゃァ是非に教えてやってプリーズ!」
「あっちの方角に向かってまっすぐ行くヨロシ。細かい道順は忘れたアル」
――裏技、建物上直線移動。白黒はそれをもう使っちまうことにした。
※ ※ ※ ※ ※
そんなわけでジャンプ一番、地図上に定規とペンで引いた直線のような移動法を開始した白黒だった。
飛んだり跳ねたり走ったり。そこらへんの建物が道路側に張り出させた看板やらを足場に跳躍、車が行き交う道路を眼下に仰いで信号上に着地、硬直時間は一秒と置かずにまた跳躍。化け猫の名に恥じぬ身軽さ極まる高速機動である。
普通ならなんらかの公共交通機関の利用を考えるべき所なのだろうが、折り紙付きのバカにしてひどい乗り物酔い持ちの白黒の頭にはそんな考えはまるで過ぎらないのだった。
とにもかくにも、白黒は途中途中で適当に休憩を挟みつつ都市上空を二本足で走破し――そして。
「…ヌ? ここでしょうかや?」
風力発電用の大きなジャイロがグルグル回転しているポールの上に着地した白黒は、すぐ目の前にどうやらそれと思しい店構えを捕捉した。
四方をぐるりと瓦葺きの塀で囲われた、妙に古風な日本家屋――武家屋敷風の建物だった。大きく開かれた正面入り口には、やはり和風な拵えで『夜空屋』という看板が上げられている。時代劇に喩えて言うなら、丁稚奉公の子供を二桁単位で迎え入れてたりしてそうな、なんというか大店の風格すら感じさせられる門構えである。
「ってゆーかナニゲにド広い敷地ですわな…? 地価とかよく判りませんけども、ここな店主サンってば金持ちなんですかねえ」
本邸に加えて、裏手には白壁で出来た二階建ての蔵やら、そのまた隣には遠くからパッと見ただけでも分かるくらいによく手が入れられている風な菜園が見受けられたりもする。ちなみにその菜園の方はガラス張りの温室が隣接していたりした。純和で整えられたこの一帯の中、そこだけが微妙に浮いているような気がしないでもない。
とにもかくにも、まず第一に抱いた感想としては――
「…何屋なんですよ、ここ…?」
ざっと本邸を俯瞰してみただけなら、小間物屋のようにも古物商のようにも呉服屋のようにも見える。だが酒を売っていたりもするらしいという。白黒は首を捻り過ぎて頭がでんぐり返ってしまいそうになった。
「――ま、まあ、こーゆーのはちょろっと表ェ覗いてみればだいたい察しが付いてくるモンなんですよな!」
白黒は風力発電のプロペラにヒョイとしがみ付くと、文字盤時計の針のように十二時の位置から六時の位置まできっかり半回転分下降する。手を離し、無闇にクルクル宙返りしながら地面へと危なげなく着地した。
「ごめーんくださぁーい…?」
別にでかい声を出しても怒られはすまいがなんとなく小声になりつつ、ひとまず白黒は表へと近寄ってみる。
――まず店頭脇。
――明治時代辺りから持ち込んで来たかのような円筒形の郵便ポストが立っていた。
「…。……。………」
ここの店主は古物収集癖でもあるのだろうか。レプリカ――ではない。浮いている鉄サビがどうにもガチの本物くさかった。
白黒は続けて店頭をざっと眺め回してみる。
一回百円のガチャガチャが何台か並んでいるのが見受けられた。その隣には乾電池を売っている背の低い自販機。そしてその上には、浴衣を涼しげに着こなした美人さんが蚊取り線香をアピールしているブリキ製の看板が吊るされている。と、視界に何かヒラヒラしているものが目に入った。貼る時にさぞ無造作にやられたのだろう、それは剥がれ掛けの張り紙だった。そこにはこう書かれている――『冷やし中華、始めますか?』。
「…。……。………」
更に視界を横手へと巡らせてみる。『処方せん受付』と筆字で記されたノボリ(印刷じゃなくてどうも直接墨で描いたっぽい)が立っている。その脇には車が置いてあった。車、といっても、運転するのに免許証が必要な普通のアレではない。大型量販店の屋上なんかにあるような、百円玉を入れるとしばらくの間前後にウィンウィン動いてお子様を喜ばせる為のアレだった。コイン投入口には赤いランプが灯っている。飾り、ではない。どうも普通に電源が通っているようだった。
店の顔の部分だけでこんなカオス具合だった。
白黒は軽い頭痛を覚え始めながらも中へと一歩踏み込んでみる。
ドリンククーラーの中で瓶コーラがキンキンに冷えている。その隣のアイスクーラーの中では当たり付きのアイスバーがゴロゴロと押し込まれていた。他にはビニール袋から長い紐がごそっと伸びているくじ引き飴、商標名の時点で「うまい」と言い張っているなかなか挑戦的な棒状のスナック菓子が味全種類の取り揃え(廃盤になったはずの味まで揃っているような気がする)、十円で買えるガムやらチョコやらきな粉もちがひしめく菓子棚――どうも駄菓子屋のようだった。
だがその奥では冷気をもうもうと吐き出す棚に新鮮な野菜が並んでいたりした。
更にその奥では洗剤やらトイレットペーパーやらの日用雑貨が積まれていたりした。
しかしその奥では『全十二学院指定制服 ~夏服・冬服、各種有~』という看板の下で衣料品が吊るされていた。
まだまだその奥では埃っぽい書架がずらりと並んで、日に焼けた背表紙を晒す古本がびっちりと隙間無く押し込まれていたりした。
「いやいやいやいやいやマジで何屋なんですかよココ!?」
白黒はとうとう頭を抱え始めた。
何事なのか――いや、何者なのかこの店は。いくらなんでも意味不明に過ぎる。戌亥で一番ぶっ飛んでいるという神無月学院、その校内の購買部にしたってここまでのカオスではない。では何か? この『夜空屋』こそがカオスなのか? 原初の闇なのか? 創世の土なのか?
「そこのお前。この店に来ておいてそれを突っ込んでるとキリがねーぞ」
頭と目と首を同時にグルグル回していた白黒の横に、そのとき立つ気配があった。ひどくつっけんどんな調子の声音。白黒は半泣きでうずくまった格好のまま相手を見上げる。
「ん? お前は…? 確か、昨日神無月に乱入してた――」
妙にツリ目がちな目付きといい冷淡な視線の配りといい、近寄り難いオーラをびしばし撒き散らしている着崩した学ラン姿の少年だった。神無月の制服ではない。きっとどこか別の学院か学校のものなのだろう。
赤く鋭くギラついた瞳。そんな目元をやおら隠すように多少ばかり伸ばされた前髪。近寄り難いというよりかは、むしろ率先して人を近付けずにいるかのような佇まいでもある。
――と。
――そこまで見て取った所で、白黒はヌ? と違和感を覚える。
「アルェ? おたく…?」
いかにも男子用な学ランこそ着ている。
履いているスラックスは腰辺りでローライズ気味だったりする。
ボタンをまともに留めてもいない胸元にはシルバーアクセがじゃらついていたりする。アクセというなら、赤やら黒やら、気持ち禍々しい色合いばかりのピアスが耳に通されていたりもする。
が、どうも違う。頬から顎に掛けてのほっそりしたラインというのか、肩の肉付きというのか、それより何より――かーなーり絶妙ではあるが胸元に稜線が見て取れないでもなくもなくもない。
「おにゃのこじゃニャーですか。なんだってンなカッコをば」
「……………」
学ランの少年――もとい「少女」は、あからさまに憎々しげな態度でチィッ! と舌打ちすると、白黒にきつい一瞥だけくれていってから品揃え具合カオス極まれりな店の奥へとズカズカ踏み込んでいった。常連だったりするのだろうか。その足取りには微塵の畏怖も迷いもない。
(――え? 俺め、なんか怒らせるようなこと言いました?)
白黒がキョドキョドしていると、どこからか猛禽が羽ばたく音が空気を裂いた。それは『夜空屋』の看板下を潜り抜け、先の学ラン少女の肩へと止まる。
でっかい鴉だった。
肩にオウムを乗っけた爺さんとはお逢いしてきたばっかりだが、今度はなんと肩に鴉を乗っける男装少女のお出ましだった。
「セリスー? おい、居るんだろ? もう帰ってきてるんだろ? セリス! セリスー! ったく――、おい! 長月学院生徒会長さんよぉ!」
さも面倒臭げに声を張り上げる学ラン少女。やがてそれに応じて一つの人影が奥から姿を現した。
「はいはいはい――って、あれ? レイヴァン? どうしたの、こんな所まで」
白黒はなんとなく駄菓子の棚の影から推移を見守ってみる。
大鴉と呼ばれた学ラン少女の呼び掛けで現れた相手は――『夜空屋』というロゴが入った前掛けを身に付けた少年だった。
少年だった。
たぶん少年だった。
線の細い体付きに、ほんの少し日本ではない所の血が入っているっぽい柔和な顔立ち。穏やかな瞳。
顔だけ切り取って見れば女にも見えてしまいそうだったが、とりあえず胸は完璧に無いようだったのでたぶん男だった。
肩口より少し長い程度の黒髪を明らかに女物くさいリボンで軽くポニーに結わえていたりもするのだが――それでもたぶん、きっと、恐らく、男だった。
(っつーか紛らわしッ! あっちのおにゃのこもこっちのメンズ(仮)も、こんなカオスな店ン中に集うメンツは性別までごっちゃ気味なんですかよ、ええ!?)
白黒が押し殺した音量でキエエエと奇声を上げる。レイヴァンの肩の上に居る鴉が軽くビクッとしていた。
そんな鴉を平然と肩に乗せているレイヴァンはというと、
「どうしたのじゃねえだろうが。生徒会室、しかもオレの席の上に思いっ切り忘れ物置いていきやがって…。これ。持って来てやったぞ。べっ…別に、お前のためなんかじゃねーからっ! あのまま置いてあったらオレの邪魔だっただけなんだからな!」
不機嫌極まれりといった表情ながらに、セリスと呼んだポニテ少年へ何やら一冊の本を突き付けている所だった。
「…え? あ、持ってきちゃったの?」
「―――――、は?」
「それ、君に読んで貰いたくって置いておいたんだけど…」
「…はぁぁ? なんだよ、紛らわしいことしてんじゃねえぞ! っつかこんなもん寄越されても読まねえよ!」
セリスの胸元へガスガスと書籍を押し付けるレイヴァン。その頬は――ぎゃいぎゃい怒鳴って血圧が上がっているからだろうか、紅くなっている。
そんな学ラン少女にポニテ少年は、困った風な笑顔だというのに何故か押しが強いという奇妙な雰囲気と共、突き返された本のどこぞかのページを開きながら逆に詰め寄り返していた。
「そう? 残念だなあ。…あ、それじゃあここだけでも読んでみてくれない?」
「読まねえよ! じゃあな、オレは帰るからな。…帰るからな」
「ここ、ここ。ここだけでいいからさ。ほら、神武天皇に太陽神から遣わされたっていう記述があるでしょ? この通り、日本だと鴉は不吉どころか有難い霊鳥なんだよ。他にも大陸なんかだとまた太陽という神性と面白い関わり方をしててね、そもそも鴉が口から吐いた火が太陽になったんだとか――」
「近ぇんだよ! なんなんだよお前!」
「あいたたた痛い痛い痛いよレイヴァン」
セリスの顔面を掌で押し遣るレイヴァン。
仲イイんですわなーと、そんなことを思いながら白黒が二人を眺めていると、
「おやおや。とうとう下宿先にまでそこの彼女を連れ込むとは、なかなかどうして――やりますねセリスさん?」
店の暗がりの中から突然姿を現した御仁が、なんかすげえ直球でイジりにいった。
「わぁっ!? る、ルカさん!?」
「な、その、――ルカぁ! なにボケた口利いてるんだテメーは! かっ、彼女とか! そんなんじゃねぇし! 絶対違ぇし!!」
驚きふためくセリスと火が点いたように激するレイヴァン。白黒的には「…あすこの二人、お互い性別逆の方が噛み合うんでねっスか…?」という心境だった。
とにかく、その御仁である。
見た感じは三十路がらみ。二メートルにギリギリ届くか届かないかといったくらいの、結構な長身の男性だった。
腰に届くくらいにうっそりと伸ばされた、特に結わえられてもいないくすんだ金髪。深い碧眼。どこか神経質さを感じさせるかのような銀縁眼鏡。
一言で言えば「ロン毛の外人さん」である。ただしそのいでたちはなんと和装だった。薄手の羽織を肩に引っ掛けなどもしていて、外人さんなのだろうに下手な日本人よりも和装姿がどえらくハマっていた。ワープロではなく万年筆で原稿用紙に文章を書くスタイルこそを是とするような、風格ある昭和時代辺りの文豪ちっくなオーラすら醸している。少なくとも白黒にはそう見えた。
ルカと呼ばれたその御仁は、めいめいのリアクションを返す二人をにっこり微笑んで見回すと、
「さて、とりあえず――お若い二人の為に私は二・三時間くらいどこかへ出掛けていた方がよろしいですか?」
微笑んではいる。
微笑んではいるが決して人の良い笑顔というわけではなかった。
甲高い声でバカ笑いしているわけでこそないが、それはどう見てもトリックスターの笑顔だった。もっと簡単に言うと、胡散臭い笑顔だった。
「え? ルカさん、どこかに出掛ける用事が? 夕飯はどうするの?」
「…ううん、この手の冗談がつくづく通じない子ですね。レイヴァンさん? ちょっとどうにかしてみてくれませんか? 貴女の力で」
「オレに何をどうしろってんだよ! まとめて抉るぞ!」
ガーッと気炎を上げたレイヴァンがセリスの顔面へ本を捻じ込み、そのままルカの方へ突き飛ばす。
(ちょ、あのおにゃのこの方の沸点の低さ! ニャんだか軽く会長サンを彷彿としないでもねっスよ!?)
さてルカなる御仁はというとハハハハハと朗らかに爽やかに笑いながら飛んで来るセリスをひらりと回避していたりする。
パッと見た感じ、あの御仁がこの『夜空屋』の店主――なのだろう。セリスとやらは下宿者にしてバイトの身分といった所か。さておき、緋華をして物理攻撃が入る気がしないと言わせしめたスペックその一端をちょっと見た気がした。
「なんにせよここがヘンな店だってェのは胃もたれ起こしっちまいますくらいに理解出来ましたわ…。とりあえず場所も確認出来たことですし、今日のトコはこれで――」
この『夜空屋』であれこれするのは明日が本番だ。今から自分一人で楽しんでしまっては、明日皆で一緒する上での楽しみが減る。別に一刻も早くこの場から離れておきたいとか、そういうわけではない。断じて。断じて。
そんなわけで白黒はこれ以上あちらの面子(特にあの和装の旦那。確かに妙な氣が感じられないでもない、ような気がする)の視界に入る前にこの場をさっさと退散しようと踵を返し――
「………………」
「って、どわッ!?」
踵を返したら返したで、すぐそこに誰かが立っていた。
今度は正面切って女の子とすぐに分かる女の子だった。こだわりを持って伸ばしたというよりかは「ほっといたらモサッと伸びました」というような感じに伸び伸びた黒髪。しかし元々の髪質がいいのか、草原を駆ける駿馬の鬣ちっくな光沢を放っている。
その表情は――ぼーっとしていた。
そんな顔で――じーっとこっちを見詰めて来ていた。
あっちでケンケン怒鳴っているレイヴァンと足して二で割ってみればいいんじゃないかと思うくらいに、なんだか感情表現がうっっっすい娘だった。
「えー、っと――? その、コニャニャチワ?」
「……………。? こにゃ? おまえ、だれ」
世界で標準的に運行されている時間の速度とは別次元気味なゆっくりさ加減で首を傾げる彼女の装いはというと、あちらの御仁よろしく和装。袖が気持ち短く詰められた甚平姿だった。足には木製のサンダルを履いていたりする。
「誰だー、なんて言われっちまいますとよ? その、ちょこっと店の前ェ通り掛かっただけって言いますか――」
目の前のぼんやり娘は手に長柄のホウキを持っている。
なんなのだろう。
この彼女も『夜空屋』の従業員か何かなのだろうか。
白黒が相手の出方を窺っていると、ぼんやり娘が動いた。彼女の方が背が高い。というか自分が十五歳男子の標準からは少し低身長なだけだろうか。とにかくぼんやり娘は、やおら前傾姿勢になると、引き続きじーっとこちらを見詰めて来た。ほとんど白黒の猫眼を覗き込んでいるような至近距離である。
「……………」
「……………」
目が合ったらなんとなく視線が切られるまで目を合わせ続けてしまう。
ここまで目がバッチリ合ってしまうと、白黒の中でもネコ的な本能が疼いた。
白黒も白黒で、七割がた無の境地に突っ込んだ目付き顔付きでぼんやり娘を見詰め返し続ける。
――ドロン。
頭の上から猫耳が張り出た。
――ドロン。
頬に猫ヒゲが飛び出した。
――ドロン。
腰の後ろに猫尻尾がニョロリと伸びた。
無の境地に突入し過ぎて、白黒は人間体の変化維持が早速グダグダになってきていた。
「…? ねこ?」
と。ぼんやり娘が凄まじくぼんやりした理解速度で、耳・ヒゲ・尻尾、ここまで出揃った所でようやっと気付いたと言わんばかりにそう口にする。
しかし白黒は相槌一つ打たない。頭の中はもう「なんとなく目を合わせ続ける猫モード」である。
そんな白黒をしばらく眺めていたぼんやり娘は、彼女からした視界の端でニョロニョロ揺れ続ける猫尻尾に注目ポイントを切り替えた。
――そして。
――相変わらずの感情が薄い素振りのまま無造作に手を伸ばしたかと思えば、その尻尾をギュムと掴んだ。
「ふみゃぁぁぁぁぁぁぁ――ご!?」
瞬間、記憶にこそないもののなんらかのトラウマとして根付いているらしきことだけは分かる〝衝撃〟が白黒の脳内を駆け巡る。
白黒は尻尾を活きの良いウナギよろしくビチビチ振りまくってぼんやり娘の手の中から脱させると、勢いそのまま、ボロ泣きしながらぶち猫姿で道の彼方目掛けて駆け出していった。
※ ※ ※ ※ ※
「おや? 何やら表が騒がしいですね」
商品である古本を何冊か書架から抜き取り、古めかしい黄ばんだレジが据え付けられたカウンター(銭湯の番台よろしく半畳の上に座布団設置仕様)へと引っ込む。
一体店主としての仕事にどれだけ関心があるのやら、ともあれ悠々自適な読書スタイルに突入していたルカは、ふと銀縁眼鏡のブリッジに指を遣りながら言う。
「吟人の声じゃ無かったよね。誰だろう」
突き飛ばされた挙句棚にぶつけてしまった額を押さえながら、セリス。
「――ああ、そう言えば」
押し付けられていた本を古本コーナーの適当な隙間に放り込んでしまいながら、レイヴァンが店頭側へと目配せする。
「さっき猫が来てたぜ。今この島で一番有名な猫がな」
「「…猫?」」
ルカとセリス、二人して唱和する。
そしてそこに――ホウキ片手のぼんやり娘がトコトコとやって来た。
「…吟人? 猫が居たんだって? 君、何かしたの?」
セリスが訊くと、吟人と呼ばれたぼんやり娘は相変わらずのスローモーぶりで首を傾げた。
そして言う。
「なかなかはやいねこだった。――でも、わたしよりはおそい」
いや何そのコメント?
三人が三人とも、見事に胡乱な目になった。




