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【19】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

 ショートを起こした回路がバチバチと音を立て、線香花火のような火花を散らす。

 あるべきところから引きずり出された人工心臓を手にしたまま、ル・フゥは言った。


「1年前のあの事件の後、色々お前らのことを調べさせてもらった。お前らの組織――ハインリヒ・ヒムラーが表向きはドイツ史研究機関として立ち上げた”例の機関”についてな」

「”アーネンエルベ(Ahnenerbe)”…」


 アテナがぽつりと呟く。

 生まれて間もないこの鋼鉄乙女は、しかし知識だけならかなりのものを持っていた。

 それが1935年…つまり今から90年近く前のことであっても例外ではない。


「当時、確かに不死身の兵士を作り出すという実験はあった。けど、結論から言えば…その実験はついに終戦まで成功例を出すことなく、機関の研究所も閉鎖された」

「………」


 ジークフリートは押し黙ったままだ。

 既に恐慌から覚め、正気を取り戻してはいるが、その直前に穿たれた胸の穴…そして心臓は再生しない。

 これでは生命活動は維持できる筈が無い。もはや死は目の前に迫っていた。

 ――だが、だからと言って全く喋れないということでもない。単に喋る気がないのだ。

 ル・フゥは気にせず続けた。


「――お前もまた失敗例の一つに過ぎなかった。本当ならその後すぐ野垂れ死ぬ運命だった。けど、実用レベルに届かなかったとは言え、お前の体にはどうあれ細胞単位で肉体の再生効果を高める処置が施されてた。最先端の科学とオカルトを使ったにしろ、ナノ


技術も再生医療技術もないような時代背景を考えりゃ、おとぎ話か奇跡のような話だよな」

「…わたしは、と言うかル・フゥ君も含めてあの事件に臨んだ我々みんなは、その処置(・・・・)が不死身をもたらしているものと思ってました。実際、さっきまでそうでしたし」

「ああ。だが実際は違う。欧州戦線が始まって暫く経った、まだ実験が行われていた頃の話だ。研究所を訪れた、一人の女がいた。機関は親衛隊が仕切ってた組織だ…そいつも一応は親衛隊補助士官って扱いにはなってたらしい」


 第二次大戦当時、女性の社会進出の動きもあって各国の軍は既に女性士官を採用していた。

 尤もドイツ軍の場合は保守的な価値観を持っていたため、前線に出て直接戦闘をさせるのではなく、後方事務や通信、医療などといった仕事が彼女達の任務だった。

 武装親衛隊も例外ではなく、所属する補助士官にはきちんと女性用制服とSS章も支給されていたのである。


「けどそいつは通信士でも看護兵でもなかった。――魔女だったのさ」

「…!」


 ヒルダの顔が強張る。思い当たる節があるのだ。


「”彼女”の仕業だったんですか…」

「彼女?」

「こいつらの部隊のリーダーさ。もともとはブロッケンに住んでた古い魔女だけど、軍の招きに応じて機関に加わり――すっかり連中の思想に惹かれて、律儀にも戦争が終わった後も延々と活動を続けたヤツだ」


 首を傾げるアテナにル・フゥが補足した。更に話を続ける。


「ヤツはたまたまその時被験者として研究所のベッドの上に居たお前を見て、実験が失敗に終わるだろうということと、自分が手を貸せば、望む形とは大きく異なるが不死身になる目的自体は達成できることを悟り、それを機関に伝えた。上層部は実験の続行を望


んだが、検体一人を魔女に預けることもまた有意義だと判断した」

「――じゃあ、彼は…魔術で不死身に?」

「いや、違う。「どんな欠損があっても即座に肉体が元の状態に戻る」って具合に、概念を上書きしたのさ」

「局地的に概念を上書きする魔法…。……呪術(・・)!」


 驚いた顔のヒルダに、ル・フゥは頷いた。

 呪いとは即ち、ある限定的な条件付けによって対象を特殊な状態にするという術法だ。

 発動には術者側にも対象側にも複雑な条件を満たす必要があるが、それだけに効果自体は概念を覆すほど強い。


「種明かしをしてみれば…不死身の正体は呪いだった。ったく、とんだオチだよな? まあ、とは言え誰にでも通用した手じゃない…コイツの体が人為的に不死の属性を持っていたこととか、色々と条件が合ったからこそだろうけどな」

「概念レベルでの再生…機械部分の欠損まで修復されたのは、つまりそれが理由だったわけですね」


 こくりとアテナが頷く。納得がいった、という風に。


「だが…トラウマってのは心に刻まれる傷痕だからな。体がどう変わったって、弱点が消えるわけじゃない。古傷を突けばこの通り…なぁジークフリートさんよ」

「フン…さっさと殺せ。貴様らと話すことなどないのである」

「復讐どころか、いいように返り討ちにあったんだもんなー。悔しいだろうなぁ。だから一つだけ質問に答えろよ超人猟兵。そうすりゃひと思いに仲間のところに送ってやる」


 人の悪い笑みを浮かべ、ボール遊びでもするかのように手の上で人工心臓を跳ねさせるル・フゥ。

 ヒルダが思わず顔を顰めながら割り込んだ。


「ちょ、ちょっとル・フゥ君…それは何と言うか、あんまり…」

「バカ言え、コイツをただ死なせたら今までの苦労が水の泡だろうが。体裁より情報だ、常識だろ? ――コイツは”爪痕”とだって繋がってんだぜ」

「……む」


 そう言われては、それ以上口を出せないのがヒルダだった。

 戦士としては潔く死なせてやりたいが、”ヴァナルガンドの爪痕”については何が何でも尻尾を掴まねばならないのだ。

 何しろ群れにとって――そして何より大加美稜牙にとっての宿敵なのだから。


「我輩が容易く喋ると思うのか…?」

「固いこと言うなよ。アンタも武人の端くれなら、敗者らしく謙虚に振る舞ってもいいんじゃねーの? 考えてもみろ、部隊の仲間に対しての義理は1年前に充分果たしてるんだぜ…せっかく一緒に死ねたんじゃねえか。それを無理やりに呼び戻して、使い走りにさ


れてさ…連中に忠誠を示す必要があるのか?」


 大袈裟に手振りを交えながら、ル・フゥは訴えた。

 目的のために手段を選ばないところがあるとは言え、ジークフリートは本来誇り高い男だ。

 本来所属していない組織に利用されている、という自覚はある筈だし、それは恐らく不本意なことに違いない。


「…奴らの規模や作戦内容までは知らぬぞ」


 見事にル・フゥの読みが当たった。暫く押し黙った後、ジークフリートは低くそう言ったのだ。


「ンな事は期待してねえよ。新参者にそこまで教えるようなヤツらじゃないことぐらい分かってる。――聞きたいのはアンタを復活させたヤツについてだ。どんなヤツで、何て名前で、どういう仕掛けで灰になった筈のアンタを復活させたのか」


 なるほど、とヒルダは頷く。

 ジークフリートを拾ったという”ヴァナルガンドの爪痕”は武闘派の性格が強い組織で、構成員が魔物ばかりということもあって先進科学には明るくない。

 一度は完全に滅びたジークフリートを、どういう手段で再生させたかは定かではないが、それを達成するための知識・技術といったものがどこから来ているのかも全く思い当たる節がないのだ。


「……我輩もよくは知らぬ。”博士(ドク)”と呼ばれている何者かの協力があったようだが…。我輩が目覚めた時には姿はなく、どういう手で蘇生されたという説明もありはしなかった。――いや…待て」

「…何だ?」

錬金術師(アルケミスト)…と誰かが言っていたような…あれは誰の言葉であったか――」

「錬金術…!? おいコラ! いい加減なことほざいたらタダじゃ置かねえぞ!」


”第十議席”の管轄にある”第十学区””第十研究区”が扱う”第十属性”とは、即ち錬金術のことを指す。

 ル・フゥが取り乱すのも無理はないのだった。


「確かだ。思い返してみれば、連中の使う道具も錬金術由来のものが多かった…。機関では錬金術も扱っていたゆえ、我輩も多少は心得はある」

「…マジか…。クソッ、ホントにどんなヤツかは分からねえってんだな?」

「男か女かも分からぬ。――直接組織に所属しておらんということであろう」


 溜息を吐きながらジークフリートが言った。

 その表情からも、嘘であるとは思えない。そもそも今となっては嘘を言う理由がないのだ。

 それを察した上で何事か思案を始めたル・フゥに代わって、ヒルダが尋ねた。


「――何か、言い残すことはありますか」


 どれほど憎い相手であれ、二度までも死闘を繰り広げたのだ。

 ヒルダは戦士として、敬意を払い礼を尽くそうと思った。


「フ……。もとより敗残の身、今更勝者に告げる言葉はない。一人むざむざと蘇った恥については、同胞らに天界(ヴァルハラ)で弁解するのみである」

「…冥界(ヘルヘイム)ではなく?」

「無論である。我らの行いに何一つ過ちなどない」


 迷いなく堂々と言い切る。その眼差しは全く揺らぐことなく、いっそ澄んですらいた。

 ヒルダは改めて思い知った。――こんな連中だからこそ、彼らは自分達の敵だったのだ。

 他者を省みない正義。歪んだ信念は、それを理解しない者からは時に狂気とすら映る。

 だが、それでもヒルダは言わずにはいられなかった。


「いいえ。あなた達に正義などありません。――平和に暮らす人たちに、とっくに終わった戦争の恐怖を突きつけようとしたことは紛れもなく悪です。…それに、フレイヤちゃんがあなた達に受けた仕打ちをわたしは忘れない。絶対に…許さない」

「……ふん。”灰被り姫(アシェンプテル)”か…我らの全てを灰に帰さしめた元凶。そう言えばあの娘も今はこの島に居るのであったな」


 静かな怒りを秘めたヒルダを前に、悪びれずジークフリートはのたまう。


「…フレイヤ?」

「こっちの話だ。…お前は知らなくていい」


 アテナの疑問の声に、ル・フゥだけでなくヒルダも答えたくはなさそうだった。

 気にはなるが、それ以上の追究をアテナは断念した。


「…もうこの辺でいいでしょう。ル・フゥ君、他に質問はありませんか?」

「ん? ああ。――そうだな…そろそろ楽になってもらおうか。お前もそれでいいか?」


 考え事をやめてル・フゥが頷き、腕を組みながら横目でアテナを見る。


「異論はありません」


 アテナも同意の頷きを返した。

 過去に因縁のある他の二人と違い、アテナから見ればジークフリートは自分を狙って来た危険なテロリストに過ぎない。

 あえて機械らしい冷徹さを示してもいいとすら、アテナは考えていた。


「なら決まりだ。じゃあな、ジークフリート」


 ジャケットの裏側に固定されたホルスターから自動拳銃を取り出しながらル・フゥが言う。

 小型で軽量、低反動でありながら市販の大口径拳銃よりも威力があるという、戌亥ポートアイランド製の新型だ。

 その銃口を静かにジークフリートの額に向ける。

 そのまま撃ち抜けば脳がぐちゃぐちゃに砕け、そして二度と再生することはないだろう。

 だが、ここでジークフリートがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「フ…誇り高きドイツ軍人であるこの我輩、ヴァルハラへの出立に他人の手は借りぬ…!」

「…何?」


 怪訝にル・フゥが首をかしげたのと同時に、アテナが鋭く叫んだ。


「――目標体内に高エネルギー反応! 危険です、ただちに退避を!!」


 その瞬間、三人同時に弾かれるように後方に飛び退く。その言葉の意味するところをそれぞれに察したからだ。


「自爆か…!」


 ル・フゥが呟くや否や。ジークフリートの目の奥から、口から、全身の穴から眩く閃光が漏れ出し――


「我が祖国に栄光あれ!――我ら“超人猟兵ユーベルメンス・イェーガー”は永遠なり!!」


 高らかにそう叫んだ後、ドゴォォォォォン!! と轟く爆音。

 立ち上る火柱の中に、不死身の超兵の姿は二度と見えなくなった。

 後に残ったのは、ル・フゥが引きずり出した人工心臓だけだ。

 その鼓動も既に停止しており、循環器の役割を果たす機会は永劫訪れることはないだろう。


「最初から最後まで、勝手な人でしたね…」

「全くだ。いい迷惑だぜ」

「――けど、それもこれで終わりです。もう二度と蘇ってこないことを願いましょう…アーネンエルベとは「遺産」という意味のドイツ語です。彼らのような負の遺産は今の時代に継承すべきじゃありません」


 ヒルダが憂いを帯びた眼差しで、もうもうと立つ白煙を見上げる。

 アテナとル・フゥもお互い顔を合わせると、ヒルダに倣って空を見上げた。

 鈍色に濁った偽りの空の色は、暫くするとやがて本来の青空へと変わっていった。






<2026年4月25日(土)16:00 神無月学院高等部屋上>


 気付けば周囲の風景は完全に元通りになっていた。

 帰ってきたのだ。術者であり、また術式を体内に埋め込んでいたジークフリートが死んだことで、結界が破られたのである。

 ヒルダは全身を伸ばして大きく深呼吸をした。今まで吸っていた淀んだ空気を入れ替えようとでもいうかのようだった。


「はぁ~…やれやれって感じです」


 ヒルダは白狼少女への変化(へんげ)をやめ、元の女子高生の姿を取った。

 アテナもそれに続いて装甲を解除し、”ニケー”を分離させる。やがてニケーは自動的にどこかへと飛び立っていった。


「ま、お疲れさん。来日早々とんだ災難だったな」


 ル・フゥは少し笑い、ヒルダの肩をポンと叩いて二人から離れて行く。

 いつの間にか屋上には武装した兵士らしき人々の姿が見える。ル・フゥは彼らに用があるらしかった。

 何事か、彼らとあれこれと話しだしている。


「”番犬(ケルベロス)”ですね」


 そんな光景をぼんやり眺めていると、アテナが横から説明してくれた。


「ああ、あの人たちがそうなんですね。なるほど」

「”猟犬”が投入される程ですから…実働部隊である彼らもここで待機していたのでしょう」


 アテナの言葉にヒルダも頷く。

 ヒルダの方は今のところ単に留学生という立場でしかないが、アテナは違う。

 最新鋭の人型機械、その試作機なのだ。一時的にこの世界から「いなくなって」しまったら、すぐにでも当局が察知した筈だ。

 そして状況から、魔術テロが進行中であることも悟ったに違いない。

 ヒルダがル・フゥの介入を予測した最たる原因がそれだった。

 何せ現にヒルダはアテナが文月生徒会にモニタされていたのも知っているのだ。


「あ! そうだ、アテナさん! 大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?!」


 突然、思い出したように慌ててヒルダがアテナへ詰め寄った。

 本気で心配している表情だ。眉を八の字に寄せ、はらはらしている。

 アテナは苦笑しつつ首を左右に振った。


「いえ、深刻なダメージはありません」

「でも結構ドカンドカンって爆発とかあったし…擦りむいたりもしてません?」

「大丈夫ですよ、軽度の損傷であれば自己修復可能ですから。…と言うか、それを言うなら貴女のほうこそ大丈夫なのですか?」


 今度はアテナが気遣わしげな表情でヒルダに尋ねた。

 敵から個人的な恨みを買っていたこともあって、ヒルダは特に攻撃に晒されていた筈だ。

 超再生能力で戦線に復帰したとは言え、そしてそれまで弱った状態にあった事すら計算の内だったとは言え、

 何かの弾みで深い怪我を負ってしまっていても全く不思議ではない。アテナにはそう感じられたのだ。


「はいっ! 元気そのものですよ、わたしは!」


 しかしヒルダは満面の笑顔でそう言い放った。

 激闘のあった事すら一瞬忘れるほど、その様子は健康優良な十代女子そのものに見えた。

 アテナはそれ以上突っ込んだ質問をする気が失せて、別の話をすることにした。


「――それにしても、さっきは…その、ありがとうございました。あの時も礼は言いましたが、本当に…嬉しかったんです。私のために怒ってくれたことが」


 はにかみながら、改めて背筋を伸ばし、深く礼の姿勢を取るアテナ。

 ヒルダは苦笑を浮かべ、首を左右に振る。


「いえいえ…顔を上げてください。別に…思ったことを言っただけだし、やっただけですから」

「はい。よく分かります…貴女が裏表のない人だということは。ですが、私は今までずっと自分が機械であること、道具であることを心のどこかで受け入れてしまっていた…アテナという人格を持った「個」であると自負しながら、それと相反する理屈をも当然の


ものとしていたのです。それを、あのジークフリートの言葉で気付かされてしまった…私が私を心から認めてはいないと思い知らされてしまった。――それにショックを受けて、動けなくなってしまったんです」

「…アテナさん…」

「だからこそ、貴女の言葉で救われた。私のために危険を冒してでも、理不尽へ立ち向かってくれたことにも。貴女には貴女の戦う理由があったのでしょうが…それでも私は感激しました。そして、もう一度立ち上がることができた。私の正しいあり方を貫くこと


ができた。貴女のお陰です、ヒルダ」


 アテナは今日の出来事についての記録(メモリー)を決して消去するまいと決心していた。

 偶然から知り合っただけの、しかも当初は対立関係にあった相手。

 しかしもはや、その相手はアテナにとって他の人々とは異なる意味を持つ存在となっていた。

 お互い通う学校も違うし、基本的に接点がない。それでも構わなかった。この思い出さえあれば自分は折れないでいられる。


 そう思っていた矢先。


「アテナさんっ!」


 そうヒルダの声が聞こえたかと思うと、不意に何か温かいものが自分を包み込むのをアテナは感じた。

 柔らかい感触。緩く全身に加えられる圧迫。――アテナは自分が抱きしめられている、と気付くのに3秒もかかった。


「…!? ひ、ヒルダ!?」


 思わず声が裏返る。今起きている事態が理解出来ない。

 ただ自身の人工心臓が凄まじい勢いでビートを刻み始めたことだけはアテナにも感知できていた。

 すぐ目の前にさらさらの金髪がある。日だまりのような匂いがアテナの嗅覚センサーをつく。


「わたしの方も、さっきも言ったことですけど。――あなたはここに居ます。わたしがそれを今、全身で感じています。普通の女の子と変わらない、細身で、だけど柔らかくて、温かいあなたを」


 ぎゅっ、と少しだけ抱く力を強め、ヒルダはアテナの背中をそっと撫でた。

 それは子供を落ち着かせるかのように、優しい動作だった。

 そして暫くそうしてから、ぱっと体を離し、軽く微笑む。


「アテナさん、もしよければ…わたしと友達になってくれませんか? …この島に来てからの、初めての友達に」


 すっと手を差し出す。その手はとてもあの戦いを潜り抜けた者のものとは思えないくらい、細かった。

 アテナは戸惑った。そして自分にその手をとる資格があるかどうか、僅かな時間の間に数十回は自問自答した。

 だがやがて、その逡巡自体が間違いであると気付き――意を決して自分も手を差し出していた。


「はいっ。…私でよければ、喜んで」


 しっかりとその手を握る。何度も何度も二人は掴んだ手と手を上下させた。

 この瞬間、ヒルダとアテナは友人同士の間柄となった。二度と消えることのない、確固たる接点が二人の間に生まれたのだった。

 アテナは無上の喜びを噛み締めていた。

 そして知らぬ間に自分の頬に涙が伝っていたことに気付き、今になって自分に泣くことのできる機能があることを知った。


 また、同時に。人は悲しい時以外にも泣くことがある、ということも学んだのだった。


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