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【18】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

 駆け寄ってしゃがみ込み、アテナはヒルダの様子を恐る恐る伺った。

 全身にかなりの傷を負い、着ているジャケットや戦闘服もあちこち破れてボロボロだが、それでも辛うじて呼吸はしている。一命は取り留めているようだ。

 安堵の溜息を吐いてから、アテナはバッグの中を漁った。


「これか…」


 すぐに医療キットのケースを見つけたアテナは、中からル・フゥの言った通りに青いアンプルを取り出す。

 何らかの薬なのだろうが、しかしラベルも貼っていなければ本体にも何も書かれていない。

 一瞬不安になるアテナだったが、今は急を要する事態だ。あの少年が味方であると信じるしかなかった。


「ヒルダ、これを」


 意識不明のヒルダの上半身を抱き起こし、口を開けさせる。

 アンプルのキャップを外して薬液を口の中へと流し込んだ。

 するとヒルダには最初の数秒こそ目立った変化は現れなかったが―――

 いきなり、びくん! と全身を強く揺すったかと思うと、


「ああああああああああああああああああああああああ――――――――っ!!!」


 と、両目を見開き、腹の底から大音量の声を上げて凄まじい叫びを放ったのだった。


「ひぃ!? ひ、ヒルダ!?大丈夫ですか!?」

「はぁーっ、はぁーっ、はぁー……すぅー…はぁぁぁぁ…」


 心配になって呼びかけたアテナの目の前で、ヒルダは少し落ち着いたらしくゆっくりと呼吸を整えていく。


「…はぁぁ。うんっ、復活! 大丈夫ですよアテナさん!」


 そして満面の笑顔でアテナに頷いてみせた。

 確かに血色はよく、痛々しかった生傷も見る見るうちに塞がっていく。復活と豪語するだけのことはあるらしい。


「よ、良かった…一時はどうなることかと思いました」

「まあ、あのままでももう暫く凌ぐことはできたんですけどね」

「…へ?」

「でも、ル・フゥ君が来てくれて助かりました」


 思いがけない一言で呆気に取られているアテナを尻目に、ヒルダはル・フゥを目で追った。

 黒衣の少年は舞うような動作で、軽々と巨漢のジークフリートを手玉にとっているようだった。





「…!? あの娘!?」

「おいおい、分かってなかったのか? お前が何と戦ってたのか! アイツはああ見えても本物の人狼(ヴェアヴォルフ)…正真正銘のバケモノなんだぜ。お前みたいな後付けでバケモノじみた(・・・)能力を得た、人間くずれ(・・・・・)とは桁が違って当たり前なんだよ!」


 ル・フゥは得意げにそう言いながら、注意が一瞬それたジークフリートの拳をかわす。

 すると、どういうわけか拳を振りぬいた姿勢のままジークフリートの動きが止まってしまった。


「ぐうっ!?」


 怪訝な顔でジークフリートが目を凝らすと、キラリと僅かな光が瞬いた。

 更にじっと見つめることでようやく何をされたかに気付く。――鋼線(ワイヤー)だ。

 いつの間にか、無数の細いワイヤーによってその丸太のような腕は縛り上げられていたのだ!

 くい、と力を加えることで、ル・フゥはワイヤーを巧みに操り、拘束を利用してそのまま巨体を投げ飛ばす。


「あの薬は急激に魔力補充と代謝活性を促す劇薬さ。普通の人間が飲んだら即死だけど、人狼みたく獣性の強い魔物にはあの通り…生来の超回復能力(ヒーリングファクター)を強烈に後押しして、どんな傷も治す特効薬になるってワケだ」


 尤もそんな代物が普通に流通している筈がない。ル・フゥのような戌亥の暗部に関わる者だけが取得できるのだ。

 背中から地面に叩き付けられたジークフリートに、そこまで教えてやる義理はなかったが。





「ヒルダ、持ち直したとは言え状況は不利です。あの少年は結界の外から現れたようですが、つまりそれは逆にここから出る手段も用意しているという事…ここは一度撤退することを考えるべきです」


 回復したヒルダの手を取ると、アテナは懇願するようにそう訴えた。

 しかし、ヒルダは首を左右に振る。


「この結界が敵の有利に働いているというのは間違いありませんけど、お陰で外に被害が漏れずに済んでるというのも確かです。今無理に外に出たら、あの危険なテロリストは今度はこの場所を…神無月学院を直接攻撃することになってしまう。学院にはまだ大勢の生徒が残ったままだし、どれほど犠牲が出るか分からないじゃないですか」

「しかし…!」


 アテナにもヒルダの言うことは分かる。だがそれでもここは自身の安全を選択すべきだ。

 そう思ったのは、ヒルダの言葉が単に優しさから出ているものだと認識したからだった。

 だが、ヒルダは不敵にも笑顔で言ってのける。


「大丈夫ですよ、アテナさん。やっぱりあの時あなたが弱点を攻めようって言ってくれたのが正解だったんです。――お陰で勝ち筋が見えました。ル・フゥ君も思ったより早く来てくれたし」


 そう聞いて、アテナは驚かずにはいられなかった。


「…彼が現れることが分かっていたんですか!?」

「はい。何しろここは第十学区ですから…人知れず魔術テロが起きたら、必ず来るっていうのは知ってました。表向きは学生だって言ってたし、学校が舞台の事件ならル・フゥ君が適任ですからね。でも、もっと時間が掛かるかな、と思ってたんですよ…だからそれまでやられたフリで持たせるつもりだったんですけど」


 アテナはあんぐりと口を開けたまま、数秒固まった。

 そしてすぐに我に返ると、更にヒルダに問い詰める。


「彼は何者なんですか?」

「”猟犬(ハウンド)”です。”第十議席”付きの…あと補佐官もやってるそうです。去年起きたあのジークフリートたちの事件で、友達になりました」


 それらの事実は驚くべきものに間違いはなかった。

 だが何より、友達という言葉をヒルダの口から聞くと、アテナは正体不明の胸の痛みを一瞬覚えた。


「…それで、勝ち筋というのは?」

「さっきわたしたちを弾き飛ばした魔術障壁です。確かに強力無比で凄まじい防御力でしたけど――

 あれを見てください」


 ヒルダはル・フゥと戦闘を繰り広げるジークフリートを指差す。





「この…っ! ちょろちょろとぉぉッ!!」

「スロー過ぎるんだよ、独活の大木が!」





 互いに威圧的な言葉の応酬をしながら殴り合いを繰り広げているように見える。

 が、実際のところは違う。一方的にル・フゥの攻撃だけが当たり、ジークフリートの攻撃は空を切るばかりだ。

 それは仇敵として復讐心を燃やすあまりジークフリートが激昂しすぎていて、ル・フゥがそれを巧みに煽っているからというのが大きい。

 アテナにもそれは理解できていた。が、その時ふとあることに気付く。


「障壁を展開していない…!?」

「ええ。ジークフリートは今、攻撃に魔力を割いている…一撃でル・フゥ君を倒すことばかり考えている。だから、障壁を張っていない…いえ、張れない(・・・・)んです」

「…! そうか…彼の魔術障壁は能動的技能(アクティブスキル)なのか! 常駐(パッシブ)ではなく!」


 その通り、とヒルダは深く頷いた。


「そもそも彼はもともと魔術師じゃない。何者かが彼を再生させた時に、機械の体に後から魔術適正を…ううん、魔術を使う機能(・・)を仕掛けただけなんです。同時に複数の魔術を発動し、維持するなんていう事は不可能だったんですよ」

「なるほど…。吸収した魔力量が膨大だという事に気を取られすぎていたわけですね」

「はい。そこで、さっき初めてあの障壁が展開された時のことを考えてください。――弱点を突かれると分かったその時に、「能動的に」障壁を張った…つまり」

「! どうしても弱点を突かれたくなかった…! 裏返せば、弱点への攻撃は有効である可能性が高い!」


 アテナが全てを理解したのを見届け、ヒルダはゆっくり立ち上がる。


「さあ、後は反撃するだけです。お終いにしましょう、何もかもを!」





 ル・フゥはタップを踏むような軽やかさで、ジークフリートの1インチの間合いに飛び込んだ。

 残ったもう一挺の”暴龍”を撃とうとしていたジークフリートだが、このせいで銃を構えることができない。

 一歩下がろうとしたその僅かな隙に、ル・フゥは巨体の左小指をガッシと掴んで思い切り捻った。


「ぐおおおおああああああああ!!!」


 堪らずジークフリートが絶叫する。


「この1年、お前らとの戦いでオレが何も学ばなかったと思ってんのか? 不死身だろうと体の仕組み自体は人間と変わらねえ! それも弱点の一つだよな、ジークフリート! いくらすぐ治るったって痛ぇモンは痛ぇんだもんな!」


 べきっ、と不吉な音が鳴る。遠慮なく捻りあげた小指が、ついに折れた音だ。

 ジークフリートは訓練を受けた元軍人であり、また超人兵士として全身を人間の限界以上に鍛え抜いている。

 だがそれでも、どうしても鍛えきれない部分というのはある。手の小指などもその一つだった。


「おおおおおおおあああああッ!! き…貴様ァァ!!!」


 強引にル・フゥを振り解き、ジークフリートが後退する。

 不死身の能力ゆえに小指は元に戻るが、そのために僅かでも時間を必要とするからだった。

 そこにヒルダとアテナが駆けて来て、三人が合流した。


「お久しぶりです、ル・フゥ君!」

「よ。相変わらず元気なヤツだな、お前は」


 軽く挨拶を交し合うヒルダとル・フゥに、何となくアテナは疎外感を覚えて寂しげな顔をした。


「で? どうだ、片付きそうか?」

「はいっ。わたし、これでも賢狼の娘ですから」

「…ああ。何か逆に不安になる言葉だけど、そいつは何よりだ」


 その”賢狼”の正体を知るだけに、ル・フゥの表情は微妙だ。

 だがヒルダのための時間を今まで作っていた、というのも確かなことだった。

 ヒルデガルド・シュナイダーはただの突撃バカではない。考えて突撃するお人好しバカなのだ。


「わたしに合わせてください。アテナさんも、打ち合わせ通りに!」

「了解!」

「あいよ」


 それぞれに応えると、まずはアテナが前に出る。


「ニケー、再合神!! ”武装せし戦女神(パラスアテナ)”!!」


 手をかざし、上空退避していたニケーを呼び戻すとアテナは再び全身に装甲を纏う。

 そして両手にマシンガン、両腰に固定されたガトリングガン、両肩にはマシンキャノンが装備され――

 それら全ての、合計6つの銃口が一斉にジークフリートに向く。


「不死身の弱点は他にもあります。それは、再生スピードを上回る速さで肉体を破壊し続けること…!」

「私の最大火力は歩兵の一個大隊を5秒で屠る。残り少ない弾丸でも、あと10秒間ぐらいは――今度はあなた一人にその威力を味わわせることができる!」


 ヒルダの言葉に呼応して、アテナが宣言する。

 1年前の戦闘とは決定的に違っているのがこの圧倒的な火力の存在なのだ。


「くっ…!」


 小指が癒えたジークフリートが、そうはさせじと動作に移ろうとする。

 が、


「女神の怒りを受けなさい! ――全力射撃(フルバースト)!!」


 ドガガガガガガガガ!!

 暴力的な破壊音の咆哮が唸り、視認できないほど大量の弾丸がジークフリートへ容赦なく撃ち込まれる。

 凄まじい閃光、立ち込める硝煙。アテナの足元はあっという間に排出された薬莢だらけになっていた。


「ええい…この程度の射撃など! 耐え切ることは容易である!」


 ジークフリートが纏った魔力のオーラが、光の幕となってその周囲に瞬時に展開する。

 魔術障壁だ。

 並の人間ならとっくにミンチになっている量の弾丸は、しかし見えざる力に阻まれてあらぬ方へと片っ端から逸れていく。


「フハハハハハ…! 10秒程度と言ったな! 馬鹿め、それを凌げば貴様らに決定打を放つ手はなくなる! 我輩には不滅の肉体と無尽蔵の持久力(スタミナ)、豊富な魔力が揃っているのである! 10秒どころか10時間でも20時間でも、泥沼の消耗戦に引きずり込んでくれるわ!!」


 勝ち誇ってジークフリートが哄笑をあげた。

 倒そうにも倒しきれない、という状況が続く限り、最後に勝つのは自分だ。そう信じて疑わないからこその余裕だった。

 だが、アテナは意に介すことなく、射撃の手を緩めない。


「いいえ、残念ながら…この時点でもうあなたは負けています」


 ただ一言だけ、そう告げた。


「!?」


 瞬間、ジークフリートが振り仰ぐ。そこには今まさに彼の頭上を飛び越える、白き狼の姿があった。

 口に”白き槍”を咥えている。


「背後を…取った!」


 再び半人半獣の姿に戻ると、ヒルダは”槍”を構える。

 そして全身の魔力をその穂先に集中させ、白いオーラが”槍”へと流れ込んでいく。


「てやぁぁぁぁ―――――――――っ!!!」


 やがて裂帛の気合と共に、”槍”を手にしてヒルダが駆ける!


「愚かな…! その武器が我が障壁を貫けぬことは既に自明のはず!」


 アテナの射撃をまだ耐えながら、ジークフリートが怪訝な声を上げる。

 その言葉どおり、背後だろうと魔術障壁は健在のままだ。


 そしてヒルダが突き出す”槍”の穂先は、やはり見えざる力に阻まれてそれ以上深く進めない。

 …いや。それは正確ではなかった。確かに突き入れることはできなかったのだ。

 だが、しかし!


「”白き槍(ヴァイス・オクスタン)”!! 最後の……一撃(ラツト・スクラッグ)!!」


 叫びと共にヒルダがトリガーグリップを捻り、そのままトリガーを引くという特殊な挙動を取ると――

 杭打ち機(パイルバンカー)の如く、その穂先が…鋭利な魔法銀(ミスリル)の刃が、本体から分離して射出される!

 そしてその一撃は、ドリルのように錐揉み回転を加えながら…強固な魔術障壁を、ついに突き抜けたのだ!


「な…ッ!?」

「最初から障壁があると分かっていれば…貫通させる手はある!」


 ヒルダの言葉が聞こえ終わる前に、驚愕のジークフリートの背に刃が突き立つ。


「ぎぃぃぃいいいやああああああああああああああッ!!!」


 そこは金属の装甲に覆われてこそいたが、間違いなく彼の古傷があった場所。不死の英雄の、弱点!

 刹那、ジークフリートの脳裏に封印された過去の光景が怒涛の如くフラッシュバックする!


 それはまだ”超人猟兵”となるもっと前の記憶。

 その時とある名もなき新兵は最前線に赴き、作戦のための行軍中だった。

 既に戦況は味方に有利。自軍の影響下にある土地を進む、極めて順調な行軍。


 だが、突如予期せぬ方向から敵の襲撃があった。――奇襲だ!

 よりによって背後から襲われ、味方はたちまち混乱と恐怖の渦に叩き込まれた。

 そしてこの名もなき新兵もまた、逃げようとしたところ、背に銃弾を浴びてしまう!


 新兵はこの時まで自軍の思想に陶酔し、誇りを胸に国家に忠誠を尽くす若者だった。

 だが背を撃たれた彼に去来するものは、ただただ恐怖。死にたくないという生への渇望。

 まずいことにこの時受けた銃弾は彼の呼吸器を阻害し、息もままならない有様だったのだ。

 もはや敵も味方もどうなったか分からない。いつ次の銃弾を浴びるのかも分からない。

 この呼吸すらいつ止まるか分からないのだ。新兵の精神は死への恐怖と絶望で塗り潰されてしまった。


 野戦病院に担ぎ込まれた彼のもとに武装親衛隊(S S)が現れたのは、この後のことだ。

 依然予断を許さない容態だった若い新兵は、彼らが語る「不死身の兵士」を作る計画に必死の形相で同意した。

 だが…そうして現実に彼の肉体が不滅となった後も、この時の恐怖の経験はついに彼の中から消えることはなかったのだ。


「あああああああああっ!! ああっ…あああああ!!!」


 恐慌に囚われ、混乱のままに悲痛な呻き声を上げるジークフリート。

 今まさに、再び新兵時代の記憶を呼び起こされた超兵は、呼吸のおぼつかない瀕死の状態へと舞い戻ってしまっていた。

 これこそヒルダたちが待ち望んだ状態。千載一遇の、決定的勝機!


「ル・フゥ君!」

「さーて、お立会い!」


 ジークフリートが立ち直る前に、ル・フゥがその前に躍り出た。

 そして再びどこからか取り出したワイヤーを目にも留まらぬ速さで操り、虚脱状態のジークフリートを縛り上げる。


「――タネも仕掛けもございません。”銀幕の道化師(アルルカン)”がお見せする、”操り人形の心臓クール・ドゥ・ラ・マリオネット”でござい!」


 おどけた調子で不敵に笑うと、ル・フゥは右手に手袋を嵌める。

 すると、その手袋ごと右手が神秘的な銀色の輝きを放つ!


「うあ…あ!?」


 ル・フゥは右の掌を伸ばし、ジークフリートの胸へと一気に突き出す。…貫手だ。

 ずどん、と鈍い手応えをル・フゥは感じ…ゆっくりと手を引き抜く。


「お代は見てのお帰り、ってな」


 ドクン、ドクンと脈打つ感覚。その手に握られているのは…機械化された、ジークフリートの人工心臓だった。

 そしてル・フゥの視線の先…致命の一撃を受けたジークフリートの胸には、向こうが見えるほどの穴が穿たれていた。


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