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【17】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

<2026年4月25日(土)15:40 神無月学院高等部 別館屋上>


 既に昼過ぎと言うには遅い時間帯。

 4月の麗かな日差しはそろそろ暮れる準備を始め、地面に作る影も長くなってきていた。

 神無月学院の敷地には、しかしまだ多くの学生の姿が見える。

 あの物々しい騒ぎが、未だに何であったのか分からないままだからだ。


 しかも高等部校舎の屋上は武装した”番犬(ケルベロス)”の隊員たちが警備にあたり、立ち入り禁止となっている。

 彼らに何を尋ねても「とにかく今は近付かないように」という返事しかない。謎の多い状況が続いているのだった。


 そんな高等部校舎と並んで立つ、別館。

 各学級の教室がある校舎に対し、各科目における特殊授業を行うための教室がある建物の、その屋上。

 黒い軽装に身を包んだ、銀髪の少年が縁に佇んでいた。


 ――Le Fou(ル・フゥ)。自らをそう称する、謎めいた少年だ。


 右目の下に星を模したペイントを施したその姿はどことなく道化師(クラウン)めいているが、今その目つきは鋭く細められ、緊張感を帯びた気配を漂わせており、少なくとも芸をやるような様子は見受けられない。

 そもそも周囲に他に人影はなく、芸など見せる相手がいないのだが。


『――こちらアウル(セブン)。配置についた』


 出し抜けに声がル・フゥの耳に届く。ヘッドセットタイプの小型通信機を少年は装備していた。

 音声にノイズはほとんどない。油断ない雰囲気の、男の声が低く響いていた。


「リョーカイ」


 ル・フゥは警戒を解かないまま、しかし軽い声で通信に応じる。

 そして懐から取り出した黒い双眼鏡を両目にあてがい、対面の校舎屋上を見た。

 こちらからの距離はおよそ30m程度。”番犬”たちが周囲を厳しく見張っている様子がはっきりと伺える。


 だが、少年が双眼鏡の上部にあるスイッチを操作すると、視界に変化が現れる。

 じわり、と。絵の具が滲みだすかのように、目の前の風景に別の何かが浸食し、広がっていく。

 そして、次の瞬間には――ル・フゥの目には、その場所であってその場所でない光景が、即ち「結界の向こう側」の様子がありありと映し出されていたのだ。

 半裸のジークフリートが、傷ついたヒルダやアテナに躊躇なく豪腕を振るい、二挺の巨銃を放つ様が見える。

 二対一ではあったが、どう見ても有利なのはジークフリートのほうだった。


「…状況は芳しくねえ。さっさと行ってやらねーとマズいな」


 ヒルダとル・フゥは知己の間柄だ。

 絵に描いたような善人といった感じのヒルダのことは正直苦手ではあったが、それでもかつて窮地を共に乗り切った戦友に違いない。

 今ああして劣勢に立っていることも、何をやってやがるとか、手を抜きやがってなどと思ったりはしない。

 ヒルダの実力はよく分かっている。手を抜く性格でないことも知っている。純粋に苦境にあるのだ。


 そして、統括理事会”第十議席”補佐官という立場でもあるこの少年は、アテナについても情報を持っていた。

 少なくとも、並の相手に苦戦するようなヤツではない。

 相手が人間だから攻撃できないとかいう、この手のロボロボしい存在についてまわる「あの三原則」だって備わっていない。

 学校に通う身分であっても、はっきり言って普通のDOGSのレベルを越えた、寧ろル・フゥらの側に近い実力を持つ二人なのだ。

 それを纏めて翻弄できるジークフリートこそが異常だった。


『狙撃ポイントの指示を』


”アウル7”が要求してくる。ル・フゥは双眼鏡で屋上を素早く見渡した。


「やっぱ端から入るのがベストだろーな。あのカドのトコ…丁度隊員が立ってるあたり」

『了解。移動させる』


 そう声が届いて間もなく、ル・フゥが指摘した位置に居た隊員が別の場所へと移っていった。

”アウル7”はル・フゥと同じく”猟犬(ハウンド)”だが、同時に必要に応じて”番犬”へ直接指示を出せる権限を持ってもいるのだ。


『今更確認するまでもないことだが…。結界中和弾の効果は最大で5秒だ』

「わーってるよ。そんだけありゃ充分すぎるって」


 ル・フゥは自信たっぷりに軽く言い切る。

 それが自惚れでないことは”アウル7”も承知しているが、通信機越しに彼の重いため息が聞こえた。


『……口惜しいことだ。生徒に銃を向けておきながら、ああした本当の敵の侵入を許すとは』

「ま、気にすんなよ。こっちはヤツをある程度泳がせてたんだしな…ヤツが生きてたこともだけど、”ヴァナルガンドの爪痕”との繋がりについても不明な点は多いままだ」

『ドイツの亡霊か。1年前、俺も同行出来ていればな…』

「今更過ぎたコトだぜ。そもそもアイツが勝手に生き返ってきたんだ、オレたちのせいじゃねえよ。――けど、オレにとっても…あそこで戦ってるヒルダにとっても、ヤツのことは言わばやり残しだからな。ケジメは付けるさ。キッチリと、徹底的に」


 決然とル・フゥは告げた。そう、徹底的にだ。

 優秀な補佐官であり”猟犬”であると自負する彼に、仕留めそこなった相手など居てはならないのである。

 不死身だろうと何だろうと、今度という今度は自らの手で地獄の釜に突き落としてやる。

 そして二度と蘇らないよう、念入りに蓋をしてやるのだ。


「…時間だ、そろそろ始めようぜ”軍曹(サージェント)”」

『了解した』


 短く”アウル7”の返事が届く。

 ル・フゥは双眼鏡をしまい、傍らに寝かせていたライディング・ボードを抱えて屋上の縁から後ろへ下がった。

 充分な距離が必要だ。助走のために(・・・・・・)


『カウント開始。5秒前――4、3、2、1…発射』


 どこかに潜んでいる”アウル7”が、サイレンサー付きのスナイパーライフルを発砲した。

 音もなく弾丸が高等部校舎屋上の一角を撃ち抜き――その瞬間、微かにその周囲の空間がゆらゆらと揺れて歪んでいく。


「Yeeeeeeeeeahhhaaaaaaaaaahhhhhh!!!!」


 同時にル・フゥが気勢をあげて別館屋上を駆ける、駆ける。そしてそのままの勢いで、空中へと飛び出す!

 特殊な体術の使い手であるル・フゥの運動能力は桁外れだが、それでも向こう側までの30mをひと飛びで越えることは困難だ。

 だが、少年の愛用するライディング・ボードがこの離れ業をサポートする。

 ジャンプの頂点でル・フゥはボードをしっかり踏みつけ、そこから更なる加速を得る!

 校舎から何人かの生徒がその様子に気付いたが――しかし次の瞬間には、展開された電磁迷彩(ステルス)によって少年の姿は消えていた。

 かくして誰にも気付かれることなく、道化姿の少年は一大芸をやり遂せたのであった。


「…幸運を祈る(グッドラック)、”クラウン0”」


 中庭の一角で、植え込みががさりと蠢いた。

 ここにもまた、巧妙なカモフラージュで誰にも気付かれずに仕事を終えた一人の兵士の姿があった。

 ”アウル7”、”軍曹”と呼ばれるその男は――ル・フゥ少年に勝手につけたコールサインを満足げに呟いていた。






爆 発(エクスプロイズン)!!」


 バゴォォォン!!

 凄まじい爆発が巻き起こり、閃光と熱量が渦を巻く。巻き込まれたヒルダの体が風に吹かれた落ち葉のように吹き飛んだ。


「がはぁッ…!!」


 強かに地面に叩きつけられ、呻き声を漏らす。満足に体に力が入らない。激痛が全身を駆け巡るばかりだ。

 膨大な魔力を取り込んでからのジークフリートは、まさに手がつけられない有様だった。

 ただでさえ巨大な”暴龍(ドラッヘ)”が放つ弾丸には今や魔力が篭められ、命中せずとも至近に着弾するだけでこれほど激しく爆発を起こすまでになっていた。

 疲労していたところに、これを何度も食らったのだ。ヒルダもアテナもほぼまともに動ける状態にはない。


「ふむう…なかなかにしぶとい。その耐久力は賞賛してやろう」


 ゆっくりと余裕を持った足取りでジークフリートがヒルダの傍まで歩み寄る。

 そしておもむろにヒルダの襟首を掴み、頭の高さまで強引に持ち上げた。


「あぐっ…! う…」


 抵抗しようと身をよじるが、やはり弱い。巨漢の豪腕を振り解くには遠く及ばない。


「しかし――もうそろそろ闘争の時間は終わりである…!」


 自由な状態にある、丸太のような右腕をジークフリートは振り上げた。

 そして握り固めた拳を振り子のように――ヒルダの細い体の、腹に力いっぱい叩き付ける!


「ぐふ……ッ!!」


 肺の空気を無理やり搾り出されながら、体をくの字に曲げてヒルダが弾丸のように飛ばされる。

 そのまま十数mを滑空した後に地面に落ち、コンクリートとの間に熾烈な摩擦を生じてさらに数mを滑った。

 もはやあれでは、仮に息があっても立ち上がってくることなど不可能に違いない。


「ヒルダぁぁぁぁっ!!」


 アテナは悲壮な叫びをあげた。だがアテナもまたダメージは深く、ニケーの残弾もほぼ底を突きかけていた。

 最後の力を振り絞って反抗を試みても、この超人には届くまい。

 理知的にそんな計算が出来てしまう自身の頭脳をアテナは呪った。

 自分のために戦ってくれた健気な少女がボロ雑巾のようになっているのに、激昂してみせることができないのだ。


 それは最後まで無駄弾を撃たずに隙を待つという意志の現れであり、アテナ自身がジークフリート打倒を未だ諦めていないという事でもあるのだが、まさにそんな理性と感情との激しい鬩ぎ合いがアテナの精神を深く蝕みつつあった。


「喚くな人形。すぐに大人しくさせてやる。だがまずは白狼の娘である。あの娘は、我ら”超人猟兵”にとって討つべき仇…必ず今ここで息の根を止めねばならん」

「やめなさい…! やめろ! やめて……っ!!」


 アテナの懇願めいた叫びを無視し、ジークフリートはゆっくりと”暴龍”の銃口を遠くに転がるヒルダへ向ける。

 同時に、禍々しい黒いオーラが巨漢の右腕を這い、愛銃へと流れ込んでいく。

 篭められる限りの魔力を、装填された弾丸へと充填させているのだ。

 一発だ。一発直撃させれば人狼の娘の体はバラバラに吹き飛び、完全に絶命するだろう。


「我が同胞たちよ…見ているがいい。我輩が皆の仇を取る様を…! そして我らが意志が新たな超兵の時代を開く、その栄光の第一歩を!」


 仲間たちとは互いに個性が強すぎたこともあり、協調を保っていたとはお世辞にも言えない。

 だがそれでも同胞だった。戦友だった。仲間だったのだ。それが一夜にして皆殺しにされ、自身も一度は死を経験した。

 そして次に目覚めた時、そこにはもはや自分一人しかなかった。あの絶望的な喪失感をジークフリートは決して忘れまい。

 しかし、今。その雪辱の一端を晴らすことができるのだ。仲間の死にようやく報いることができるのだ。


 ジークフリートの心は今までになく晴れやかだった。

 高揚感で巨体が震え、思いがけず銃を構える右手もブレる。

 ダメだ、落ち着け。まだだ。まだこの僅かな間だけは集中を切らしてはならない。

 慎重に、確実にやり遂げる。そうだ、これさえ済めば後の仕事など簡単なものではないか。


 改めて両手で一挺の”暴龍”を構える。もはや充分に魔力も篭もった。

 狙いは完全に定まっている。後は引鉄を引くだけだ。


「さらばである。さらば、我が怨敵よ!」


 勝利の栄光を掴む、その瞬間の近さを感じながらジークフリートは高らかに叫んだ。

 指先に力を込めた、しかしその時である!


 バリィィィン!! 突如響いた破壊音は、ガラスの割れる音のごとき音色だ。

 何事かとジークフリートが振り向き、アテナもそちらへ視線を走らす。

 すると、驚くべきことに――空間が一部罅割れている。

 暗く沈んだ色彩に彩られた屋上の景色に、石でも投げ込まれたように無残な穴が開いているではないか!


「な…! 何事であるか!?」


 ジークフリートが驚いていると、その穴の中から小さな黒い影が飛び出してきた。

 そして一直線にジークフリートへと迫る、迫る! 凄まじい速度だ!


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 獰猛な唸り声を上げながら、黒い影は一瞬でジークフリートの間合いに入る。

 少年だ。黒い服の少年であると、巨漢はこの時ようやく認識できた。

 だがその時には既に少年はジークフリートの頭の高さまで軽々と飛び上がっており、


「っっっりゃああああああ――――――――っ!!!」


 鞭のようにしなる脚を、力いっぱいその顔面に蹴りつけていたのだ!


「おうぐっ!!?」


 そしてあろうことか、体格で劣るはずの小柄な少年の蹴りは、しかしジークフリートを数mほど吹き飛ばす。

 何という体術。正確に力学的ポイントへ蹴りを放つことで、小さい力でも最大の効果を上げているのだ。

 少年の体得している技術の、次元の高さが伺えた。さらにこの一瞬でドサクサに紛れて”暴龍”をも奪い取っているのだから!


「な…何者であるか!」


 受身を取って素早く起き上がったジークフリートが襲撃者を鋭く睨む。

 するとその直後、その表情は驚愕に染まった。


「よう、久しぶりだなデカブツ」

「き、き、貴様は…貴様は! あの時の小僧…ッ!!」


 小癪な口ぶりで不敵に笑う少年に、ジークフリートは見る見る顔を紅潮させる。

 あっという間に怒りの沸点を振り切ってしまったからだ。


「テンション上げて頑張ってたみてーだけど、お前の復讐相手はオレがメインのはずだろ? 小娘一人半殺しにした程度でいい気になってんじゃねえよ、バーカ」


 そんな相手の様子が愉快と言わんばかりに、少年――ル・フゥは更に挑発じみた言葉を吐いていた。

 そしてちらりと斜め後ろで膝をついているアテナを見遣り、そちらに黒いショルダーバッグを投げて寄越す。


「中に医療キットが入ってる。青いアンプルをアイツに使ってやってくれ。注射とか要らねーし、直接飲ませてやりゃいいからな」

「は、はい」


 言われるままにバッグを拾い上げると、アテナは遠くに飛ばされたままのヒルダのところへ急いだ。

 少しだけ振り返ってみるが、ジークフリートの注意は完全に乱入者の少年に向いており、

 こちらへ攻撃をかける素振りは見られない。


「我が同胞を尽く葬った戌亥の狗め…! 貴様だけは簡単には死なせんのである!」

「吠えてろよ死に損ない。大人しく土の下に居りゃよかったって後悔させてやるぜ」


 右の掌を水平に突き出し、軽く折る。勿論かかって来いというポーズだ。

 怒れる超兵と”猟犬”との戦いは、こうして始まった。


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