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【16】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

 魔術勢力と科学勢力の激突。異常識(オカルト)超常識(オカルト)の戦い。

 ある男の一言により「この世ならざる力の実在証明」が成されてから、20年。

 自分達とは別系統の異能が存在することを知った両陣営は、以来飽くなき闘争を繰り広げていた。

 その大きな舞台の一つが、ヨーロッパだ。

 数々の先進国が科学技術を発展させる一方で、古くから多くの魔術結社や人外の存在が根付いている。

 1年前にドイツで起きた事件も、このような事情が背景にあった。

 但し、純然たる魔術と科学の激突であったとは言い難いのが実情なのだが。


 かつてその「ある男」が目指す、「全ての異能が肯定された世界」を曲がりなりにも体現した組織があった。

 国家社会主義ドイツ労働者党。通称、ナチス(NSDAP)

 彼らは疲弊した国家の救世主となるべく政治の手綱を握り、軍備を整え、世界に戦争を仕掛けた。

 そして貪欲にも大帝国の建設という野望を抱いた彼らは、そのためのあらゆる手段を講じた。

 愚にもつかない絵空事。当時はそんな認識しかなかった魔術や呪術といった異常識(オカルト)を積極的に採用したのだ。

 一方では奇抜な発想による数々の新兵器開発を主導しながら、一方では様々な神秘を戦略に用いようとした。

 つまりは科学と魔術の両立というテーマを、実に80年近くも前に試みたのが彼らだった。


 その戦争が終わったとき、彼らの命脈もまた尽きた。

 だが、それでも彼らの掲げた思想を継ぐ者は世界中に潜伏することとなる。

 ある者は軍に従事した生き残りの古参者であり、ある者はその思想に魅せられて賛同した新参者であった。

 ナチの復興を願う者。ネオナチ、と世界の人々はこの継承者たちをそう呼ぶ。


 ヒルダたちが1年前に対峙したテロ組織も、こうしたネオナチ系の組織の一つだった。

 彼らはその思想の源流であるナチスが掲げた「第三帝国の建設」を本気で目指しており、そのための手段は一切問わないという極めて危険と言わざるを得ない組織なのだ。

 聖地とも言うべきドイツをはじめ、欧州各国に分散して地下活動を行い、時に破壊を伴う過激な活動も起こす。

 魔術であれ科学であれ、自分達を利すると思われる力は積極的に取り込む。

 そんな彼らが目を付けたのが、この世の異能の最先端――戌亥ポートアイランドの独占技術であった。


 超能力開発。言葉を聞くだけで思わず眉に唾を塗りたくなるようなそんな技術も、しかし世の中には確かに実在する。

 戌亥式に言えば、”睦月属性”と呼ばれるそれら先端技術が流出するという事件がきっかけだった。

 彼らの中には80年前にナチスが目指した”超人による兵隊”を編成する計画の生き残りがいた。

 およそ公には語られないが、この一見荒唐無稽な計画には少数の成功例が存在していたのだ。

 ある者は魔術的な、ある者は科学的な、或いはその双方の根拠によって――不老化や超常的な身体能力、そして超能力や魔術適正などといった様々な異能を獲得し、現在にまで生き永らえていた。

 そして彼らは、新たなる同類を求め、効率よくこれを達成する手段として超能力開発技術を選択したのである。





「たぁぁぁぁッ!!」


 その因縁に思いを寄せながら、ヒルダは手の先から伸ばした鋭い爪を連続で振るう。

 狼が獲物の肉を切り裂くために使う爪は、魔性を発揮した人狼にとっては鉄板をも切り裂く強力な武器だ。

 しかもただ威力が高いというだけでなく、吸血鬼等の魔的存在に致命傷を与え得る対魔属性をも持っている。


「フハハハ!! 防ぐまでもないわッ!!」


 だがジークフリートはその爪の攻撃を、棒立ちのまま敢えて受けていた。

 ザクザクと、生身の部分はおろか機械化された部分すら深く斬撃が抉る。

 あっという間にその胸板は無数の傷口が走りズタズタに裂け、無残な姿となった。


「…!?」


 だが次の瞬間、見る見るうちに傷口が塞がるのをヒルダは目の当たりにした。

 まるで攻撃など受けていないかのように、完璧に、完全に無傷なのだ。

 あり得ない。ヒルダは僅かの間、混乱した。


「そんな…嘘でしょう! 機械まで再生するなんて!?」

「事実を受け入れられぬ気持ちは分かるが――それは隙であるぞ、白狼の娘ぇ!!」


 ゴッ、とヒルダの頬に重く硬い感触がめり込む。

 ジークフリートが手にした拳銃の台尻で思い切り殴りつけられたのだ。


「ぅあっ!!」


 短く悲鳴を上げてヒルダの細い体が吹き飛ぶ。受身を取れずに背中から地面に落ち、そのままバウンド。


「ヒルダッ!!」

「くぅっ…!!」


 アテナの叫びに応じ、跳ねるように身を起こすとヒルダはさらに後方へステップした。

 するとその直後に、ガオォォン!! という咆哮を上げて弾丸がヒルダの傍を掠めていった。

 あとほんの僅かでも遅ければ直撃を受けていたところだ。小さくヒルダは溜息を付きつつ、構えを取り直す。


「ニケー、装着解除(クロスアウト)! 攻撃目標を敵指揮官に設定、自律攻撃開始!」


 右手に槍を、左腕に円盾を残したまま、アテナの全身の装甲と武装が解除され、もとの支援機の状態に戻る。

 そして全速でジークフリートに向かうと、高機動で撹乱を行いつつ上空から弾丸の雨あられを降らせ始めた。


「ぬぅっ…! 小賢しい真似を!」


 ジークフリートは二挺の”暴龍”で反撃しつつ、ヒルダたちから離れて行く。

 体勢を立て直すチャンスだ。アテナはヒルダのもとへ駆け寄り、二人は肩を並べた。


「予想以上に再生能力が強い…! 機械化している分寧ろ弱まっていると思ってしまいました…未熟です」

「ええ。どういう理屈なのかは不明ですが、通常の攻撃で状況を打開できる可能性は極めて低いでしょう。参考までに尋ねますが、以前はどうやってあれを撃退したのですか?」


 そんなアテナの質問に、再びヒルダの思考は過去へと遡る。





 戌亥ポートアイランドの舵取りをする統括理事会にとって、島の技術流出は最大の禁忌の一つだ。

 何しろ、あらゆる先入観や偏見、価値観の齟齬という垣根を取り払って島内で行われている技術開発は、島の外と比べて半世紀は先を進んでいるとすら言われているものだった。

 その情報開示は理事会の管理下のもと、計画的に、また段階的に行われている。

 下手に外部に漏れたら、それがどんな些細な技術であっても世界のバランスを揺るがしかねないからだ。


 島から遠く離れたドイツで、利己のために造反した戌亥の研究者が技術を売りつけようと接触したのがナチの亡霊たちだった。

 これを察知した統括理事会はただちにエージェントを現地に送り込み、事の始末を付けさせることにした。

地獄の猟犬(ヘルハウンド)”と呼ばれる彼らは、その存在自体が公にされていない特殊工作員であり、高度に政治的な問題や――或いは各理事長が隠密裏に処理したい案件を片付ける際に駆り出される。

 そして送り込まれた三名の”猟犬”のうち、”第十議席”の直属である一人が、ヒルダと行動を共にすることになったのだった。

 その”猟犬”は、人間の少年だった。素直でないところがあるが、根は優しく善人であるとヒルダは評価していた。


 フェルクリンゲン近郊にあった敵のアジトに”暁の牙”と”猟犬”が乗り込んだとき、組織の中核をなす”超人猟兵”を一人で次々に始末したのがこの少年――ル・フゥだった。

 ル・フゥは純粋に腕も相当立つが、何より相手の裏をかくことに長けており、なまじ歴戦の勇士であったばかりに超兵たちは尽くその戦闘技術の死角を突かれて撃退された。

 だが、唯一”不死身”という高すぎる壁を持った男にだけはその手が通じず、駆けつけたヒルダの手を借りる形で仕留める結果となったのだ。


 その後、アジトは焼け落ち、超人猟兵たちの遺体もまた全て炎の中に消えた。

 火が放たれたこと自体は全くの不測の事態によるものであり、ヒルダやル・フゥの心に影を落とす出来事ともなったのだが、ともかく――1年前に起きた一連の騒動は、首謀者全員死亡という結果で幕を閉じたのだった。





 思考の底からヒルダは意識を現在に戻す。長い時間に思えたが、実際には1秒も経過してはいない。


「あの時の戦いでは、偶然敵の弱点に気づくことができたんです」


 ジークフリートとの過去の戦闘を思い返し、ヒルダが告げる。


「弱点?」

「はい。背中の一箇所に」

「……そんなところまで伝説と同じなのですか」


 呆れたようなアテナの声に、ヒルダは首を横に振った。


「それも偶然です。彼は元々は普通の人間だった…そして人間だった頃の古傷は、不死身となってからも消えなかったんです」


 確かに体のどこだろうと、傷を負ってもたちまち再生してしまうというのがジークフリートの能力だ。

 だが、古傷へのダメージは本能的に「危険部位への攻撃である」と肉体そのものが過剰に反応し、身体機能がほんの一瞬だけ麻痺してしまい、再生能力もこの瞬間だけは停止する。

 ヒルダたちは幸運にもこのことに気付き、そのお陰で勝ちを拾うことができたのだった。


「なるほど。不死の能力に加え、背中に古傷がある…それらのことから、或いは開発者が彼に英雄の名を与えたのでしょうね」

「かも知れません」


 ヒルダは頷くが、その表情は晴れない。


「でも、今となってはその弱点も通用するかどうか…その背中の部位も機械化されてしまってますし…」


 そもそも機械化部位が再生するという異常事態に直面したばかりだ。

 最初に敵がアテナの雷撃をマトモに受けたのを見ていたにも関わらず、ヒルダは予断から手痛い反撃を受けてしまった。

 その事で弱気な一面が顔を出してきてしまっていたのだった。


「仮説の段階で踏みとどまっていては先に進めませんよヒルダ。まずは実行あるのみです」


 そんなヒルダの肩を軽く叩き、アテナが力強く微笑む。


「そもそも、後先考えずに向かって行くのが貴女の強みのはずでしょう?」

「…わたし、そんなに突撃バカに見えてるんですか?」

「ええ」


 こっくり頷くアテナに、思わずヒルダは不満げに唇を尖らせた。

 が、次の瞬間には軽く息を吐いて笑みを見せる。


「まあ、確かに。じっとしてても埒が明きませんからね…やれる事はやっておきましょうか!」

「そういう事です…!」


 二人は強く正面を睨んだ。ニケーは周囲の兵たちをも巻き込んで、なおもジークフリートに射撃を加えている。

 だがジークフリートも大人しくやられてはいない。

 小回りの利かないはずの”暴龍”を巧みに操り、機動性で圧倒的に勝るはずのニケーに何度か銃撃を当てている。

 しかも自身のダメージはすぐに再生してしまうのだ。周囲の兵たちも同じく何度でも戦列に復帰してくる。

 既に各武装の半分以上の弾丸を使ってしまっていた。いよいよ時間は残り少ない。


「――いきます!」


 勢いよくアテナが飛び出した。ヒルダもその後から続く。


「フン…! 相談は終わったのであるか? 我輩に玩具の相手をさせたのだ、少しは楽しませて欲しいものであるな!」


 獰猛な笑みを見せてジークフリートが此方に向いた。

 その隙にニケーは離脱。アテナへの再装着はせず、上空で待機している。


「貴様の身柄を所望するとは言え…電脳さえ無事なら躯体は破壊しても問題ないのである! 喰らえいッ!! 双頭の”龍”の咆哮をぉぉッ!!」


 左右の手に構えた巨大な拳銃が火を噴く。

 それはまさに炎を纏った龍の息吹そのものだ。刹那の間に、圧倒的な暴威がアテナを飲み込まんと迫る。


「”無敵の盾(アイギス)”!!」


 だがアテナが押し出した円盾が眩く光を放つと、あらゆるものを寄せ付けない力場が働き、弾丸を全く通さない!


「ぬぅ!?」

「今です、ヒルダ!! はぁぁぁぁ…!!」


 そのまま突進を続けるアテナ。

 ヒルダはその隙に打ち捨てられていた”白き槍”を足先で蹴り上げ、両手でキャッチして構え――


「たあああああ――――っ!!」


 アテナの後方から大きく跳び上がると、ジークフリート目掛けて魔力砲を撃ち出す!

 たちまち光の奔流が巨漢に迫り、その身に破壊の力が食らい付く――!


「ぐぅぅぅぅぅぅ…!! し、しかし…この程度なら再生は!」

「それができるとしても!」


 上半身の一部が抉り取られたジークフリートの体はすぐさま元の状態に戻り始めているが、そこにそのままアテナは”無敵の盾”を展開したまま突っ込む。


「うぐ!?」


 倒れこそしないが、ぐらりと大きくジークフリートの体勢が揺らぐ。

 いや、寧ろわざと倒れるほどの勢いにはしなかったのだ。


「ニケー!」


 アテナが叫ぶと、跳躍の頂点に達したヒルダの真上にニケーが来る。

 ヒルダはすかさずその脚部装甲部分を掴む!

 そしてニケーのブースターが火を噴き、高速でジークフリートの背後へ回り込み…!


「これで…! どうだぁぁ―――――っ!!」


 ニケーから手を離したヒルダは、落下しながらその勢いすら借りて、ジークフリートの弱点である背中の一部分へ”槍”の穂先を突き入れる!

 完全に入る。アテナもヒルダもその結果を何ら疑いはしなかった。


 だが――


「なめる……なぁぁぁぁ――ッ!!」


 次の瞬間、ジークフリートが叫びを放ったかと思うと、突然アテナとヒルダの体が何かに弾かれたように大きく後方へと吹き飛んでいた。

 何が起きたのか全く分からない。二人は体の自由を利かせられず、それぞれまともに地面に落ちる。


「ハァ…ハァ…! 我輩に奥の手を使わせるとは…少しは見直したのである」


 息を荒げつつジークフリートが言う。既に肉体の再生は完了していた。

 だがそれよりも増して、攻撃を仕掛ける前とは大きな変化があることをこの時二人は感じた。


「これは…魔力!?」


 アテナの目には数値としてその存在が示されている。

 先ほどまでは単に結界魔術のコアがあるというだけだったのが、今はジークフリートの全身に非常に強い魔力が満ちていた。


「一体…何が!」

「…! アテナさん、周りを! 兵士たちが一人も居なくなってます!」


 ヒルダは気付いた。

 さっきまで数に任せて二人を囲んでいたドイツ兵たちの幻影が、消えていることに。


「フフフ…”鉄血帝国”がただ結界を張って軍勢を蔓延らせる術だとでも思っていたか? 軍勢を生み出す魔力を我輩が直接食らった…! 100の弱兵より1の強兵こそ恐ろしいのであると、思い知るがいい!」


 二挺の”暴龍”を構え、ゆっくりとジークフリートがヒルダのほうへ振り向く。

 そう。まさに今この時、”不死の英雄”はその名の通りの存在になりつつあったのだ。


「弱点への攻撃を失敗させられ、挙句パワーアップまでさせるなんて…! くっ…しっかりしろヒルダ…! わたしはまだ、ここで終わるわけにはいかないんだ…!」


 自分を激励しながら、”槍”を地面に突き立てて何とか立ち上がるヒルダ。

 状況を打破する道筋は、だが未だに見えない。


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