【14】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
<2026年4月25日(土)15:12 神無月学院高等部 校舎屋上>
「――確かに見たのね? ”二人の女の子”が戦ってるのを」
「はっ、はい! いや、確かにって言われると…グラウンドからだったから遠かったし、角度あるし、」
「はっきりしなさいよはっきり!! ふっ飛ばされてーの!?」
「ひぃーすんません! 見ました、見ましたぁぁぁ!!」
青白い顔ですっかり恐れをなしてしまった男子生徒を解放し、乗降拒は一つ溜息をついた。
「つまりあのままヒルダはあのロボ子を追っかけてここまで来て、戦闘になった…そう破綻した推察じゃない筈ではあるんだけど」
改めて、ぐるりと屋上を見渡す。
騒ぎを聞きつけて大勢の生徒が駆けつけていたが、ヒルダとアテナ両方の姿がそこにはなかった。
外国人の生徒も多く所属する神無月とは言え、あの特徴ある金髪とピンク髪を簡単に見失う筈がない。
仮に屋上から場所を移したとしても、誰にも目撃されないで済んだというのも考えにくい話だ。
「現にこんだけ野次馬がいるんだし…っつーかこいつらも大概ヒマよね。…つくづく白黒がいなくてよかったわ」
人が集まって賑やかそうにしていたら何だろうと首を突っ込む。
”合戦”の最中に乱入され、喧嘩を売られた拒にとって、それが偽らざる白黒二色の評であった。
そしてそれは恐らく間違っていない、という自信もある。
「…ネコ……………………ですか?」
「何でもない、こっちの話」
何故か生理的嫌悪感の篭った、呻きにも似た声を出した仮面の少年に、拒は首を振りつつきっぱり言う。
好き好んであの化け猫の話をしたいとは思わないし、そもそもそんな状況ではない。
「それより悪いわねブレスト、こんなとこまで連れてきといて…アンタを探してるヤツがここに来てる筈だったんだけど」
「いえ。…でも、確かに妙ですね。会長以外の人からも目撃証言が出ているのに」
首を傾げつつ、ブレストも辺りを見渡す。やはりそれらしい人影はどこにも見えない。
「おっ、ここに居たか。会長、今ちょっといいか?」
そんな二人に、背後から声がかかる。
振り向くとそこには――全身を包帯でグルグル巻きにした男子生徒の姿があった。
「耳が早いわね。可愛い女の子と聞いたらどこにでも現れるってわけ? 虚」
「ご挨拶だねぇ。そりゃあその通りではあるけど、今は会長に用があるんだって。で、可愛い女の子って?」
「いねーわよ! つか、用があるっつった傍からそれ!?」
何怒ってんだ? と生徒会副会長・神薙虚はブレストに尋ねるが、無言で肩を竦められるだけだった。
「とにかく会長に急用だ。ひとつは文月学院から…東郷すみれがこれからこっちに来るってさ」
「はぁ? すみれが? 何でまた…」
「そこまでは言わなかったんだ。何か、急いでるっぽかったけど」
拒としては、思いつくのはさっきのアテナとかいうロボット娘のことぐらいしか心当たりはない。
しかし、何をしに来るというのか。まさか、スパイめいた偵察行動の詫びを入れるためではあるまい。
それとも行方が分からなくなったというのを先方も知っているのだろうか。
…あり得る話だ。勝手に寄越しておいて、迷子になったから探しに来るということかも知れない。
「まあいいわ、来るってんなら文句の一つも言ってやろうかしらね。で? その様子だと他にも用があるんでしょ」
「ああ。こっちは学院長からの連絡なんだが――…どうも、”番犬”もここに来るって話らしいんだ」
「…どういうこと?」
”番犬”。戌亥ポートアイランドの治安維持を司る、統括理事会管轄下の特殊部隊だ。
異能者の集うこの島で、戌亥警察の手に負えないような超常の事態に対処するための組織である。
これには拒も眉を顰めた。他学院の生徒会長が訪問するというのとは明らかにレベルが違う。
「機密案件、としか言ってなかった。どうもこの辺に怪しいヤツが潜伏してるとか何とか…」
「”番犬”が出動するほど怪しいヤツなんて、ただ事じゃねーわよ。生徒の安全に関わるじゃないの、何でその情報が秘密なのよ」
「俺に言われても困るんだなぁこれが」
頼りになるのかならないのか、虚が肩を竦める様子を苛立たしげに拒が睨む。
だが、本当に苛立たしいのは現在のこの状況そのものに対してだ。
何故か姿を消してしまったヒルダとアテナ、急遽神無月を訪れるという東郷すみれと”番犬”。
――…何が起きているというのだろう。あまりにも未確定の情報が多すぎる。
「埒が明かないわね…分かった、すぐ生徒会室に戻るわ。ブレスト、重ね重ね悪いんだけど――ってあれ?」
ふと気付くと、ブレストの姿が見当たらない。
「…おかしいわね。ついさっきまで居たのに」
「噂の可愛い子ちゃんがいないんだ、飽きてどっか行ったんだろ?」
「アンタと一緒にしてんじゃねーわよ!」
容赦なく念動力で虚をド突きつつ、拒は屋上を後にすることにした。
虚の言いようは語弊があるにしろ、確かにヒルダがいない以上ブレストがここに留まる理由もない。
物腰は丁寧だが、どこか飄々としたところのある少年だ。ふっと姿を消しても特に不思議はなかった。
同じ時間、同じ場所でありながら――
ヒルダたちがいるその場所は、依然「ここであってここでない」異界だった。
雲は見えないのに空は鉛色に染まり、褐色の染みがじわり浮き出ては波打ち、渦巻く。
人の精神を次第に追い詰め、蝕むその光景はヒルダでさえ長居はしたくないと思える程だ。
「何故…か? フフフ…如何なる意味での問いであるか、ヒルデガルド・シュナイダー。我輩がここで何をしているか、か? それとも――我輩が生きている理由を知りたいと?」
低い声で、ジークフリートと呼ばれた男が愉悦を篭めた調子で言う。
「両方ですよ、両方! あなたは1年前にドイツで死んだ筈です!」
ヒルダは今にも飛び掛らんばかりの勢いでそう詰め寄った。
「確かに…。我らは貴様ら狼どもと、この地よりの刺客によって敗れ――そしてかの”灰被りの少女”によって尽く焼き尽くされた。だが…忘れたか? シュナイダーの娘」
つ…と目を細め、じっと巨漢がヒルダを見据える。
「我輩こそは”不死の英雄”。”大龍血”よ…! 喩え灰の中からであろうと、蘇るは必然!!」
「そんな馬鹿な…!」
「…と言うか、答えになっていないようですが」
因縁ある両者の対話に耳を傾けていたアテナが、痺れを切らしたように口を挟む。
「分かるように説明を求めます、ヒルダ。不死とは? そもそもジークフリートという名は北欧神話、エッダ詩篇に登場する同名の英雄と関係が?」
「えーと…さっき話した組織では”超人猟兵”という人工的な超人兵士を生み出す実験をしていました。彼もその一人…「不死身の兵士」を目指した実験体なんです。あらゆる外傷はおろか、肉体的欠損すら再生してしまう再生能力者…」
「…なるほど。私の魔砲を耐えるわけですね」
超高度なナノテクノロジーによって肉体を構成する細胞を爆発的に自己増殖させ、肉体そのものを自己再生する。
そのようなオカルトめいた突拍子もない理論について、しかしアテナもまた存在を承知していた。
だが、戌亥の中でさえ実験段階にあるそんな技術を、80年も前のドイツで実現していた筈はない。
ヒルダの話に嘘はないのだろうが、とは言えアテナとしては手放しに全てを鵜呑みにもできなかった。
確実に言えるのは、目の前の不死身を謳うドイツの亡霊が、多少の攻撃ではびくともしないだろうという事だ。
「――質問の続きです、ジークフリート。あなたの生存を認めるとしても、この学院に何の用があるんです? いえ…こうして結界に引き込んだからには、わたしたちを狙ってのことなんでしょう?」
「フ…。自分が復讐される立場にある、と認識しているような口ぶりであるな」
「あなた方敗残兵の執念深さを承知しているだけです」
挑発じみた態度でなじられると、ジークフリートは僅かに眉を顰めた。
「無論…貴様への借りを返すという目的はある。が、この場で貴様に遭遇したのは飽くまでも偶発的事態…我ながら、潜伏中に貴様の姿を見た時は喩えようのないほどの歓喜に打ち震えたがな」
「…ッ」
背筋がゾッとするのをヒルダは感じた。
寡黙な態度ではあるが、この男はいざその時となれば嬉々として人を殺すタイプの人間だ。
殺気を漲らせながら、心底愉快そうにそう告げる声が全てを物語っていた。
「…我が望みは部隊の再建。新たな同胞を迎え入れる…即ち”超人猟兵”を増やすことである…! そしてそのためには――」
巨大な手を握り締め、指先が真っ直ぐと示すそこには。
「限りなく人間に近い機械。膨大な戦闘力と情報処理能力を持った超兵器! 魔術と科学、有機と無機の融合体…”人造の神”、その完成品を頂戴する!」
立ちすくむ、アテナの姿があった。
「…!」
「アテナさんを…!?」
「然り。我輩はずっとそれの監視をしていた…そして今日、文月学院を出て単独行動を取ったため、好機と判断したまでのこと」
アテナはぴくりとも動かずにいた。いや、正確には動けなかったのだ。
ジークフリートの口から放たれる一言一言にショックを受けているかのようだった。
耐えがたい何かを浴びせられ、それに対処が追いつかないというような。
「ヒルデガルド・シュナイダー。大人しくそれを我輩に渡すがいい。もはや貴様に我輩を滅ぼすことは不可能…それどころかこの”鉄血帝国”から抜け出すことすら叶わぬ。だが、我輩に従うのであれば…いずれ決着はつけるにしろ、今は自由にしてやってもよい…」
「何…ですって…!?」
「この島は我らの目指した世界の在り様とはあまりに真逆…闘争すら制御し、管理せんとする愚者の楽園…。だが…その技術力だけは認めてやろう。これ程精巧な機械人形を作り出したのだ…後は我らが有意義に活用してやろうではないか…! 道具は役に立ってこそ道具! かつて我がドイツが数々の近代兵器を生み出したようにな!」
人形。道具。
アテナを見るジークフリートの目は、完全にモノを見る目だ。
自我を保ち、自己を確立し、自分というものを持つ相手に対するものでは断じてない。
その屈辱。劣等感。自分が人間でないという、明白ながら残酷な現実――
アテナを縛り付けて身動きを取らせないでいたのは、それだった。
どうしたらいいのか分からない。どう振る舞えばいいのか分からないのだ。
何故なら、生まれて一ヶ月あまりの間、アテナの周囲の人々は、好悪の感情はさておきその存在自体を否定することはなかったからだ。
お前はモノにすぎない、という罵倒はあっても、
本当にモノに接するような態度を見せられたことはなかったからだ。
ここまで冷たいものだとは知らなかった。ここまで絶望的なものだとは知らなかった。
これならまだ、やっかみや嫌悪感を向けられたほうが万倍はマシだ。
少なくともそこには、負でこそあっても感情が篭っていた。
目の前が真っ黒になるような錯覚に陥りかけた、その時――
「…けるな…」
傍らから声がした。
「む? …何と言った、シュナイダーの娘」
「ざ…けるな…!」
「…何?」
「ふざけるなああああああ―――――――ッ!!!!」
怒号。絶叫。偽りの空間をビリビリと揺さぶるほどの大声が轟く。
アテナも、そしてジークフリートですら、それがヒルダから発せられたものだとはすぐに思えなかった。
「さっきから聞いてれば…! 何様のつもりですか!! アテナさんはモノじゃない! 道具でもなければ人形でもない!!」
「フン…何を言い出すかと思えば。愚かな…ならば何だという」
「確かに人間ではないかも知れない…! でも、100%魔術理論と機械仕掛けで出来ているとしても…! アテナさんはアテナさんだ!! 一人の人格なんだ!! それを侮辱することはわたしが許さない!!」
「貴様…そんな事のために激昂しているのか…。たかが道具が人間らしく振る舞うというだけのことに、人狼がそれほど入れあげるとは…」
口調こそ呆れている風ではあるが、ジークフリートは気圧されているようだった。
自身が理解出来ない何かをヒルダが見せたからだ。
「アテナさん」
隣に立つヒルダが、じっとアテナの顔を覗き込んだ。
最初に会ったときからずっと変わらない。ヒルダはいつも真っ直ぐな眼差しで相手を見る。
「…大丈夫です。あなたは、ここにいます」
「ヒルダ…」
言葉に詰まるアテナの手を、そっとヒルダの両手が取って包んだ。
――あたたかい。そうアテナは感じた。
激しく憤って興奮しているから、ということではなく…もっと深く大きなあたたかさだとアテナは思った。
「怒り、戸惑い、今こうして傷ついているあなたの心は紛れもない本物です。さっきは…ひどいことを言って、すみませんでした」
敵が目の前に居るという状況にも関わらず、ヒルダは丁寧に頭を下げた。
そして続ける。
「…その心を、大事にしてください。人間だとかロボットだとか、そんなのは関係ないです。あなたはあなたの心に素直に従って、自由に生きればそれでいいと思います。わたしがそうしてるから、ってわけでもないですけど…でも、そもそもこの島は、そういうところじゃないですか?」
確かに、とアテナは思った。
人と見紛うレベルのアンドロイドは確かに他に居ないかも知れないが、ただそれだけのことだ。
人種や民族、果ては種族を越えて、ひたすら異能者が寄せ集まっているのがこの戌亥ポートアイランドなのだ。
世界からはみ出した200万もの住人。自分もその一人というだけに過ぎない。
ふっと心が軽くなったのをアテナは感じた。
「…ありがとう、ヒルダ」
礼を述べると、自然と表情が笑顔になった。だがアテナ自身にその自覚はない。
ただヒルダがその返事に満足そうに頷いただけで、充分すぎるほどだった。
そして意を決し、ジークフリートへと向き直る。もう自身を縛るものは何もなかった。
「私はあなたとは行きません。狂った夢想の手助けなんてするつもりはありません。ただ全力であなたを倒します、ジークフリート…私は今、とても怒っている」
「口上だけは立派であるな…人形風情が」
「――いい事を教えてあげます。私は私の開発スタッフから、こう言われている。…私を人形呼ばわりするヤツを、決して許すなと!!」
全武装の安全装置を解除しながら、アテナは臨戦態勢に入る。
「覚悟しなさい、英雄を名乗る醜悪なる者。わたしが…わたしたちが、もう一度地獄に送り返してあげます!!」
ヒルダもまた、全身から闘気を漲らせ、無骨な得物をしっかりと構えた。
「大人しく従っていれば痛い目を見ずに済むものを…よかろう、ならば嵐である…!!」
屋上の地面に降り立つジークフリートの周囲に、陸戦兵たちの幻影が付き従う。
三者三様、それぞれが目の前の敵を鋭く睨んでいた。
かくして戦いは、ここに再び幕を切って落とすのだった。




