【13】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
「――ダメ、衛星高度からはおろか神無月学院周辺のセンサーにも反応がない」
文月学院高等部会議室では、フランチェスカを中心にメンバーたちが現状確認に追われていた。
メインモニタは依然として神無月学院高等部校舎屋上の様子を映していたが、そこには先ほどまで激しく戦闘を繰り広げていたアテナ、そしてヒルダ双方の姿が忽然と消えてしまっている。
何の兆候もなく、突然にだ。もはや文月首脳部は静観していられる状況ではなかった。
「わざわざよそ様の機材にハッキングしてまでも探せないとなると…まずいね。どう考えたって戦場を移すような局面じゃなかったんだ…二人とも今からケリをつける気満々だった」
「当事者の意思でいなくなったわけじゃない、ってことよね…?」
「ああ。―――…」
不安げなフラニーに首肯しながら、少しの間すみれは思案し、
「…事ここに至っては、我々では手に負えないかもしれない。遺憾ながら本件はヴァイス理事長――”第七議席”へと報告の上、統括理事会よりの指示を仰ぐ」
この決断に、会議室はにわかにどよめいた。
「会長はこの件…何らかの悪意ある第三者の行動と、お考えで?」
「ああ」
「つまり、よりはっきり…正確に言えば――テロの可能性がある…?」
「そうだ」
山砕へのすみれの返答に、更にどよめきは大きくなる。
「二人を連れて瞬間移動って可能性もあるが、より現実的なのは何らかの結界が張られたって線だろうさ。つまりは魔術テロ…それも、堂々と神無月の敷地に上がりこんで術式を起動するほどの手腕だ。いくらあそこが誰でもウェルカムっつってたって、限度ってモンがある…誰にも気付かれずとなりゃ尚更さね」
勿論、アテナが忍び込んでみせたのとは事情が違う。
ふう、と溜息を挟んですみれは続けた。
「あたしの考えが間違ってて、理事長への誤報でしたって事で済めばそれはそれで良い。最悪あたし一人が理事長や校長にこってり絞られて終わりだからね」
「…了解しました。ただちにホットラインを通じて連絡を取り付けるでげす」
「悪いね。けど頼むよ、話がつき次第あたしらも現地に向かおう」
この迅速な判断と行動こそが東郷すみれの本領であることは、諸提督にとっても周知のことだった。
ただ二人の行方が掴めないというだけの段階で既にテロの存在を断定する、その口調を咎める者はいない。
東郷すみれが、彼らの総司令官がそう考えるならば、彼らはそれに従うまでなのだ。
そして、その中の一人が手を挙げ、口を開く。
「しかし、総司令。これがテロであるとして、狙いはあの二人のどちらか、あるいは両方にあるのでしょうか?」
「両方ってこたぁないだろうね。恐らくは一人…攫うつもりだったんだろうさ。今なら戦闘で消耗もしてる…って、そこまで計算のうちだったかは微妙なとこだけど」
「すると、閣下にはどちらが狙われたかも察しがついている…と?」
「ああ。…あたしの睨んだところじゃ――」
”鉄血帝国”。
それこそがその結界術式の名称であった。
特定の範囲の土地を現実世界から隔離し、その内部に独自行動する従僕を現出させて攻撃させる――術の内容はざっとそんなところだ。
本来の術式はかなり広範にわたっての使用も可能だったが、今のところこの屋上以外は範囲に含まれていないらしい。
よくある結界術。これだけならば、そんな言葉で片付けることもできただろう。
だがこの術が特異である点は二つあった。
一つは、従僕は無尽蔵に投入できるという点。
もう一つは、その従僕が第二次大戦当時のドイツ軍の戦力を模しているという点だ。
「プロイセン時代の、”鉄血宰相”オットー・フォン・ビスマルクの演説とそれによる軍備拡張政策が由来というところですか。鉄とは武器、血とは兵士…即ち軍事力を象徴する言葉、それを名に篭めた結界である、と。なるほど。大体のところは理解できました…が、何故あなたがそのことを知っているのですか? ヒルダ」
”無敵の盾”を展開させ、弾丸の雨を防ぎながらひとしきり説明を受けたアテナが問う。
ヒルダもまたその盾の守護を受けつつ、話を続けた。
「1年前、ドイツで魔術テロがあったんです。戌亥の技術流出事件も絡んだかなり大規模な事態に発展して――戌亥から派遣された”猟犬”とわたし達”暁の牙”が協力して鎮圧にあたったんですが、その敵組織が使った結界術がこの”鉄血帝国”なんです」
「…ふむ。察するにネオナチ系の魔術結社というところでしょうか…だから、前大戦の悪霊と」
こくり、納得がいったとばかりに頷くアテナ。その間にも無数の弾丸を防いでいた。
敵は半包囲陣形をとりつつあったが、アテナとヒルダがそれぞれ左右両翼を狙って射撃を加えるので思うように進軍はできていない。
なるほど従僕だ。臨機応変に行動するという事は全くない。
兵士の姿こそしているが、彼らの動きは単調そのものだ。まるでプログラムされたものであるかのように。
改めてアテナは彼らの姿をしっかりと見据えた。
グレーの野戦服に、”鉄兜”と呼ばれた鉄製ヘルメット、足下は黒いブーツ。
それぞれの手元には無骨ながら洗練されたデザインのStG44突撃銃やMP38/MP40短機関銃、更にはMG42機関銃といった強力な火器をも備えている。
間違いなく旧ドイツ陸軍…即ちドイツ国防陸軍の正式装備だ。
大戦当時でこそこれら兵器は最新鋭のものだったが、既に戦後80年が過ぎた現在ではいずれもとっくに世代交代を済ませている代物だ。
だがそれでも、充分な殺傷力はある。これが結界術で彼らが幻影だろうが、飛んで来る弾は当たれば確実に人を殺すだろう。
人でない二人の少女とて、きっとただでは済まない。
一弾たりとも被るまいと、アテナは”盾”を構える左手の力をしっかりと強めた。
「でも、彼らは…少なくとも本物の魔術師である主要な幹部はその時全員死亡してるんです。下部構成員は残党となって他の組織に合流した可能性がありますが、この術の使い手は一人も残っていない筈で…それに、”鉄血帝国”は本来事前に対象となる土地に術式を仕込んでおく必要があるんです」
「この襲撃が私か貴女を狙っているとして、本来は敵が直接この場所に誘き出すつもりだった…とも考えられますが。神無月は今日、土御門甲斐による全面改修をやっていますからね…敷地に魔術の痕跡があれば彼の式神が気付いたでしょう。居る筈のない使い手に、そもそも起動する筈のない結界ですか…しかし現にこうして展開されているからには、打開しなければ」
「はい、勿論!」
頷くと、すぐさまヒルダは飛び出している。
「敵はいくらでも湧いてきます! 残弾の消費を抑えるために、白兵戦主体でいきますよ!」
「…そういう事は飛び出す前に言ってくださいね、次からは!」
苦笑いを浮かべつつもアテナはマシンガンを乱射して、突撃するヒルダを援護した。
「たああああああ――――――っ!!」
銃口が向くより早く駆け込むと、”白き槍”の先端が兵士の体躯を打ち貫く。
崩れ落ちる兵士から槍を抜き、思い切り横に薙ぎ払うと、まとめて数体の兵士が胴を切り裂かれて倒れた。
見ると、それぞれの兵士は倒されると霧のように実体を失い、消滅していく。
人の形をしているが、断じて人ではない。これらはただの魔力の集合体であり、幻像にすぎないのだ。
「はああああああああッ!!」
それを見届け、アテナも後に続く。
マシンガンから再び”雷電の槍”に持ち替え、”無敵の盾”を前面に押し出して――背のバーニアを勢いよく吹かし、地上すれすれを滑空しながら突撃をかける。
逆巻く突風を供とし、暴力的な強さで槍を振るって兵士たちを蹴散らし、突き崩していく。
陣形を崩され、兵士たちの行動はますますもって自由がきかなくなっていた。
二人の少女が集団の奥へ押し入ってくるので、銃撃は味方にすら当たる有様だったのだ。
ヒルダにしろアテナにしろ、至近の戦闘でも圧倒的な強さを発揮した。
ヒルダは”白き槍”を上へ放り投げ、落ちてくるまでの間に鋭く伸ばした爪で兵をズタズタに切り裂いてみせ、アテナは”雷電の槍”を敵に投げ付けて串刺しにし、プラズマを帯びたビームっぽい剣を新たに構えて次々に兵を両断した。
何でも光子を魔力で凝固させたものを刃状に結晶させた、”フォトンブレード”とかいうらしいが、ヒルダにとってはそれがトンデモ科学の産物であることを理解するのが精一杯だった。
ともあれ、有象無象の兵たちが文字通り束になっても二人を倒すことは困難であるのは間違いなかった。
だが――
一方で、兵士の集団は後から後から次々に出現し、途切れる気配を見せなかったのである。
「無尽蔵、というヒルダの言葉を疑ったわけではありませんが…キリがありませんね、確かに」
息を切らしたりする筈はないにしろ、そう零すアテナはどこか疲れた様子だった。
その合間にも銃弾を掻い潜って兵士を斜めに切断している。
「結界という、閉じた限定的な世界を作り出す現象を最大限に利用した術式です。魔力の流れをセンサーで追っていましたが…兵は倒すと魔力となって霧散しますが、それが消えずに漂い、また後方で新たに兵の姿を成しているようですね。かなり緻密に魔力の動きを管理しなければならない術ですが…これを考案した人物は高等な魔術師であると同時に、相当性格の悪い人物だったものと推定されます」
「…まあ、当たってますよ、それは」
過去にその使い手と直接会ったことのあるヒルダは乾いた笑みを浮かべた。
ヒルダもまた、本来は尋常ならざるスタミナの持ち主であったが、今は徐々に疲労が顔に出つつあった。
「こうしてこちらを襲ってくる刺客を倒しても、結界の中で魔力が循環してしまうので終わりがない。結界そのものを破壊するなり無効化するか、術者を倒さないといけないんですけど…」
「そのことですが、結界の術式は土地に仕掛けるというのは確かなのでしょうか?」
「え? …うーん、分かりません。この屋上が飲み込まれた以上、本当なら屋上のどこかに何かある筈なんですけど」
戦闘をこなしつつもヒルダは鋭く周囲に目を配っていた。
耳を立て、鼻をひくつかせ、些細な違和感でさえも注意深く探そうとしたのだ。
だが今もってそれらしいものは発見出来ていない。
落胆した様子で溜息しながら、”白き槍”が唸りを上げて兵士を火砲に巻き込んだ。
「現状からはその条件は除外して考えるべき、というわけですね…了解。では打開策としては第一に結界の破壊、第二に魔力循環の妨害が挙げられますが…これらは不確定要素が多く、現段階では実現が困難です」
「わたしが食べちゃったりしたら……お腹壊しそうですしね」
ヒルダは一瞬名案を思い浮かべた顔をしていたが、言い終わる頃にはげっそりした表情で兵たちを見ていた。
アテナとしてはヒルダが兵を頭からぼりぼり食らう様子を想像しかけたが、瞬時に思考から追い出すことにした。
「したがって第三の策が最も有効と判断。即ち、今から術者を探し出して殲滅します」
「――…へ!?」
ぴん! と白い両耳を立ててヒルダが驚く。
「術者が近くに居るって言うんですか!? おかしいですよ、だって――」
「気配を感じない、ですか? なるほど確かに、その様子では貴女の鼻には引っ掛からなかったのでしょう。事実、私にも生体反応は感知出来ていません…この場で生身の肉体を持っているのはヒルダ一人だけです」
「じゃ、じゃあ…」
「――ですが…別の反応は出ています。未確認のものが」
きっ、とアテナは一点を睨んだ。ヒルダが視線を追うと、その先には校舎内から上がってくる階段の屋根がある。
「下がってください、ヒルダ。危険です」
「は、はいっ」
「”雷電の槍”、詠唱モードで展開。術式プログラム、開放!」
アテナが構えると槍の先端が左右に分かれる。
そして中腹の無数のパネルがスライドして展開、内部に刻まれた魔術紋様が露出する。
アテナの内部に高出力の魔力が存在することはヒルダも感じていたが、今まさにそれが怒涛の如く溢れようとしていたのだ。
それに反応し、紋様が淡く光を放ち、槍のやや先には黄金の光が魔方陣を形成していた。
やがて、分かれた槍の先端部の合間にバチバチと音をたてながら、人工の雷が迸っていく。
「魔力充填OK。照準固定よし。”電光の天罰”、目標に向け――発射!!」
アテナが叫ぶと同時に――溜まりに溜まった雷電が解き放たれ、超高圧電流となって空気中へと放射される!
兵たちを巻き込んでその多数を霧散させながら、狙い通りに屋根の上の空間を黄金の電光が飲み込み――
「ぬぅぅぅぅ…ッ!!」
エネルギーの残滓が細かく紫電となってバチバチと音を立てる中、雷電が通り過ぎたその場所からくぐもった呻き声が聞こえた。
「本当に誰かいた…! い、いや…でも、今のを直撃して生きてる!?」
「その程度のステルスでは私の目は誤魔化せません。…が、タフネスさは予想以上だったようですね」
アテナとしては今の攻撃で行動不能に追い込む公算だったらしい。
無表情ながらに不本意さを露にしつつ、油断なく槍を構えたまま視線に力を込めている。
「ふふふふふ…流石は戌亥の最新技術が生み出した超兵器である。こうも早く我輩を燻り出すとは」
男の声だ。それを聞いて、ヒルダの顔が不快げにしかめられた。
やがて、今まで何も見えなかった屋根の上に、ぬっと人影が現れる。
「…あなたは…ッ!」
男もまた、ドイツ国防軍服を纏っていた。身の丈は2mを越える、筋骨隆々の大男だ。
だが、纏っているのは兵たちの陸軍野戦服ではない。
暗闇よりも漆黒に染まった軍服。髑髏の徽章を嵌め込んだ同じ色の軍帽。
極めつけは、左腕の赤い腕章――その紋章は、白地に黒の鉤十字。
そう…悪名高きドイツ国防軍でも、極めつけの狂気の象徴。親衛隊のいでたちだったのだ。
「1年ぶりであるな。白狼の娘…」
「なぜあなたがここに…! ――”大龍血”!!」
哄笑をあげるジークフリートへとヒルダが叫ぶ。
アテナは両者の間に横たわる因縁を見た思いがした。
これが、これこそが敵。二人の少女を襲った、悪意の正体なのだった。




