【12】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
がきんっ!!
文字通り火花が散るほど強く、二人の武器が激突する。
ヒルダの”白き槍”に対するのはアテナの”電光の槍”。
神話において、主神にして雷神であるゼウスの娘・戦神アテナが愛用したとされるものをモチーフとしている。
両者の打ち込みの速度は同じ。力比べの押し合い状態はしかし、長くは続かない。
「く…っ!」
押し負けたのはヒルダだった。
槍を薙ぎ払うアテナの凄まじいまでの力により、大きく後方へと吹き飛ばされる。
ブーツの底がコンクリートの地面を擦るが、何とか踏ん張り倒れることだけは耐えた。
「運動能力はともかく、単純なパワーではこちらに分があるようですね」
がしゃん、と槍の石突きを地に立ててアテナが勝ち誇る。
しかし、ヒルダは不敵に笑った。
「さぁ、それは――どうでしょうかっ!!」
そして先ほどと同じ速度で走り出す。
「何度も同じ手を使うとは…がっかりです!」
「同じ手でも…!」
駆けながら、ヒルダは空いた手を背中に回す。
ぴっちりと肌に張り付くバトルドレスの後ろ腰部分に手を這わせ――そこにある小さいジッパーを素早く下げた。
そして同時に。ヒルダの瞳が妖しい輝きを放ち、深紅に染まる。
髪は白く変わり、その中からイヌ科独特の獣耳が飛び出し…ジッパーによって開いた穴からは白い尾がにゅっと生える。
半獣化。人狼としての本性を顕現させる――!!
「…!?」
「レベルは…上がっている!!」
がきぃぃぃんっ!!
人間態とは比較にならない剛の力で再びヒルダはアテナと激突した。
槍と槍、二人の武器が重なり軋みを上げる。
確かな手応えをヒルダは感じていた。間違いなくさっきよりも圧している。
だが。――だがしかし。
「確かに…! 凄まじいまでのパワーですが…」
「…うっ!?」
「だからと言ってッ!!」
気合の乗った叫びを上げて、アテナが踏ん張る。そしてそこから両者の状態は完全に拮抗してしまった。
どちらが押し勝つわけでもないが、どちらが負けるわけでもない。
互角。全くの互角だ。
そして、力が互角であるからこそ…勝敗を分けるのは精神となる。
「そんな…! ――しまった?!」
「その隙はッ!!」
切り札を一枚切ってもなお破れない、という事にヒルダが僅かに動揺したその間に、アテナが鋭く蹴りを放つ。
腹に一撃を受け、よろめきつつもヒルダは咄嗟に後方へと跳んで距離を取った。
「つ…強い…!」
ヒルダは戦慄した。簡単な相手であるとは思っていなかったが、これ程だとは思わなかったのだ。
獣化を解放すれば幾らかは有利になると踏んだ、その甘さこそはしかし自分の未熟。
大いに反省しなければならないところだった。
ともあれ、腕力で敵わないのならば別の手で攻めるしかない。
ヒルダは”ヴァイス”の撃鉄を起こし、トリガーに手をかける。
「中距離戦は私の本分ですよ!」
だが、アテナもまた既に次の行動に入っていた。
背部のウェポンラックにランスを吊り下げるように格納し、”ニケー”の右腕に当たるパーツを取り外す。
”武装せし戦女神”形態の特徴は、全身にくまなく装備された武装の数々にこそあるのだ。
今、手にしたパーツも例外ではない。それは高性能の機関銃だった。
そして目の中に内蔵されたスコープでヒルダに狙いをつけると、すぐさまトリガーを引く!
「…っく!」
ドガガガガガ!!
銃弾の雨が降り注ぎ、コンクリートの地面を抉る。足を止める気で撃ってきているのだ。
だがヒルダは止まるつもりはない。その俊足を活かし、右へ左へとダッシュを繰り返して弾を避ける。
「――行動パターン推定値補正、同期入力。射角・初速修正をリアルタイムで適用…」
射撃が次第に鋭く正確になっていく。1秒以下の時間の中で、ヒルダが避ける先に次の弾が飛ぶ。
(撃ちながら細かく狙いを定め続けている…!? なら、ちまちま避けてるだけじゃダメだ!)
意を決し、大きく地を蹴る。ダッシュからステップへ、ステップからジャンプへ。
高さは取らず、平行に。ひと跳びで数mという距離を一気に移動する。
左右だけでなく、時に前へ。逆に後ろへ。いかに精巧なアテナの予測であろうとも、読ませない!
「うっ…!? ――そう言えば、人間態の時点で運動能力は私より上でしたね…!」
狙いを付けるどころではなくなったアテナが呻いた。機械仕掛けのその瞳にさえ、残像が見えるほどの速度。
それでも射撃をやめることはない。とにかく弾幕を張って近づけまいとすることだ。
ヒルダの得物が本来砲撃用である事も既にアテナは理解していたが、それも回避運動をしている限りはマトモに使えない筈だった。
しかし、
「そこっ!!」
短い叫びと共に放たれた、発砲音をアテナの聴覚センサーが捉えた。…撃ってきた!
高速で動き回っている最中の、ほんの一瞬の間に狙いをつけてヒルダは引鉄を引いたのだ。
反射的にアテナは左腕にマウントされた円盾を前面に押し出す。
どごぉん!!
炸裂音が轟き、小規模な破壊の嵐が鋼の女神を飲み込んだ。
「直撃弾のはずだけど…!」
ヒルダが足を止める。
細く見据えた眼差しの向こう、白煙の中にはしかし――無傷で健在なアテナの姿があった。
「”無敵の盾”、展開…。――こうも早くこれを使う事になるとは思いませんでした」
白磁のような質感を見る者に覚えさせるその円盾は、しかしこれこそ最先端超科学の結晶なのだ。
ヒルダは見た。その円盾の周囲に半透明の光の幕が張られているのを。
どういう原理かは全く分からないが、それが自分の砲撃を阻んだのだとヒルダは悟った。
「攻めも、守りも…言うだけのことはあるみたいですね」
「どうも。…あなたもね、ヒルダ」
不敵に笑いあう二人。
互いにまずは挨拶は済んだ、というところだった。
文月学院高等部第一会議室での会議は中断され、参加者全員がアテナの目を通して送られてくる戦いの様子を見守っていた。
「この次の”合戦”に出て来るであろう、神無月の転校生の実力を測る――…と。まあ、一応はそういうプラスの面はある、が」
すみれが、殊更他に聞こえるような声で呟く。
「…なぁフランチェスカ。あたしらはアテナのことを、便利な歩く盗聴器か隠しカメラみたいに思ってたかねぇ」
「――…あり得ないでしょ、そんな事。バカ言わないで」
苛立ち、不安。憤りと哀しみ。様々な感情が複雑に混じった声でフラニーは応えた。
「ああ、そうさ。あり得ない…その通りだ。あいつはあたしらにとって対等な友人だ」
深く頷きながら、確認するようにすみれが言う。
「だが…一方で、あたしらの前でアテナはあそこまで感情をむき出しにしたことがない。それも事実ってヤツさ」
「……」
フラニーは押し黙ったままだ。多分、気の強い彼女は何か言い返したい筈なのだ。
だが、言葉がない。すみれに反論するだけの言葉は全く持ち合わせていない。
「あいつは納得ずくだ。自分が人間でないことは。その事を赤の他人にも示すために髪の色はピンクだし、普段は耳を聴覚センサーでごってり覆ってる。あまつさえ、自分から機械的な口調を使って、自分とそれ以外の存在との間に明確に仕切りを作ってもいる。だから今日だって――進んでカメラと盗聴器の代わりを買って出たんだ」
フラニーだけではない。その場に居合わせた委員長たちと山砕もすみれの言葉をただ聞くしかなかった。
「だけど、あいつはさっき…明確に怒りを露にした。自分を道具だと評する言葉が我慢ならなかった。――あたしは、それでいいと思うよ。そうでなきゃ困る。この文月にあいつを迎え入れて1ヶ月…こういうきっかけが来ることを、多分あたしは待ってた」
「……わたしが間違ってたのかな」
そう問うフラニーの声は、どこか心細げだった。
「さっき、わたしはあのヒルダってヤツの言葉を聞く事をアテナにやめさせようとした。何を言われるのか、予感があった…そして、それを聞くのはアテナにとって良くないと思っちゃったのよ。でも、それって…わたしが勝手に決めちゃダメなんじゃないかって…。アテナ自身が判断することなんじゃないかって――だって、わたしがそう作ったのに…! 人並みの感受性と思考判断力を持たせたのは、そのためなのに! なのに結局、わたしは生みの親面で…あの子のことを便利に使うことしか考えてなくて…!」
「そうじゃない、フラニー。そういうことじゃないよ」
すみれは静かに首を横に振って、フラニーの肩に軽く手を置く。
「どうあれアテナは、人ではない自分が人の中で生きるために色々と折り合いを付けようとしてた。そんな努力をしてるところに、いきなりあんな話を聞かせたらショックがある…そう思ったんだろ?」
「……うん」
「なら、それはもう正しいとか間違いとかいう問題じゃない。親心がそうさせたんだ…ただそれだけさ。全く、あたしより年下の癖にすっかり母親の心地が出来てるってんだから恐れ入るけどね」
くすくすと冗談めかしてすみれは笑った。
「ただ、あたしは――それこそあんたら両方の友人として一言言わせてもらうなら。…その努力はきっと必要のない努力なのさ。確かにアテナはオーバーテクノロジーの塊で、限りなく人間に近い機械であり、限りなく人間を超越した機械でもある。だけど、それがどうしたってのさ。魑魅魍魎、妖怪変化何でもござれのこの戌亥でだ。生物学的には人間ってだけの規格外だってうじゃうじゃ居るようなこの島でだよ? そんなアイデンティティを大事に守ってて何になるって言うのさ。アテナはアテナであればいいんだよ。あいつの個性が保たれてれば、あいつが何者であるかなんて関係ないんだ」
堂々とすみれは言い放った。それは同時に、宣言でもある。
即ち、文月のトップがこう言うからには、アテナはただの道具ではないということだ。
「今は、アンドロイドの処遇を決めるためのルールが出来てないだけで、不本意ながらウチの備品という扱いで用具委員会預かりになっちゃいるがね」
「すみれ……」
「…ま、偉そうに言ってるけど、あたしも悪いんだよ。もっと早く言えばよかった。今日だって、アテナを行かせる時に一言かけておくんだったんだ」
済まなそうに、すみれは苦笑した。
「それ、後であの子にも言ってやるんでしょ?」
「一字一句漏らさず言って聞かせるさ。尤も、あのヒルダってのが先に分からせちまうかも知れないけどね」
再び全員の視線がモニタ越しのアテナたちの戦闘の様子に注がれる。
「…アテナと互角に渡り合う戦闘力も凄まじいが、何よりあの思い切りのいい性格が実に良い。ありゃぁ、敵に回したくないねえ」
思ったことはすぐに行動に移す。ダメだと思ったなら、ただちに正そうとする。
人狼の少女、ヒルデガルド・シュナイダー。その白き姿はただただ眩しい。すみれにはそう思えた。
そしてそんなすみれを横目に見つつ、フラニーもまた静かに祈る。
(頑張りなさいよ、アテナ…! 喧嘩をするならせめて勝って帰って来なさい!)
「たぁ―――――っ!!」
「はぁ―――――っ!!」
アテナとヒルダの戦いは激しさを増していた。
距離を詰めて何度もぶつかり合ったかと思えば、離れて手持ちの火器をとにかく撃ちまくる――
そんな事をひたすら繰り返すうち、屋上はそこらじゅうのコンクリートが穴だらけの傷だらけという、見るも無残な有様となっていた。
まだ屋上にある施設やアンテナ類に被害はないが、いずれ破壊されるのは時間の問題だった。
「おい見ろよ屋上! 何かやってんぞ!」
「戦ってんのか!? 誰と誰だ!?」
「どっちも女の子に見えるけど…」
「さっき会長が暴れてたのとは違うのか?」
それだけ派手にやり合えば、当然の結果として人目を引いてしまう。
グラウンドに出ていた生徒たちの何人かが二人の戦いに気付き、その情報はじわじわと伝播していく。
しかも戦闘の当事者は両方とも神無月生ではないのだ。
屋上にいながらにして、二人はそれぞれ地上のそんな声を聞きつけていた。
「少し騒がしくなってきましたね…!」
「ええ。早期の決着を望みます!」
がきがきがきんっ!!
もう何度目か分からないが二人は互いの武器を繰り返しぶつけ合い、火花を散らした。
驚嘆すべきはこれ程乱暴に扱っても壊れる気配のない二本の”槍”だ。
ヒルダの”白き槍”は魔法銀を素材とした、軽いが超常的な耐久性を持つ代物で、中に砲弾や火薬が詰まっていてもそのまま白兵戦に使えてしまうほどなのだが――
(アテナさんの槍も、普通の代物じゃないんだろうな…)
ここまで真正面から打ち合い続けるアテナの得物について、あわよくば硬さに任せてへし折ってやるつもりでいたヒルダはそう思い始めていた。
「こうなったら…!」
ヒルダは距離を置き、砲撃の準備をする。
通常弾の装填された弾倉を排出し、ジャケットの内ポケットから別の弾倉を取り出す。
「最大出力で…!」
一方のアテナも槍を構えた。突くためではない。
それがただの白兵武器でないことをヒルダはこの時確信した。槍の穂先を中心に、魔方陣が展開されているのを見たからである。
魔術を使うための媒体。アテナの槍のもう一つの顔がそれなのだ…!
(あれがあの武器の本領…! ここで切り札を使ってくる、ということ…!?)
(ヒルダの狙いは最大火力での短期決戦の筈…ですが、こちらはその上を行く!)
大気が震え、地面が鳴動する。両者が最後の一撃のために、互いの武器に全てを賭ける。
間違いなく勝負は一瞬でつく。その確信が二人にはあった。
ならば、負けられない。
ヒルダはアテナの全てを受け止めきるために。
アテナはヒルダに全てを叩き付けるために。
決着を望む二人の強い気持ちが、あたかもオーラとなって湧き上がるようにそれぞれの目に映った。
――しかし。
「「!?」」
次の瞬間、二人を強烈な違和感が襲った。
あれほど聞こえていた地上からの声が聞こえなくなっていた。
それどころか、異様な気配が辺りから漂ってくる。
「各部センサー、異常なし。しかし…周囲に何の反応もない…!?」
「この嫌な感覚…! これは、結界!?」
二人は間違いなく神無月学院の屋上に居た。
そして今見える景色も、その屋上からの景色に間違いはない。
だが、決定的に空気が別物になっている。作られたもの。仮初のもの。
ここであってここでない場所に居る、という感覚――それが違和感の正体だ。
「はっ!? センサーに反応…これは、魔力反応!?」
「…! 来る! アテナさん、下がって!」
ヒルダの声に、弾かれるようにアテナが飛び退く。
すると、僅かに遅れて―― ダァァン!! と乾いた音と共に、アテナが居た場所の地面が抉れた。
弾痕だ。つまり、何者かが銃撃を加えてきたのである。
「今の今まで何も居なかった筈なのに…一体、どこから!? いつの間に…!?」
「……あ、ありえない…! この感じ…これが結界だとしたら、わたしは…!」
「ヒルダ? …何か知っているのですか?」
「今はまだ何とも! でも、明らかにこれは悪意のある攻撃です…アテナさん、とにかくこっちへ!」
もはや勝負どころではない。ヒルダの手招きに応じ、アテナも共に下がる。
銃撃のあったところから遠くへと距離を置く。すると、程なく襲撃者は姿を現した。
いや、襲撃者たち、と複数形で表現すべきだろう。
屋上の僅かな物陰から、或いは校舎の壁伝いに、次々と彼らは現れた。
それは兵隊だった。軍帽と軍服を身につけ、手に突撃銃を携えた兵士たちだ。
だが、その装備は明らかに現代のものではない。軽く半世紀以上は昔のものだ。
そして――兵士たちは一言も発さず、銃口を二人に向けていた。生気の欠片もない、亡霊のような集団だった。
「データベース照合…対象の装備について検索。……これは…ドイツ軍…?! 第二次世界大戦当時のものと推定……い、一体…?!」
「……やっぱり、そうだったんですね…。わたしがこの学院に入ってすぐに感じた異様な視線も、これが関係していたんだ…だって、あれは…殺気だったから…!」
ヒルダの声には戸惑いを上回る、怒りの感情が篭っていた。
アテナに向けて放たれたものよりももっと濃く、深い怒り。即ち「敵」に向けて露となる感情。
「ヒルダ。彼らは何者なんです?」
「見ての通りです」
じゃきん、と”白き槍”を構えながら白狼は唸る。
「――前大戦の亡霊。いえ…悪霊、です」




