【11】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
ピンクの髪の少女は表情一つ変えずにいたが――
その体の内側に、出し抜けに声が響いた。
『ちょっと何やってんのアテナ! こっそり探ればよかったのよ、こっそり! 何でいきなり目の前に乗降拒が居るのよ!?』
文月学院の会議室に居る、フランチェスカ・剣崎の声に間違いなかった。
アテナと呼ばれたその少女が見聞きしたものは今、リアルタイムで遠くのフラニーにも伝わっているのだ。
「偶発的事態です、フラニー。こちらも対象の所在を探っていたところでしたが、思わぬ形で遭遇してしまいました」
そう口に出して、アテナはあっと何かに気付いた。
《音声通信を続行すると対象を含め周囲から不審に思われます。テキストモードに切り替えます》
これでフラニーのところには、アテナの言葉は文字となって送られる。
こちらが中継している映像に字幕スーパーのように表示されている筈だった。
元々フラニーの声は周囲に漏れていない。アテナが黙れば、通信しているとは気取られないのだ。
「アンタ、こっち来なさい。何ブツブツ言ってんのか知らないけど」
そうこうしているうちに、観察対象――乗降拒本人が、ちょいちょいと手招きする。
既に見つかってしまっているのだ。咄嗟に身を隠そうとはしたが、柱の影はいささか無理があったらしい。
こんなことなら教室に飛び込めばよかった、とか、神無月の廊下の柱は設計に問題がある、とか、アテナ自身には色々と思うところはあったのだが、
『こうなったら仕方ないわね…何とか適当にあしらって穏便に済ませるのよ。その後隠密行動に戻ればいいわ、何だか間抜けではあるけどね』
《了解》
フラニーに促され、アテナは言われるまま拒の前に進み出た。
「…名前は?」
「開発コード”ATHENA”。人造女神製造プロジェクト”A計画”による試作7号機です」
訊かれるままに答えると、
『アホかああああああああああい!!』
いきなりフラニーの怒号が響く。突然のことだったので、さしものアテナも一瞬ビクっと体が震えた。
「ど、どうかしました!?」
「大丈夫です。問題ありません」
拒の隣で驚いた顔をしているヒルダに何でもないことを告げつつ、
《フラニー、いくらそちらからの音声が外に聞こえないとは言え突然威嚇するのはやめてください》
『ンなこと言ってる場合か! 何をベラベラ喋ってんのアンタは!』
《A計画の情報は制限付きですが一般に公開されています。秘匿すべき機密には当たらないと判断しました》
『だからってそれを今コイツらに言ってどうすんのっつってんの! 偵察なのよ、神無月生に化けてんのよ!?』
《…ああ》
『今気付いたのかよ! よくそんなんで偵察とか言い出したわねこのド天然!!』
フラニーの指摘はもっともだ。ただ、そんなに激しく責め立てることはないのではないか。
アテナは自分の繊細な任務に対する通信相手の不理解に若干の不満を感じた。
「アテナ…さん、ですか。わたしはヒルデガルド・シュナイダー…ヒルダって呼んでもらって構いません」
「了解しました。よろしく、ヒルダ」
戸惑いつつも穏やかな態度で挨拶してくるヒルダにアテナも応じる。
しかし拒のほうは穏やかというわけにはいかない。
「A計画ね…。詳しいことは知らないけど、そういう名前のプロジェクトがあるって話は聞いたことあるわ。第二・第七・第八研究区、及びそれぞれの協賛企業連合が合同で行っている世紀のプロジェクト…その目的は何と、「完全な人造人間」を作り出すこと」
「あんどろいど…っていうと、えーと。……ろ、ロボット!?」
ヒルダは最新科学の知識にあまり明るくない。
が、辛うじてアンドロイドという単語が差すものは理解していたようだ。
とは言え、それが実現段階にあるということまでは流石に頭になかったのだが。
「そう。そして研究成果の結晶が一機、文月学院で試験運用されることになり…昨日の”合戦”で初めて実戦に参加した。もっとも、前評判通りの戦果は上げられず、途中から戦局がありえない方向に転がりだしたのもあって、あまり大勢の人の記憶には残ってないみたいだけど」
その「ありえない戦局」について、きっかけとなった事件の当事者である拒は少し複雑な表情をしていたが、少なくともこの時点で既に、アテナが何者なのかの察しは付いていると見て間違いなかった。
警戒心を隠そうともしない鋭い眼差しで、拒はじっとアテナを睨む。
『どう見ても穏便に済むって感じじゃないねぇ、こいつは』
返答をどうすべきか思案していたアテナの中に、声が響いた。今度はフラニーではない。
文月学院生徒会長、東郷すみれの声だった。
『どうするのすみれ? これじゃ早速ひと悶着ありそうなんだけど』
『いっそ、本気で喧嘩を売ってみるってのも手だけどね。噂の弱点が本当かどうか、手っ取り早く確かめられる』
『だ、ダメよそんな! あの”女王”は手加減しないわ、”合戦”でもないのにそんな事したらアテナがスクラップになるだけよ!』
『ははは! とんだ怖がられようだ、あいつだって一人の女子高生なのにねえ。ま、とは言え流石に冗談さ。確かに敵陣のど真ん中で無謀な真似をしても仕方ない…アテナ、ここは離脱しな』
アテナは現在、文月学院の所属となっている。である以上、生徒会長権限での指示には優先的に従う必要があった。
《了解》
短い返事をし、おもむろにアテナは拒とヒルダに背を向ける。
「あ、こら待ちなさい! 逃げる気!?」
「戦略的撤退です」
言うより早く走り出す。それは確かに常人離れしたスピードだった。
生徒たちを掻き分け、あっという間に廊下を駆け抜けていく。
だが――
「会長さん、わたしが追います!」
「え!? ヒルダ――」
「足には自信がありますからーっ!!」
元気よくそう告げるや否や、ヒルダもまた駆け出していた。
そして、恐るべきことに…ヒルダの速度はアテナを更に凌ぐほどのものだったのである。
「あの子…何者なの…?」
常識離れした生徒を数多く見てきた拒ではあるが、突然のことに呆気にとられるばかりだった。
既に二人とも居なくなってしまった廊下で、他の生徒たちと同じく立ち尽くすしかない。
と、そこに、
「あの、会長。何かありましたか?」
そんな声がかけられて拒は振り向く。
声の主は少年だった。神無月男子制服を規定どおりに着こなしている。
「あら、珍しいわね”仮面伯”…学校に来てるなんて。ちょっとね、招かれざる客を、招かれてる客が追っかけてったって言うか――」
「……?」
いまいち状況がつかめない様子で首を傾げる男子生徒。優等生然とした仕草のその少年はしかし――
白い仮面を着けている、という点だけが普通の生徒と明らかに違っていた。
廊下の突き当たりまで来ると、アテナは階段には向かわず開け放たれた窓をひと跳びで潜り抜けて外へと飛び出す。
「待ってください!」
スカートの裾を押さえながら、ヒルダも後に続く。
若干無理のある動作だったが、脚のバネだけで容易に窓枠を飛び越えていた。
『アテナに追いついてくる…!? 何者よ、あいつ!』
「データなし。特定不能」
『白い”首輪”を付けてたはずだ。あんたの眼でシリアルをサーチして、管理局のデータベースに問い合わせられるだろ?』
「なるほど。了解、実行します」
校舎の外に出たところで振り返り、すぐ後で着地するヒルダを視界に収める。
そしてすぐさまジャンプすると、そのまま校舎の壁に手を掛けてするすると登っていく。
突き出た窓枠やブロック、配水管などを手掛かりとしながらのその動作は無駄がなく、素早かった。
「”首輪”シリアルIDコードサーチ完了、解析結果を転送します」
アテナは戌亥ポートアイランドの情報ネットワークに直接アクセスし、得たデータをフラニーに送った。
これで、向こうで確認している画面上に詳細が表示される筈だ。
既にテキスト通信をする必要もなくなっていたので、アテナは普通に声を出していた。
『受信したわ』
『何何…名前:ヒルデガルド・シュナイダー。国籍:ドイツ…年齢:116歳、種族:人狼!?』
『なっ…!?』
『所属:神無月学院高等部1年B組(2026年4月28日より)…備考:人狼による戦闘集団”暁の牙”所属、同組織の指導者であるギュンター・シュナイダーを父に持つ……なるほどねえ。さしずめ”狼姫”ってところか』
『ガチの人外種じゃないの…それも血統書つきの! これで神無月に2人めってわけ…!?』
『いや、あの”化け猫”が神無月所属って話が本当なら…3人めさ』
すみれとフラニーが驚くべき事実を目にしている間に、アテナは屋上目指して壁を登り続けていた。
校舎は3階建てだが、もう既に半分以上は到達している。窓越しに生徒たちが奇異の目を向けていたが、気にしている場合ではない。
ふとアテナは下を見た。あのヒルダの姿は見えない。流石に壁登りにまでは付き合わなかったか、とアテナが判断したその時、
「!?」
少し視線をずらしたところに…ヒルダが居た。
「待ってって、言ってるんですよ!」
「…っ!」
非難の声を上げながら――ヒルダもまた壁を登っていたのだ。
それもアテナのように手で支えを掴みながらではない…何と、僅かな足場を次々に蹴って、ジャンプを繰り返しながら登ってくる!
それはまるで、垂直な壁の上を走るかのように軽やかな動きだった。スリッパを履いているという、冗談のような状態なのにだ。
『運動性でアテナを上回っている…ですって…!?』
『こりゃ、屋上に逃げたところで大して意味はないね。そこから地面まで飛び降りてもまだ追ってくるだろうさ』
『どうするの、すみれ?』
『…”ニケー”を使う。ウチが直接関与するとややこしい事になるし、単独で脱出するにはそれしかない』
『なるほど。そりゃ、いくら人狼でも空までは追って来ないでしょうしね…』
『学院長や理事長にはあたしから謝っとくから、よろしく頼むよ。…全く、思いがけず大事になっちまったもんだ』
会議室で事態が進行する中、アテナは屋上に到達した。
校舎が広いだけあって、屋上もまた普通の学校の倍近い広さがある…が、文月の校舎を知っているアテナにはそう違いは見受けられない。
様々なアンテナや給水塔、ヘリポートのマークが見えるのも同じだ。特に立ち入り禁止になってはいないようだが、生徒の姿はなかった。
『アテナ、ニケーのスタンバイには5分ほどかかるわ。それまで持ち堪えて』
「了解」
短い返事をしたところで、ヒルダも屋上に辿り着く。たっ、と危なげない足取りで屋上に着地していた。
改めてヒルダはアテナの容姿を確認する。
そのいでたちだけ見れば、神無月女子制服に白い”首輪”、足下も指定の上履きと、ヒルダよりも完成された神無月生ぶりだ。
だがつくづくその鮮やかに輝くピンクの髪が目立つ。そしてアイスブルーの瞳にもまた、無機的な輝きが宿っていた。
言われてみれば、確かに人工物らしさは若干だが伺える。
しかし、その動作、立ち居振る舞いの一つ一つは優美とすら言えるほど自然なものだ。
ただひと目だけなら、誰がロボットなどと思うだろうか。
「アテナさん」
「はい」
「あなたの目的は神無月の偵察…間違いありませんね?」
「肯定しかねます。個人的興味から潜入を試みたに過ぎません」
強く問い詰める眼差しのヒルダに、飽くまでアテナは冷静に応答する。
さっきのようなヘマはしない。学習してみせなければフラニーに合わせる顔がないのだ。
「あなたはその…ロボットなんでしょう?」
「その表現には若干の不満がありますが…基本的にそう理解して頂いて構いません」
改めてそう確認したことで、ヒルダの中には一つの納得があった。
廊下で遭遇したとき、アテナの存在に気づいたのは拒の方が早かったのだ。
相手がこれほど特徴的な髪の色をしていながら、ヒルダが後れを取ったのには理由があった。
ひとえにそれは、アテナから人間の気配がしない…それどころか、生命体の気配がまるでしなかったからに他ならない。
ロボットなら無機物だ。ならば気配を察せないのは自然なことなのだった。
だが、気づかなかったのは飽くまで気配だけ。
「これは想像ですけど、あなたは見聞きしたものを中継できるんじゃないですか? それをどこか遠く…会長さんの話からすれば、文月学院に送っていた」
「さあ…何のことでしょう」
「あなたの声は聞こえていました。明らかにわたしたちに対するものでない言葉が。「フラニー」とか「スミレ」という人たちがあなたの仲間なんでしょう?」
「……ッ!?」
馬鹿な、と言う代わりにアテナの顔色がさっと変わった。
聞こえていた筈はない。確かに柱の影に居たときと、今壁を登ってくる間に声に出して会議室と連絡はした。
だが周囲には常に雑音があった。ヒルダとの間に一定の距離もあった。
そう、独り言のようなボリュームのアテナの声は聞こえるはずがなかったのだ。…普通ならば。
「残念です。あなたのように、この学院のことを探る人が居るのは」
溜息ながらにヒルダは言った。
そう、あのシーン先生の言っていることは正しかったのだ。
いきなり発砲するという態度は問題だが、それでもああして警戒する姿勢自体は的外れではなかったのである。
「あなたみたいな人が居るから、わたしは銃を向けられて…」
「…何の話ですか」
「ただの私情です! とにかく、恥ずかしくないんですか!?」
「発言の意図が分かりません。偵察行動は軍務の一環で、必要なものです」
「そんな事を言ってるんじゃありません! わたしも斥候は何度もやってます!」
だったら尚更、何故ヒルダは怒っているのだろうか。アテナは不思議そうに小首を傾げる。
「あなたはロボットかも知れないけど、驚いたり不思議がったりしてるじゃないですか! それが感情があるという証拠だっていうのはわたしにも分かるんですよ!」
確かにその通りだ。アテナが「完全なアンドロイド」と言われる原因の一つがまさにそれだった。
アテナには人間と変わりなく思考する能力があり、そして理性と感情がある。即ち「心」を持っているのだ。
合理的で機械的な応答をしているのも表層的なものに過ぎない。アテナ自身がそういうキャラ作りをしているというだけだ。
「ですから、何が言いたいんです。ヒルダ」
「偵察するにしてもやり方があるって言ってるんですよ! 見たもの、聞いたものが垂れ流されてるなんて…わたしだったら耐えられません!」
「……?!」
ヒルダの言葉は感情的なもので、勢い任せという面が強い。
だがアテナはこの時、その言葉から意識を背けることが出来なかった。
『…ダメよ、アテナ! まともに取り合っては!』
咄嗟にフラニーの声が飛び込んでくるが、それどころではない。
「自分が見聞きしたものは、自分だけのものです! 記憶されて、思い出となるものです! それを他人が全部チェックしてるなんて、空き巣荒らしと何が違うんです!?」
「私は最も効率のいい手段を取っているに過ぎません。あなたに口出しされる言われはない!」
「自分の領域を守る権利…人の社会では私事権と呼ばれるものは、守られるべきです! それを効率がいいから無視していいだなんていうのは、道具の理屈じゃありませんか!」
真っ直ぐヒルダが指差してくる。
フラニーたちも思わず絶句してしまっていた。
それはヒルダの持つ謎の迫力のせいでもあったが、指摘された内容に多少なりと後ろ暗さを感じたからでもあった。
そして、誰よりもアテナがその言葉をまともに受け止めることになった。
「私は…。…私は、道具ではありません! あなたはそんな事を言うためにここまで追って来たんですか!?」
「スパイ行動への抗議もありますけど、概ねはそうです」
「だとしたら、このまま黙って引き下がるわけにはいかない。あなたは私を侮辱した…」
眉間に皺を寄せるアテナの背後、虚空に巨大な魔方陣が展開される。
「魔術を…!?」
「使えますよ。私はただのアンドロイドではない…人造の女神となる者。科学と魔術、その双方の最先端技術が私を生み出したのですから」
プログラム化された魔術の無詠唱発動。電脳魔術――戌亥第八の属性、通称”葉月属性”の賜物だ。
ただの道具に備わる筈のない、絶大なる力の片鱗である。
「転送魔術式起動。”勝利の女神”、転送!」
『…! 待ちなさいアテナ、あんたまさかその子と戦う気なんじゃないでしょうね!?』
「肯定。以後、通信を遮断します」
『バカな真似はやめなさい! 速やかに離脱―――』
強制的に通信回線を切る。これでフラニーたちの声は聞こえてこなくなった。
ヒルダの言うことに反発はあるが、偵察を言い出したのはアテナ自身だ。データ転送自体は続行することにする。
それが妥協点という事で、フラニーが納得してくれることをアテナは願った。
「来る…!」
魔方陣がひときわ強く光を放つと、その向こう側から何かが潜り抜けて来る。
「これは…女神像…!?」
ヒルダはアテナと同程度の高さを持ったそれを、率直にそう形容した。
複数のパーツで構成された、機械の人形のようなもの。
女性的なフォルムを持ち、翼のようなユニットを備え、背のバーニアを噴かして飛行しているそれは――確かに、鋼鉄の女神に見えた。
「ヒルダ、あなたが人狼であることは調べがついています。私があなたと渡り合うにはこの装備が必要です」
「装備? …ですか?」
「ええ。――武装展開!」
アテナの目が人工の光を放つと、”ニケー”がパーツの状態へバラバラに分離する。
そしてそのパーツが次々にアテナの体を覆い、装着され、装甲を形成していく。
胴を、胸を、両肩を。腕を、脚を。そして額をカバーする装甲を纏ったアテナの姿。
それは限りなく機械的な武装であったが、ヒルダにはファンタジックな騎士の姿に思えた。
全身を覆う青く縁取りのされた純白の装甲は、確かに甲冑のようにも見えるのだ。
最後に余剰パーツがアーマーに設置されたハードポイントに装着される。
スタビライザーが展開され、ウィングユニットが開く。まさに女神――戦女神の名に恥じない戦装束だ。
「モード・”武装せし戦女神”、展開完了。…お待たせしました」
巨大な槍のような武器を右手に、大型の円形盾を左手に構えてアテナがこちらを見据える。
だがヒルダは物怖じするどころか、目を輝かせて一連の出来事を見ていたのだった。
「す…凄い! えーと…日本のアニメみたいって言うか…とにかく凄いです! アテナさん!」
「ふふふ…そうでしょうそうでしょう。――ですが、褒めても何も出ません。それとも戦意を投げ捨てて、私に詫びの言葉でもくださるのですか?」
上機嫌そうに笑ってみせたアテナだが、槍の穂先をヒルダに向けて冷徹な眼差しを送る。
ヒルダは首を横に振る。
「まさか。これはわたしが売った喧嘩…とことん付き合ってもらいます!」
不敵に笑って、すっと手をかざす。
ただそれだけの動作をきっかけに――ヒルダの足下に巨大な円形の魔方陣が出現した。
「術式なしの魔術展開…! いや…魔的存在である以上、これぐらいは当然ということですか」
「細かい理屈は分かりません。ただ、わたしたちはこういうことが出来るってだけです」
”森のおおかみ”に預けてきた荷物のことを強くイメージ。そしてそれを自分が装備した姿を次にイメージ。
後は差し出した手で魔力の流れを操るだけ。確かな意思を持って「手繰り寄せる」だけ――
風もないのに、ヒルダの衣服が強く靡く。
そして足下から魔方陣がせり上がっていき、光の輪がヒルダの体を透過していく。
次の瞬間には、ヒルダもまた戦の準備を済ませていた。
手には相棒”白き槍”。全身を覆うのはKSK謹製のバトルドレス。
最終稿として確定したそのデザインは、白いカラーのものに落ち着いていた。
フリルだのスカートだのは断固却下させたが、袖なしノースリーブで背中も広く開いているという露出の高いものになってしまった。
その上から軍用のものを改造した黒いアーミージャケットを羽織る。丈が長く、内側に様々なアイテムを収納している。
「…そちらも白、ですか」
「わたしのイメージカラーですからね」
何気に、槍型の武器というところも似ている。二人は何となく顔を見合わせて少しだけ笑った。
「――では、いきますよ狼の姫君。わたしの誇りを守るために!」
「――ええ、望むところです鋼の女神。あなたの真価を見極めるために!」
共に、同時に地を蹴り駆けだす。人狼と人造人間…人ならざる者同士が今、激突しようとしていた。




