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【10】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

<2026年4月25日(土)14:40 文月学院高等部 第一会議室>


 文月学院。学生区十二学院のうち、第七学区の頂点に君臨する学院である。

 土曜日であるこの日、神無月学院と同じく半日授業を終えて現在は放課後だったが――今、第一会議室では先日の”合戦”を振り返っての話し合いがなされている最中だ。


 大企業の会議室さながらに広く設備の整ったその室内は、今は暗く…中央を広く空けて円を描くように席が並んでおり、それぞれの席に設置された情報端末のモニタの灯りが参加者の顔を淡く照らしている。

 画面には”合戦”における文月陣営の戦闘の様子が映し出されていた。


 2026年4月度の戦績は、言うまでもなく神無月学院が他に圧倒的大差をつけて優勝したわけだが、終戦まで脱落することなく健闘した文月学院も2位となかなかの好成績を収めている。

 しかしながら、”合戦”はこの一年間神無月の一強状態が続いており、各学院とも首脳部はこの状況の打破に頭を悩ませているのであった。


「…以上、本戦における全戦闘を閲覧したッス。総督、一言お願いするでげす」


 低く落ち着いた調子の声で強烈な語尾を言い放つこの男は3年の山砕(ヤマクダキ)踏吾(トウゴ)

 210cmという身長に、全身筋肉の鎧で覆われた大変な巨漢である。

 浅黒い肌に獅子の鬣を思わせるばさりとした黒髪という、他者をこの上なく威圧する容姿の持ち主であるが…彼の肩書きは”生徒会副会長”。主たる生徒会長の参謀役を黙々と務める忠臣なのだった。


「うん。まあ、一戦一戦について特に言うことはないね…みんな”大魔砲艦隊”の名に恥じない、いい戦いぶりだった」


 山砕に促されて口を開いたのは、少女だった。

 彼女こそ文月学院を統べる”生徒会長”。その名を東郷(トウゴウ)すみれといい、同じく高校3年生だ。

 ウェーブのかかった茶髪にライトブラウンの瞳。左目には片眼鏡(モノクル)らしきものを装着している。

 文月制服をバシっと着こなす姐御肌の気風であり、椅子の背もたれには私物である白い海軍コートが掛かっていた。

”大魔砲艦隊”の主である彼女の呼び名は”総督””艦隊総司令””元帥”と数多く、またその称号に恥じず彼女自身も優れた戦略家であり戦術家で、用兵の達人だった。

 そして何と言っても高校1年生の秋に当時の生徒会長の指名を受けてその座を譲られて以来、ずっと文月の指揮を執り続けている熟練の司令官なのである。


「今回の敗因――って言うか、勝ちきれなかった(・・・・・・・・)原因はただ一つ。あたしらは乗降拒一人を潰せば済むものと思ってた…その認識の誤りさ。拒を倒せば終わりってのは間違いない…しかし今回、神無月が誇る9人の委員長が一度に全員揃っちまったからねえ。一人一人が生徒会長レベルの曲者どもだ…そこにマトモに攻め込んだのはうまくなかった」


 この言葉を受け、列席した一人が言葉を挟む。

 彼もまた委員長の一人であり、文月では”提督”と呼ばれる立場にある人物だ。


「今回、敵の動きは迅速でしたからね。確かにあの”女王”乗降拒の弱点が露見したというのは好機でしたが…。そのきっかけが乱入者(イレギュラー)の出現という突発的事態(アクシデント)だったせいで、我々の対応は遅れてしまった」

「ああ。TV中継ですっぱ抜かれたのはいいとしても、こっちは戦争の最中だったんだ。情報は錯綜し、事実確認に手間取っちまった…ってのもある。だがやはり恐るべきは神薙虚だろうね、自分だって慌てるべき場面だろうにすぐさま篭城戦を決断した。そしてそこから30分もしないうちに委員長全員を本陣まで引き上げてみせた…あたしが指揮してもあそこまで見事に撤退できるかどうか」


 ふう、と溜息し、すみれは肩を竦めた。


「やれやれ。ビリーの奴がここに来る直前になって突然背を向けた、その時点で即座に対応してりゃあね。連中の退路をズタズタに分断して、各個撃破してやったものを…拒のヤツの始末はその後でも出来たんだし」

「うス。…しかし、もう済んだことでげすから」

「分かってるよ山砕。ま、ここは連中の対応力を素直に認めておくさ。実際、5学院が同時に仕掛けた文字通りの総攻撃を凌ぎきった、あいつらの踏ん張りも大したモンだしね」


 委員長クラスが列席するこの会議だが、会長であるすみれも含めた参列者の全員が神無月攻防戦の参加者でもあった。

 他のDOGSと違い、1度敗北したら学院全体の負けになってしまう生徒会長が最前線に出ることには多大なリスクが伴う。

 しかしそれでも、あの時は最強と名高い拒を倒せるかもしれない、というここ一番の場面であり――ある種の高揚感もあって、すみれはあえてリスクを冒してでもその機をものにするべく行動したのだった。


 事実、当時残存していた神無月以外の5学院の生徒会長は全員この攻防戦に参加していた。

 そのため、全軍の士気は高く、統率も通常以上に取れていた。誰一人神無月以外の勢力に攻撃をしなかったほどだ。

 しかし、それでも神無月は耐えたのだ。”女王”を守り、彼らの学院を護るために。

 すみれたちにすれば口惜しさは勿論あるが、敵ながら天晴れと言う他はないのだった。


「ともあれ今回の初期目標である、長月と共同での師走学院撃破は達成した…この点は誇っていいだろうさ。それに、2位にはつけたんだ…次はさらにその上を勝ち取らせてもらう。そのためにも今日からまた、しっかり準備をしていこう」


 すみれが発した総括の言葉は、満場の拍手をもって参列者全員の同意を得た。

 これから再び彼らの戦争が始まるのだ。人材を揃え、訓練を行い、武装を整え、作戦を練る日々が。

 どの陣営よりも軍勢として完成している、という事が”大魔砲艦隊”文月学院の矜持なのであった。


「うス。…では、次の議題でげすが…」


 壇上でスクリーンの隣に立ったまま、山砕が口を開く。

 口数が少ない分余計なことを言わないので、この巨漢は会議の進行を任されることが多い。


「ドクター剣崎(ケンザキ)。今の話、聞いてたかい?」


 すみれが席の一つに視線を向けると、他の全員もそれに倣った。

 一斉に注目が集まるその席には、一人の人物の姿がある。

 文月制服の上から白衣を着込んだブロンド髪の小柄な少女だ。

 いかにも勝ち気そうな表情で、眼鏡の下の青い瞳をくりっとすみれに向ける。


「勿論聞いてたわ、総督閣下」

「そいつは良かった。なら話は早い…こうして戦闘を振り返ってみると、だ。何か気付くことがなかったかい?」


 すみれは笑顔だったが、口調には何となく相手を追い立てる響きが混じっていた。

 溜息しながら、ドクターと呼ばれた少女は答える。


「そうね、わたしの出番がほとんどなかった」


 この少女の名はフランチェスカ・剣崎。

 飛び級を重ねて齢12にしてアメリカで一流工科大学を卒業し、在学中に博士号を3つも取得した神童を地でいく超天才児である。

 現在は14歳と中学生相当の年齢だが、”第七議席”の思惑もあって文月学院高等部1年に在籍している。


「「わたしたち(・・)」だよ、フラニー。やれやれ全く…これであんたも懲りたろ。どだい、技官(テクノクラート)が戦闘に参加するってのが間違いだったんだ。Goを出したあたしも悪いけどさ」

「そうね。そうかもね。…でも、これだけは言わせてもらうわよすみれ。――あたしの”アテナ”が最高傑作であることに変わりはない。あの子の能力は何一つ問題なかった」


 フランチェスカ、通称フラニーが戌亥ポートアイランドに居るのは、ある”計画”が深く関わっていた。

 フラニーが専門としている分野は人工知能の開発であり、限りなく人間に近い思考パターンと、人間を遥かに超越する高度な演算能力の両立を実現することであった。

 そう…「人間のように考えるコンピュータ」などという超常識(オカルト)を存在させる要素の一つが、このフラニーなのだ。


「そいつに異論はないよ、あたしもね。アテナの実力、その完成度の高さはしっかり見せてもらった。模擬演習の頃から大したもんだとは思ってたけど、よそのDOGSと実際に交戦してみて更に実感したさ。しかし、だからこそ…このままじゃ惜しい。組む相手が戦闘のド素人なせいで録に結果が残せないってのは」

「わたしはアテナのことを誰よりも分かってるわ。これから戦闘訓練を積めば――」

「…冗談(Joke)でもそんな事を言うんじゃないよ。DOGSをナメることは生徒会長としてあたしが許さない。学院代表の60人に選ばれるってことがどんだけ途方もない事なのか、どれだけ訓練をして技術を、体力を、精神を鍛えればいいのか。今回は特例だ。それも、アンタが自分で「責任は持つ」っつったから任せた。それを今更ジタバタするんじゃないよ」


 すみれの口調は厳しい。その断固たる態度を見れば、強気なフラニーも気圧されずにはいられなかった。

 何より、異論を差し挟む余地が全く残されていないのだ。


「…ごめん。その…我ながら不甲斐なくて、つい」

「いや…気持ちは分かるさ。その悔しさはよく分かる。けど、何もDOGSとして前線で戦うだけが”合戦”の全てじゃない…生徒全員がそれぞれの役割を充分に果たし、一丸となって挑むことが大事なのさ。フランチェスカ…アンタにはアンタにしか出来ない仕事がある。あたしや山砕、ここにいる提督たちには出来ない仕事が」

「分かった。…そうよね、何たってわたしは天才科学者なんだからね」

「そういうこと」


 諭すようなすみれの説得をフラニーは受け入れ、委員長たちもようやく安堵の息をつくことができた。

 それを見計らって、全員に向けてすみれは口を開く。


「というわけで、だ。件のアテナ――えー、”人造女神製造計画試作七号機ATHENA”の今後の運用について。改めて我々で方針を定めていこうと思う…わけだけども」


 そう議題を言ってみて、ふとすみれはもう一度フラニーに視線を向けた。


「肝心のアテナはどこで何してんだい?」

「出かけてるわ。自主的に偵察任務に従事します、とか言って」

「偵察ぅ? どこに?」

「神無月。用具委員会で保管してる神無月制服のサンプルを持ち出してったけど…呼び戻す?」


 ふむ、と息を吐きつつすみれは腕組みした。そして少し考えてから、


「…いいや別に。行き先が分かってんなら放っておこう」


 あっさりとそう言う。すぐさま山砕が眉を顰めた。


「いいんでげすか? 閣下」

「確かに昨日あんなことがあって、神無月の連中がどうしてるかは気になるからね。特に拒がどんな様子かは。首尾よく隠密行動ができればよし…もし見つかっても、そこからの連中のリアクションでも分かる事はある。例えばムキになってウチに抗議してくるようなら、相当神経質(Nervous)になってる…とかね」


 なるほど、と納得すると同時に、それぞれが改めてこの東郷すみれという人物のものの考え方に驚かされていた。

 勝手なことを、と怒るどころか、あえて一石を投じる側に立とうというのだ。

”女王”の弱点露見について隠そうとするのか開き直るのか、確かに神無月の出方を伺うには効果的かもしれなかった。


「フラニー、アテナとの通信は開きっぱなしにしておいとくれ。いつ連絡が来てもいいようにね」

「了解。けどわたしも会議の発言権の行使はさせてもらうからね」

「そりゃあ勿論。開発メンバーの一人としての見識には期待するところ大さ」


 視線を交わしあい、軽く笑いあう二人。

 こうして、文月首脳部の話し合いは更なる段階へと進んでいくのだった。





<同時刻 神無月学院高等部 1階廊下>


 フィーナ先生の薦めもあって、ヒルダは購買部を目指して1階へと戻って来ていた。

 相変わらずすれ違う生徒からの視線は感じるが、さっきよりは大人しいようだ。

 まあ、軍人くずれの教師との接近遭遇の後なので感覚が麻痺しているのかも知れなかったが。


「ん?」


 ふと前方を見ると、少し様子が妙だった。

 どういうわけか廊下に居た生徒たちがそそくさと慌しく居住まいを正している。

 いや、それだけではない。まるで中央を広く空けようとするかのように、生徒たちが廊下の端へと退いているのだ。

 そして、さながら海が割れるかのようなその光景の奥から――

 一人の女子生徒が、つかつかと足早にこちらに向かって来ていた。


「あら? アンタ、見ない顔ね」


 ヒルダが呆気にとられていると、すぐ近くまでやって来て女生徒がじっとこちらを見てくる。

 おさげ頭に眼鏡をかけ、制服を規定どおりにきちっと着こなしている…という、ただ特徴を捉えれば地味と言うべき少女だ。

 だが、その目に宿る力の強さは生半可なものではない。何より全身から放っている威圧感が凄い。

 ヒルダが感じた相手の気配は確かに人間のものだったが、それでも一瞬気圧されそうになるほどの迫力があった。


「あ、えーと…転校生なんです、わたし。週明けからこちらに通うことになってます」

「そう。道理で私が知らないわけね…はぁ、それにしてもまた転校生――…アンタはマトモなんでしょうね?」

「は…はい?」


 いきなり変なことを訊かれた。

 声をかけてきた事と言い、この女生徒はとにかく思い立ったら即行動するタイプらしい。


「まあいいわ。私は高等部2年の乗降拒、ここの生徒会長よ」

「わ! 生徒会長さんでしたか…わたしはヒルデガルド・シュナイダーっていいます。知り合いはみんなヒルダって呼んでますけど」

「なら私もそうしようかしら。よろしく、ヒルダ」


 会釈しつつ、ヒルダは若干恐縮してしまっていた。まさか見学に来て早々に生徒会長と出くわすとは。

 しかし、一方で納得する部分もあった。拒が放つ他者を圧倒する気質の由来はその役職から来るところが大きいのだろう。

 何しろ、学区の頂上に立つ学院にあって、そこに通う大勢の生徒を纏め上げる存在なのだ。

 が、ヒルダとしてはちょっとだけ気になることがあった。


「あの、ところで…見ない顔、とか転校生だから知らない、とか言ってましたけど…。ひょっとして会長さんは全校生徒の名前と顔を覚えてらっしゃるんですか?」

「ええ。覚えてるけど?」

「ふええ…! す、凄いですね! あ、でも流石に高等部だけですよね?」

「初等部・中等部・高等部に大学部…全部覚えてるわよ」

「は、はわー…」


 12の学院はそれぞれがマンモス学校と言うべき大規模なものであり、パンフレットによれば、高等部だけでも1000人以上の生徒が在籍していた筈だ。

 学院全部の生徒を記憶しているとなると、これはもう並大抵のことではない。ヒルダは絶句してしまった。


「ま、生徒会長としてこれぐらいはね。当然の事だと思うけど」

「そ、そんな事ないです! 尊敬しますよ! わたしなんて今日会った人を覚えるのだけで精一杯で…」

「そう? 充分じゃないかしら、それを積み重ねていけばアンタにもそのうちできるわよ」


 ふ、と軽く笑いながら――ふと、拒がヒルダの肩越しに更に向こう側に視線をやる。

 どうしたんだろう、と釣られてヒルダも振り向いた。


「ところで、ねえヒルダ。転校生ってのはアンタだけなのかしら…他にもう一人いたりしない?」

「へ? いえ…フィーナ先生からはそういう話は聞いてませんけど」


 何のことだろうと思いながら、拒の視線を追う。

 …と、何やらこちらに気付いて柱の陰に身を隠す人影があった。


「…怪しいわ、アイツ。アイツも私の記憶にないもの」

「え…!?」


 ちらっと柱から顔を半分出してこちらを伺っているのは、やはり女子生徒だった。

 神無月の制服を着て、白い”首輪”も身につけているが…隠れるという行動はあからさまに怪しい。

 そして何より――その少女は、通常ではありえない髪の色をしていた。


 何しろ二人が訝しげに見る女生徒の髪は、淡くきらめくピンク色だったのである。


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