【9】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
「答えてもらおうか! そちらの所属と目的を!」
男の態度は明らかに不審者に対するものであり、口調も完全に詰問のそれであった。
稜牙の言っていたのがこの人物のことだというのはすぐに合点がいったが、制服を着ていてもアウトとは。
”首輪”。
事前に学院の情報をあれこれ調べていたヒルダは、生徒に校内での着用義務があるそのアイテムについても知識がある。
しかし、残念ながらそちらについてはまだ受け取ってはいない。誰が用意してくれるのかすら定かでないのだ。
「え、ええと…わたしは今日は見学に来ただけでしてー…怪しい者ではなくてですね。この度こちらに転入させてもらうことになってて…」
そもそも連絡が行っているという話はどうなっているのか、心許なく思いながらヒルダは弁解の言葉を述べた。
が、
「言い訳としては有り触れているな。他校の密偵でないという証明は?」
銃口をこちらに向けたまま、男は詰問をやめる気はないようだった。
周りの生徒たちは、半ば諦めたようにやり取りを見守っている。
ヒルダが転校生だという事を彼らは理解しているらしいが、それをこの男に進言しようとする者は居ない。
面倒なことに巻き込まれるのは誰だってイヤなものだ。仕方がないと言えばそうかも知れなかった。
「…本気で諜報するつもりがあれば、逆に首輪をつけない筈がないじゃないですか。わたしなんて、足下もスリッパ履きなんですよ?」
ほらほら、と自分の足を指で示す。
「決定打とは言えん。一緒に来てもらおう、何を隠しているのか必ず聞き出して――」
ヒルダの努力もむなしく、男が強硬な姿勢を押し通そうとした…その時だった。
「ワタァァ――――――ッ!!」
「ごふぅ!?」
ずばぁん!!
鋭く、しかし重い打撃音が響いたかと思うと、男が物凄い勢いでヒルダの視界からスライドアウトしていく。
ヒルダは見ていた。何者かが一瞬で男の側面から間合いを詰めて、鞭のように脚をしならせ横っ面に蹴りを食らわせたのだ。
「あーあ、また始まった。”軍曹”も毎度よく懲りねえよなぁ」
「いや…強すぎじゃね? おもっきり壁に頭ぶつけてね?」
「軍曹があれぐらいでどうにかなるわけないじゃん。つか、あんなカワイコちゃんにまで銃向けるとかありえねーだろ」
俄かに周囲がざわめく。が、戸惑いや混乱を含んだものではない。あくまで日常の1ページであるかのようにヒルダには伺えた。
と、”軍曹”と呼ばれた男を蹴り飛ばした人物がぱんぱんと大きく手を打つ。
「はいはい、皆さん。見世物じゃありませんからねー、用のない人は行った行った」
それは、白いジャージ姿の若い女性だった。
衣服越しにもしなやかに鍛えられた瑞々しい肢体を確認できる、健康的な魅力を備えている。
黒く長い髪をアップに結っている。同じ髪型でも三毛次とは受ける印象が全く違った。
東洋系の顔立ちのその女性が、こちらを向いてふっと笑う。
「ヒルデガルド・シュナイダーさんね? わたしはフィーナ・劉。この学院の、高等部1年B組の担任です」
「あ、ど、どうも。はじめまして」
とっさにヒルダはお辞儀をした。
が、つい吹っ飛んで行った”軍曹”の方に目がいってしまう。
「あー、彼、頑丈ですから。気にしないでいいですよ」
「は、はあ…。あの、いつもあんな感じなんですか? って言うか、先生…なんですか?」
「いつもあんな感じで、先生です」
こくりとフィーナが頷くと、
「俺はギリアム・シーン。同じく1年A組の担任をしている」
廊下の壁際に横たわっていた男がむくりと起き上がり、何事もなかったかのように戻ってきた。
下手をすれば頚椎や頭蓋骨に損傷があってもおかしくないダメージだったように見えたが、見た限り本当に無傷らしい。
「そして劉先生。今は俺が彼女に質問をしているところなのだが」
「銃を突きつけてものを聞くのは質問じゃなく、尋問とか拷問の類でしょう。わたしの目の前でそんな真似はさせませんよシーン先生」
「問題ない。装填されているのは非殺傷性のゴムスタン弾だ」
「中身はどうでもいいんです! その威圧的な態度が大問題なんだと、何度言えば理解してくれるんですか!」
ギリアムと名乗った男を手厳しく糾弾するフィーナ。なるほど、彼の行動はこの学院の常識からも逸脱しているらしい。
ヒルダは安堵した。擬似戦争である”合戦”などを開催している土地柄とは言え、一般常識は充分な効力を持っているのだ。
そしてその常識によって注意が出来る教師もいる。ある程度心に余裕の出来たヒルダは改めてギリアムの容姿を確認した。
ざんばらで短い茶色の髪を持つ、精悍という形容が相応しい男だ。ぱっと見、国籍までは判断がつかない。
都市迷彩の施された野戦服などという、およそ学校ではあり得ない格好をしているが、ただ軍服を着ているだけではなく体のほうも相当鍛えてられており、アクションスターのような見事な筋肉を備えている。
そしてその立ち振る舞い自体も紛れもなく軍で訓練を受けたものだと、ヒルダは気付いた。
目線の動き。手足の出し方、引き方。軍の兵士と接する機会が多かっただけに、そういう些細な特徴には敏感なのだ。
何より彼自身が常に戦場にあるかのような油断ない緊張した気配を漂わせ、ひと時も切らせないでいるのである。
だが、彼はそれでも教師なのだそうだ。過去に何があったかは知る由もないが、それが現実だ。認めなければならないのだろう。
「大体、さっき学院長から連絡があったでしょう? これから転校生が見学に来るからって、顔写真まで添えて」
「何…? ――そうか…この30分ほど巡回任務に就いていたからな。職員室には立ち寄っていない」
「誰もそんな任務は出してないと思いますけど、彼女がその見学者なのは確かです」
「ふむ。だが、万が一という事も――」
「連絡があって10分ちょっとの間に何者かがその情報を得たとして、彼女に成りすまして潜り込むなんて万どころか億に一つもありません! それとも学院長に直接確認を取ってみます? 見学者を尋問にかけてもいいか」
「――…いや、分かった」
ヒルダが観察している間に話が纏まったらしい。ギリアムは改めてこちらを向き、一礼する。
「…すまなかった。治安維持のためとは言え、少々行き過ぎた行為だったようだ」
最初は面食らったが、素直に詫びを入れてくる辺り根は真面目なのかも知れない。ヒルダも抵抗なく謝罪を受け入れることにした。
「いえ…分かってくれればいいんです、えと…シーン先生」
「”軍曹”でいい。生徒も皆そう呼ぶ」
「え…でも、先生は先生なんですよね?」
「ああ。新兵の教育は先任下士官の務めだからな」
真顔で訳の分からない理屈を返された。やはり度の過ぎた変人であるというのは間違いないようだ。
「だが実際、この学院に忍び込む曲者は確実に存在する。”何でもあり”という神無月のモットーは、メリットばかりではない。加えて今日は”合戦”の翌日だからな。緊張の糸が切れて、警戒が緩むという事はある」
「なるほど…大変なんですね」
「まあ、本当に知られて困るようなことが簡単に漏れたりはしませんけどね。シーン先生は少し大袈裟なんですよ」
「防衛という観点に立てば、常に最悪の事態を想定するのは自然なことだ」
飽くまで自身のスタンスを崩すつもりはないらしい。フィーナが深く溜息をついた。その表情には諦めが伺える。
ヒルダも同じだった。この件をこれ以上どうこう言っても仕方ないだろう。
「とにかく、彼女のことはわたしが預かりますから。先生はどうぞ巡回に戻ってください」
「分かった」
「3時から職員会議ですからね。それまでには帰ってきてくださいよ」
「了解した」
まるで子供に言い聞かせるような口調でフィーナが言うと、”軍曹”はやはり素直に頷いてきびきびと歩き出す。
その背を見送り、さて、とフィーナはこちらに向き直った。
「じゃ、行きましょうか。職員室まで案内します」
「あ、はい。ありがとうございます」
にこりと微笑むフィーナに頷き、ヒルダは彼女の後について歩き出した。
”軍曹”とは異なり、人当たりのいい明るく優しげな先生だ。道すがら、二人は気さくに会話を交わす。
「ちょうど良かったわ、すぐあなたと会えて。シーン先生に絡まれてたところを、っていうのもありますけど…」
「そういえば、すごい蹴りでしたね。何か、武術をやってらしたんですか?」
フィーナの足下は屋内用のサンダル履きだ。それであれだけの動きをしたのだから、只者ではない。
ついつい興味が出て、ヒルダはそんな質問をしていた。
「ええ、拳法をね。と言ってもわたし、生まれがNYで…基礎はチャイナタウンの道場で習ったの」
「あ、そうなんですか。何かちょっと意外かもです」
「ふふっ、よく言われます。顔立ちも東洋系でしょ? わたしって。向こうじゃそうでもなかったけど、日本に居るとね…大陸は大陸でも、アメリカじゃなくて中国大陸の人だって思われるみたいで」
苦笑するフィーナ。とは言え、そんなに深刻な悩みという風には見えない。
変なことを聞いたのかな、と少し心配だったヒルダだが、その様子を見て安心した。
「あ、すいません…話そらしちゃって。で、「ちょうどいい」っていうのは?」
「ええ。わたしがあなたの担任になるからですよ」
「え!? あ、そうなんですか!?」
「はい。あなたは神無月学院1年B組への編入が決まっています。よろしくお願いしますね、ヒルデガルドさん」
にこにこと笑顔のまま、軽く一礼を向けるフィーナ。
「こちらこそ! よろしくお願いします、フィーナ先生! …ふふっ」
「ん? どうかしました?」
「いえ…こんな優しい先生が担任だったらいいなー、なんて思ってたので」
「あはは、そうですか…ありがとうございます。でもわたし、怒ると結構怖いわよ?」
「知ってます」
何しろさっき見たばかりだ。そう言って、ヒルダは楽しそうに笑った。
職員室に着くと、ヒルダを入り口で待たせてフィーナは自分の机に向かった。
そして程なくして戻って来ると、白い帯状のものを差し出す。
「手続きの書類とかは、週明けに改めて受け取りますので。差しあたってこれを渡しておきますね」
ヒルダはそれを、ここに来るまでに何度も目にしていた。行き交う生徒たちの首元に見受けられたアイテムだ。
即ち、
「”首輪”…ですね」
「はい。基本的に、学院内では付けておいてください。通信・情報端末として使うことも多いですが、個人識別のためにも必要ですので。それがないと立ち入れない場所もありますし」
「わかりました」
頷き、ヒルダは白いチョーカーを受け取ると首元に装着した。
制服に続き”首輪”も受け取って、これでいよいよ神無月学院生としての実感が芽生えた気がする。
それにしても、このアクセサリーのようなものに様々な機能が付与されているというのは凄い話だ。
科学と魔術の最前線――戌亥だからこそ実現可能なオーバーテクノロジーの一端がここにも現れているというわけだった。
「ちょっと窮屈かも知れませんけど。その…あなたたちには」
既にヒルダが人狼であるという事実は教師達には周知のことらしく、若干遠慮がちにフィーナがそう口にする。
――狼に首輪は要らぬ。それは何よりも自由を愛し、束縛を嫌う狼たちの矜持を示した言葉だ。
だが、ヒルダはふるふると首を左右に振った。
「自分で進んで付けるんだから、問題はありませんよ。わたしは自分の意思でこの学院の一員になる選択をしたんです」
堂々とそう言う。それは偽らざるヒルダの本心でもあった。
「そうですか。それを聞いて安心したわ」
安らかな笑顔を浮かべ、ほっとしたようにフィーナが言った。本当にヒルダのことをよく気遣ってくれているのだ。
この人が担任というのはありがたい話だ。そりゃ、さっきの”軍曹”だって悪い人ではないようだったが。
しかしヒルダにとっては、担任という近い距離であればリラックスできる相手のほうが合っているのだ。
やはり自分もあれこれ気を回す性格だからかも知れない。
「さて、この後もわたしが案内してあげたいところなんですが…さっきの話を聞いてたと思うけど、あいにくこれから会議でして。校内は自由に見てもらって構いませんので、申し訳ありませんが自由行動という事でお願いできますか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます…あの、ところで今学院長さんはいらっしゃるんですか? 一言挨拶をと思うんですけど」
「あー…そっちもあいにく、今は行政区のほうに出張してるのよね。”合戦”について理事会への報告っていう、定例行事です」
「そうですか…それは残念ですね」
「まあ、普段は大抵学院に居ますから。またいつでも機会はあると思うわ」
気にしないでね、と励ましの声をかけてくれるフィーナにヒルダは頷いた。
「そうそう。そう言えば、わたしの代わりに案内をやってくれそうな子が居たんだった…今日は」
ふと、フィーナが何かを思い出した口ぶりで言う。
「そうなんですか? えと…B組の学級委員長か何かですか?」
「いえ、B組っていうのは合ってますけど…委員会にもクラブにも入ってなくて、きっと今の時間は暇な筈なんで。さっき購買部に入っていくのを見かけたし、もしかしたら近くに居るかも。呼び出します?」
「うーん…わたしがそこに行ってみます、もし会えたらお願いするってことで」
「そうですか。名前はブレスト・N・ケストラード…顔に白い仮面をしてるから、すぐ分かると思うわ」
ケストラード? 何だろう、どこかで聞いた姓だとヒルダは思った。だがそれより、
「仮面…ですか?」
「ええ」
ごく当然のことのようにフィーナが頷く。
なるほど、”何でもあり”の校風だけあって、仮面をつけた高校生が存在すること程度は不思議でも何でもないらしい。
それに、確かにそんな特徴のある生徒なら簡単に見つかるだろう。
「分かりました、一応探してはみます」
「はい。あんまり授業にも出ない子だし、寧ろこれくらいの仕事はしてもらって構わないところだから…遠慮せず使ってあげてね」
授業に出ない子。問題のある生徒なのだろうか。そりゃ、不良学生ぐらい珍しくもないのかも知れないが。
まあ気にしても仕方ない。そもそも並の不良ではヒルダの相手にすらならないのだし。
「じゃあ先生、色々とありがとうございました」
「いえいえ、大したお構いもしませんで。明日また職員室に来てください、寮に案内しますから」
「はい。それじゃ、失礼します」
丁寧にお辞儀をして、ヒルダは職員室を後にした。




