【8】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
四人で食卓を囲んで暫くして。
稜牙が作りすぎた昼食もきれいに平らげられ、またみんなで話に花を咲かせていた頃である。
「そう言えば…学校始まんのは週明けからだが、どんなトコか一回見に行ってみるか?」
ふと、稜牙がヒルダにそう尋ねてきた。
「あ、はい! そうですね、是非!」
ヒルダはうきうきしながら目を輝かせ、そう返事をする。
「よし、そんじゃ一本連絡入れとくか。バドー爺さん…じゃない、学院長に一応断わっとかないとな」
「あァ大加美殿、ちょいとお待ちを」
店の固定電話が置いてある入り口傍のレジカウンターへ向かおうと立ち上がる稜牙を、三毛次が止めた。
「何だ? 旦那」
「いえ、留守の間に大加美殿宛てに荷物があったのをお伝えしようと。後で言おうと思ってやしたが、受け取りの時に業者の若ェのが中身についてちょいと言い残してったモンで」
「店を出てた30分ほどの間にか…んで、何つってたんだ?」
わざわざ受取人に宅配業者が荷について言及するのは、中身が生ものだったり取り扱いに注意が要る場合だろう。
稜牙もそう思ったらしく、その事自体に特に疑問は感じなかったよう…だったのだが、
「へい、それが…女子用の学生服で、是非お客人に着てもらうように…と」
「………」
びしっ。氷が罅割れるような、冷たく乾いた音をヒルダは聞いた気がした。
実際にはそんな音が鳴るような何かは全く起きていない。ただ稜牙が心なしか怖い顔になったようだというだけだ。
「…その業者、どんなだった? こう、目が赤っぽかったり、肌が異様に白かったりしなかったか?」
「そういやァ確かに、そんな風体でやしたねェ…。よく来る業者なんで?」
「いや、そういうわけじゃないが…そうか。よく分かった…ああ、よく分かったとも」
俯いて、ふっふっふ…と低く篭る声で笑いを漏らす稜牙。全然愉快そうには見えないが、大丈夫なのだろうか。
「何つーか、あの男も相変わらずヒマじゃの」
「ヒマな筈はねえんだがな…俺もアイツに制服用意してくれっつったのは確かだが、あの野郎はいつも優先すべき物事を履き違えてるっつーか…」
訳知り顔のお玉に諦め顔で応じる稜牙を、ヒルダはただぽかんと見ているしかなかった。
「っと…悪いヒルダ、ほったらかしにして。どうやらお前が着る制服もついさっき届いたらしいって話なんだ」
「わっ、そうなんですか? 嬉しいです! 着てみていいですか!?」
「勿論。旦那、とにかくその荷物出してくれるか? 俺もすぐ電話を済ますからさ」
「へい、只今」
「着替えは2階の部屋を適当に使ってくれていいからな」
そう言って改めて電話機に向かう稜牙、店の奥へと引っ込む三毛次。
そんな様子を眺めつつ、更にうきうき感を増したヒルダは、まずはデザートの抹茶アイスを食べきることを急いだ。
程なくして。
「えへへー。どう…ですか?」
神無月学院指定制服に身を包んだヒルダは再び店内に戻ってきていた。
両腕を大きく広げて、その場でスカートを靡かせながらくるりと回ってみせる。
「おおー…いいな、いい。凄く似合ってるぞ」
「うむ、確かに。こりゃ稜牙でのうても認めざるを得んところじゃのう…金髪とブレザーがよう馴染んでおるわい」
「へい。よくお似合いですぜ、ヒルダ嬢」
三者三様に賞賛の言葉が飛び出す。照れ臭くなってヒルダははにかんだが、それ以上にとても嬉しかった。
神無月学院の冬制服は男女共にブレザーであり、また女子制服の場合足下は白いソックスと、デザイン的には他の学院や学校のものと比べてもやや地味と言える。
だが神無月のイメージカラーである濃い緋色はそのままブレザーにも採用されており、下に着た白いブラウスの胸元には赤いリボンがあしらわれ、スカートの色も赤。
赤く染まったその制服姿は、寧ろ人目を引きやすくすらあった。
この赤いいでたちを、透き通った白い肌と金糸のような髪を持つヒルダが纏うのである。
ヒルダ自身はまだ着こなせている自信はなかったが、その絶妙なるマッチングが醸し出す魅力はお玉が指摘する通りであった。
「せっかくだ、見学もその格好で行って来るといい。っつーか、制服着てないと逆に危ないかも知れん」
「えっ…何ですかそれは」
「いや…防犯意識っつーか、安全保障に対する意識が異常に強いとある教師が居てだな。校内で神無月の制服を着てない、という理由だけで威嚇射撃を受けたとかいうヤツの話を聞いたことがある」
「…学校、なんですよね?」
「勿論だ」
確かに戌亥ポートアイランドは日本の中とは言え、住民の武装が条件つきで許可されている特殊な場所ではある。
しかし、学校内で教師が生徒に向かって発砲などというのはどんな世界だろうと考えられない話だ。
思わず一抹の不安を覚えずにはいられないヒルダだった。
「まあ、悪い先生じゃないんだ…寧ろめちゃめちゃいいヤツなんだけど、な。とにかくお前が見学に行くって話は通してあるし、制服着てるんだし、まず問題はないさ」
「は…はい、そうですよね」
「ふむ。土曜ゆえもう放課後じゃが、”合戦”の直後じゃし、ヒマな生徒がまだ大勢残っとるじゃろうな。こりゃヒルダたん早速注目集めちまうかもじゃぜ?」
「ふえ!?」
どうにか不安を乗り越えようとしたヒルダに、追い討ちをかけるようにお玉が冗談半分に脅してくる。
「そうかぁ? まあ確かにグッと来るモンはあると思うが、この島じゃどの学校だって外国人の生徒は珍しくないぜ」
「それはそうじゃが――…ほれ」
つい、と着物の袖口を掴んだ手で、お玉は店内のテーブルを指差す。
見ればヒルダが着ているのと同じ、神無月の制服を着た若い客も結構居て……そしてその多くが、それぞれに一生懸命スマホの画面をタッチしまくっているのである。
「…よぉお前ら。何してんだ?」
稜牙はすっと立ち上がり、テーブルの一つに近付くとひょいと少年客の手元を覗き込んだ。
「あ、大加美さんチッス! あのコ大加美さんの知り合いなんスよね!? 写メ撮っていいスか!?」
「やー、可愛いなーと思ってたらウチの制服着たじゃないですか。転校生なんですよね? 彼女」
「ちょうど今つぶやいてたとこなんス。「美少女転校生ktkr、これからウチの学校見学するらしいなう」って」
「マジラッキーだよなー俺らこの場に居合わせてさー。今日来た転校生もある意味面白いヤツだけど、野郎だしなぁ」
少年達は口々に、なかなかのハイテンションで稜牙に話す。
稜牙としては何か言いたげではあるのだが、仮にも店の客に向かって滅多な行動は取れるわけもなく、結局二、三適当にあしらいの言葉をかけてヒルダたちのところへ戻ってきた(写メはやめさせたが)。
「……まあ、別に…何か問題が起きるわけじゃないだろ、うん」
「んむ。ハードルが上がっただけじゃ、ヒルダならうまくやるじゃろ」
「は、話がよく分かりませんけど…」
ちらっと先のテーブルを見ると、少年達が満面の笑顔で手を振ってくる。
ヒルダも反射的に微笑みを作り、小さく手を振り返した。途端、うおおおお!! と歓声がどよめく。
「そうそう、そのリアクションスキルがあれば大丈夫じゃ」
「そういやKSKの若手にもウケてるとかユーディが言ってたっけな…保護者としちゃ複雑な気分だが、それはさて置きこいつが地図だ。こっからなら迷うような道じゃねえけどな」
「あ、はい。ありがとうございます」
「俺は店の仕事があるからな…一人で行けそうか? 何なら適当にその辺の神無月生にでも案内させるが」
「いえ、それは申し訳ないですし…この辺りの地理も覚えたいですから。大丈夫ですよ」
「そっか。ま、どの道今日は此処に一泊すんだからな…あんま遅くならねえうちに帰って来い」
「はいっ」
既にこれから暮らすことになる寮の部屋も用意されているのだが、長旅を終えたばかりのヒルダに不自由がないようにと、予め両親や稜牙の間でそういう計らいがされていた。
手描きの簡単な地図を大事そうに受け取ると、ヒルダはこくり頷く。
「悪いな旦那、今晩だけちっと人が増えちまうが」
「いやいや、お構いなく。あっしらこそ大加美殿の恩情に甘えきりで…出来るだけ早くお暇してェところでござんすが。ヒルダ嬢、昔馴染み同士水入らずのところをお邪魔させていただきやす。申し訳ねえ」
「あ、いえ! そんな、気にしないでください!」
深々と頭を下げる三毛次に慌てて首を横に振るヒルダ。
何だか今日はこんなやり取りが多い気がする。
「お? 何じゃ、ヒルダはともかく三毛っちらもこの店で寝泊りしとるのか?」
「まあな、文無しだってんだから仕方ねえさ。その辺に放り出すわけにもいかねえし」
「むぅ…ンな楽しそうなことになっとるとは! よし、ワシも今晩泊まる!」
「アホか! お前なんか泊めたら夜通しどんちゃん騒ぎになっちまうだろうが!」
「チッチチチ…ワシゃこれでもヌシより遥かにおねーさんなのじゃぜ? 大人の静かな呑み方ぐらい出来るわい」
「姐さん…いつもそう言っちゃ途中で飽きたとかって、一発芸大会になっちまうじゃねェですかい…」
お玉とは今日会ったばかりだが、稜牙や三毛次が言うような光景は容易に想像がついてしまう。
何だかおかしくて、思わずヒルダはくすくすと笑ってしまった。
「ふふっ。それじゃわたし、そろそろ行ってきますね」
「おう。気をつけてな」
「しっかりの~」
「行ってらっしゃいやせ!」
三人に見送られ、ヒルダは意気揚々と”wolf in forest”を後にした。
<2026年4月25日(土)14:30 神無月学院 正門>
稜牙の言う通り、15分も歩くと目的地に着くことができた。
区立神無月学院。堂々とした字でそう書かれた表札が門に埋め込まれている。
制服のデザインと言い、学院という位置づけと言い、何となく私立のイメージがある戌亥十二学院だが、各学区の管理者である統括理事が直接運営するからには確かに区立というのが正しい。何だかしみじみするヒルダである。
「まずは職員室だけど…あ、案内板だ」
校門を潜ってすぐ、開けた中庭のようなところに出る。
その正面に、来客者向けでもあるのだろう、プレート状の案内図がすぐに目に付いた。
初等部、中等部、高等部、大学部とそれぞれに校舎が分かれており、校庭が3つ。体育館が2つ。
クラブ棟をはじめとする別棟、別館はもはや両手の指でも足りない数が存在している。
およそ学校にあるだろう施設の他にも数々の建物や施設があちこちに点在しており――
要するに、広い。とんでもなく広い敷地にとんでもない数の施設が押し込められているのだ。
「ふわー……」
そう呟いたまま二の句が告げなくなるヒルダだった。少なくともドイツでこんな土地の使い方を見たことはない。
学園都市として設立された戌亥ポートアイランド。その頂点に立つ十二学院とは、これ程のものなのだ。
ともあれ、呑まれてばかりもいられない。月曜からは自分もここに通う生徒だ。
気を取り直し、ヒルダは高等部校舎を目指して歩き出す。
「……ん?」
ふと、足を止める。――…何だろう、居心地の悪さのようなものを覚えた。
具体的な原因は定かではないが…妙に視線を感じる、というような。
まあ、今の自分は部外者だ。奇異の目で見られることはあるかも知れない。
気にしないことにして、ヒルダは再び歩を進めだした。
「はわー……」
気を取り直したばかりだったが、再びそんな間の抜けた声が出てしまった。
高等部校舎にやって来たヒルダは、早速その建物の威容に圧倒されたのである。
パンフレットによれば、学生区の要とも言うべき十二学院は区の中でも最初期に創立されており、全てが区の整備の始まった15年前に着工され、5年をかけて完成していた。
綺麗な建物だ、とヒルダは素直に感じた。
目の前にそびえるこの建物は単に築10年というだけではない、機能性とデザイン性を両立させた近未来的な美しさを湛えている。
所属する生徒が多いだけあって、校舎としてはサイズが比較的大きいというのも圧倒される一因だろう。
来客者入り口でスリッパに履き替え、ヒルダは高等部校舎に立ち入った。
「中も綺麗だなぁ…何か、すごく明るいし。廊下は広いし、窓も大きいし」
本当にここが学校なのか、と思うくらい…というのは大袈裟かも知れないが、ヒルダは新鮮な驚きを次々に感じていた。
「職員室は2階、っと――……。……?」
まただ、とヒルダは思った。階段を目指して歩き出したところで、またしても妙な感覚を捉えたのだ。
花の女子高生とは言え、ヒルダは人狼である。
人知を越えたその感覚が訴えてくる事柄は、気のせいであることの方が少ない筈だ。
改めてヒルダは周りをよく見渡してみた。
自分が着ているのと同じ、神無月制服に身を包んだ生徒たちが行き来する廊下。
だがよく見ると、あちらこちらに生徒の小集団がぽつりぽつりと点在しているのが分かる。
そして、その誰もが自分に向かって熱の篭った視線を送ってきていることにヒルダは気付いた。
「わ、こっち見た!」
「違うだろ、俺を見てんだよ」
「可愛い…お人形さんみたい」
さっき稜牙の店で交わしたやり取りが思い起こされる。なるほど確かに、自分は注目を集めてしまうらしい。
外見自体が興味の対象ではあるのだろうが、ことに転校生という一種のブランドがそれを加速させてしまうのだ。
そう理解しつつ、ヒルダは更に別の危惧を抱いてもいた。
――いいか、ヒルダ。俺たちみてえな魔物はな、人をヤバいぐらい魅了しちまうことがある。
――人との間にいい付き合いをするのが俺たちの目的だ。そのために、てめえの魔性が毒になりかねねえってことはよく覚えておくんだ。
脳裏に父の、珍しく真面目な声が深く響いた。
「ど、どうも…あの、こんにちは」
大袈裟なアクションを起こすわけにはいかない。ヒルダは周囲にそう言ってぺこりと小さく頭を下げる。
まさか、その辺を歩いているだけで魅了が発動するとは流石に思わない。
人型の魔物と言っても、人狼は獣性の強い種だ。悪魔や夢魔のように人の精神を内側から貪ることは専門外である。
とは言え、あまり妙な目立ち方をしても困るのも確かだった。ヒルダは「普通の学校生活」に強くあこがれているのだから。
大丈夫、問題はない。これぐらい控えめな挨拶をしておけば体面は保てる、さっさと職員室に行って用を済ませよう。
そそくさと階段を上ろうとするヒルダは、群衆の「うおおお!!」という歓声を敢えて聞かないことにしておいた。
が、
「何の騒ぎだ。――む、そこの生徒! 見ない顔だな…何故”首輪”をしていない?」
鋭い制止の声をかけられ、ヒルダは立ち止まる。
恐る恐る振り向くと、その顔に俄かに驚きの表情が浮かび上がった。
何しろ声を発したその教師らしき男は――
手に銃を構えていたのだから。




