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【6】

「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。


 本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。

 <2026年4月25日(土)12:40 戌亥ポートアイランド出入島管理セクション>


 人工島・戌亥ポートアイランドとその外との間での人の出入りを司る施設が、この戌亥ポートアイランド出入島管理セクションである。

 海上モノレール”よもつひらさか”の終着駅はこのセクションと隣接しており、降りて改札を通れば目の前に施設の入り口がある。

 まあ、終着駅などと言っても、横浜駅からここまでは延々洋上を行くだけで、他の駅などはないのだが。


「ざっと30分。超静音、無震動を徹底追及した最新技術の結晶じゃとは言え――延々海を眺めるだけ、途中停車もなし。退屈せなんだかの?」


 改札を抜けてセクションへの連絡通路を歩く傍ら、お玉が問い掛けてきた。


「いえ、ずっとおタマさんとお喋りしてましたから。それにドイツの海とはまるで違いますし、景色が新鮮でした」

「そうかそうか、なら良い。ま、ひたすら静かな車内じゃからな…ワシも一人の時は読書やゲームが捗るのじゃぞ」

「なるほど…確かに。通勤や通学のラッシュとも無縁なんでしょうし、ああ静かだと酔う心配なんかもなさそうですね」

「はっはっは! ないない! コレに乗って酔うヤツがおったら見てみたいモンじゃ!」


 からからと笑うお玉である。口ぶりから言って、何度もこのモノレールを利用しているようだ。

 戌亥は島全体が巨大都市であり、住人が長期にわたって生活を送るのに不都合のない環境が整備されている、とヒルダは聞いていた。

 モノレールを何度も利用するという事は、生活基盤が島内にないという事かも知れない。稜牙もお玉について「戌亥()用がある」身だと言っていた。


「次の方、お名前をどうぞ」

「ヒルデガルド・シュナイダーです。えと…これ、入島許可証(パス)です」

「はい、お預かりします。あなたの情報をデータベース照合で確認しますので、少々お待ちください」

「ああ、はい…分かりました」


 手続きカウンターの係員のお姉さんは、にこりと微笑むと鮮やかな手さばきでPCを操作する。


「データベースかぁ…。はー…ハイテクなんですねぇー…」

「ほほ。こんなモンで驚いとったら身が持たんぞ?」


 お玉の言う通りかも知れない。ヒルダは心構えをしておこうと固く決意した。


「何が来ても大丈夫なように用心します…! 油断してると食われる! くらいの勢いですね!」

「…間が無いんかい、ヌシは」


 そう呆れるお玉は、特に何の手続きもとっていない。もしやと思ったが、どうやら顔パスらしい。

 他の係員ともアイコンタクトをかわしたり、気さくな挨拶をしている。ますます得体の知れない人物である。


「ヒルデガルド・シュナイダー様――はい。照合取らせて頂きました。一年以上の長期滞在ということで申請・許可ともにお済みですね」


 マニュアルに沿った形で、ヒルダはそう告げられる。これで晴れて島に入ることが出来るというわけだ。

 ひとまず安堵すると共に、何だか気分が高揚してくるヒルダだった。


「ええと…特殊取扱物品が一件登録されていますね。既に当セクションでお預かりしていますが、すぐにこちらでお渡ししますか?」

「はいっ。よろしくお願いします」

「かしこまりました。ゲート通過後に引渡しさせていただきます」


 特殊取扱物品。その名の通り、取り扱いについて特殊な事情が付属する品のことだ。

 普通なら国外へ持ち出せないような物でも、このセクションを通過することはできる場合がある。

 例えばそれは武器や薬品などの危険物であったり、ペットや使い魔(ファミリア)として連れて来られた動物であったり様々だ。

 勿論事前に厳正な審査を受け、周到な登記を行う必要はあるが、津々浦々の異能が集うこの島においては必要な手続きだった。


「ほう…? 何ぞ、得物でも持ち込むんかい?」

「ええ。わたしの大事な相棒です」

「そいつは意外じゃなー。何しろ人狼が武器を使うっちゅうイメージが、ちと無いでの」

「あはは…わたしは人狼でも、得意分野が知識や技術に偏った種なので…母の血なんです。父の血もあるので、ある程度は肉弾戦もできますけど」


 ほほう、と感心した様子のお玉だった。人狼にそういう種別が存在しているとは知らなかったようだ。


「ならばワシと稜牙の混血でも知能タイプに…? 興味あるのう…」

「? 何か言いました?」

「ううん全然! お玉さん全然不埒な考えとかしてないですじゃよ!」


 変なおタマさん、と首を傾げていると、係員のお姉さんから声がかかる。


「ではお荷物はそちらに預けて次のゲートへお進み下さい。網膜情報と掌紋・声紋、最後に魂の霊波観測を以って個人情報として登記させて頂きます」

「はい。失礼しまーす」


 パスを返却されるとハンドバッグを脇の小型ベルトコンベアーに預け、ヒルダはゲートに向かった。


「編入先は学生区ステューデンツ・クォーターラウンド第十学区、神無月学院高等部ですね。在学証明はそちらで直接交付される形になりますの、で――」

「む? どした。何ぞ手続きに不備でもあったか?」


 何事か言いよどむ係員に、お玉は怪訝な表情を向ける。釣られてヒルダも足を止めた。


「ああ、いえ、そういうわけじゃ…」

「よいよい。言うてみ言うてみ、他言はせぬゆえ」


 お玉が興味本位なのは明らかだが、うーん、と暫く逡巡して、係員はじっとお玉に視線を向ける。


「玉之緒さんがそう仰るなら、ここだけの話なんですけど…。つい昨日も神無月への転入生をご案内したばかりなんですが、その子がちょっと…変わり者で」

「変わり者ぉ? 戌亥の住人なんて全員変わりモンじゃろ、ヌシ何年ここで働いとるんじゃ」

「かれこれ5年…ってそんなことは関係ないんですよ! あのですね…」


 ひそひそと耳打ちするお姉さん。

 人間を遥かに超越する聴覚を持つ人狼であるとはいえ、人間に擬態しているヒルダはその姿が持つ特性に引きずられ(・・・・・)、全力を発揮できない。

 これはヒルダが未熟だからで、父母や稜牙なら集中すれば聞き取ってしまうのだが…かと言って、内緒話を盗み聞く為に擬態を解除するというのはあまりにもはしたない。仕方なくヒルダはさっさとゲートを通過することにした。


「お待たせお待たせ。やー、なかなか興味深い話じゃった」


 さほど間を置かずにお玉もやって来る。そう長話というわけではなかったらしい。


「何の話だったんです?」

「ん。件の編入生はなかなか面白いヤツらしい、とな。昨日ここを通った後、早速ひと騒ぎ起こしたっちゅう話じゃしの。ヌシも神無月に通うんじゃ、すぐ会うことになるじゃろ…向こうも同じく1年生らしいぞ」

「へぇぇー…わたし以外にも、変なタイミングで編入してくる人が居るんですねぇ」


 ヒルダとて本来なら入学式に間に合うつもりで留学計画が進んでいたのが、結局今日まで戌亥入りが延びたのだ。

 どこの誰だか知らないが、人それぞれに様々な事情を抱えて島にやって来ているという事なのかも知れない。


「それはともかく、そいつがヌシの得物か?」


 お玉が指差す先、ヒルダの手元には厳重に布を巻きつけて梱包した長い代物が携えられている。

白き槍(ヴァイス・オクスタン)”。母・ユーディットから託された、魔道砲撃槍(マジカルカノンランス)だ。


「はい。寮に送ってもらっても良かったんですけど」

「むう。思った以上に長いのう…持ち歩きに不便はないんかの」

「それは大丈夫ですよ、背中にこう…」


 言いつつ、紐を使って背中に”ヴァイス”を巻きつけ、固定する。


「これでバッチリ!」

「…いや、うーん…。お玉さん、ちと不安なんじゃが…」


 よそ行きのおしゃれ着に、不恰好な長物を背負うという格好はいかにもミスマッチで似合っていない。

 お玉的には不安というより寧ろ不満ですらあったが、そこに気付くヒルダではなかった。


「楽器ケースか何かを改造してみてはどうかのぅ。やっぱそのままじゃと目立つと思うぞ、悪い方に」

「そう…ですかね? ドイツでも基本こんな感じだったんですけど」

(…なるほど、こりゃ確かにモテたかどうかは微妙じゃな。寧ろヒかれた可能性が大かも知れん)


 そんなお玉の胸中の呟きをよそに、二人は島へと足を踏み出す。


「お、出てきた。おーい、こっちだこっち!」


 声のした方へ振り向くと、そこには停車したバイクの傍らに佇む、一人の青年の姿があった。

 黒い革ジャンにジーンズ履き、ゴーグル付きのヘルメットを被った頭からは腰まで伸びる灰色の髪がはみ出ている。

 間違いない。――大加美稜牙だ。3年前と全く変わらない姿で、ヒルダにとっての大事な人はそこに居た。


「稜牙さん! 稜牙さん、お久しぶりです――――っ!!」


 まさに矢も盾もたまらずという勢いで、ヒルダは稜牙に駆け寄ると――そのまま跳躍して、抱きついていた。

 長い間顔を見ることすらなかった相手。それが今ここに確かに存在していることを噛み締めるかのように、しっかりと。


「どわ!? ちょ、待てヒルダ! 落ち着け!」

「はわっ!? わたしったらつい嬉しくて…ごごごごめんなさい!」


 慌てて離れるヒルダ。自分の大胆な行動に、思わず顔を真っ赤にしてしまった。

 何しろほとんど無意識のうちのことだったのだ。

 元気溌溂ではあるが、真面目で奥ゆかしいヒルダは普段なら滅多にスキンシップなど取らないのである。


「って、ドサクサに紛れて何でお前までくっ付いてんだ」

「え? いや…流れで」

「ええい、いいから離れろ!」


 こちらは明らかに確信的な行動であった。

 首根っこを掴んで、ぺいっと剥がされるお玉。ヒルダと比べると扱いに差があるような気はしないでもない。


「何じゃいつまらん、挨拶ついでの軽いハグぐらい欧米じゃ普通じゃろーが。なーヒルダたーん?」

「はうう…いえ、今のはちょっとはしゃぎすぎてしまいました…」

「お前が言うと途端に胡散臭くなるんだよ。純心なヒルダに悪影響が出るだろうが」

「おーおー猫可愛がりしおってからに。狼のクセに」


 くだを巻くお玉と赤面するヒルダ。稜牙は深く溜息をついて、ぶんぶんと頭を左右に振った。


「もういい。――…よく来たな、ヒルダ。また一段と美人になったじゃないか…俺も会えて嬉しいぜ」

「は…はいっ。稜牙さんもお元気そうで何よりです…色々お世話になりますが、よろしくお願いします」


 ぺこりと丁寧に頭を下げるヒルダに、稜牙は満足そうに頷いた。いきなりドタバタしたが、どうやらちゃんと迎えてやれたようだ。

 ヒルダのほうでも、羞恥のあまり激しくなった鼓動はどうにか平常に治まりつつあった。


「なーなーワシは? ワシは美人になったかの?」

「………」

「何目ェ逸らしとんじゃコラァ!!」

「………」

「今度は何可哀相なモン見る目してくれとんじゃおんどりゃァァ!! 戦争か!! とことん雌雄決したろか!!」


 ぎゃーぎゃー喚くお玉に、ヒルダは思わず面食らった。

 が、二人の間に流れる空気は寧ろどこか気安いもので、これが戯れているのだというのはすぐに理解できた。


「冗談だよ冗談。朝から用事を押し付けて悪かったな、お玉」


 ふっ、とリラックスした笑顔で稜牙は言うと、くしゃくしゃとお玉の頭を撫でつける。

 …下手をすれば父親と娘にすら見えなくもない。それを言うと二人とも怒り出すのは明らかだったが。


「ふん。これしきの用、軽いモンじゃ。ヒルダも実によい子じゃったしの」

「だろー?」

「…なんでヌシが得意がるんじゃ」

「あ、あはは…わたしは別にそんな」


 打ち解けた二人の雰囲気についていけない一方、そんな関係を何だか羨ましくも思うヒルダだった。


「ま、積もる話はあるだろうが…とりあえずウチまで送ろう。このままここに居ると駐禁切られかねん」

「はい」「うむ」


 施設の前はロータリーになっていて、島を出入りする人の送迎の車が行き来している。が、周辺道路を含めた一帯は駐車禁止エリアである。

 流石にこの時期送迎車で渋滞ができたりはしないが、どこの世界も交通マナーは厳しく定められているものだ。

 いくら世の裏側に住まう人狼であっても、人々と共に暮らすからにはそういったことも守る必要がある。


「…って、そういやヌシは普通に迎えに来とるが、店の方はどうなっとるんじゃ?」

「ああ、たまたま手伝いが足りてな。ちょっとの間ってことで留守番を頼んであるんだ」

「ほほう…まだ昼飯時じゃろうに、どんだけ豪腕な助っ人なのやら」


 会えば分かるさ、と軽く言って、稜牙は愛車にひらりと跨った。

 ペダルを踏み込みアクセルを捻ると、ドルルルルン!! とエンジンが景気のいい音を上げる。

 ヒルダは母ほど乗り物に詳しいわけではないが、稜牙のバイクは結構大型だというのは分かった。

 さらにサイドカーを取り付けてあり、その座席にはヘルメットを被ったお玉が既にそそくさと鎮座している。


「ヒルダは後ろな」

「え!? あ、はい!」


 自然に自分の後ろを示す稜牙に驚きながらも、差し出されたヘルメットを受け取る。

 いわゆる二人乗り。いわゆる二ケツ。それはつまり、


(あわわわ…し、しがみついて乗れってことだよね…!? わー…わーわーわー!)


 …というわけで、再び顔を真っ赤にしながら稜牙の胴にしっかりと手を回してしがみつく。

 いきなり抱きつくと制止するが、より長時間密着する筈の二人乗りには頓着しない。この辺りの朴念仁さは、確かにいつもの稜牙なのだ。

 後ろでヒルダが軽くパニくっているとも知らず、また斜め後ろでそれに気付いたお玉が凄くいい笑顔をしているとも知らず、マシンを駆る稜牙はエキゾーストを響かせ、島の玄関口から離れて行くのだった。


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