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「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
<2026年3月某日 ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州カルフ ドイツ連邦陸軍特殊作戦師団特殊戦団本部 新型兵器技術評価施設>
ドイツ連邦陸軍特殊作戦師団特殊戦団、通称KSKは、アメリカ軍のグリーンベレー部隊やイギリス軍のSASと同種の、軍事的な重要度の高い多様な任務を担当する精鋭特殊部隊である。
3ヶ月に及ぶ厳しい選抜過程を潜り抜けた生え抜きのエリートが所属し、最新の装備で国内外を問わず広く活躍する。
現役・予備役を含めた陸軍総勢12万人の中に、僅かに580人。
「意志が決め手となる」をモットーに、いかなる困難な任務も必ず達成する選ばれたスペシャリスト達。
彼らこそは、ドイツ連邦陸軍のまさに切り札ともいうべき存在なのであった。
そして今宵、彼らの駐屯する本部基地の敷地内が、少女の戦いの舞台となったのである。
少女は大きく深呼吸し、平常の自分を取り戻していた。
既に耳や尾は消え、元の金髪の少女の姿がそこにある。尾を出す時にスーツに空いた穴が気になるが、そう目立つ大きさでもなさそうだった。
辺りが賑やかになってきた。どやどやと軍服姿の人々が大勢でドーム施設に入り込んできている。
ドイツ陸軍である。軍人達は速やかに残骸と化した思考戦車に駆け寄って行く。
残骸は頭から胴の後ろ側まで、文字通りの風穴が突き抜けた状態だったが、彼らはあれやこれやと言葉をかわしながら、まずは仔細な調査を始めるらしかった。
「ヒルデガルド・シュナイダーさん!」
兵士の一人が駆け寄って来て、敬礼をする。実に整った綺麗な敬礼だと、少女は思った。
「ヒルダで結構ですよ、ええと…何か?」
下士官らしい階級章が軍服に見て取れた。ヒルダことヒルデガルド・シュナイダーはにこりと微笑む。
そこには先程まで激しい戦闘を繰り広げていた戦士としての面影は見えない。
「は! 小官は先程のあなたの戦いぶりに感服いたしました! ついては敬意を表したく参上した次第であります!」
ハキハキとした喋りっぷりで、ストレートにそんな事を言う。
「おいお前、何抜け駆けしてんだ!」
と、後方から別の兵士が叫んだ。
「抜け駆けとは何だ、お前がモタモタしてただけだろうが!」
「何をぅ!?」
そんなやり取りにヒルダが少し呆気に取られている間に、更に兵士が集まってくる。
「あ、自分もいいスかヒルダさん!」
「強くて可憐でしかも犬耳…ヒルダちゃんマジ天使」
「お前! ヒルダ「さん」だろうが無礼者!」
「そうだぞ! 天使じゃなくて人狼だ!」
「そこツッコむのかよ! じゃあ犬耳ってのもおかしいよ!」
「コラァ貴様ら何やっとるかぁー!!」
しまいには上官の怒号までが飛び交うに至って、いよいよ場は異様な熱を帯びる。
ヒルダは苦笑しつつ、まあまあと皆を鎮めて、
「今日は皆さんのお陰で、充実した戦闘訓練を体験できました。未熟な手際でお目汚しだったとも思いますけど…本当に、ありがとうございました!」
行儀よく、しかし元気よくそう挨拶する。
「「「こちらこそぉぉぉ――――!!」」」
若い兵士達の心が一つに集まり、ドーム施設いっぱいに響くほどの絶叫が空気を奮わせた。
生ける災厄、実在する最凶伝説。そんな人狼の一人である少女戦士、ヒルデガルド・シュナイダーは――
種族が背負った悪評とは無関係に、ドイツ国防の要たる彼らに大変な人気を勝ち得ているらしかった。
「全く、アイドル並ねぇ…今度彼らの前で、一曲歌ってあげたらどう?」
気の済んだKSKのスタッフ達が作業に向かうのと入れ替わりに、長い金髪の女がヒルダに近付いた。ヒルダに負けず、こちらも大変な美人だ。
モデルのような体型、と言うのが相応しい。
すらりと背は伸び、肌も透き通るような白さで、メリハリの利いた抜群のプロポーションを備えている。
何より姿勢がいい。歩く姿だけで様になるという、まさに絵に描いたような美女だ。
「お母さん」
ヒルダが振り向く。ぱっと花咲くような笑顔がそこにあった。
「お疲れ様、ヒルダ。文句なしの完全撃破…留学前の最終試験は見事、合格ね。おめでとう」
「うん、ありがとうお母さん」
「どうだった? 最新の陸戦兵器を相手にした感想は」
「うーん…何もかも勝手が違う感じ。歩く戦車なんて、わたし初めて見たし。それに、跳んだり走ったり…あんなに柔軟な動きをする兵器があるんだね」
ヒルダは母に率直な感想を伝えた。そんな娘の様子に、うんうんと満足そうに母は頷く。
「その柔軟性こそが思考戦車の真髄だからね。単純に個体の挙動に留まらず、地形を選ばずあらゆる戦場に対応する。あなたが戦ったアレはバルカン砲が主武装だったけど、カノン砲に取り替えたり、副武装もグレネードランチャーやレールガンユニットとか…状況に合わせて様々な運用パターンがあるそうよ」
「加えて、本来は3機以上の編成で1ユニットとして扱うって話だ。AIプログラムもそれを前提に1万通り以上の思考パターンがあるとか」
会話に加わってくるのは、母に遅れてやって来た赤毛の女だ。
黒いスーツの下に収まりきらない肉感的な肢体を持つ、母とは違ったタイプの美人だ。
眠たげな目と、その下のそばかすが印象的だった。
「ミランダさん」
「いやぁ、見事だったよヒルダ。お前さんは景気よく”ヴァイス”を使ってくれるから、こっちも嬉しくなるね」
「ありがとうございます。お恥ずかしいです、わたしなんて全然荒い立ち回りで…」
「いいっていいって。武器なんだから、あれぐらい振り回すのが当たり前なんだよ。前の持ち主はせっかくそいつをくれてやっても、搦め手を使うばかりで面白くなかったからねぇ」
照れ臭そうにするヒルダにそう笑いながら、ミランダと呼ばれた女は母に視線を移す。
「”硝煙の魔女”に褒めてもらえるなんて光栄ですわ。…ああ、今は”銃鍛冶の魔女”か」
「褒めてねーし。アンタの性格悪いとこがヒルダに似なくて良かったっつってるだけだし」
「そうねー。本当によく真っ直ぐ育ってくれたわ」
「…ったく、皮肉も通じないんだからねコイツは」
「あははは」
二人のやり取りに、思わず笑みの零れるヒルダだった。
「どうも皆さん。お揃いで」
女三人で和気藹々としていると、軍服を着た中年の男が近付いてきた。軍制帽を取って恭しく一礼する。
三人もそれぞれ軽い会釈でもって男を迎えた。
「あら大佐。作業のほうはいいの?」
「ええ、シュナイダー夫人。既にリアルタイムでデータ収集はしていましたからね、後は片付けの指示を出すだけ。私の仕事なんていうのは、簡単なものです」
軍服には確かに大佐を示す肩章が伺える。年の頃は40前後というところか、軍人らしく引き締まった体つきだ。
だがその振る舞いはフランクであり、また洗練された紳士と言うべきものだった。
「あの、やっちゃってから言うのも何なんですけど…本当に壊しちゃって良かったんですか?」
おずおずとヒルダが尋ねる。そんな発言をする彼女自身がアレを破壊した、というのが信じがたいほどのギャップがあった。
「もちろんですよシュナイダーのお嬢さん。あれは予備機…と言うか何と言うか、とにかく余っている代物でしたので」
「あ、余って…? あの、最新鋭の兵器なんですよね?」
ヒルダが混乱していると、母がすぐさま説明モードに入る。
「あの思考戦車は確かに現代科学の粋を集めた新型兵器だけど、通常の市場に出てるわけじゃないの。何分、基礎理論やら中のAIやら、既存技術を越えたものが使われてるからね」
「超越技術ー…」
「そういう事。――世界広しと言えど、堂々とそんなものを扱えるのは現在の地球上にはただ一箇所だけ。戌亥ポートアイランド…あなたの留学先よ」
とくん、と強くヒルダの鼓動が鳴った。
対戦相手のスペック以外、殆ど説明なしにここに放り込まれた彼女だったが、先の戦闘が「試験」とされる理由が今はっきりと分かった。
そして同時にこうも思う。あの島に居るあの人も、そんな兵器を相手に戦うことがあるのだろうか、と。
「先方は、「外に出しても問題ない技術」に関しては世界に公開しています。あの新型もそういう経緯で、各国の特殊部隊等へ試験的に配備されているものでね。ところが、我々KSKが其方の”群れ”の皆さんとお付き合いがあると知ると、何故か一機多く納入されて来た次第で」
「うわぁ~…胡散臭いねぇ。後腐れなく、書類にない納品って形を取ったわけだ。ブッ壊してくれって言ってるようなモンだねぇ」
「あの島のお偉方…”統括理事会”がやる事だもの。好意は受け取っておいて損はないわよ?」
戌亥、という場所に警戒心を見せる二人に対し、どこか余裕を漂わせる母。
理事会というが、具体的にその中の誰の差し金なのかも知っていそうな雰囲気だ。
そんな彼女らに囲まれ、ヒルダは一人物思いに耽っているようだった。
KSK本部基地があるカルフはライン川流域に面した伝統ある観光都市であり、ドイツ南西部国境付近に広がる大森林地帯”黒の森”の北部に位置している。
海抜1400m級の多くの山々を含むこの地帯はKSKの行軍訓練地として利用されており、そしてまた一方では、その深く茂った木々の奥に――”人狼”の群れが暮らす集落が存在している、という事情があった。
ヒルダたちと彼らの間には、そういった理由から交流があり、現状両者の関係は概ね友好な状態にあると言って差し支えない。
ヒルダの母などは、この関係を「ご近所付き合い」などと称した。
ヒルダたちは施設を出て、外に設営されたテントに通されていた。
ドイツの3月はまだ相当寒さが残る時期であり、加えて夜ともなればひどく冷たい風が吹き抜ける。
数台のストーブが用意されているものの、大佐やミランダは勿論、人狼であるヒルダたち母娘もコートを羽織らなければならない程だった。
「こんな所で申し訳ない。本来なら本部ビルにお通しするべきなのですが」
「いえいえ。軍の全員が超常識に理解があるわけでもないんだし…第一、私たちも無闇に機密に近付きたくないもの。長居をするつもりもないし、ここで充分ですわ」
母がそう言うと、大佐は申し訳なさそうに苦笑した。
せめてこれぐらいは、と全員にホットコーヒーを振る舞う。冷えた体にじんわりと温かさが染み渡った。
「そうそう、フロイライン。今回のコンバットドレスの着心地は如何でしたかな?」
「え、ああ。すいません、わたしまたボロボロにしちゃって…」
話を振られ、ヒルダは恐縮した様子で俯く。
また、と言うからにはあのボディスーツ状の装備…大佐の言うところの”コンバットドレス”を着て戦うのは初めてではないのだった。
因みに既に着替えを済ませ、今のヒルダは私服姿に戻っている。件の”ドレス”はKSKに返却されていた。
「でも着心地は良くなってたと思います。激しく動いても平気な感じでしたし」
「ふむ。フィット性、柔軟性はクリアという事ですね…後は耐久性の向上が課題か」
「それが一番のネックなんじゃないかい? 人狼の戦闘がどんだけ異常な次元の話か、知ってるだろ」
「確かに…しかしベルガーさん、だからこそ我々は探求すべきなのです。極限の白兵戦闘をこなす人狼の実用に足る戦闘服が完成すれば、必ずやそれは我がドイツ陸軍に栄光をもたらします」
熱っぽく大佐が語る。
「とか言って、実はヒルダにレオタードまがいの戦闘服を着せるのが楽しいだけなんじゃないの~?」
「ふえぇ!? ちょ、何てこと言うんですかミランダさん!」
「なんと! それは我が軍への侮辱だ、ミランダ・ベルガー! 相手がご婦人であっても私は怒りますよ!」
「まあまあ、大佐。口の悪い不良魔女には私がよく言って聞かせますから。我々としては、あなた方の熱心な研究に随分助けられていることですし…今後も成果に期待させていただきます」
取りとめのなくなりかけた会話を、母が見事に纏めた。
日頃自由な言動を繰り広げる母だが、締める時には締めてくれる。そういう、「出来る」母の姿はヒルダにとっても誇りだった。
「”白き賢狼”、ユーディット・シュナイダーにそう言っていただけるとは…光栄です」
「いえいえ。私なんかでよければいくらでも褒めて差し上げますよ…その代わり、と言っては何ですが」
にこりと、柔らかな笑顔のまま、母ことユーディットは続けた。
「今度仕上がってくる新型は、一着こちらに戴けませんかしら? この子に持たせたいんです、向こうで何かあった時のために」
「おお…! 願ってもないことです、まさかお嬢様に留学中も実地性能テストを継続していただけるとは! すぐに開発部門に指示し、手筈を整えさせていただきます」
「ええ!? でもあれ、ボディラインがはっきり出ちゃうし…知らない人の前で使うの、ちょっと抵抗が――」
「何言ってるの、戌亥じゃ魔術師や私たちのような神秘系の存在ばかりじゃないのよ? 私たちの抵抗力がいくら優れてるって言っても、超科学や超能力に対する防護手段だって必要になるんだから」
「うぅっ」
言い返せない。締める時には締めるが、その矛先が自分に向くとこれだ。
だがヒルダとしては、普通の学校生活などはハナから望んでいないにせよ、格好ぐらいは気を使いたい年頃なのであった。
いかにそれが荒事と隣り合わせの日常であっても、だ。
「機能の向上は勿論として、デザイン性の追及もお願いしたいわね。今のダークブルー主体も良いけど、明るい色も見たいわ」
「あちらでの”合戦”は、エンターテイメント性の強い行事と聞き及んでいます。島内ローカルとはいえテレビ中継などもあるそうですし、なるほど確かに見た目の影響も考慮する必要は…」
「じゃあ、いっそスカート付けたりとか」
「ならば腕部分にフリルなど」
「そういう事なら胸のとこに追加装甲とか言ってブラっぽい何かも捨てがたいねぇ」
「ホントに対科学防御なんだよね!? 真面目な話なんだよね!?」
大人たちの会談内容に不安を覚えずにはいられないヒルダであった。




