【1】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
だだっ広い空間だった。
球場などのスタジアムを思わせるドーム状の広がりを持つ場所。
ただ、客席などはない。足下に広がる床もコンクリートで固められた冷たいものだ。
高い位置にぐるりと窓が取り付けられているようだが、外から差し込む明かりはほとんどない。
既に日も暮れ、夜の静寂がその場に満ちていた。
暗いその空間に人影が足を踏み入れる。
肩にかかるきめ細やかな金髪を揺らし、小柄で華奢な体躯が一歩一歩と進んで行く。
どうやら少女らしかった。
だが――その細い肩に引っ掛けている物体はそんな彼女とは不釣合いな無骨さを漂わせている。
はっきりとその全容は見えない。が、少なくとも金属製の何かだ。
かなりの重さがあるようだったが、奇妙なことに、暗がりでも少女がそれを持つのに難儀している様子は伺えない。
高い天井に無数に取り付けられた照明が、不意に空間を照らした。
少女は僅かに目を細める。氷のように蒼い両目、白磁のような艶やかな肌。
10人が10人美少女だと断言できるほどのその容姿は、しかしやはり不似合いないでたちに包まれている。
ボディスーツ、とでもいうのか。
全身をぴっちりと包むラバー系の生地に、胴や背中、両腕両脚などを守るプロテクターのようなものが付いている。
足下も頑丈そうなブーツで覆い、僅かに二の腕が露出している程度。
スポーツ用などでは断じてない、「戦闘を想定した」格好だ。
少女の表情もどこか険しい、緊張感を伴ったものだった。
少女の視線が真っ直ぐに、空間の中央を睨んでいる。
その先に、それは存在していた。
重厚な金属製の機械の塊。それが率直な表現だろう。
直方体のボディの先に、球形のパーツがくっ付いている。
そして、そのボディからは、節足動物か昆虫を思わせるような長い6本の足が生えていた。
今はその足を左右に大きく投げ出し、ボディが地面にぺたりとへばり付いている。
恐らくは、こいつの待機状態なのだろう。面積を無駄に取っている気がしないでもないが。
だが少女は、今は動かないこの「足の付いた箱」に充分な注意を払っている。
少女は事前にこれについて充分な説明を受けていた。
頭のようにも思える球形のパーツに埋め込まれている20mm機関砲。
胴部の左右側面には筒状の小型ミサイルランチャー。
これらの武装を確実に敵に命中させるため、内部には高感度の感熱・感光・動体センサー各種と高性能レーダーを完備し、それらの情報を超高速で処理する次世代型のAIを備えたコンピュータが内蔵されている。
そう。これは「戦車」なのだ。
一般的に想像されるようなそれより一回り以上小さく、中に人が乗り込まないという違いはあるが、紛れもなくこれは地上の敵を殲滅する為に生み出された、「自ら思考する」戦車なのである。
そのような兵器を”思考戦車”と呼ぶのだという事も、少女は聞かされていた。
キュィィィィン――――
甲高い作動音に、少女の小さな耳がぴくりと揺れる。
センサー類らしい発光が思考戦車――彼女にとっての目標に見て取れる。
始まるのだ。…戦いが。
少女は肩に提げた物体を手に取り、吊り下げ紐を外して横に放り捨てた。
それは長い筒のように見えた。
取り外した時点で既に80cm近い長さはあったが、少女は馴れた手つきでそれを本来の長さに戻す。
スライド式での伸縮が可能な構造になっているらしい。3秒かからず作業を終えたとき、その長さは1.3m近くになっていた。
子供の身長ぐらいの長さ。それほどまでの巨大さを誇るのが、彼女の武器なのだ。
胴の中腹には握りがせり出し、その根元に引き鉄が付いている。
さらにそのやや上に円胴型の回転式弾倉。先端には発射口と思しき拳大のサイズの穴。
右脇で挟むように構え、左手で支えながら撃つ、大砲のようなもの。簡単に言えば、それが得物の説明だろう。
ただ、砲口には銃剣に酷似した突起――いや、鋭く長い刃と言うべきものが付属している。
一見奇妙に見えるパーツだが、全体を見た時には各所に装飾を施された古めかしいデザインに不思議と合っている印象を受ける。
そして何より、白を主体にした塗装が目を引いた。銃剣の存在もあって、大砲というより、白い槍か何かにも見えなくはなかった。
ガシュン、と床を踏み締めて目標が立ち上がる。
――大きい。いや、高い。少女が見上げる目標の胴は地上から軽く4~5m近い位置になっていた。
その頭部…バルカン砲が少女を真っ直ぐ向いている。
ドガガガガガ!!
荒々しい音を立て、砲口が火を噴いた。少女はその瞬間には既に走りだしている。
毎分6000発という発射速度だが、バルカンは通常撃ち始めた直後には精度、速度共にスペック通りの威力を発揮しない。
スピンアップまでの僅か1秒という時間差ラグは、最初から少女の計算のうちだった。
激しくコンクリートの床に穴が穿たれていく中、少女は目標の真下に潜り込もうとしている。
砲身を振り上げ、その砲口を胴下部に向ける――その瞬間。
「――…!」
目標は深く脚の関節を曲げてから…大きく後方へと跳び去っていた。
戦車が跳んだ…!? 少女の顔には明らかに動揺の色が浮かんでいる。
そもそも彼女が事前に得た情報は飽くまで目標の性能についてに過ぎない。実際にどういう動きをするかという事までは、知る由もなかった。
だが、驚きはしても怯みはしない。少女は慌てず再び目標に狙いを付ける。
ズドム!!
鈍い音を上げ、重い反動と共に砲弾が撃ち出された。
構えて撃つまで1秒未満、加えて反動に全く動じないという辺り少女も間違いなく尋常ではない。
しかし、確実に命中弾となるはずだったその一撃は、目標から数十cmというレベルで外れてしまった。
少女が外したのではない。目標が避けたのだ。はるか後方、施設の壁に直撃して爆音が轟く。
目標の鋼鉄の体を支える六本の足。その裏にタイヤらしきものがせり出しているのが少女には見えた。
いや、正確にはタイヤというより、マウスなどに使われるトラックボールとかに近いように思われる。
ともかく、目標はただ足を使って歩いたり跳んだりという動作を行うだけでなく、それを使っての高速移動も可能というわけだ。
少しばかり骨の折れる相手だ、というように少女の顔が険しく歪んだ。
バララララ…!!
目標が接近するや、銃口が唸りを上げて火を吹く。
もはや狙いは正確で、少女は少しでも立ち止まったらたちまち蜂の巣にされる状態だった。
いや、穴だらけになるどころか、原型を留めない程の挽き肉にされてもおかしくはない。
加えて、上から弾丸の雨が降り注ぐというのが厄介だ。高さというアドバンテージはかなり大きい。
このように歩兵や車両を容赦なく駆逐するのがこの兵器の使い道なのだ。
但し、バルカン砲は長時間の連続発射に耐える代物ではない。内部に熱を持ってしまうため、数秒撃ったら止めて冷却しなければならない。
撃っては下がる。下がってはまた寄って来て撃つ。思考戦車はそういう動きの波を繰り返していた。
ならばこそ、敵が下がる時が少女の攻撃する隙なのだが――
二発、三発。四発目すら、命中することはなかった。かなり高度な回避プログラムを持っているらしい。
時に旋回し、時に跳躍し、時に姿勢そのものを極端に低く取り…トリッキーな動きに翻弄され、砲弾だけが無為に消費されていく。
…いや、まるで無為というわけでもなかった。無駄弾を犠牲にして、少女はある程度、相手の動きを把握しつつあったからだ。
少女の砲口から五発目が発射される。目標はこれを右回りの旋回運動で回避。
だが、それは少女の読み通りだった。その回避による移動の先へ、更に六発目。足下を狙って撃つ。
ズドォン!!
炸裂音が響き、敵の左脚の一本、その下部に直撃した。足下のトラックボール状のパーツが吹っ飛び、足そのものも大きく破損している。
だが――それでも、バランスを失って倒れるまでには至っていない。
どころか、使えなくなった脚の分をうまく補って姿勢を保ち直してさえいる。
脚一本を失った程度では止まらないのだ。そのための多脚だった。
少女は弾倉に目を落とす。残弾はなし…本来六発撃ったら再装填しなければならないが、予備弾は今持ち合わせていない。
再び視線を目標に移すと、向こうもこちらに銃口を向けるところだった。
反撃の術を失ったまま、少女は敵の猛攻から逃げた。その身のこなしは軽く、そして迅い。
常人ならとっくにボロ雑巾のようになっている筈だが、少女は未だ健在だった。
だが、こちらの攻撃手段はと言えば、あとは砲口に取り付けられた刃で直接斬り付けるしかない。
この弾幕を掻い潜って、しかも4mもの高さを克服して、果たして有効な打撃を与えられるものなのだろうか。
傍目には絶望的な状況だったが、しかし少女の表情は冷静だった。諦めというものは全く感じられない。
そんな時、目標の攻勢に変化が訪れる。
シュボッ…! ボッ!!
遠くに下がった目標の胴側面に取り付けられた筒状の発射口から、複数のミサイルが飛び出したのだ。
流石にそれには少女もぎょっと驚いた顔をした。もちろん、敵の武装は把握していたから、いずれは使ってくるという予想はあったのだが。
だが、砲弾を撃ち尽くしている以上、迎撃するというわけにはいかない。とにかく走って逃げるしかない。
走って走って――そうして、大きく前方へと体ごと飛び込む。
シュルルルル…ドゴォォォォン!!
その直後に後方で爆発。コンクリートの床を大きく抉り取って、凄まじい衝撃が巻き起こる。
間一髪。そう思った瞬間―――
ドゴォォォォン!!
更にもう一発が至近に炸裂した。フェイントによる偏差爆撃。少女がさっき行ったことを、敵も同じように仕掛けたのだ。
もうもうと白煙が漂う中、少女の細い体が宙を舞って地に落ちる。思考戦車は行動を停止し、あたりに静寂が満ちようとしていた。
少女の身体能力は明らかに通常の人間のものを上回っていた。
そして彼女が手にした白い槍のような大砲も、命中すれば戦車の装甲を抜く程度の威力を備えていた。
少女はその外見に見合わぬ高い戦闘技術を有し、これらを自在に操って戦った。
それでも、相手は最新鋭の技術の結晶。人を殺すことを主目的とした、無慈悲な鋼鉄の塊。現代兵器なのだ。
どれだけ優れた能力を持っていようが、生身一つで沈められるものではない。歴然たる、それが事実だ。
但し、それは。
少女が普通の人間だったら、の話である。
立ち込める白煙が晴れていく。そこには、満身創痍で横たわる少女の姿が―――なかった。
少女は既に立ち上がっている。だが、先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。
金色だった髪の色が白く変わった。それも大きな変化だが、その髪を掻き分けて、頭に二つの柔らかな突起が出現している。
耳だ。イヌ科のものと思われる、やはり白くそして大きな耳が生えていた。
それだけではない。
アイスブルーの瞳の色は鮮やかな金色へと変化し、小さく引き締まった尻の上辺りから、白く長い尾が飛び出ている。
そしてその表情は鋭く強い凶暴さを孕んでいながら、凛とした美しさを失っていない。
現実離れした…いや、寧ろ幻想的な光景だった。
少女は人の姿を保ちながら、恐ろしい獣の力をその内側に解き放ったのだ。
脇腹に大きな傷が出来ていたが、そこから独りでにミサイルやコンクリートの破片が零れ出る。いや、弾き出されたと言うべきか。
傷周りのボディスーツは完全に破れてしまっていたが、しゅうしゅうと湯気のようなものと共に傷口が見る間に塞がっていく。
超自然の結晶にして狼の怪異。暴力の象徴。人々は、人と狼の両方の特徴を備えた彼らをこう呼んだ。
―――”人狼”と。
「アオオォォォォォォォォォォォォォォン!!!」
少女は高らかに吼えた。空間に満ちる空気がビリビリと震える。
それは如何なる声だったろうか。怒りの表れか、戦いの合図か。
思考戦車は敵が健在であることを確認すると、再び攻撃態勢に移り始めていた。
少女は落ち着き払った動作で長砲の上部ハッチを開き、中のレバーをスライドさせる。
それが何事を意味するのか。判明するのにそう時間はかからなかった。
既に砲弾を撃ち尽くした筈の砲を構え、砲口を真っ直ぐ目標へと定める。
バシュゥゥゥゥン!!
引鉄を引く。閃光が空間を裂き、瞬時に鋼鉄の前部装甲へと達した。
その装甲が焦げ付き、僅かに裂け目が生じる。――明らかにダメージがあった。
魔力。或いは霊力、理力。科学が未だ存在を証明できない、超自然の力。
少女が持つその力を砲弾代わりに撃ち出す…それこそがこの武器の真価なのだ。
不意の反撃に対して、思考戦車はしかし思考戦車ゆえに驚きも怯みもしない。
敵の速やかな殲滅。それだけが行動理念であり、目的である。
少女は駆け出していた。側面から回り込むように接近しようというのだ。
戦車も足下のローラーで動きに対応しながら、首を振って狙いを定める。
変幻自在の動きに加え、こうしてかなりの広角度に射界を取ることが出来るのがこの兵器の強みだった。
だが――次の瞬間、銃口を向けたその先から少女の姿が消えていた。
すぐさま別の方向に首を振り、一瞬で位置を入れ替えた少女を捉えようとするが、その前に再び少女は姿を消す。
何のことはない。捕捉不能な程の速度で、少女が動いているのだ。
少なくとも駆け出した直後は先ほどまでとそう変わらぬ速さだったのだが、今は完全に別物だった。
あらぬ方向から魔力弾を叩き込む。だが、それは牽制だ。三度相手からの捕捉をかわし、少女は大きく地面を踏み締めた。
ダン! と思考戦車が衝撃に揺れる。
遂に少女は敵の手が及ばない場所へと移動を終えたのだ。即ち、無機質な装甲の塊、その真上である。
ぐっ、とグリップを握る手に力を篭める。強く念じると、砲口の刃に白い光が宿り、淡く輝きを放ち始めた。
事態に気付いたらしい目標が体を振って少女を揺り落とそうと試みる。
だが、落ちる前に少女は自ら大きく上へと跳躍していた。
そして空中でくるりと回転し、姿勢の上下を逆転させながら――手にした砲を、ブン!! と力強く振りぬく。
途端、刃から鋭く光が伸び、思考戦車の右脚を三本まとめて薙いだ。まさにそれは、光の斬撃だ。
たちまち右側の脚を全て切り離され、ゴトォン! と鈍い音を立てて戦車が床に崩れ落ちる。
その正面に、少女はすたっと危なげなく着地。だが、戦車とてまだ攻撃手段を失われたわけではない。
すぐさま頭の銃口を少女に向ける、が…回転する前に外からがしっと力がかけられた。
少女の手が銃身を握っている。そして、強く力を加えると、ぐにゃりと銃身があらぬ方を向いてしまう。
ならばとミサイルランチャーが作動するが、距離を置いた少女が魔力弾を二発、左右それぞれのランチャーに叩き込むと、音を上げて爆裂。弾倉に篭められていたミサイルに誘爆し、閃光と共に爆発を起こす。
こうしてあっという間に圧倒的優位を得ながら、少女の顔には余裕や油断というものが全く見受けられない。
最後の仕上げとばかりに砲を構える。深く息をすると、砲口に白い光が集束していく。少女が己の力を砲身に溜め込んでいるのだ。
そして充分にチャージを終えたところで、ズガァ!! と頭部ごと相手の装甲へ刃を突き立て―――
ズドゴォォォォォォン!!!
――零距離からの全力砲撃によって、確実にとどめを刺した。
もはやピクリとも動かない。センサーの作動音どころか、何の機械音も聞こえない。
目標は完全に、完璧に、完膚なきまでに沈黙した。




