【20】「全部乗せオーダー」
(俺めが〝焚き付けた〟ってェのは…?)
つまりはどういうことなのか。
要するにこういうことなのか。
(朝の俺めの物言いを受けて、それで会長サン相手にせめて真正面から挑もうって風に頭ン中改めてくれたってワケっスか――?)
しばらく唖然としていた白黒をよそに――吹っ飛ばした相手が相手だけに吹っ飛んできた勢いも勢いだ、さぞかし派手に脳味噌がシェイクされていることだろう――かろうじて意識を繋いでいた風のそのヤンキーは、最後に一言、もう一言だけ呟いてから、完璧に白目を剥いて顎を仰け反らせた。
彼はその時こう言っていた。
今にも消え入りそうな声ではあったが、白黒はその言葉を確かに聞き取ることが出来た。
派手に負けたがよ。
けど、案外悪くねえな。こういうのも。
「―――――、ッ!」
死屍累々たるヤンキー共を前に屈み込んでいた白黒の肩にゾワリとした震えが走った。その感覚は頬を抜けて頭のてっぺんまで走っていく。
それは歓喜だった。
これは感動だった。
白黒は思わず口を引き結ぶ。たっぷりと間を置いてから、わななくように口端を震わせながら――呟いた。
「…ハッハハァ。おうおう、なんスかなんスかニャんですか」
「白黒君? どうしたのー?」
こちらの様子を怪訝がっているらしい在美の存在すら、今この時に限れば意識の中から飛んでいた。
周囲に注意を払っている余裕も無い。取り分けこの瞬間のこの感動は――今すぐこの場で咀嚼し終えなければならない。
(どってことナッシングですでよ、人間社会)
攻撃の直撃だろうが周辺の地形だろうがなんでもかんでも吹っ飛ばす、矛盾なく成立した盾と矛。戌亥ポートアイランド最強の念動力者――神無月学院生徒会長・乗降拒。
(俺めはちゃんと世界の中に居る。俺めの言葉もちゃーんと、人様に届いてやがらっしゃる)
確かに「右半身でしか能力を使えない」という死角は存在しているのだろう。
しかしだからといって、そこを狙ってみた所で、そこへ辿り着けるまでに振るわれる攻撃の出力ばかりはどうしようもなければ間違いようもなく本物中の本物だ。
何あれ彼女は最強なのだ。そんな彼女に「挑む」ということがどれだけとんでもない行為でありとてつもない覚悟が求められることなのか、ノリに任せた直接対決から一晩という時間こそ要したものの、とにかく白黒はもう認識を済ませていた。
それだけ凄まじいエネルギーが要るだろう決意を――
(コレこの通り俺めは世界にガッチリ関われてるじゃァねえですか! ちっと路銀が心許ねえくらいがなんですよ、何を憂うことがありましょうや! ンなモンどうとでもなるし、どうとでも出来るに決まってますわ!)
――自分は、言葉一つで、薄暗くくすぶり続けていた風の彼らに決意をさせることが出来たのだ!
(私に何か〝意見〟があるなら、誰でも良いから電算委員同行の上に首輪の持参が必須よ)
白黒がふと思い出すのは今朝の校門前での一幕。確か拒は言っていた。
(ああ、あと保健委員も居た方がいいかもしれないわね。それだけ揃えるものを揃えて来たならいつでも時間を作ってやるわ)
それは彼女が自ら提示していた条件だった。
(模擬戦仕様に調整された首輪。それが挑戦者の無事を守るわ。戦敗を読み上げて、ちゃんと試合にストップを掛けてくれるから)
挑戦してくる分にはどんな形であれ構わない。ただし、誰の目にもそれが正々堂々たるものと認められたいなら――と。そんな言葉が多分に言外へ含まれていた、条件。
きっとここの彼らは闇討ちなどという不粋甚だしい喧嘩の算段から、華のある喧嘩をしようと「思い直してくれた」のだろう。
電算委員長・久方悠。
保健委員長・七裂こより。
当の拒に含めてこの面子も校内放送で呼び出すように放送委員会に依頼していたのは――彼らだったのか。
言葉は届いたのだ。人の心を変えたのだ。自分は!
(思って動けばなんでも出来る! 信じて走ればどこでも行ける! ――そら、こんなトコに実例があるじゃニャーですか!)
ズパァン!
白黒は立ち上がりざま自分の両頬を盛大に引っ叩いた。
今度はその場凌ぎで表情をどうにかしようなどというせこい心境ではない。
今のは合図だ。そして号砲だ。
「後ろは向かない。振り返る程度なら、たまーに。基本は前。あと横も大事。めいっぱい目ン玉引ん剥いて見えるモン全部全部見て取って、両手ェ広げて触れられるモン全部全部抱え込んで――」
「…えーっと、どうしたの? 大丈夫? 色んな意味で」
そろそろ本気で気遣わしげな表情になってきている在美が横合いから覗き込んで来る。拒相手に自分がやった時には即ぶっ飛ばされた距離だった。
「フッフフー。まるで問題ナッシング! ダイジョブですでよ!」
在美のそんな様子はおろか話の前後すら気にせずに――
「俺めはこの島で金輪際、ちくともブレずにガッツリ生きてく所存ですからな!」
白黒はクワと見開いた目付きで思ったことを思ったまま口にした。
しばらく砂漠のど真ん中でぴちぴち跳ねている魚を見掛けた時のような顔をしていた在美だったが、やがて「そっか」と笑顔で頷く。そして白黒の手を取り、引いた。
「それじゃあ、そろそろ行こっか?」
「オゥイェ! モチのロンですでよ! ――って、ウェ? な、なんスか? 何? どこに行こうってんですよ?」
なんかノリに任せて威勢良く返事してしまったが、冷静に考えると話の脈絡がいまいち繋がっていないことに気付く白黒。
「うーん。とりあえずここからは離れてみた方がいいかも」
チラと校庭側へと目配せする在美。拒の姿は無い。もうどっか行ってしまったのだろう。後には自分の式神である白袈裟姿のおねーさんにヘコヘコ頭を下げて、校庭の再修復にもう一仕事を頼み込んでいる甲斐の姿があるくらいだった。
――いや。
――ある姿は、それだけではない。
ほとんど地面を這いつくばるような格好で、ビーズがじゃらじゃら編み込まれた黒髪をまるで不吉不穏の権化のように揺らしながら、こちらへと徐々に徐々に徐々に徐々にひどい鈍速で接近してくる影があった。
影と言えども黒くはない。
ヨレヨレの白衣を引っ掛けた、それは白い影だった。
「怖い先輩が来ちゃうから」
「ふふふ? 素敵ね、本当に素敵ね会長? 神無月の会長、アタシ達の会長! 皆怪我してるわ! こんなに怪我人を準備してくれたわ! しかも意識まで飛んでるなんて、本当に本当に本当に本当に最高としか言いようが無いわぁ…! 待っててね貴方たち、今アタシが貴方たちの痛みを根こそぎにたいらげてあげるから――!」
「ヒアアアア怖ェ先輩キタコレ! そ、そうですよな、そも怪我人が量産される前提で呼び付けられてたワケだったんですし…そりゃ現れますよな!」
「あら? そこに居るのは、貴方? 貴方なの? アタシの貴方? 白黒君? これはひょっとして運命の糸…? ――そう、まるで血のように赤く赤く赤く赤い――」
「ギャー視界に入っちまいましたわあー!」
下手すれば怪我人の山よりも先に白黒の方へ接近してきそうな勢いの保健委員長・七裂こよりだった。
※ ※ ※ ※ ※
口から泡を吹いて気絶し掛けた白黒を在美がどうにかこうにか引きずるような形で、こよりにとっ捕まるよりも先にとにかく高等部1-Aの前まで戻って来た二人である。
「サージェントのスタングレネードにあそこまでビックリしてたのはともかく、やっぱり七裂先輩は初見の人にはトラウマだよねー。アタシも初めて会った時は、その日の夜、夢に見たもん。あと奥まった物陰とかに妙に警戒心を抱くようになっちゃったりしてさ。ベッドの下にいるかもーみたいな。天井に張り付いてるかもーみたいな。テレビの砂嵐の中から這い出てくるかもーみたいな」
「ギャー止めて下さいわあー!? そんな生ッッッ々しい喩えをば言って聞かされちまいました日にゃァ、狭いトコにスッポリ収まるのがシュミな俺めだけに一層恐ろしいじゃニャーですか!」
大丈夫大丈夫オバケなんて居ないよオバケなんて嘘だよー、と戌亥ポートアイランドの存在理念を全否定するようなおためごかしと共に、白黒の頭を撫でてやる在美。しゃくり上げ続けの白黒も徐々に落ち着いて来たものだった。
「ン。そうですわアルミちゃーん。さっきは俺めのことをば探してやがらっしゃったんスか? なんかそんな風でしたよな?」
と。ちょっぴり赤く腫れている目尻を擦りながら、白黒はふと訊いた。
「ちょっとクラスの皆で相談してたんだけどさ。白黒君の意見も是非訊きたいなーっていうトコだったの。それで、ちょうど学食のほう出歩いてたアタシに白黒君捜索指令が出されたってワケ」
在美は学食の方を出歩いていたという。
そのスポットでは謎のスパッツ少女に殴る蹴るの暴行を加えられた覚えがあるわけだが、白黒はとりあえず追及はしないでおいた。証拠もないのに人のことを疑うのは良くないことだ。
「相談? っスか?」
猫目をぱちくりさせる白黒をよそに、在美が「白黒君捕まえてきたよー」とクラスの戸を開く。
「おう、お帰り在美ちゃん。ちょうど色々案が出揃ってきた所だぜ」
教室の中ではほとんどの生徒が席を立って黒板側に集まり何やらやいのやいのとやっている。その先頭で、色とりどりのチョーク片手、黒板にあれこれと書き込んでいた着ぐるみ男がこちらを向いた。
クラスメイトの着ぐるみ男である。
ただし今の姿はバッテン口も愛らしいウサギさんだった。
――ついさっきまではクマさんじゃァありませんでしたっけか?
白黒はツッコもうかツッコもうかと思ったが、結局止めておいた。
(きっと脱皮でもしたんスね!)
そう思って納得しておく。いまや白黒は対人社会に於けるスルースキルの経験値も着実に上げていた。
「かっかっか。会長さんと一緒に登校しとったかと思いきや、今度は在美ちゃん侍らせて随分と仲良さそうやないかい。エエ身分やなぁ〝ヌコの婿入り〟? どっちや、どっちが本命や! 校内巡りと見せ掛けてハネムーン気分か!」
「新婚旅行の終わりしなに付き物の〝成田離婚〟っていう言葉、あるでしょう? 意味は知ってるかしら? それはね――成田空港が呪われてるってことなのよ! くすくすくす」
逆毛サングラスや葬式さんの出迎えも受けつつ、ひとまず白黒は話題の中心にして注目の的らしいくだんの黒板を覗き込んでみた。そこにはどでかくこう描かれていた。
『~道交法もぶっちぎり! 今だ飛び出せ1-A! 週末シラクロ歓迎会草案~』
「――ウェ?」
読み書きに不自由はしていない。
別に書いてあることが理解出来なかったとか、そういうわけではない。
――ただ単に。
――そこに書かれていることに、驚いたのだ。
「俺めの、歓迎会…?」
「そうだよー」
在美が白黒の両肩を後ろから教壇の上へと押し遣っていく。
「もうそろそろ帰りのホームルームでで半ドン下校だから、白黒君は今日じゅうに引越しのあれやこれやとか全部全部終わらせておくコト! 明日まる一日掛けて、島の案内がてらアタシ達神無月高等部1-Aの手厚い歓迎を受けて貰うよ!」
そしてグリンとクラス総勢の方を向かされる白黒。
休日は日がな一日昼寝するとか言い出すんじゃねえぞフルヌッコ! そうだそうだ主賓は強制参加だぞ! 今ならお前だけ会費タダの特典付きだ! ――そんなこんなの歓声に包まれながら、白黒はしばらくの間呆気に取られていた。
「歓迎会ー、って…え? なんですかよソレ?」
「なんですかよも何も。聞いての通り、見ての通りだよ」
在美が黒板を指で示す。白黒はそこにあれこれと書きたくられている内容を順繰りに目で追っていった。
『〝夜空屋〟ひやかしツアー:店主を怒らせない程度に品揃えの謎に迫る』
『カラオケ:〝ねこふんじゃった〟は歌うの禁止(主賓への配慮)』
『ゲーセン:招き猫にスロットゲーやらせたらメダル出まくるんじゃね?』
『ボウリング:在美ちゃんスコア三〇〇普通に取れるとかマジ人外』
まだ四つ。これで一部である。他にもまだまだ『漫画喫茶貸切大朗読大会』とか『ファミレスドリンクバー・カオスカクテル№1決定戦』とか、様々な「案」が出揃っていた。それらの下にはクラスの皆の投票状況が「正」の字で集計されている。
――なんというか。
――見ているだけで楽しくなってくるような、人間の娯楽のオンパレードだった。
「ってゆーか白黒君の意見まだ全然聞いてないのに投票とか進めちゃ――」
在美が場を取り仕切っていたらしい着ぐるみ男にそんなブーイングを投げた、その時。
「―――――。全部」
白黒はポツリと呟く。
「ぜーんぶ、とか――無理ですかね? あれもこれもそれもどれも、スゲェ興味あるんですけども!」
呟きだったのは最初だけ。すぐに火が入ったような勢いで、白黒は大声を張り上げた。
一瞬水を打ったように静まり返るクラス内。
しかしそれも――嵐の前の静けさ。
「「「「「はい全部乗せオーダー入りましたぁー!」」」」」
「「「「「よし来た! 明日は祭りじゃぁぁぁぁぁー!!」」」」」
溜めに溜めた挙句ドォォォォ! と狂騒に沸き返る教室内。
出し抜けにぶちかまされるスタングレネードの爆音はもう勘弁だったが、こんな大音量なら大歓迎だと、白黒はそんなことを考えた。
※ ※ ※ ※ ※
戌亥ポートアイランド入島より二日目。
胸の中で期待や不安の推移こそあったものの、かくして白黒は授業時間が終わるその瞬間には陽の一色に満ちた心境だった。
もっともその勢いで金の工面という割と切実な問題のことまで頭からぶっ飛ばしてしまったのは――愛嬌、というよりも、ただ単に複数のことを同時に考えていられないバカであるからに相違無かった。
<「神無月学院入学案内・中編」END>




