【15】「自分相手でも敵相手でも」
拒を相手取る限りに於いてはあくまで物理的にボコにされるのが基本だっただけに、変に高威力なビームをどっかんどっかんぶち込まれる経験というのはちょっと新鮮だった。
くだんの図書委員長様当人が自らのスキルを標榜していた所によれば〝対魔術や抗魔術を得手とする、魔術で魔術を論破する魔術キャンセラー〟とのことだったが――どうなのだろうか。実は人様の魔術を単純火力で叩き潰して回っているだけなのではなかろうか。いやそれは無いにしても、それも出来なくはないのではなかろうか。
(ンなこと訊いたら訊いたで、こう、しれっと〝まあ可能ですが〟とか言ってくれそうですよな…)
とまあそんなことをつらつらと考えている白黒はというと。
積もり積もったダメージのお陰で人間形態で立ち上がることすらままならず、かくして猫形態で拒に持ち運ばれているのだった。
――片手で。
――首根っこを掴まれて。
――歩むに合わせてブランブラン揺れながら。
文学少女ちっくな女子高生が猫を抱きかかえて移動中、などという和める絵面では断じてない。
共有棟別館・図書室を後にする彼女とすれ違った生徒諸兄は後にこう語る。まるで仕留めたウサギをぶら下げて歩く山賊か何かを彷彿とした、と。
「それにしてもサスガに会長サンが正面切って〝友人〟と呼ばわってましただけのことはありますわな…? あっちゃの姐御もニャんだかんだで手加減・躊躇・容赦・半端が一切合切ナッシングと来ましたもんでゲーッフゲフゲフォゥェ」
「決めた。これから私が忙しくてアンタの面倒を見てられないような時は、泉美に任せることにするわ」
「ヒアー! 美しきかな女の友情! 美し過ぎて泣けてきましたわ! ってゆーか明らかに地獄の三丁目までリーチ掛かってませんかよ、俺め!?」
人語でぎゃんぎゃん喚くネコ白黒。ちなみに現在はこんがりと黒焦げているお陰で、ぶち猫のはずが黒猫のようになってしまっていたりした。
「やっかましいわね…。いや、でもまあ確かに、アンタのことを泉美の手元に長時間置いておくと何か妙な尖兵に仕立て上げられでもしそうだし、私としても避けた方が無難かと思わないでもないわね。正直」
と。相も変わらず白黒相手に億劫げな半眼で接していた拒だったが、ふと彼女の面持ちが思案に伏せった。
「ウェ? なんですよその〝妙な尖兵〟ってなァ? 図書委員会は生徒会と何か喧嘩でもしてるんスか?」
「委員会じゃなくって泉美個人がたまに厄介なはっちゃけ方するのよ。自分がドの付く運動音痴だからって、マラソン大会を本気で潰しに来たりね…。まあ六割がた冗談ではあるんでしょうけど」
「六割て! 半分以上本気じゃニャーですか!」
それでも拒は彼女を〝友人〟なのだと言っていた。
(喧嘩友達ってヤツなんですかねえ?)
白黒は内心で小首を傾げた。
「既に〝雨を降らせることが出来る〟っていうのは明らかになってるしね、アンタは。ひょっとすると泉美も既に何かしらアンタを利用することを勘定に含めた算段を始めてるかもしれないし。――そうね、それじゃあ――」
「そ、それじゃあ…? 何? なんですよ?」
「いざって時は、アンタの面倒はこよりに振るわ」
「ギャー裏ドラまで乗りましたわあー!」
勘弁して下さいわマジ勘弁して下さいわお代官様ァー、と手足をジタバタさせるネコ白黒は、勢いそのままお代官様もとい生徒会長様(の胸元)へと飛び付いてヒゲをごしごし擦り付け始めた。
そして、直後。
いざという時と言わず、今すぐにでも保健室の世話になりに行かなければならなくなりそうな蹴りをぶっ込まれた。もちろん右足で。
※ ※ ※ ※ ※
蹴りで吹っ飛ばされて渡り廊下を一直線に突っ切り、そして辿り着いた先は共有棟一階。購買部前だった。
並ぶ自販機に激突したネコ白黒は、そのままボテボテと床に転がった矢先、遅れてやって来た拒にガチで踏まれた。ネコふんじゃったどころの騒ぎではない。明らかに狙ってガッツリ踏んでいた。踏まれていた。
「しっかし重ね重ね神無月学院の院長勢ってなァ皆が皆ド凄まじい顔ぶれですよな? ――無論、会長サンを筆頭に」
「山田(仮)? 自販機の前、何か新しい足拭きマットでも設置したのかしら? それにしても真っ黒ね、これ…。ちょっと小汚いにも程があるわよ」
メシメシメシメシ。
拒の右足がそこらじゅうから地球重力を掻き集めてきたかのような重圧を以って更に更に踏ん付けて来る。
ああ会長それはたぶん君が連れ歩いてたあの彼なんじゃないかな、などといういかしたジョークを棚の在庫チェックがてらに飛ばしている山田(仮)を尻目、ネコ白黒は魂か内臓のどちらかを口から吐き出しそうになっていた。
いらん口を叩いたが最後、すぐさま相応の報いが捻じ込まれる。それはもう充分学んだはずだったのだがそれでも言わずには要られなかったのだ。その性のお陰でもう何度の折檻を喰らって来ただろうか。ネコ白黒は静かにさめざめと泣いた。
「…まあとにかく。どいつもこいつもアクが強い連中だっていうのは否定はしないわ」
ひとしきり踏んで伸ばしたネコ白黒を横へ蹴って退けながら、拒は自販機へ硬貨を投入。たっぷりを通り越して最早「どっぷり」レベルで放り込まれた砂糖&ミルクから来るとんでもない甘さが評判の缶コーヒーを選ぶと、早速取り出し口へと手を伸ばした。
「委員長を張るような学院生徒っていうのは基本、合戦への参加が必定っていう要件を勘定に入れなくたって、なんにせよ〝この島〟にあって尚どこかしら突き抜けた輩なのよ。そりゃ奇人変人の見本市のようにもなるわ。その上神無月は、とりあえず今の代で言うなら、期せずして見事にジャンルがばらけた布陣に仕上がってもいるしね」
「ヌ? マジですかよ? みんなみーんなバラバラなんスか? ははぁん、分かりましたでよー。俗にいうサラダボウルってヤツですわなこいつァ!」
ぴょこっと跳ね起きるネコ白黒。
「まあ弔吉と甲斐辺りは陰陽道の専攻も履修してるって所で多少被ってたりするけどね…」
「ホアー。ンにゃ、にしたってアレですよな? 神無月の他の十一学院ぜーんぶの〝各々の特色〟をお持ちの面子がここな委員長勢にゃァズラリ揃い踏みってことになるワケですに!」
「委員長は全部で一〇人でしょうがこのバカ」
アンタ今まで何見てきたの? とばかりの冷たい半眼で、温かいコーヒーのプルタブを跳ね上げる拒。
「神無月の委員長勢には〝超科学兵器の牙城〟如月学院に在籍してるみたいな純粋な超科学兵器使いだけが居ない格好よ。その他の一〇ジャンルを網羅してるってことになるわね」
「オケオケ、ンじゃ折角ですんで順繰りにプレイバーック。まず会長サンが〝超能力開発機関〟睦月学院的な〝超能力者〟でー? それでそれで、えーっと――?」
指折り数える代わりにネコ白黒は自分の尻尾を二又・三又・四又と順繰りに分裂させながら言う。
拒はそんなネコ白黒の尻を「不気味な数え方してんじゃねーわよ」と蹴っ飛ばすと、早速缶コーヒーを一口煽りながら、瓶底眼鏡越しの視線を宙に遣った。
「学連委員長・山田次郎(仮)は〝心刃隠忍軍〟霜月学院よろしく〝忍者〟。
風紀委員長・御雷武巳は〝裏武芸百般〟卯月学院よろしく〝武芸者〟。
電算委員長・久方悠は〝呪文式電子演算室〟葉月学院よろしく〝電脳魔術師〟。
用具委員長・城戸美里は〝大魔砲艦隊〟文月学院よろしく〝魔砲使い〟。
放送委員長・祝坂弔吉は〝平成陰陽寮〟水無月学院よろしく〝陰陽師〟。
寮監委員長・李緋華は〝戌亥百鬼夜行〟皐月学院よろしく〝人外〟。
美化委員長・土御門甲斐は〝古今異形交渉班〟長月学院よろしく〝召喚師〟。
保健委員長・七裂こよりは〝大十字隠秘信仰会〟師走学院よろしく〝癒術師〟。
図書委員長・雲雀野泉美は〝魔術師達の穴蔵〟弥生学院よろしく〝魔術師〟。
とりあえず、そうね。身内の贔屓目抜きで言って、取り分け緋華や泉美はそっちの学院でも生徒会長張れるくらいの実力は文句なくあるわよ」
実際合戦に及べば、全員が全員、それぞれ自らのジャンルに対応した学院のエースをライバルに抱えているくらいだ、と。拒はそうも続けて結んだ。
「ニャーるほど! ミカヅッチーとキッド先輩にゃァお持ちのスキルについてさしてツッコんだりしてませんでしたでね、どんな能力を持ってやがらっしゃるトコなのかちょろっと気になってたんですけどもー。――そかそか。武芸者に、魔砲使い。ははぁー」
扇でも畳むようにシュルルルと尻尾を一本に戻しながら、ネコ白黒。
「そういや〝雷の速度でスパーリングするシュートなんとか〟が神無月の委員長の中に居るってェ話をばチラッと聞いてたんですけどもよ。そいつァまさかミカヅッチーのことっスか?」
白黒はふとキャスケット帽&ビーム鎌の彼・桜花晃の言葉を思い出した。冷静に思い返すと、この島に来て初めて神無月学院の「委員長」に関しての何かしらを聞いたのは彼の口からだった。
――御雷武巳。
――ちょっと引っ繰り返せば建御雷神。
よく考えなくても、日本神話に出て来る雷神の名前である。〝雷〟というイメージを彼に想起するのは恐らく誰にでも易い所だろう。ネコ白黒は前足でススまみれの鼻先をカイカイしながら拒に伺いを立てた。
「緋華のことでもあるかもしれないわね。アイツもアイツで人外の上に〝裏武芸百般〟を乗っけたような奴――皐月と卯月の二重属性持ちなんていうキワモノだから。ああ、でも…シュートなんとか? シュートボクサーって言ってたんじゃないの?」
「ヌヌ! そうですわ! 確かそう言ってましたわ!」
「〝なんとか〟でも〝ボクサー〟でも表記すれば同じ四文字でしょうにそれくらいきちんと覚えてなさいこのバカ」
「ニャー」
泉美などはさっき電算委員長・久方悠のことを久方ナニガシと呼ばわっていたはずだが。
――あっちなんか二文字もオーバーしてるじゃァねえですかよ二文字もー。
白黒は思った、が、さすがに口にすることは控える。化け猫少年・白黒二色の自制心の成長を見た瞬間だった。
「ともかく、それなら御雷よ。シュートボクシングならアイツ。緋華は――まさか察してるでしょうけども――中国拳法を使うから」
それについてはさすがにまさかである。白黒はテンパるでもなくキョドるでもなく、近場の壁にケツを擦り付けながら余裕の態度だった。
ああまで中国雑技団ばりの身のこなしが出来る手合いなのだ。
あれで大陸寄りの格闘技の一つにでも覚えがないなどといったら、それはむしろ嘘に違いない。
「ニャーるほど。よその学院でもジューブンに通用する人材だらけっスか。…ンー。ななな会長サン、ふと逆に考えますとよ? なんで皆、そっちに行かずに神無月に来たんでしょうかや」
素朴な疑問。ネコ白黒はほとんど首をでんぐり返らせるようにして拒を見上げた。
むやみに男らしく喉をグイグイ鳴らしてコーヒーを煽っていた拒に、知らねーわよ、と一蹴――されるかと思いきや「そうね…」と彼女も彼女で考え込む素振りを見せる。
「山田(仮)なんかは、ほら。兄が霜月の生徒会に居るって言ってたでしょ」
「オゥイェー。覚えてまさァ」
「そんな所に一緒に居たら自分が目立てないから、とか以前零してたのを聞いたことがあるわ」
「目立ちてえのか忍びてえのかドッチなんですよ!?」
「それとは反対に〝身内が行くから〟っていう理由でぞろぞろ入学してきたっていうのが――」
「雲雀野三姉妹っスね」
「まあ泉美は玲美と一緒にさえ居られればいいってことで〝むしろお前邪魔〟的に三女をどうにかしてどこかへ放逐しようとかしてたって話だったけど…。なんでも根負けか何かしたらしいわよ」
「何故にその愛のベクトルをアルミちゃんの方には向けられないんですよ!?」
この調子では他の委員長勢の話を拝聴すれば拝聴しただけツッコミを入れることになりそうだった。
「それでー? 会長サンは?」
「はぁ?」
「いや、だから会長サンの話ですでよ」
拒のソックスに尻尾をにょろにょろ絡み付かせながら、ネコ白黒。ちなみにすぐに蹴り剥がされた。
「会長サンはなんだって――神無月に、ってゆーか――この島に来たんですよ? 超能力者でやがらっしゃるー、ってことは、日本国内に工房構えて脈々と継承を続けて来た魔術師の家系とかじゃァねえんですわ、元はフツーに本土で何かしら生活してましたとかそーゆーアレだったんですよな?」
「…本当、人様の庭にズケズケ踏み込んで来る野良猫ね…?」
しばらくネコ白黒をすがめた目で眺めていたが、やがて何かしらの決が頭の中で降りたらしい。拒はもう一度ばかりコーヒーに口を付けると、言った。
「スプーンが曲げられたからよ」
「…。……。………。ウェ?」
「何よ」
「それだけ、っスか…?」
「それだけよ」
「あー、いや、その、えーっと――ああ、ンじゃ続けてコッチも訊いちゃいましょっかや。ニャんで神無月を選んだんですよ? 超能力の専攻は睦月なんですよな、確か?」
「当時、睦月よりも神無月の方が学費が安かったからよ」
「…エエエエエエエエエ…?」
「何よ」
「あの、くどいようですけども…。それだけ? それだけなんスか?」
「それだけよ?」
「そんな所からスタートして、いまや学院一つの生徒会長…? ってゆーか〝戌亥ポートアイランド第一位〟――?」
もっと無いんスかなんつーかそうホラ色々とこう! こう! とばかりに、ネコ白黒は地面に腹ばいになってひたすらウネウネし始める。いつもならここで拒から何かダウン追い打ちの一つでも叩き込まれそうなテンポではあったが、今回に限っては特に何も無かった。
「アンタねえ」
代わりに彼女は続けてこう言う。
「何か御大層な題目をあれこれ抱えて背負ったりしてるでもないのに努力を結実させてるのがそんなに不自然? 私の〝なんにもなさ〟をそんな風に意外に思ってるんだったら、今この時だけならともかく、本気で言ってるってんなら軽蔑するわよ。さっきはあれだけ人の〝努力〟を全肯定しておいて」
「や、そゆアレじゃァねっスよ断じて?」
そして応じる白黒はというと。今さきほどまでゴロゴロしていた現在地そのまま、あぐらを掻いて座する銀髪小僧の姿へと化けていた。
「重ねてスゲェスゲェと思ってたトコですでよ。なまじこの島は星の数ほどの思想の申し子達があれこれ学びに来て鎬を削ってます場所なんでっしゃろ? そーゆーあれこれの中にゃァ十中八九、魔術者の類で喩えてみたなら〝一族の威信がどうこう〟的な血を吐くような決意とかだってあったりするハズですわ。そんな中で、そんな中にあって、身一つの努力一つでテッペンを獲っちまってるってのは――」
――まるで道端の野良猫のように。
――理由もなくきょとんとしたような表情で、白黒はただただ拒の顔を見返している。
「そりゃ会長サンが半端なく頑張ったからに違いねえと思うワケですよ。改めて」
「…。……。………。まあ。強いて言うなら、私にも〝特別〟は一つだけあるわ」
白黒に目線は返さない。虚空に視点を合わせたまま、缶コーヒーの縁に置いた唇で一息吐き、やがて拒は言った。
「ウェ? その心は? ――ってゆーか、えとえと、訊いてもイイんですかね」
「そっちから振った話でしょ? 大人しくバカみたいに相槌だけ打ってなさいこのバカ」
そして、次の瞬間――
「頑張れって言われたことがあるのよ。頑張れって言って貰えたことがあったのよ。だから、行ける所まで行くことにした。それだけよ」
火山が噴火するン秒前――とかではなく。
拒の口角が普通に穏やかに吊り上がるのを、白黒は正直、初めて見た気がした。
「会長、サン…?」
呆気に取られたような心地で目をしばたいていたのも束の間。拒の顔はまたムスッとした構えに戻っていた。
――こちとら化け猫ですってに。
――ニャんだか狸に化かされた気分ですわ。
拒の隣、小首を傾げながら白黒がすっくと立ち上がると、出し抜けに頭を引っぱたかれた。
スパァンと跳ねる拒の平手。
それは左手だった。
「…っていうかアンタは人のことばっかり気にしてる場合なわけ?」
「ウェ? な、何がですよ?」
「〝白黒一家〟とやらは枯れて潰れ掛けだってんでしょ? その事情を声高に掲げるのも静かに胸の内に置いておくのも、アンタの勝手でアンタの自由。――だけど白黒。アンタが本気でアンタ個人のあれこれをどうにかするつもりで戌亥へ学びに来たっていうなら、さっさと努力を積む腹を決めなさいってことよ。周りのものがあれもこれもそれもどれも珍しく見えてしょうがなくてしょうがないってんなら、早いところ慣れて落ち着きなさい。それでやるべきことを絞って見据えて、為すべきことに臨みなさい。自分相手でも敵相手でも出足は遅れれば遅れるほど何事も不利なんだから」
「…。……。………」
呆気に取られたような、ではない。
今この時この瞬間、白黒二色は紛れもなく呆気に取られていた。
単純な戦闘能力だとか、そういう話ではない。何故彼女はこんなにも――言葉のいちいちが常に強くたくましいのだろうか、と。
「―――――、」
無言で返す気はなかった。
何か言葉で応じるつもりではいた。
ただ、どんなセンテンスもボキャブラリもこの時すぐには出て来なかった。
故に白黒は、瞬間的に頭へ湧いて出た一語だけで、結果、非常に言葉少なに答えることとなった。
「アイ・マム」




