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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・中編>
42/72

【14】「ようこそ図書室へ」

 保健委員会は敢えて本部を別個には設けず、その分保健室に多くのベッドスペースを確保する。

 理屈としてはそれと同じ。図書委員会もまた特に本部スペースを擁さずに、使える屋内面積をありったけ全て蔵書の為に費やしているのだと拒は説明した。

 かくして白黒は、拒に連れられて往く学内公的組織全十委員会巡りは最後の地、図書委員会本部兼用たる『図書室』へとやって来た。

 場所は共有棟から渡り廊下で繋がった背の高い一階建ての別棟。

 白黒はその建物の威容(でかさ)になんとなく既視感を覚える。

「ああ、ニャーるほど…? 屋根がカマボコ型じゃねえだけでぶっちゃけ学生大食堂とおんなじくらいのでかさなんですわな、ココ! しっかしなんだって図書室だけ別棟なんですかねえ。気持ち共有棟に寄り添っちゃ居ますものの。――ヌーヌヌヌ。今度こそイジメでしょうかや」

「バカがバカなことをバカみたいな頻度で吹くのもそろそろ芸が無いわよ? …ったく。理由は単純、共有棟の一階はもう満杯だからよ」

「? なら二階ですとか三階ですとかに一緒に入ればイイじゃニャーですかよ」

「アンタに常識が欠如してるのは充分知ってるけど、それでも敢えて言うわ。常識で考えなさい」

 図書室と銘打たれてはいるものの、一つの別館として明確に区分けされている以上、名称は『図書室』ならぬ『図書館』でもいいのではないかという割とどうでもいいような議論が生徒会内に持ち込まれていたりもする――とにかく共有棟別館・図書室は黒檀製の大扉を拒はギィィィと押し開いた。

「これだけの蔵書量なのよ? 建造物の二階以上に乗せたら、確実に床が抜けるわ」

 拒の背後からヒョコッと顔を出し、白黒は図書室内を覗き込んでみる。そしてすぐに「ヒアー!」と悲鳴を上げた。

 中には見渡す限りに並行して並んでいる――まるで天井に頭突きでも喰らわそうとしているかのようなでかさ高さの、書架・書架・書架。それぞれ大人二人が両手を広げたくらいの間隔で設置されていて、室内の往来には結構な余裕がある間取りになっているように感じられるが、それでも半端無い圧迫感だった。所々にはこれら書架を相手取るに充分な高さを持つ階段状のハシゴが備え付けられていたりする。

 各棚には間断無い蔵書量。

 背表紙に並んだ文字らを漠然と眺めているだけで活字による中毒にでも掛かってしまいそうで、事実白黒はわけの分からない頭痛に見舞われた。

 壁と天井が交わる辺りに設置された大型の空調設備は東西南北に計四基。室外からの明かりを取る窓の配置もどうやら最小限。「書籍を保存・管理する」空間としてはおよそ理想的な環境がここに在る。

「それから理由はもう一つ」

 目をグルグル回して口からカニのように泡を吹き始めた白黒の首根っこを引っ掴んで、拒は図書室の中へと踏み入っていく。

「地下にも蔵書スペースが続いているからよ」

「ニャんてこった! 一階部分でもう既に並の図書館を凌駕(りょうが)してましょうによ!」

「〝さん〟を付けなさいネコ助野郎! アンタ誰に断って稜牙(リョウガ)さんのこと呼び捨てにしてんのよ!」

「ギャー! リョウガ違い!」

 壁に掲示された張り紙目掛けて白黒の顔面をゴスゴス叩き付ける拒。ちなみにその張り紙には『図書室ではお静かに』『本を大事に』でいいだろうに、何故か『静寂を乱す者に報いを』『本を大事にしない者に災いを』という物騒な文言(キャッチコピー)が表記されていたりした。

 せっかく恐怖の保健委員長にHPを全快して貰ったばかりだというのに早速ひとしきりボコにされた白黒は、どうにかこうにか拒の誤解を解くことに成功。痛むデコを撫でさすりながら、差し当たってはその地下とやらは何階まで存在するのか訊いてみた。

「不明よ」

「ウェ?」

「蓄積された異常識(オカルト)寄りの書物の〝力〟でしょっちゅう空間が歪んだりするのよ。もはや軽い迷宮(ダンジョン)って言っても過言じゃないわね」

「…。……。………」

「図書室地下の整理整頓――という名の〝探索と解明〟も図書委員会の仕事の一つだったりするわ」

「オゥケィもうイイですわ…!」

 図書室パネェ。

 白黒はこれ以上奥に踏み込む前からなんかもう踵を返したい気分すら覚えながら、しみじみ思う。

 図書委員長も変だという話だったが、そもそもこの屋内空間自体が委員会絡みの施設としては一番変に違いない。そう確信出来る。

 ――全く。

 ――最後の最後でとんでもない番狂わせが出て来たものだった。






     ※     ※     ※     ※     ※






「――ようこそ図書室へ。

 私が〝読書狂の魔女ウィッチ・オブ・ビブリオマニア〟こと当学院図書委員長――人呼んで〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)です。


 のっけからそこの駄猫がまあ好き放題にそこでぎゃんぎゃんと大声で喚いていたようですが――

 まあ初回です。知識の森に相応しくない先の騒音は不問としておきましょう。ペットのおいた(・・・)は飼い主の責任、次来るまでに首輪とリードでも用意しておくことをお薦めしますよ拒。 


 それでは早速、図書委員会とその仕事について説明するとしましょうか。

 いきなり〝地下探索〟というイロモノ業務について吹き込まれていたようですが、生徒への貸し出し手続きや蔵書の管理及び新規購入計画など、もちろん通常に図書室を運営することが第一です。


 ちなみに本の購入については月次毎に校内アンケート枠七割・委員による選出三割で決定が為されます。

 民意を大きく反映出来る素晴らしい施策ですね。まあ私の代からの立案なのですが。


 蔵書のデータベース化もまた大事な業務です。

 こちらは新たな階層の踏破・開拓に成功した〝地下〟の蔵書のことも含めるといつも結構な更新作業となります。電算委員会の協力が欠かせません。

 随分とまあ胡散臭い〝魔術と銘打つだけ銘打ったなにか(・・・)〟をこねくり回す久方(ヒサカタ)(なにがし)とか言うあそこの委員長とは個人的に反りが合わない所ですが――まあその抗議をあなた方にぶつけても詮無いことです、さらりと流しますとも。


 閑話休題(さておき)。他にも『図書だより』といったものの刊行なども行っています。

 図書関連の様々な記事を網羅し充実させている自負があります、是非一読を。


 そうですね、こうした媒体を通して若者の活字離れにも真摯に取り組んでいきたい所です。


 しかしここで私は敢えて明言します!

 なんでもかんでも若者が悪いのか! 文化の方こそが廃れたのではないのか!


 ――失礼。私としたことがつい熱く。今のは少々冷静ではありませんでした。


 とにかく、あくまで本とは真にそれを必要とする者が読めば良いというのが私個人の考えです。

 私達はただただ常に万全の状態で図書室を維持し続けます。それが私達の務めです。


 ――とまあ大体こんな所でしょうか。何か質問はありますか?」






「ギャー最後の最後でとんでもない番狂わせがァー!」

 最後の最後で!

 これまでのパターンを引っ繰り返して!

 解説役・拒の仕事を完全に封殺、委員長自らが委員会の概要全てを語り尽くして来た――!

 白黒は悲鳴を上げた。しかしここは今まさに静かにせよと言われたばかりの図書室。すぐに両手で自分の口を塞いだ。心意気は伝わったかもしれないが、どう見ても遅きに失したアクション。拒は右手をユラユラさせて、白黒を今ここでぶちのめすか表に引っ立ててからぶちのめすか悩み始めているようだった。別に自身で解説をしようがしまいが当人的にはどうでもいいようだった。

「ってゆーか、ちょ、スミマセ? 別に騒いでたのは俺めだけじゃァありませんよな? 会長サンこそ俺めのことをば頭ァ引っ掴んで壁目掛けてゴスゴスゴスゴスと、ぶっちゃけ単純な音の大きさだけなら会長サンの方が――」

 結局拒の選択肢は「今ここでアイアンクロー(右手)」だった。

 左右のこめかみを変な風に陥没させた白黒は〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)〟こと目の前の図書委員長へと向き直る。

 ――神無月学院図書委員長。

 ――制服の上にフード付きの黒ローブを羽織った〝彼女〟は、横手にデスクトップPCが設置された貸し出しカウンターの向こう側に座っていた。

 フードのお陰で窺えない目元。せいぜい見えるものと言えば、色白く細い顎と、紫紺のメッシュが入った際立って一房流れている前髪くらいのもの。

 彼女は歌うようにくすりと笑むと、言った。

「おやおや。自分の非を棚に上げておいてまず先に他人の非を上げつらうとは、なかなかどうして、見上げた任侠道ですね。ふふふ」

「コフゥッ」

 白黒は口端から血を吐いた。

 拒のような物理的暴力ではない。それは精神的な暴力だった。白黒は見事に一撃二撃(ひとことふたこと)で心を――折られた、割られた、砕かれた。

「…? あら、随分と手際良く静かにさせてくれたじゃない、泉美(イズミ)。何? ここ、聞き分けの悪い猫の躾け方とか、そんな本置いてあったかしら?」

 拒は拒で純粋に感心したように黒フードを眺めていた。

「何を言うのです拒。私が安易なハウツー本を好まないことは百も承知でしょう」

「ああ、そうだったわね…。いやいいのよ? 別にいいのよ? ちゃんと分かってるから〝先人の知恵とは須らく尊ばれるべきものでしょうが、しかしノウハウならばともかくハウツーを容易に模そうとするのは偉業への冒涜に他なりません〟とか語り始めないでいいからね?」

 そうですかそれなら結構なのですが、と浮かせ掛けていた腰を椅子に戻す黒フードの魔女・禁書殺し。そして彼女は――読んでいる途中だったらしい――『法の書・誤訳集〝汝が意志する所を行え、それが法の全てとならん〟~第一一六版~』と背表紙にある小ッッッ難しそうな分ッッッ厚い本に視線を落とし始めた。

「って、ヌヌ? おお、そう言やァおたく――」

 大丈夫大丈夫。俺めはまだまだイケる。そんなこんなの自己暗示でどうにかこうにか気を取り直した白黒は、禁書殺しを改めて眺めていてふと思い出す。

「朝、ホウキで空ァ飛びながら会長サンとしゃべくってました、あの――?」

「…ひょっとして今気付いたのですか? 随分と読み込みに時間の掛かる脳のようですね」

「ねぇ。そんなに記憶容量使ってるわけでもないだろうに」

「ギャー俺めのハートをザックザクに刻む暴言がステレオで聞こえて来ますわあー!?」

 禁書殺しと拒の連携攻撃に、気持ち声量は抑えた悲鳴で嘆く白黒。とりあえずこのお二人は仲がよろしいようだった。

 一度肩を竦める禁書殺し。そんな彼女にチラと視線を送る拒。禁書殺しは軽く頷くと、爪の形はおろか指の造作も白磁のように整った手でフードをそっと払った。ツーテールに結わえられた髪が流れる。

「全く。〝本物の招き猫〟であるらしい割には徳も愛嬌もまだまだ不足しているようですね。特に理由もなく常に楽天的な雰囲気を広範囲散布している点だけは評価しても良さそうですが」

「フ、フッフフー…? なんのなんの! 信仰の座に()招福観音(まねぎかんのん)にゃァまだまだ遠く及ばねえいち護法の身空ですでね、って――」

 アルェ? と。

 露わとなった禁書殺しの顔を見上げて、地べたを這ってべそべそ泣いていた白黒は目をぱちくりとさせた。

(もの)()の類へ顔と名前とを容易につまびらかにするのはいち魔術師として多少どうかと思わない所でもないですが、いいでしょう。白黒と言いましたね。先の評価から、ひとまず貴方は他人を祟ったりなどするような()の持ち主でははないと信じておきましょう」

 ツンと澄んだ怜悧な面差し。その顔の造作には〝見覚え〟があった。

 同じクラスのスパッツ少女。を、一回り二回り大きくしたような羽織少女。()まるまるそっくり(・・・・・・・・)――?

 もっとも、見るからに新撰組隊士ちっくなあちらと比べて、目付きには「刃のような気迫」というよりかは「油断なく深謀遠慮を地で行く軍師」的な雰囲気があるが。

 とにもかくにも――


「高等部三年、名前は雲雀野(ヒバリノ)泉美(イズミ)と言います。上――といっても双子(・・)になりますが――に一人、下に一人、それぞれ姉妹が居るもので。私のことを呼ぶ際は下の名前で結構です」


 ――顔立ちそれ自体は、風紀委員会副委員長の彼女と同じと見えた。

「? ヌヌ? 〝ヒバリノ〟…?」

 図書委員長・雲雀野泉美。

 彼女をして「読み込みに時間が掛かる」と言わせしめた猫頭が、ここでとうとう気付きを得る。

「おお! するってェとアレですか! アルミちゃんが言ってました〝おねえちゃん二人〟ってのはとどのつまり、おたくと、それから風紀委員会のカノジョのことだったんですかよ! いつの間にか雲雀野さんちの三姉妹との面通しもフルコンプー。ニャーはははははははァー」

「拒? うちの三女(みそっかす)はこの猫と何か…?」

「コイツは高等部1-Aに編入したのよ。同じクラスになったってわけね。生徒会室に呼び付けておいたコイツを案内してきてくれる程度には親切な同級生キャラやってたわよ」

 拒の説明を受けて、おやおやそれはそれは、とリアクションを返す泉美。

「なるほどニャるほど。それじゃァおたくはイズ(ねえ)ですわな」

「何がどうなって〝それじゃ〟なのかまるで理解出来ませんが、とりあえずは良しとしましょう。私自ら〝下の名前で結構〟と宣言した手前もありますしね」

「しっかし〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)〟っスかー。何やらド凄まじゲな通り名じゃニャーですか」

 白黒は呟きつつふんふん頷く。

「他の通り名の中じゃ魔女だ魔術師だと標榜されてましたけども。なんでしょ? イズ姉はずばりソッチ方面のスキルの使い手なワケですかよ?」

「むむ。これは一体どうしたことですか拒。能天気そうな面を下げていたかと思いきや、突然こちらの手の内について切り込んで来ましたが。さては私も何か重大な秘密の一つでも暴かれてしまうのでしょうか? ふふ」

「楽しそうね泉美…。私があとちょっと機嫌が悪かったら何かの挑戦と受け取りそうよ、全く」

 戦略上の〝重大な秘密〟を暴かれたばかりである戌亥ポートアイランド最強の念動力者は、挑戦的に口端を吊り上げながら言う。

 迂闊なことを口走った風紀委員長は問答無用の鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で殴り飛ばしていたというのに、こちらの図書委員長にはこの態度。どうやら拒と泉美の仲の良さとやらは結構なものらしい、と白黒には理解出来た。

「っていうか重大な秘密も何も、アンタはその〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)〟の名前で自分の手の内を既に喧伝してるようなもんじゃない」

「そう言えなくもありませんが」

「そうとしか言えないんじゃない?」

「そう言えなくもないかもしれませんね」

 女三人ならず二人ながらも既に姦しい光景を眺めながら、白黒は左右に首をグリングリン傾げる。やがて拒が白黒に向かって「泉美はね」と切り出してきた。

「洋の東西で言えば西寄りの魔術師――弥生属性よ。それで? 東寄りの弔吉なんかとは正反対気味ってことになるんだったかしら?」

「厳密に言及すれば色々と矛盾が生じる所ですが、大まかにはその認識で結構かと。あちらの彼は呪詛の〝曲解・転用・別解釈〟に長じています。対して私が特に得手とする所は――」

 涼しげに瞑目ざま、泉美は続けて言う。


対魔術(ディスペル)抗魔術(レジスト)。魔術を否定せずに、魔術師として、魔術で魔術を殺す魔術です」


 ――魔術師にして魔術師殺し。

 とどのつまりそう名乗った彼女の顔は、恥じることなく誇らしげだった。

「…ホアー。要するにやってることの流れとしては、魔術を魔術で〝論破してる〟ってトコっスか。その看板からして、呪文記述と魔法陣の超高度集合〝魔本〟すら解体(コロ)してみせる! ってカンジでしょうかや?」

「駄猫の分際で理解が早い、ですって――? 拒! 精霊たちが怯えています! 世界の法則が今ここで捻じ曲がり始めました! どんな天変が起きるかまるで読めません、用心して下さい!」

「なんスかその尋常じゃねえ驚きよう!?」

「冗談ですよ…ふふふ」

「…ヌー。おにゃのこは化ける生き物だとは聞いてましたけども、にしたってド凄まじい化けっプリでしたわな」

 すぐさまケロッとド冷静な顔に立ち返る泉美相手に白黒はとんでもない精神的疲労を覚え始めていた。こうして相対しているだけで、先の毒舌然り、MPがゴリゴリと削がれていく体感がある。

「まあコイツは物事の説明を常識よりも異常識(オカルト)で受け付ける難儀なバカだから。ある程度そういう(ギア)に切り替えて接すると案外会話が成立させ易いかもしれないわよ」

「ニャー」

「ふむ。とりあえず、既にそこまでの躾のコツを見い出しているのですねと労いの言葉を送らせて頂きます。並々ならぬ苦労があったものと思いますが?」

 泉美の言葉に一も二も無く首を縦に振っている拒の姿にちょっとしたショックのようなものを感じる白黒だった。

 ――ところで、と。

 ――白黒にはふと思うことがある。

(アルミちゃんが言ってましたトコのおねえちゃんで? ンでもって、羽織のカノジョが双子の姉に当たる、と。雲雀野三姉妹の次女ってことは分かるんですけども――)

 三姉妹。

 だから〝似ている〟のだ。

 それはもう既に了解出来ている。

 ――だが、しかし。となると、どうしても見過ごせない「不自然」が一つ、雲雀野泉美にはある。

「ヌーヌヌヌヌヌヌヌ」

「? 何を唸ってんのよ白黒? 何イライラしてるんだか知らないけど、そこらのカウンターで爪研ぎ始めるんじゃないわよ」

「やっても結構ですよ? ただその場合、私の面制圧火力を表で直接身を以って味わってもらうことになりますが」

 拒や泉美の言葉もさして耳に入って来ない。一度気にし始めたが最後、もう駄目だった。どうしようもない。その不自然がとんでもない違和感として頭の中を圧迫して来る。

 何故?

 どうして?

 こんなことが有り得るのか?

 妨害(ローブ)に隔てられたその上からでも如実に分かる。パッと見で分かる。

 どんな素人目の判断でもいざここに長女次女三女と並べば、――いや並べるまでもないか。記憶の中に思い起こすだけでもすぐに割れる。その差が分かる。理解させられる。






「どゆコトですよ…!? 長女三女じゃ明らかに及びも付かねえ、明らかに突出したこのムネの大きさだきゃァ――!?」






「…拒。突然カウンターに身を乗り出して接近ざまにうら若き乙女の胸元を凝視し始めたこの駄猫は、一体?」

「皮剥いで『夜空屋』にでも売る? このあいだ店先に三味線置いてあるのを見たわ。多分引き取ってくれるんじゃないかしら」

 おっきいのだった。

 胸がおっきいのだった。

 純粋に疑問と違和感だけで突っ走っている白黒は、残念ながら泉美と拒が取り交わしている命の危険を覚えても良さそうな会話にまるで気付いていなかった。

「この戦闘力、緋華(フェイファ)でも引っ張って来なきゃァ勝負にすらなりませ――いや! ひょっとすると互角、それ以上!? 一体何がどうなりゃこんなカンジになるってんですかよ!」

 長女の方は腰に刀を差しているバリバリの武闘派ちっく。対してこちらの次女は、フード付きの黒ローブを着込んだ姿で空飛ぶホウキに跨る頭脳派ちっく。人間的なベクトルの正反対具合は既にして見えているが、それでもここまで〝差〟が生じるものなのか。一度考え始めてしまうと、白黒の混乱はひたすら極まるばかりだった。

 拒が作務衣の後ろ襟を引っ掴もうと手を伸ばす、が、当の本人――泉美はそれを目配せだけで軽く制する。

「答えは明瞭です。夢と希望をいっぱい詰め込んであるからですよ?」

 そして白黒相手に詰め寄ってやりながら戯れ始める。高三にして既に大人の女の余裕を漂わせ始めている末恐ろしい少女だった。

「フオオオオ! どんな魔術を以ってしても紐解けない真のパンドラ、その名も人体の神秘!」

「時に拒。この猫は一体どの程度まで煽っても安全なのでしょうか。参考までに、訊きますが」

「知らないし、知りたくもないわよ…。とにかく遊んでやってると付け上がるってことだけは確かよ。言うでしょ、野良猫を下手に構うなって」

「今の所この学院内ではぶっちぎりで一番濃く深く遊んでやっているらしい本人がそれを言いますか、拒」

「…仕方ないでしょ。〝あの人〟から頼まれてることなのよ…」

「? ――はあ、なるほど。細かな事情は分かりませんが、やけに面倒見がいい貴方の行動原理の察しは付きました。そうですか、あの喫茶店主が絡んでいたのですか…。ふふふ。まあとりあえずは、そうですね。鬱積したあれこれを吐き出す相手を求めているなら相談くらいには乗れますので」

「感謝しておくわ。――ったく! 相変わらず白黒二色(モノクロ)のくせに色彩豊かに色ボケねこの駄猫だけは!」

 後ろ襟を掴むどころか頭を直で握り潰そうとでもしているかのような勢いで拒が右手を伸ばす。

 そんな危機にもてんで気付けていない危機感が足りなさ過ぎる白黒はというと、相変わらず純粋に純粋に不思議そうに泉美(の胸)相手に首を傾げなどしていた。

「しかしホントなんででっしゃろ…? アルミちゃん一人あんなカンジー、ってんならまだしも、一番上のおねーさんの方までアルミちゃんよろしくな塩梅でしたってに――」

 と。風紀委員会の羽織少女、あの彼女の名前が出て来ないことに今更ながらに思い至る。

 いや、と内心かぶりを振る。

 知らないということはない。確かどこかで聞いた。ただ、それはどこだった?

 どこだったか、どこだったか――と記憶の検索に沈んでいた所で電撃のように思い出す。保健室でビクンビクンしていた虚のことを。

 ――そう。

 ――彼は確か、彼女の名前を口にしていた。

「そうですわ! 一番上のおねーさん、名前は〝レイ(ねえ)〟でしたよな! そうそう、そっスわー。確かそんな名前でしたや」

挿絵(By みてみん)

 手をポンと打ちながら満面の笑みの白黒。

 その瞬間である。メシリ、とこの場で大気の軸が歪んだような音がした。白黒を捕獲し掛けていた拒がスッと手を引く。そしてそのまま踵を返した。

「ヌ?」

 一人だけ平和な白黒はふと振り返る。拒が図書室入り口の方まで行っている。というかもう外へ出てしまっているようだった。自分はおろか、泉美へも特に何を言うでもなく。

「? ヘーイ? 待って下さいわ、会長サ――」

 呑気に手を上げながら拒の後を追おうとした、その時だった。

 ブォン。

 空気がわななく音がした。

 何かと思うと、それは背後から。

 貸し出しカウンターの向こう。今の今まで向き合っていた雲雀野泉美、まさにその人からだった。

 ――彼女はフードを目元を覆うほどに被り直していた。

 ――彼女を中心として異様な圧迫感が凝集し始めていた。

度し難いですね(・・・・・・・)

「う、ウェ?」

 そして異変はとうとうその真の姿を白日の下へ曝け出した。

 図書委員長〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)〟雲雀野泉美。ここまでのクールな振る舞いに似つかわしくもなくダン! とカウンター上に片足を乗り上げる。その片手には――カウンターの中にでも置いてあったらしい――朝にも見たホウキが引っ提げられていた。

「…あ、あの? イズ姉? どしたんですよ?」

 目元は見えない。それだけに恐ろしい。

 相手の中で今一体何がどうなってこうなっているのか、それがまるで微塵も見えない。それがただただ恐ろしい――!

 そうこう思っていると、泉美が一度指を打ち鳴らす。

 バン!

 背後で轟音が聞こえた。外へと通じる大扉がひとりでに(・・・・・)全開放された音だった。そこで不可解が起きる。まるで空を往く飛行機の機体に突然穴が開いた瞬間のように、とんでもない強風と吸引力とが白黒の身体を図書室の表へとすっ飛ばそうとし始めているのだ。

「ヒアアアアアアアア――!? ちょ、なんですよなんですよ何事ですよコレ!?」

 手足をジタバタとさせようとして、気付く。動かない。動かせない。四肢がピクリとも――動けない。

 動作を封じられている。

 下手をすると拒の〝赤信号急停止(シグナルレッド)〟を身体に直接仕掛けられた時よりも強い拘束力だった。

 右手首。

 左手首。

 右足首。

 左足首。

 それぞれの部位にまるで(アンクル)のように空中へ直接描画された魔法陣が嵌まり込んでいるのを見た瞬間は、冗談抜きに肝が冷えた。

(ちょ、無詠唱で瞬間起動――!? 特に触媒とか注ぎ込んだ様子もありませんでしたよねえ!?)

 身動きも取れずに後方へすっ飛ぶ白黒。

 そしてそれを追走するのは――追って、飛んでいるのは――ホウキに跨った黒い魔女!






「〝さん〟を付けなさいネコ助野郎! 貴様誰に断ってねえさまを呼び捨てですか!」

「ギャー今日はよくデジャビュる日ィィィィィ――!?」






〝図書室の中では静かにしましょう〟。

 なるほど、だから図書室の()にまず飛ばされたに違いない。

 そんなことを考えながら、白黒は見た。

「万死に値する。汝の行く先は地獄よりもなお深い」


 迫り来る泉美が口調をなんかおかしな具合に変貌させながら背後に八つほど従えている――虚空に直接描画された、攻撃衛星(サテライト)のような魔法陣。円の中へ同心円と星型の図形とを軸に様々な魔術言語を敷き詰められたそれらが、なんかビーム系のものをぶちかましますよ的な光輝の渦を凝集させ始めたのを。


「ねえさまの胸はあれがいい! あれがBEST!」


 爆音と共に意識がぶっちぎれる直前、そんな魂の叫びが聞こえたような気がした。






     ※     ※     ※     ※     ※






「こよりを重度の変態と置くなら、泉美は生粋にして末期の変態よ。…友人だけど、敢えて言うわ。それでもアイツは変態よ」

 予感はあまり間違っていなかった。やはりビームの嵐だった。

 というわけで共有棟別館・図書室前。

 徹底的にボコにされた挙句に母なる大地へ全身で大の字を描いている最中の白黒は、ふと傍らに立った拒が語る言葉をただ聞いていた。ちなみに泉美は「それでは私はこれで」とばかりにしゃあしゃあと言い放ち、もう図書室の中へと戻っていってしまっていた。

「ど――、どう…言う…?」

「姉萌え。それだけ。ぶっちゃけ妹の方は割とどうでもいいみたいね…。とにかく、姉萌えよ。それも、シスコンの域はとうにぶっちぎってる、ね。アンタも命が惜しかったら、今みたいに迂闊な口を利くことだけは避けなさい」

 ――スミマセ。

 ――それ、ホント先に言って欲しかったっスわ。

 白黒の首からガクリと力が虚脱する。

 かくして神無月学院が誇る委員長勢(へんじんども)との謁見は、ここに一通りの幕を閉じたのだった。


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