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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・中編>
40/72

【12】「平に平に」

 チャレンジ失敗。では全額お支払い頂きます。

 とまあ普通ならそうなってしまう所だったのだろうが、そこで緋華の口から「今日の所はワタシの奢りネ」とのお言葉が飛び出した。ちなみに白黒がまだスープ一口しか手を付けられていない格好だったくだんの赤い悪魔(タンタンメン)は彼女自らがお代わりとして食していた。完食していた。普通に。フッツーに。

 かくして、そもそもガチで文無しだった白黒は、無銭飲食の名目で風紀委員を呼ばれたりすることもなければ、カネが無いなら皿洗いしてけ的な労役やらを課されることもなく――「お前はよく戦ったよ! 感動した!」などという観衆からの声援と拍手とを浴びつつ、無事に学食を後にしたのだった。

 いや。否。

 無事に、とはとてもとても言い難いか。

「…ゲェェェェップぉぅぇー」

「例えナノミリリットルでもそこで何か吐いてみなさい。小細工一切抜きで純粋に殺すわよ?」

 学食を出、神無月学院の敷地内を高等部校舎沿いに往く拒。彼女の肩には白目を剥いたぶち猫がまるで物干し竿へ適当に引っ掛けられた洗濯物のようにぶら下がっていた。

 言うまでもなく白黒である。

 味覚を持って生まれた全ての生物の舌根を焼き尽くす為に作られたとしか思えない激辛坦々麺――に、たったの一口で轟沈させられた白黒である。

 ネコ白黒の腹はそんじょそこらのデブ猫も裸足で逃げ出すくらいに異様な膨れ方をしていた。拒が歩く度に、その腹からはタップンタップンと音がする。口から火を吹いて昏倒した白黒(バカ)に、生徒会長たる心優しい彼女が水を(大型ピッチャーと漏斗(ろうと)を慣れた手付きで扱ってまるで何かの特殊な拷問のように)飲ませてやった結果だった。


 ――というわけで。

 ――かなり無事じゃなかった。


「ところで白黒。正味な話どうなのよ」

「ウェ? 何がっスか? …って、オェェェェップ…! スミマセ、まだヘタに口ィ開きますと何かが何かが何かが出て来そうでォゥェ」

「緋華のことよ。分かったの(・・・・・)? アイツもまたアンタよろしく〝本物の人外〟だってこと」

「あーあー、ハイハイハイハイハハイのハイ」

 ネコ白黒は一度頷いて見せ、

「まあそりゃァ。ただでさえ猫科(・・)、言っちまえば〝同属〟ですからな? さすがに雰囲気で分かりますやい! いやー、しっかし――妖獣としての格は明らかにカノジョの方が上ですわ。むしろ〝理解させられた〟くらいで言った方が正しいのかもしれニャーですけども」

「あら。へりくだってるようで全然へりくだってない敬語でしゃべくるアンタでも、たまには本当に謙虚な口を利くのね」

「ってゆーか名字、(リー)って名乗ってましたよな…? 大陸発の人外で〝李〟なんつったら、清朝説話集しんちょうせつわしゅう人虎伝(じんこでん)』からのお越しじゃニャーですか! ――ヌーヌヌヌ。ますます侮れませんわな戌亥ポートアイランド。〝三年峠〟のリアル系譜・チョーキッつぁん登場の余韻冷め遣らぬ内に、ブっ続けてビッグネームのお出ましじゃねえですかよ…。どんだけ? どんだけェー?」

 ――そういやニャんだか白黒一家と過去に絡んだことあるみたいなこと言ってましたよな。後で三毛次に訊いてみましょっかや。

 そんなことをつらつら考えながら、ネコ白黒は拒の肩から飛び降りる。そして作務衣姿の銀髪小僧へとその姿を変じさせた。腹回りがまだちょっとタプンタプンしていた。

「…まあ確かに。否定はしないわ。本当に〝どんだけ〟よね」

 白黒がストレッチしながらブラブラ歩んでいると、後方の拒がふと呟くように言う。

「? 会長サン? どうしたんですよ?」

「驚くのはまだ早い――とは、言わないけど。そんな調子じゃもう一回くらい驚く準備はしといた方がいいわよ」

 一体何を言っているのか。白黒がキョトン顔で構えていると、拒は横手へと視線をスライドさせた。

「ちょうどそこで大人数が〝仕事〟してる真っ最中だし、ここで美化委員会について説明してやるわけだけど。先に言っておくと、ここの委員長もここの委員長で、名前の箔だけならオカルト事情に疎いような手合いにも大抵知られてる奴よ」

 言うなればオカルトを実践している内に存在自体がオカルトへと祀り上がってしまった〝人間〟の末裔――って所かしらね。

 そう注釈を付け加える拒が眺めている先は、昨日、自身が片っ端から引っ繰り返した校庭だった。






     ※     ※     ※     ※     ※






 白黒はクリクリと丸く見開いた目で辺りを眺め回す。朝、虚をぶっ飛ばす拒と一緒に通り掛かりながら見た時には立ち入り禁止柵が設けられていた校庭(そこ)の中では今、沢山の生徒達が動き回っていた。

 皆『美化委員』と書かれた腕章を付け、工事現場用の黄色い安全帽を被っている。制服姿で動き回っている生徒はほとんど皆無と言ってよかった。皆、服装はジャージ姿またはツナギ姿で、中には鳶職(トビ)で通用しそうなニッカポッカ姿のあんちゃんなんかも居たりする。サージェントや風紀委員長・御雷武巳のような超絶の筋肉の持ち主はそうは居ないが、それでも総じてガテン系な体格の持ち主が多いように見受けられた。


 ――そんな彼らが今何をしているのかというと。

 ――言うまでもなく、当学院の生徒会長様がお一人でクレーター&断崖だらけにしまくった校庭の修復作業だった。


 砂利を満載した現場作業用一輪車を慣れた手付きでゴロゴロ転がしていたり、コンダラ(野球部なんかがグラウンドを均すのに使っているよくあるアレ)を引いてそこらじゅうを練り歩いていたり。中では、魔術でステータスアップを得ているのか、それとも鬼の混血か何かなのか、見るからにパワー系っぽい男子生徒が幾つもの土嚢を腕一本で担ぎ上げなどもしていた。

「そんなわけで美化委員会よ。保健委員会が治すのが〝生徒〟なら、こっちは〝校舎や設備〟を直す匠共って所ね」

「俺め、美化委員会ってェ言葉を初めて聞きました時、花壇の手入れですとか学校周りのゴミ拾い運動ですとか、そんな活動をばされてますイメージで考えてたんですけども――」

「そういうこともやってはいるけど、メインはどうしたってこういう方(・・・・・)に寄るのよ」

 島も島で島が島だし、その上、学院も学院で学院が学院だから。

 拒が口にしたそんな捕捉に「あーニャるほど」という相槌をすぐに打てる程度には、白黒の頭もある程度習熟してきたものだった。

 ――戌亥ポートアイランド。本土の常識の一切を非常識ならぬ異常識に置き換えた社会。

 ――神無月学院。戌亥で取り沙汰される異常識(オカルト)の戌亥式十二分類全属性を一つの枠の中に集約した、十二学院中で一番ぶっ飛んだ学び舎。

 ともなれば。

 校舎のどこかしらが常にぶっ壊れたりぶっ壊されたりすることくらい、ザラなのだということだろう。

「ちなみに学院の崩壊を物理的に支えてる美化委員会(こいつら)の発言力は何気に強かったりするわ。まあ今の代に限って言えば、委員長の性格が性格だから、別に変な強権を押し通そうとすることなんてこれっぽっちも無いんだけれどね…。逆に歯応えが無さ過ぎてイライラするくらいよ」

「パネェ…。この会長サン、何かにつけてすぐにイラッとされちゃァいますくせに、さりげに本人的には殴り合いみてえな会議が一番スキっポいですわ…」

「は? 何ズレたことぬかしてんの? そもそも会議っていうのはね、発言しない奴なんて座ってるだけ無駄なのよ。やっぱりそういう席では意見を戦わせてナンボ。そう、例えばこういう風に。こういう風に」

「ギャー一方的殺戮(ワンサイドゲーム)!?」

 拒は白黒のこめかみへ握り拳をグリグリ捻じ込んで泣き喚かせながら、ざっと概要を語り始めた。

 主な仕事は校舎の修繕や清掃など。基本的に校内の掃除は各学部各クラスの当番制で実施されていることなのだが、美化委員会でいう所の「清掃」とは即ち〝技術を要する特殊な清掃〟である。

 その他と言えば、ゴミ分別に始まる廃棄物の排出管理やら、電算委員会管轄のデジタル要素が関わらない校内設備の管理やら。

 学院敷地内に存在する〝備品〟の中でも一番大きい「校舎」を相手取る活動性質上、用具委員会との連携はザラだったりする、とも拒は説明した。

「授業中だろうが休み時間だろうが、おふざけだろうがついうっかりだろうが、とにかく毎日校舎のどこかしらは大なり小なりぶっ壊れるわ。ある意味一番忙しないセクションね」

 校庭をここまでぶっ壊した張本人は実にしれっとした顔だった。

 手伝おうとかそういうアレはないんスか会長サン、と白黒は言い掛けたが、しかし止めておいた。校庭がああしてグッチャグチャになったのはそもそも拒相手に殴り込み(カチコミ)を掛けた自分が居たからこそであり、その上、例え拒が手伝いなどしてみた所で――

(多分校庭を均すどころかもっかいクレーター作っちまいますのがオチですよな…)

 白黒が気持ち明後日の方角を眺めながらそんなことを考えていると、頭をグワシと鷲掴まれる。無理矢理拒の方を向かされた。

「アンタ人の話聞いてるの?」

 言いたいことがあるなら言いなさい? 聞いてあげるわよ? 代わりにその顎潰すけど。

 なんか眼鏡越しの剣呑な瞳が目で口ほどにそうモノを語っている気がしたので、白黒は千手観音に肉迫しそうな勢いでシュババババと高速の手振りを交えつつ違う話題を出すことにした。

「あ、ああいやそのええとですね! …あの! …ニャんつーか! ――そ、そう! 用具委員会が小道具担当なら、美化委員会が大道具担当ってカンジっスね? みたいなことを、ええ、言おうとしてたんス…よ?」

「…。……。………。ふぅん。まあ間違った解釈じゃないわね。上下水道設備のチェックなんかも美化委員会の仕事の管轄だし」

 見事話が反れた。

 かくして猫又少年・白黒二色は、社会性と同時に処世術を徐々に徐々に身に付けていくのだった。主に自分に叩き込まれる暴力の嵐をバネにして。

「ここまでで一番〝手に職!〟ってカンジのカラーが強い委員会ですわな…。やっぱしここの所属生徒の将来は建築関係とかそーゆーアレなんでしょうかや」

「魔術専攻の生徒なんかだったら、建材の配置で除霊の陣を描く建築術とか風水構想に基づいた区画整備とか、そういう方面の行政にも噛んでいく割も高いらしいわよ。――ああ、丁度いいわ。あそこで陣頭指揮を取ってるのが美化委員長よ。勝手に話でもなんでも訊いて来るといいわ」

「ヌヌ? どこですよどこですよ?」

 拒が指差した先には、周囲の委員達よろしく黄色い安全帽を被っている人影があった。短くひっつめられた黒髪が後ろからちょっぴり覗いている。電算委員長・久方悠ほどではないが、これまた結構なヒョロさ加減のお兄さんである。

 その服装は制服姿ではない。寺の坊さんが身に付けているようなものまさにそのまま――袈裟姿、だった。胸元には丸い紋の中に揚羽蝶の意匠が染め抜かれている。

「アルェ? あのオニーサン、制服着てねえじゃニャーですか!」

「アイツは大学部よ。だから基本的に私服」

「でもダイジョブですかねー。制服着てねえんじゃァサージェントのわけ分からねえ投げ技で瞬殺されっちまいますでしょうや」

「あの委員長然り、大学部の生徒は神無月の意匠が入った腕章を着けてるわ。だから大丈夫よ」

「ああ、なんにせよ識別材料をば身に付けてねえとサージェントに強襲(アサルト)されることには違いないんスね…」

 と。年上を違和感なくアイツ呼ばわりする拒の言葉に、白黒はふと思い出すことがあった。






神無月(ウチ)にも一人、大学部の学生で委員長やってる――っていうか会長さん直々に大学部に乗り込んで引っ張って来たっていう〝やらされてる〟人が居るし。まあその人の場合、なんでも大学部進学時点で既に卒論相当のレポートを自習みたいな感じでバンバン仕上げてたっていうから、かなり特殊な例かな』






 そうだ。確か在美がそんなことを言っていた。

「ニャーるほど! つまり、あすこの彼が大学生だてらに委員会活動へ会長サンに引きずり出された人なワケですわな!」

「人聞きの悪い言い方は止めなさい。あくまで同意の上よ。――って白黒、アンタその情報どこから仕入れたの?」

「ウェ? まあそりゃァ、アルミちゃんからチラッと」

「…さすがは親切な同級生キャラ。しょうもない校内の噂まで吹き込んで来るとはね…」

 白黒は坊主頭じゃない頭に安全帽を被った袈裟姿の坊さん目指し、てってけ駆け寄っていた。近付くにつれ彼の顔もはっきり見えて来る。

 よく言えば穏やかというか優しげというか。悪く言えばオドオドしているというか自信なさげというか。

 しかし頼りなさげな感じはしない。事実、中等部や高等部の生徒達を相手に(よく頭を下げながら腰低く)あれこれと指示を出している様子なのだが、皆きっちり言うことを聞いてサクサク動いているようだった。

 指揮系統としてはきちんと――いや。かなり優秀に結構な数の人手を回しているように見受けられる。

 なんともちぐはぐな雰囲気の持ち主だった。

 もっとも、中身は灰色熊(グリズリー)みたいなことになっている「外見だけは文学少女」なんていう女子高生よりかはかなりマシでかなりマトモなのだろうが。

「ヌヌ? ってゆーか、この匂いは――?」

 と。袈裟の兄さん目掛けて横手後方から接近中の白黒は、小鼻をフンフンひくつかせ始めた。






     ※     ※     ※     ※     ※






「ええっと、周囲は固め終わりましたね? ではこの辺りで少し私が一度中央の方を詰めましょう。すみません、一旦柵の外まで皆さんに出るように通達を――」

 さて死角から作務衣姿の銀髪小僧(ヘンなヤツ)が目下接近中とは露とも知らぬくだんの美化委員長は、佇まいに似つかわしいへりくだりまくった語調で辺りの生徒達へと指示を出していた。

<なぁなぁ。ご主人ー>

 その時だった。

 彼の足元で二次元的にわだかまる影の中から、こなれた関西弁口調が響いて来た。少女の声である。

「? なんです迷企羅(メキラ)。今ちょっと忙しくて貴方を出す余裕は――」

<別に〝散歩行かせぇー〟わけちゃうねん。そーやのーて、なんやウチと似たよな匂いが近付いて来るでー?>

 美化委員長は安全帽を被り直しながら「?」と首を傾げる。

 と、影の中から声の主がその姿をヌルリと現した。

 のんびりと地面に伏せている真っ白な虎だった。紅玉のように赤々とした瞳だけがいやに際立っている。

 出す余裕がどうこうとか言っていたものの、むしろ勝手に出て来られた(・・・・・・)――そんな格好だった。

「ああもう、だから出て来ないで下さいって…。よく分かりませんが後回しにして下さい。手早く終わらせないと後が怖い――というか、会長が怖いんですから」

 二の腕を擦りながらブルッと震える美化委員長。

「では伐折羅(バサラ)。仕事です。校庭の中央へ詰めるように地形を隆起させて、それから――」

 草履を履いたつま先で軽く地面を撫でる。すると次の瞬間、彼の傍らに現れる姿があった。

 まるで色違い2Pカラーのよう。彼が身に付けている紺の袈裟に対し、真っ白な袈裟に身を包んでいる――その姿は妙齢の女性だった。

 髪の色は白。肌の色も白。そして瞳の色だけが赤。足元でのんびりしている虎と配色パターンはまるきり同じである。

<…(あるじ)よ>

 袈裟を着ているくせに『丑』と雄々しい筆字が入った徳利(とっくり)を肘に引っ掛けていて、あまつさえそれにガブガブ口を付け始めた破戒っぷりも甚だしいお姉さんが、ちらと視線を送って来る。

「はい? なんですかバサラまで――」

<猫…。猫と言えばマタタビ…。マタタビと言えば…? よし、決めた。マタタビ酒だ。マタタビ酒を所望したい>

 それで働こうではないか。

 そんなことを言い出す白袈裟のお姉さんに、美化委員長は「なんで神酒(みき)だけで我慢してくれないんですかもう今月だけで酒代幾ら遣ってると思ってるんですか…」と肩をげんなりさせる。


 ――で。

 ――そうこうしている彼のすぐ背後に、何やらでーっかい四足獣の影がそそり立った。


<おぉ。なんやなんや、ものごっつでかいなぁ>

 白い虎が呑気な口を利く。

 そしてそのでっかい四足獣――軽トラみたいなでかさのぶち猫に絶賛変化中の白黒二色こと巨大ネコ白黒は、キラーンとその両目を輝かせた。

「この匂い! この匂い! こいつァ抹香の匂いですわな!? フオオオオお寺さんの空気ですわ和みますわニャゴニャゴニャゴうなぁーん」

「――ってうわあああ!? なんですか!? 誰ですか貴方!?」

 割と狂喜気味な白黒は、一も二も是も非もなく、紺色の袈裟目掛けて頭からズカズカ体当たりしては耳の裏をゴリゴリ擦りつけ始めた。そして地面の上をゴロゴロ転がされまくる美化委員長。

<あっははは。あんだけでかいっちゅーに、毛糸玉にじゃれてる猫そのまんまやなぁ>

<む。迎え酒がもう切れてしまいそうだ。これでは全然足りん…>

 白い虎と白いお姉さんが助けに入ったりとかは、別になかった。






     ※     ※     ※     ※     ※






「大学部一年、美化委員会の長を務めさせて頂いている甲斐(カイ)と申します。すみません、私何かお気に障ることでもしてしまいましたか? とりあえず降ろして頂けませんか…?」

 ――そんなこんな。

 さめざめ泣きながらそう名乗った美化委員長は、百鬼夜行絵巻に出て来るようなガチの化け猫(体長五メートル級)に後ろ襟を咥えられてブラブラしていた。

 巨大ネコ白黒は変わらず喜色でニャンニャン鳴いている。そして拒の目の前までやって来て、猫のくせに狛犬みたいな格好で座していた。


 イエネコが時たま野生に帰って飼い主に雀や鼠の死骸を運んで来た時みたいな絵だった。この時この光景を見ていた周囲の生徒達は、後にそう喩えたという。


「なんだか抹香の匂いがどうとか言ってたわね…。こいつは寺ゆかりの妖怪だそうだし、袈裟といいその匂いといい、色々と感じる所があったんじゃない?」

「寺ゆかり――ああ、世田谷豪徳寺の招福猫児(まねぎねこ)

 そうだそうだそうでしたこの猫は昨日の〝彼〟ですね、とばかりにポンと手を打つ甲斐。いつ捕食されてもおかしくないような絵ヅラのど真ん中だというのに、割とのんびりした所作だった。肝が小さいんだか据わっているんだか、これまた結構なちぐはぐ具合だった。

「とりあえず話が進まないわ。正気に戻りなさいこの駄猫」

「ふみゃぁぁぁ――ご!? …って、ヌヌヌ? 俺めはいったい何をドゥーイング?」

 拒に尻尾の中ほどをグッシャァ! と握られて、絶叫と共に正気を取り戻す巨大ネコ白黒。まずは甲斐を地面に離すと、人間体に戻り、そしてヘコヘコ頭を下げ始めた。

「スミマセ! スミマセっした! 俺めとしたことがつい暴走しっちまいまして…!」

「何が〝つい〟よ。暴走はアンタのお家芸みたいなモンでしょうが」

 横で拒がこれ見よがしに舌打ちしていた。白黒はそちらを努めて見ないようにした。怖いので。

「ニャんつーか、おたくの佇まいについつい寺生まれのソウルが疼いちまいましてよ。重ねて申し訳ナッシングですわあー」

「貴方の波長に私の属性がつい合ってしまったといった所ですか…。気にしないで下さい、私の方こそ不用意でした」

 甲斐も甲斐でヘコヘコ開始。

「やや、とんでもねえですわ! 坊さんに狼藉働いちまいますたァ、観音の眷属にして仏法の守護者、いち護法童子として恥ずかしいったら――」

「それを言えば私とてまだまだ修行中、一介の僧として評価を受けるに値するかどうか大いに疑問の残る身です。それに私の宗派は神仏混合の神道(しんとう)なので貴方が仰る所の〝坊さん〟とは少々反れてもいるでしょう。そういうわけで、というのもいささか乱暴かもしれませんが、とにかくお気になさらず。どうかどうか、面を上げて頂けませんか」

 お互いにヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコし始めている。

 だが拒はイライライライライライライライラし始めていた。

「…話が進まないって、そう言ったわよね…?」

「オゥケィ! 互いに仏門ゆかりってことでよろしく頼みますでよ!」

「いえいえ! 私の方こそ、改めて平に平によろしくお願い致します!」

 拒が顔の高さまで掲げた右手をゴキゴキ言わせ始めた所で、白黒と甲斐の二人は固い握手を交し合った。


 ――仏門ゆかり。

 ――それ以外の部分でも色々と通じ合える所はきっと多いと、このとき白黒はそう確信した(会長的な意味で)。


「それじゃあ甲斐。校庭の方、あとは頼んだわよ。報告の方は略式で構わないわ。今日中に出るわよね?」

「はい。今から半刻ほど頂ければ、それまでには。――ではバサラ?」

<酒が切れそうだと言っている>

 甲斐はそう言って白いお姉さんことバサラへと向き直る、が、先方の態度は至ってつれないものだった。

 ちなみに白い虎・メキラは白黒と向かい合って「ぐぁう」「ニャー」と虎語VS猫語で対話していた。そしてこっちもこっちで握手(虎がお手をしてきた格好だった)。何かが通じ合ったらしい。

「…分かりました、分かりました、これが済んだら購買部でお清め用途の品を到達しますから…」

<あれは薄くて不味くて口に合わない。あんなもの呑めるか。――と、おお。『夜空屋(よぞらや)』まで行った宮毘羅(クビラ)から伝令が入った。店主に在庫を訊いた所、マタタビ酒の扱いはあるということだ。取り置きの依頼も受諾。聞いただろうか、主? 僥倖だ。今夜は皆で酒宴を開こう。善い週末になりそうだ>

「って何が〝僥倖だ〟なんですか!? というか勝手に他の十二神将(じゅうにしんしょう)を動かさないで下さい!」

<がならない方がいい、主。そう急に血圧を上げ下げしていると禿げるかもしれない。もしくは死ぬ可能性もある>

「禿げたくもありませんし死ぬのだって死んでも御免です…」

 いたってクールなビューティー・バサラの相手でほぼ半泣きになっている甲斐。

 そんな二名の様子を眺めながら、拒は再度改めて「今日中に…出るのよね?」とドスを利かせた。甲斐の涙腺が更にひどいことになった。

 そして甲斐はメキラ・バサラの両名を連れて拒の前を辞していった。袈裟の袂で目元を拭い、安全帽を被り直しながら、立ち入り禁止柵をヒョイと乗り越え、あちらこちらがしっちゃかめっちゃかなままの校庭へと踏み入っていく。

「しっかし、アレが美化委員会のアタマっスか…? 別に低く見るワケじゃねえですけども、ニャんだか覇気が足りねえ御仁ですわな」

 口の内側を左右順繰りにモゴモゴさせながら、白黒。

「それはただの落差よ。ここまで一通り見て来た委員長勢がどいつもこいつもおかしかったのよ、逆に…。まあ安心しなさい。後は保健委員会と図書委員会、どっちの長もぶっちぎりの変人だから」

「ヒアアアア! どうリアクションすればイイか分からねえ前振りですでよ!」

「――っていうかちょっと待ちなさい。何食べてるのよアンタ? 飴?」

 まさか拾ったもん食べてるんじゃないでしょうね。

 半眼になった拒に、白黒は「べぇ」と舌を出して舐め途中の飴玉を見せ付ける。白色。ハッカ味である。

「別に飴玉の味教えろって言ったわけじゃねーわよ!」

「ギャー日本語ムズカシス! …いや、拾い食いなんかじゃァねえですよ? メッキーが〝アメちゃんやるわ〟っつってくれたんですわコレ」

「ああ、さっき握手してた時ね…。しかし〝メッキー〟ねえ。アンタ、自分とどこかが近しいような変な奴とは仲良くなるの早いわね本当」

 メキラだからメッキー。

 そのセンスは最早どうでもいいらしいが、とりあえず拒はそこだけ突っ込んで来た。

「とにかくアイツは確かにああ(・・)だけど、実力的には神無月DOGSトップ一〇人中五指の中には確実に入って来るわ。小突き回すのは別に構わないけどバカにだけはするんじゃないわよ。分かったら返事なさいこのバカ」

「ホアー」

 白黒は拒と並んで何やら作業に入るらしい甲斐の後ろ姿を眺め始めた。「分かりました、ただし呑むなら水割りですからね? 買うのはもう許可しますけど、出来るだけ長くもたせて下さいよ?」などと言っているのが聞こえて来る。するとバサラが納得行ったような素振りで頷き、校庭の中央目掛けて一歩進み出た。

 肘に引っ掛けた徳利を揺らす白袈裟のお姉さんが何やら手を翳す。そして――降ろす。

 神無月学院敷地内は校庭限定。

 超々々局地的震度四と共に、ズッタズタだった校庭の景観が土の隆起現象に繋ぎ合わされ始めた。

 美化委員長なら、一発だか二発だかで直してのける。白黒は在美の言葉を思い出していた。――それはつまり、こういうことらしかった。

「ヌヌ。土行(どぎょう)()が濃く匂う術ですねえ。神道って言ってましたけどもよ、カイ先輩は陰陽師なんスか? チョーキッつぁんとカブりますわな!」

「まあ陰陽道(それ)も履修してるはずだけど。アイツの本業は戌亥式十二分類で言うなら、召喚師(サマナー)――長月属性よ。今あれ(・・)をやってるのも、厳密には甲斐じゃなくってバサラの方だし」

「陰陽道で、召喚師、と来ると――? あーあーあー! ニャるほど! カイ先輩は式神使いだったんスか!」

 式神。主に陰陽師が使役する、自らの力で創出した(しもべ)や自らの力で調伏した鬼神――西洋魔術師風に言うならば使い魔(ファミリア)。その総称である。

 なまじ自身が東洋の妖怪なのだ。その辺りの知識や造詣について多少は覚えのある白黒は、ここでポンと手を打った。

「そかそか! あっちゃのおねーさんもメッキーも式神だったってェワケですわな! てっきり美化委員会の仲間か何かかと」

「アンタ神将(あいつら)が影から出て来るの見てなかったの…?」

 鈍いんだか鋭いんだかバカなのか相変わらず分からないわね、とぼやく拒に、白黒はニャははと笑って返す。

「そんなわけで、甲斐は召喚師よ。食うに困ったら雇って貰いなさいこの駄猫」

「…朝、長月学院の説明をしてくれてました時もそんなこと言ってましたよな会長サン…」

 笑い顔はすぐにげんなりヅラになった。

「長月――そうね。純粋に召喚師としての容量(キャパ)だけで言うなら、甲斐とタメ張れるのはあそこの現生徒会長くらいだって〝禁書殺し(アンチ・グリモワール)〟が見立ててたかしら、そういえば。〝保有するだけで箱割れ必定が普通な鬼神一二体の連続同時召喚などという真似、彼はあれでなかなか相当な曲者です〟とかなんとか――まあ魔術分野の話は門外だしどうでもいいわ。とにかく、師事するなら条件的には変わらないかしらね。あっちの生徒会長も甲斐に負けず劣らずの草食だし。まあよく考えるといいわ」

「いや俺めには白黒一家四十六代目っつー立場が既にあるんですからな?」

 白黒的に譲れない一線をアピールするが、拒はまるで興味なさげだった。フシャッと威嚇音を出して反抗心を剥き出しにしてみた。

 速攻で右のグーでぶん殴られる。

 四十六代目は大人しくなった。

「――と、そう言えばー。ななな会長サン会長サン会長サン」

「何よ」

「カイ先輩のこと、ニャんだか〝ド有名な名前〟みたいく前振りされてましたけどもよー。なんスか? 全然そんな素振り無かったじゃァねえですかよ?」

「…アンタもアンタで、鋭さ鈍さに落差があるみたいね」

 拒は白黒の銀髪頭に手を置くと、そのままグリッと捻じって彼方の甲斐の方を向かせた。

「神道、陰陽師、式神使い、十二神将――ここまでアンタの土俵のキーワードが出揃ってるのにまだ気付かないの? ひょっとすると〝揚羽紋〟で気付くかも、なんて思ってたのは高く見積もり過ぎだったようね」

「…はヒ? なんですよ? 何がっスか?」

 白黒がオロオロしていると、拒は続けて言った。

 神無月学院大学部一年、美化委員長・甲斐。

〝名字〟を名乗らないままあっちに行ってしまった彼に代わって――彼の、フルネームを。






土御門(ツチミカド)甲斐(カイ)。バカみたいな力量の術者が兄弟子に居るってことだけど、アイツはアイツで立派な宗家直系(・・・・)よ」






「…ウェ?」

 白黒の口から、間抜けとした形容のしようが無い音が漏れた。

 ――土御門神道。

 ――陰陽師。

 ――式神使い。

 ――十二神将。

 かてて加えて「宗家直系」ということは。その言葉が意味する所と言えば。


安倍(アベノ)晴明(セイメイ)の子孫ンンンンン――!?」


 ドォォ! と驚愕に打ち震える白黒。

 平安時代の大陰陽師・安倍晴明。成る程確かにその個人は拒が言う通り、オカルトを実践している内に存在自体がオカルトへと祀り上がってしまった〝人間〟だ。そうとしか言いようがない。

 出自だって諸説ありあやふや。

 話には妖狐・葛葉(クズノハ)を母に持つなどとも言われている。

 鎌倉時代から明治時代の初め頃まで「表の歴史」でもれっきとした政府直属の天文機関として存在する〝陰陽寮〟なる機関を統括してきた土御門家、その開祖、その末裔――!?

「…まあだいたい想像通りのリアクションね。特に目新しさも無いから、そろそろ黙っていいわよ。というか黙らないと黙らせるわよ」

「カイせんぱぁぁぁい! ちょ、サイン下さいわぁぁぁぁぁ――! 〝白黒一家四十六代目へ〟って入れてプリーズ!」

 黙るどころかますますテンションを上げた白黒は、しかし拒にボコられる憂き目には遭わなかった。

 ――理由は単純。

 ――甲斐目掛けて突っ走っていったからだった。

 そのままアメフト部からスカウトが来そうなタックルを甲斐の背にぶちかます白黒。

 あ、という言葉が上がった。

 それは誰が上げた声だったか。

 甲斐だったのか?

 バサラだったのか?

 メキラだったのか?

 それとも、周りに居た生徒の誰かしらだったのか?

 それは定かではないが、とりあえず確かな事実がまず一つ。

 ズゴゴゴゴと今まさに閉じ合わさる最中の地形の狭間に、甲斐がゴロゴロ落っこちた。






     ※     ※     ※     ※     ※






<保健室? いや、大丈夫だ。我こそは十二神将四天王が一、()伐折羅(バサラ)。私に任せて欲しい>

 その後。

 ボロッボロながらどうにかレスキューされた甲斐(なんだかんだで笑顔でサインしてくれた。ただし「土御門」ではなく「甲斐」とだけ)の前で土下座しまくる白黒に、白袈裟のお姉さんは言う。

 そして、ッッッブゥ! と口に含んだ酒を甲斐目掛けて吹き付けた。

<よし治った。では主よ、いま消耗した酒は御身の為を思って消耗した。善き差配を期待している>

 要するに「また買え」ということらしかった。

「…えーと、カイ先輩…?」

「この通り、式を――十二神将を継承してはいるものの、お恥ずかしい話、この通り皆やんちゃでして」

 さめざめと泣く甲斐。

 白黒は思わず貰い泣きした。

 脇では白い虎(メキラ)がケタケタと笑っており、更にそのすぐ隣では「次行くわよ次」と拒が痺れを切らしていた。


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