【4】「交戦開始」
閃光の余韻が緩やかに晴れていく。
車の往来が皆無な状況に合わせたように、信号もさっぱり動作していない無人の交差点。そこではいつの間にか二つの人影が相対していた。
両者ともに高校生辺りと思しい少年風貌である。一人は小柄な体付きでキャスケット帽を目深に被り、もう一人は対照的に大柄で屈強そうな体格をしている。服装は各々デザインの異なる制服姿。それぞれ所属の違う学生同士と見て取ることが出来た。
装いの上で二人に共通していることは大きく二点あった。喉元にぴったりと張り付くような黒いチョーカーを身に付けている――それが、まず一点。
そしてもう一点。
――小柄な少年は、先端が僅かに鉤状に曲がった白くて細長い杖のような機械を手にしており。
――大柄な少年は、板金を鍛接したような古式ゆかしい金色の肩鎧を右腕全体へと填めている。
二人が二人ともおよそ尋常ならざる所有物を携えているのだ。
互いに鋭い視線で動き出しの瞬間を牽制し合っている。緊迫した空気が窓ガラス一枚隔てたこちらにまでひしひしと伝わって来るようだった。
※ ※ ※ ※ ※
「な、なんスか? 何が始まってるんですよ?」
「どっかから後方支援やら別勢力やらが睨みを利かせてる様子も無し…。となりゃ見ての通りの一騎打ちだな」
この対戦カードならピックアップされるかもな。
稜牙はそう呟きながら前掛けのポケットからテレビのリモコンを取り出した。『Wolf in forest』店内の片隅に吊り下げられているプラズマテレビに電源が入る。白黒と三毛次は揃ってグリンと首を回し、画面を注視し始めた。
映像が結ばれる。まず写ったのは、どこかくたびれたスーツ姿でテンション低めの目付きをしているなんだかパッとしないあんちゃんだった。
『戌亥ポートアイランド二〇〇万の島民の皆様、学生区上空八〇メートル無音ステルスヘリ機内空中実況中継ブースよりこんにちは。どうも、俺です』
誰だよ。
思わずそうツッコミたくもなるような第一声と共、あんちゃんはネクタイの結び目へ片手を伸ばしてちょいちょいと弄る。でも全然ナナメっているままだった。
『今年四月の合戦、実況とか解説とかまああれこれテキトーに注釈したりするのは、戌亥ケーブルテレビの体当たり気味リポーター、就職二年目独身男代表・月上と――』
<お茶の間のあいどる、らぶりぃ氏神のミコト様なのじゃ!>
『――で、お送りしております。っておい、ミコト。あんまり引っ付くなよ離れろよ』
テレビで喋る仕事らしからぬなだらかなテンションの持ち主・リポーター月上に続いて、甲高い声をした赤い着物姿の幼女が画面内に押し入って来た。リポーター月上の首っ玉にしがみつくやカメラ目掛けて親指と人差し指をびしりと立てている。一般的なVサインの仕方をちょっと間違えて覚えているようなスメルがプンプンしていた。でもすんごい笑顔だった。なんかもうそれだけでなんもかんもオッケーとしてしまいたくなるような弾ける笑顔だった。
画面右上には〝LIVE〟の文字。
そして画面下部には横一列に、睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月・文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走、旧暦の月の名が全部で十二、まるで野球中継番組のストライクカウント枠のようにズラリと並んでいる。その中にはそれぞれ「残存兵力」と冠された二桁の数字やら「戦功点」と冠された三桁の数字やらが表示されていた。中には光を失って灰色表示になっている枠もある。
「大加美殿。この番組は〝どっぐふぁいと〟のことを――?」
「ああ。島内に生中継してる。視聴率的にはいっぱしの怪物番組――まあ、放映されんのは月に一度なワケだがな」
ほほう、と袖下で腕を組みながらテレビに見入る三毛次。白黒はというと表通りを見ればいいのかテレビを見ればいいのかと言わんばかりの調子で首をグルングルンさせていた。
リポーター月上は首から離れたかと思えば今度は頭の上に乗っかり始めたミコト様とやらをそのまんまにしつつ、手元の紙束をもそもそとまくりながら片手のマイクに向かって喋っている。
『今月の合戦も従来通りのルールで開催されてます。戦場は学生区路上全域および各学院敷地内。生徒会、学連委員、風紀委員、電算委員、用具委員、放送委員、寮監委員、美化委員、保健委員、図書委員――各学院ごとに十団体の〝委員会〟からの委員長達及び各委員長自由選抜最大五名からなるチームによる、生徒会長が陥落されるか校旗を持ってかれるで決する単純明快自由競争です、と』
<今さっき水無月のかいちょーが睦月の輩にしてやられたのじゃ。とどめは瞬間移動させられての強制場外。ふーむ、うまいことやったのう>
『文月・長月は今回まさかの同盟を結成しての合戦参戦。長いこといいようにやられてきた師走相手に見事に校旗奪取、見事雪辱を果たしてのけたみたいですよ。――しかし誰も神無月の陣地にまで手を出さないのは相変わらず。不動の王者〝オール・イン・ワン〟神無月学院に楯突く気合の入ったDOGSは今月も現れないのでしょうか?』
<知っておるぞ。こういうのをちきんと言うのじゃ>
『無闇に毒舌属性開拓しようとするの止めろよお前…。――おっと、ここで次の接近遭遇が出ました。っていうか出てました。対戦カードは〝超科学兵器の牙城〟如月バーサス〝魔術師達の穴蔵〟弥生。場所は西側管理セクション付近路上。超科学と魔術のガチ対決ってことで、一画面めいっぱいでピックアップさせて貰いまーす。別にいいっすよねプロデューサー?』
リポーター月上とミコト様が画面の片隅に追い遣られるようにしてでっかい分割画面が現れる。そこに映っているのは、白黒が窓にへばりついてガラスを皮脂でベタベタ汚しながら(稜牙に頭をぶたれて引き剥がされた)今まさにガン見している表通りの光景だった。
『如月DOGSは風紀委員会所属の高等部一年、得物の名前にして通り名〝死神の鎌〟で知られる押しも押されぬ期待のエース桜花晃――』
<これ京平、ワシにも読ませぬか。…んん、ごほんごほん。対する弥生からは美化委員長のおでましじゃ! 自陣を離れてこんな所で戦功点稼ぎをしておったのか! 高等部三年、名は八坂櫓だそうじゃ。人は奴を〝一ツ目巨人〟と呼ばわるそうじゃな。…? 彼奴に目玉は二つ並んでおろうに、何故に一ツ目なのじゃ? よく分からん>
睨み合っていた両者の内、先に動いたのは肩鎧の少年の方だった。目を片方ぎゅっとつぶると同時、金色の板金に覆われた右掌をアスファルトの地面目掛けて叩き付ける。
バキバキバキィ! と足元に亀裂が広がった。まるでテーブル上に敷かれたコピー用紙を握り潰しつつ持ち上げるかのように、右手へ石塊がゴチャゴチャと凝集していく。
そして――右腕が天高く振り上げられる。
するとその手には石を削り出してとりあえず形だけ整えたかのような、粗雑なつくりの巨大な手斧が掌握されていた。
「フオオオオ――! なんですよ!? なんですよアレ!? あんな術は見たことねっスよ!?」
「あれは鍛冶の術でございやしょうか…? 一本ダタラか、でなけりゃァ天目一個神か――いや。違う。どうやら日本の術じゃありやせんね」
『おおーっと早速出ましたね八坂櫓のお家芸。…っていうかアレやらなきゃ始まらないんでしょうけどね。とにもかくにも理論体系的には北欧神話ベース、単なる怪物でなく鍛冶神としての一ツ目巨人を原典に引っ張って来たとかいう触れ込みの武器作りの術理だそうですよ。…コラ判ったかミコト。判ったらでしゃばらないでじっとしてろ』
「三毛次っつったよな。なかなか鋭いんだな、あんた。鍛冶関連ってとこまでは合ってたみたいだぜ」
通り名〝一ツ目巨人〟――〝魔術師達の穴蔵〟弥生学院美化委員長・八坂櫓がアスファルト製の手斧を右腕一本で構える。
体格上、言うまでもなくリーチの上ならば圧倒的に有利。その口端には安堵混じりのような笑みが見られた。
キャスケット帽の少年――〝超科学兵器の牙城〟如月学院・風紀委員、桜花晃。通り名〝死神の鎌〟。対する彼もまた動きを見せた。手首のスナップだけで掌を翻し、袖口から飛び出させた手頃な大きさの黒く四角く細長い硬質な「何か」をしっかと掌握、手にする杖型機械の側面が変形可動し出現したスロットへと熟練の挙動で差し込む。
スロットはすぐに自動で閉鎖される。機械表面にうっすら見て取れた「継ぎ目」もすぐに完全に見えなくなった。
何かを装填した。そう見て取れる光景だった。
両者ともに臨戦態勢へ突入。
膠着の時は終わった。
互いに互い目掛けて走り出たなら、恐らく秒足らずで激突が始まる。
〝――如月学院、桜花晃。交戦開始〟
〝――弥生学院、八坂櫓。交戦開始〟
両者それぞれの首輪が合成音を発する。二人の後ろ足が疾走の為に地面を蹴り立てた。