【9】「ホットワインで乾杯だ」
先刻の電算委員会の時から続けて、また白黒の頭には映画の喩えが思い浮かんだ。
共有棟・地下一階。『用具委員会本部』と銘打たれた扉を潜ると、そこにはまるでアメリカの警察映画に出て来る武器庫のような光景が広がっていた。
――というのも、とどのつまり。
――目の前いっぱいに広がる鉄製のフェンスを仕切りとして、物々しいにもほどがある窓口が設けられているのだ。
「ここが用具委員会。授業や各委員会の活動なんかに必要な備品の購入・配布・管理を担当してるわ。物が例えチョークの一本だろうが基本的にここで受け取ることになるわね」
部屋面積の七分の三が『こちら側、用具委員以外立ち入り禁止 ~KEEP OUT!~』の表示が掲げられた〝フェンス向こう側〟で占められている室内。拒が今した説明に相応しく、様々な物で溢れ返った向こうと、それから純粋に地下という立地もあって、先の電算委員会本部などよりも一層薄暗い場所だった。
しかし足元がゴチャゴチャしているならまだしも、暗い程度では白黒にしてみれば苦でもなんでもない(なんせ猫はそもそも夜行性だ)。今度は特にどんな周辺被害を出すでもなく白黒は拒の後ろをヒョコヒョコ着いて歩いていた。
「調理室の食器、地球儀なんかの小物、リトマス試験紙みたいな〝普通〟の消耗品。魔術寄りのオカルト専攻の学科で言うなら札なり聖水なり儀式用短剣なり――マジックアイテム的なそういうアレも含めて、要するになんでもかんでも管理してるわ。授業で使う銃火器なんかもここの管轄だから、この委員会で長くやってれば相応の知識があれこれと身に付く所でしょうね」
「ヌ? ちょいと待って下さいわ、会長サン! 色んなブツをあれこれどうこうするのは学連委員の人らがやってます購買部の仕事なんでねっスか?」
「その〝我ながらいかした着眼点!〟って感じの顔をこっちに向けるんじゃないわよぶっ潰すわよ? ――仕入れた物を販売して利潤を得る学連委員と、あくまで公的な備品を管理する用具委員会、この通り活動内容は全く別物よ。用具委員は販売なんかはしないわ」
庶務に流通、小売業。この辺りの進路に役立つスキルが否応無しに磨かれる委員会だと、そう拒は説明を続けた。
「しっかし、銃火器って言いましたかよ? 今更ですけどもそんなモンまで持ち出しちゃうんですわなー、この島の学校生活ってなァ」
「銃器って言えば本土はおろか世界各国共通で〝民間レベルでは問答無用の暴力〟の代名詞だからね。実践オカルトのいい〝比較対象〟になるのよ」
「…まあ中にはハジキを弾速ン十倍にしてぶっぱなすすようなドとんでもねえコラボレーションの使い手なんかも居るようですけどな…」
「は? ふざけてんじゃないわよ?」
ふとこちらを振り返った拒から、鋭い視線が送り込まれて来る。
刃のような目付き、どころの騒ぎではない。迫力だけで言うならもう既に相手の心臓に鉈をぶっ込む所まで行っているかのようだった。白黒としては萎縮せざるを得ない。
「ン十倍? 舐めてるのアンタ? 百倍突破するわよ」
「ってそっちで怒ってたんスか!?」
真実とは常に恐ろしいものだった。
「ヘェーイ、ヨゥヨゥヨゥ。ワァッツハプン、会長? 随分と御機嫌だな」
拒にグイグイ威圧されて白黒がなんかもう涙目になっていた、その時。くだんの鉄製フェンスの向こう、カウンター窓口の中から声が聞こえて来た。
「ワオ。そっちのボーイは噂のクレイジー・キャットか。二人仲良くランデヴーって所か? こいつはお祝いをしてやらなきゃな。とびきりでっかいミート・パイでも焼いてやろうか」
そこでは一人の男子生徒がロッキングチェア(あのユラユラ揺れるアレ)にふんぞり返っていた。
シャープな身体付きに、アメリカの映画俳優のような軽くくすんだ金髪に深い碧眼。どうも外国人のようだった。
ともあれ――珍妙な格好をした御仁だった。
制服姿、ではあるのだが、その制服の上に砂色のマントを羽織っている。そのマントというのがあっちこっち穴だらけであからさまにボロボロだった。裾の辺りなどはもうほとんど原型を留めていないに等しい。
その穴の周囲には僅かな焦げ目が付いている。
(――だ、弾痕!?)
白黒はすぐにそう理解した。
弾痕だらけなのはマントだけではない。頭に押し込まれているテンガロンハットも鍔の部分が穴だらけだった。足元を固めているブーツの踵にはギザギザしたローラーが着いており、肩には斜め掛けに渡されたガンベルト、そして腰のホルスターには――もうここまで来れば言うまでもなければ確かめるまでもない――拳銃!
腕を組んでいる拒は、右手の指で左の二の腕をパタパタ叩いている。そして鉄のフェンスを見て「…ちっ」と舌打ちしていた。
――ああ。
――この人をぶっ飛ばそうとしたらここをぶっ壊すことになるから自重してるんスね。
白黒は少し拒の気持ちが分かった気がした。そしてその理解は間違っていなかったりする。
そんな拒と白黒をよそに、さり気に安全圏に居るコスプレガンマン男はスチャッ! とホルスターから拳銃を抜いた。
「俺の名前は」
クルクルクルクルクル。
クルクルクルクルクルクルクルクルクル。
椅子にふんぞり返った姿勢のまま、片手だけでタテヨコナナメ。見事も見事なガンプレイ。
いや早く名乗って下さいわ。
白黒は思わずツッコみそうになった。
「――用具委員長。高等部三年、ビリー・ザ・キッドだ」
虚空に銃口を差し向けて一度引き金をカチン! と空撃ちする。かなりキメキメな角度だった。きっと鏡の前とかで相当練習したポーズに違いなかった。
彼が手にしているのは――銃器生産の元祖・コルト社が歴史上初めて作り上げたダブルアクション機構銃の、それも初期生産モデル。コルト・ライトニング三八口径。
伝説のアウトローの名を名乗り上げた男は、伝説のアウトローが愛用したと伝えられる愛銃を手に、白黒に向けてテンガロンハットの下で片目を閉じて見せた。
「男は皆、生まれた瞬間から荒野に生きる一匹の無法者」
ジャコッとホルスターにライトニングを納めるビリー(自称)。
「YOUみたいなまるで生焼けのミート・パイをぶち撒けたようなクレイジーな奴は嫌いじゃないぜ。これからよろしくな、クレイジー・キャット? YOUがどんな生き様を見せてくれるのか――期待してるぜ! 疲れたならいつでもこのBARに戻ってきな。荒野の旅路の道行きにホットワインで乾杯だ」
「…! ……ッ!! ………ッッ!!!」
白黒はガタガタ震えながら拒にすがり付いた。
変な人だった!
ここまでで一番変な人だった!
と、ここでとんでもないことが起きた。なんと拒は拒で白黒をぶっ飛ばすでもなく、その銀髪頭をベシベシと撫でるに留めたのだった。
「…まあそうよね。サージェントよりも強烈よねある意味、こいつは。こいつだけは」
「ウップス。嫌われちまったか。フゥ…ショックだぜ。俺も一匹狼を貫いて長いが、さすがにマムのミート・パイの味が恋しくなって来たぜ。唐突にな」
「か、ッかかか、会長ザぁーん…! この人! この人、なんかミートパイの話ばっかしてるんですわ…! 異次元どころじゃねーっスよ! 国と時代とノリが違ッ! 違ァーッ!」
「ああもう、分かったわよ分かったわよ、んなこととっくに分かってるわよ…。会議の席なんかじゃ私だって苦労してんのよ」
ほら鼻かみなさいこのバカ、と鼻面にちり紙を押し付けられつつ、白黒は涙目ながらも恐る恐る改めてビリーを見た。今度は指鉄砲で「BANG♪」とか囁かれた。恐ろしさのあまりにまた涙が出て来た。
「アンタ、わけが分からないモノには徹底して弱いのね…? 自分こそ一〇〇パーの人外のくせに」
「う、ううううう宇宙人! 宇宙人ですでよ! …ふえッ、えっぐ…!」
「戌亥は宇宙開発方面の技術に手は出してるけどまだ地球外生命体の確認と迎え入れには成功してないわよ、安心なさい」
「…会長? そこのクレイジー・キャットは本当に〝昨日の奴〟なのか? 随分とハートが弱そうだな」
「キャラが定まってないバカなのよ」
ビリーどころか更に拒にも泣かされた。人型も保てなくなってネコ白黒化する白黒。そのまま、すっかり砕けた腰で部屋の出口を目掛けてズリズリ這いずっていこうとする。
「白黒。一つ私から説明しておくわ」
と、拒が一度嘆息した。
「…ウェ?」
前足で目元をガシガシ擦りながら振り返るネコ白黒。
「そいつの本名は城戸美里。ビリー・ザ・キッドっていうのは漢字の読み方を無理矢理当てはめて調子こいてるだけよ」
「あ、ニャーんだ。つまりはただのイタい人だったってェことですに」
「アァァァァウチ!」
今度はビリーが泣き出した。




