【8】「思考さえあればそれでいい」
そこは整然としているようでいて実際は雑然としている、奇妙な室内空間だった。
天井には普通の教室などよりも若干多めに蛍光灯が取り付けられているのだが、どうにも辺りは薄暗いように感じる。理由は単純。部屋の中に物が溢れ過ぎているからだった。
デスク一つにつき惜しげもなくドカンと置かれている、処理量などはもうとんでもない速度になっていそうなタワー型のパソコン。スクリーンセイバーなんだか、何かの作業量を現しているグラフなんだか、パッと見にはまるで意味不明な色とりどりのゲージを何本も並行して増減伸縮させまくっているモニターの山。壁際にびっちりと押し込まれているのは「学院校舎を巨大ロボにでも変形させる気なんじゃなかろうか」という危惧すら抱かせるようなどでかいコンソール。所々を結束帯でガッチガチに固定された各種コードやケーブル類の束はタコ足というよりかは蜘蛛の巣のような勢いで足元を埋め尽くしている。他にも、取り外された側面カバーの中で光をビカビカ明滅させていたりする、もはや素人には用途の想像も付けられないような謎の機械やら何やらかにやら――
「で、ここが電算委員会」
「…ホアー。パネェですわな、オーイ…? 今ここでパソコンいじってます人ら、一人に付き明らかに自分の目玉よっか多い数のモニターを同時に操作してません?」
こんな所で昼寝でもした日には電磁波で脳味噌がどうにかなってしまうかもしらん、と正直思う。
そんなわけで白黒が次に拒に連れて来られたのは、共有棟内に擁される学院の電子の城・電算委員会本部だった。
「なんつーか、こう――SF映画に出て来ますようなジャンクショップみたいな門構えですわな? 〝特別に見せてやるぜ! こいつが今日の掘り出しモン、GPS測位機能付きのサブ小脳! 現品限りの上モノだ!〟みたいな! ニャーははは」
「っていうかアンタ映画なんて観られた口なの? 野良猫の分際で」
「いやあー。俺めの地元にですねえ、予告編とかでナシに新作DVDの〝本編映像〟を営業時間中ずーっと店頭テレビで垂れ流しっパっつー素敵なレンタル屋がありましてよ? よくかぶりつきで観てましたモンですわ! 凄いですよなー。二時間そこに居るだけで映画一本タダで観られちまうワケですでよ、これ」
「…暇な妖怪も居たもんねぇ…」
ったく社会の仕組みよりも先に架空の物語ばっか頭にインストールしてるからバカになったのねこのバカ、とかなんとか言いながら、何人かの委員会生徒がキーボードに向き合って何やら各々作業している中をズンズン進んでいく拒。危なげない彼女の足取りに対し白黒はそちこちのケーブルでいちいちつまづき掛けていた。
というか事実ずっこけた。
コネクタで繋ぎ合わされていたケーブル同士がその部分からブツッと引っこ抜けた。
部屋のそこかしこから「おぼおっ!?」「ぐあハングった!?」という悲鳴が上がり始める。
「…。……。…………」
白黒二色プレゼンツ、奇跡の早業。とりあえず問題の線を元通りに繋いでおいた。
ふと拒がこちらを振り返る。
白黒はもうその時には後頭部で両手を組みながらド下手な口笛を吹いている所だった。
「なな、会長サン会長サーン。時にこの部屋ン中、なんだか肌寒くねっスか…?」
自分の肩を抱き合わせてあからさまにガッタガタ震え始める白黒。吐く息も白く――とまでは行かないが、唇がちょっぴり青くなっているのは事実だった。
「あら大変。きっと電磁波で脳がやられて体感温度が狂い始めてるのよ」
「ニャんてこった! 白装束着ればシャットアウト出来ますかね!」
「…。……。………。冷房が回ってるからよ」
委員会紹介も四件目。まだ折り返し地点にすら到達していないのに本気で疲れて来た風の拒は、こめかみを押さえながら真実を告げてやった。
「これだけの機械がこれだけ密集して同時に運用されてるから、各機器の放熱ファンだけじゃ追っ付かないのよ。もし冷房使わなかったら使わなかったで、この部屋に居る人間全員蒸し上がるか熱中症で倒れるかするでしょうね」
そこら辺の生徒達を見回しながら恐ろしいことをしれっとのたまう生徒会長。色々と言われている当人達は、まるで現世から逃避するかのように皆一様にヘッドフォンを装着し始めていた。
「冬場なんかはむしろ冷房回してて常温になるくらいだから逆に過ごし勢い部屋になるわけだけど。とりあえず、間違っても昼寝しに来ようとか思うんじゃないわよ?」
「キエー! 分かってますやい! …っつーか、そかそか。冷房でしたかよ。俺めはてっきり――」
白黒はふと壁際に目を遣った。
壁に沿ってズラリと並べられているのは、表面で幾つものランプをチカチカさせながら部屋中のコード類をあちこちから掻き集めて咥え込んでいる、背が高い黒の直方体で――
「あすこに並んだ冷蔵庫の仕業かとでも思ってましたわ」
顎に指を添えながら、ヌヌヌとしかつめらしい表情を見せる。と、その白黒の頭が拒にひっぱたかれた。
「ギャース!?」
一発では終わらなかった。また続けてひっぱたかれる。
「ちょ、いきなしなんですかよ会長サン!?」
もう一発。
「…え? 何? ななななんスか? え、俺めが何か間違ったこと言っちまいましたようなカンジでしょうかや?」
もう一発。もう一発。
「キィエエエー! いやマジでなんなんですよ!? 間違ったこと言っちまってましたなら言っちまってましたで、なんだかんだでキチンと正答を教えてくれて来たじゃニャーですか! おたく自分で自分の伝統をないがしろにしてますでよ、今! 今まさに! ナウ!」
何を言われようが拒は白黒の頭を張り続けた。
スパコン!
スパコン!
冷蔵庫に非ず。
スパコンなのである。
「じゃあとりあえず説明ね。電算委員会――だいたい見ての通り察しの通りの活動をしてる輩よ」
「〝ぺんたごん〟相手にサイバーテロを仕掛けてるんですわな」
「何の映画の話してんのよこのバカ! しかもアンタ米国防総省って言葉の意味絶対理解してないわよね!? …ったく。そもそも電算委員はクラッカーじゃなくてハッカー。まずはそこを認識なさい。――ところでクラッカーとハッカーの違いくらいは分かるわよね?」
分からないなら分からないって正直に言いなさいズレたことぬかしたら東京湾までブッ飛ばすわよと目で口ほどに物を語る拒を前に、白黒は得意顔で、
「喩えるなら、爆弾テロリストと発破解体技師の違いっスよね? どんな専門スキルも要は使いようー、的な」
「…。……。………」
「ギャース!? な、なんで俺めは今ぶたれたんスか!?」
「計らずも少しうまい喩えだったからイラッとしたのよ」
「ギャー理不尽! 開き直るとかそれどころの話ですらねーっスわ!」
白黒が相変わらず拒に一方的にどつかれていた、その時。ちょうど二人が通り掛かった横手の大型モニターに波形のラインが唐突に生じた。
『成る程。確かに』
刑事ドラマで誘拐犯が電話越しに語り掛けて来る時のそれのような、あからさまに電気的にくぐもった胡散臭い音程。
『技術それ自体には何の悪性も無い所、関わる人間の次第で白くもなれば黒くもなるという。摂理だね』
言葉が紡がれるのに応じてその波形がグニャグニャ揺れる。何かの音声ソフトが起動しているようだった。
「…ウェ? だ、誰ですよ?」
『僕は高等部二年の久方悠。この電算委員会の長を務めている。こうして直接逢うのは初めてになるね、名簿に存在しなかった君』
「ヌヌヌ? 名簿に、存在しなかった…? えーっと、俺めのこと言ってるんスか?」
会話が成立するモニターを驚き半分好奇心半分の顔で眺め上げている白黒をさておき、拒はズカズカと手近な席へと近付いていく。
「昨日アンタが飛び出して来た時、アンタがどこかの学院の生徒なのかって調べを入れてたのよ。この委員会がね。――ほら、悠。人と話す時は顔をこっちに向けなさいこの根暗」
オフィスチェアの背もたれを引っ掴み、ぐるーん、と回す。
『…む』
果たしてその椅子の上に座っていたのは――というか椅子の上に体育座りで、えらく不健康そうな態勢だった――色白も色白、モヤシもモヤシ、先の風紀委員長・御雷と腕相撲でもした日には複雑骨折を負うこと必至そうな男子生徒だった。
感情の薄い表情。
目付きはデフォルトで半目。
ズルズル伸びている後ろ髪は上向きに髪留めで結えられている。
まるで冷え性を堪えるかのように両肩を抱いている――その手には、機械製のグローブが填められていた。その機構の中に搭載されているのは電気で収縮する人工筋肉なんだか小型のモーターなんだか、とにかくほんの少しその指が蠢く度にウィンウィンという駆動音が聴こえて来る。
『意思を疎通したければそこに意思だけがあればいい。顔を対面させることにどんな意味があるというんだい? 不要だ。全く以って不要だ。無駄としか言いようが無いね。僕という思考は全てこの電脳を経由して電脳の中で醸成され電脳から発信される。〇.〇〇〇〇〇〇〇〇〇一パーセントの齟齬だって有り得ない。表情筋に依存したコミュニケーションこそ下等かつ原始的だよ。会長、君はもっと未来に生きるべきだ』
メカメカしい指がもぞもぞ動くに合わせて、電算委員長――悠が向き合っていたコンソールのそこかしこでバババババッと明かりが跳ね回る。どうやら遠隔操作で「タイピングをしていることにする」何かしらが働きでもしているらしい。
それで音声ソフトを走らせているということか。
白黒は喋っているモニターを見ればいいのか悠本人を見ればいいのか、視線をそっちこっちの間でウロウロさせているのだった。
「…会長サーン。仮にも委員長なんでしょうに、ここに、こう、思いっきし社会にあんまり適合出来てなさそうな人が一人居るワケなんですけども…。そこんトコ、さっき説明してくれました委員会活動理念的にどうなんスか?」
「バカにバカって言われてるわよ、悠。ただのバカだと思われたくなかったらこの委員会についての説明でもなさい」
『ふっ。上等だ』
割と情緒的な人ではあるらしかった。
『ここ電算委員会は学院の電脳設備にまつわる雑事のあらかたを取り仕切っている。なまじ超科学に突入した技術水準を運用する島で使用されている機器類だからね。どうしたって専門的な管理運用にはそれに特化した人材が要る。その必要に駆られて設置されたセクションというわけさ』
――学内イントラネットの設備管理。
――学院ホームページの運営と更新。
――情報の収集と分析による、他委員会の活動支援補佐。
SE、電子系の技術者、その他にはネットポリスなどなど――そういった進路の選択者が多いということも続けて悠は説明した。
『電脳魔術師なり電脳召喚師なり、その手の能力者は大体この委員会の所属になるのが通例といった所だね』
「ヌヌ? にゅー、ろ…?」
『かく言う僕自身は電脳魔術師。組み上げた呪文を電子の速度でプログラム上に走らせて〝新時代の魔術〟を追求する、いちいち黴臭い巻物を捲り返すような無駄も無駄な無駄極まりない無駄などには捉われない、最大効率の奇跡使いさ』
「懲りないわね、アンタ…。この間は吹くだけ吹いて〝禁書殺し〟にボッコボコに凹まされてた癖に」
『くぁwせdrftgyふじこlp;@:』
電算委員長が何やらバグり始めた。
拒に命令されたので、白黒は悠の頭をペンペン叩いてみた。
『僕は冷静だ』
直ってしまった。
「と、とにかく? まあとどのつまりアレですに? さっきは他委員会の活動支援補佐ー、なんて言ってましたけどもよ、要するにおたくらは情報屋的立ち位置なんですわな!」
『? 成る程、そういう解釈もあったか。――なかなかどうして君は慧眼の持ち主だね、白黒君。君の今の言葉はデスクトップにMP3ファイルで保存させて貰おう』
「…なんだかんだで仲良くなるの早いわね…」
さっきの風紀委員長といい。
拒はどこか微妙な表情で白黒の銀髪頭を眺めていた。
「それにしても――なんだって自分の口で喋らないんですよ、おたく? その、病気――とかってェワケじゃァないんですよな?」
『理由は単純。無駄だからだよ』
音声ソフトが言葉を発する大型モニターを背後に、白黒に向かって椅子を回しながら、悠。
『脳内で思考を発して体内塩基を経由し電気信号を走らせ筋肉を動作させた末に口腔舌根を操縦する――無駄なんだ。意思を取り交わす為に意思を発するなら〝こちら〟の方法が格段に効率的。それだけのことさ。余分な筋繊維を揺り動かしているくらいなら、僕はそのエネルギーを全て脳活動に傾注する。効率、そして優先順位の問題だよ。しかし思考だけで生きるあまり肉体運動を停滞させ過ぎるのも無論問題だ。だから僕はこの通り妥協している。思考操縦ではなく〝十本指を動かす〟という神経伝達による機械の遠隔操縦。この方法を採ることでね。――発話は億劫だ。思考さえあればそれでいい。それがいい。それでいい』
「か、ッかかかかか、会長サーン…! 俺め、このユー君って人のことがぼちぼち怖くなって来ましたわ! これがSF映画だと人類に反乱を起こすようになった機械を作ったヤツだったりするクチでしょうさ、この人! この思考!」
「るっさいわね引っ付くんじゃねーわよ!」
白黒が拒に眉間をゴスゴス殴られている、その時だった。
「へっくしょん」
くしゃみをした。
悠がくしゃみをした。
すげー普通に口から音を発してしまっていた。あれだけの仰々しい長ゼリフを並べておいて。その矢先に。
「…。……。………」
「…。……。………」
「…。……。………」
三者、沈黙。
まあくしゃみをしてしまうのも致し方なし。この部屋は結構冷えるのだ。




