【7】「漢らしくないぜ」
拒に着いて共有棟の中を往く白黒は、階段上り口の脇に張られている階層案内表示を見ていてふと気付く。
「ぶっちゃけた話、各委員会の本部はこの建物ン中に凝縮されてるワケですな?」
「まあそうなるわね」
「しっかし、しましたらよー? 生徒会室だけ高等部の三階に追い遣られてるってェのが、こう、なんつーかハブられてる感が一層際立つって言いますか――」
「よくよく分かったわ。アンタは基本的に余計な二言目を口にしないと気が済まないバカなのね。ちょっと近くに寄りなさい。憐れんでやるわ」
憂わしげな溜め息を零しながら白黒の耳をぐいぐい捻じり上げる拒。ギャー耳無し芳一ゴッコ!? 会長サンが平家の亡霊役っスか!? 助けておっしょーさん! とかなんとか悲鳴を上げまくる白黒を適当な所で解放し、拒はズカズカと廊下を先導していく。
「さっきも言ったでしょ? 生徒会役員はね、頭数が絞られてるの。だから大人数を抱え込んで運営されてる他の委員会に場所を譲ってるだけの話よ」
ニャるほどそれじゃァ別に会長サンのことが怖くって隔離されてるってワケじゃないんですに?
そう考えはした。
だがまさか口にはしなかった。
しかしそれでも拒の顔はグルン! と唐突にこちらを振り返った。眼鏡のレンズが光を跳ねて瞳の様子を窺えなくしている様が異様に恐怖を煽って来る。白黒は尻から猫尻尾をバビョンと飛び出させて大いにびびった。
「…。……。………」
「…。……。………」
「――次は風紀委員会を案内してやるわ。生徒会・学連委員に続く三大組織の一角、学内警察――いわば〝司法〟のセクションよ」
「は、はヒ」
ほとんど裏返った声で返事をするくらいしか白黒に取れるリアクションは無かった。拒は「ふん」と呟くと、また前を向いて威風堂々たる足取りを再開する。
(念動力だけじゃないんでねっスか!? 実は読心とかも使えちゃうクチだったりしません!?)
心の中で大いに騒ぎまくってみるが、しかし拒がまたいきなり振り返って来るようなことは無かった。どうやら読心は専門外でいらっしゃるようで、白黒は多少ばかり安堵を覚えた。
※ ※ ※ ※ ※
その戸口の上には『風紀委員会本部』というプレートが掲げられている。
そんでもってその横には『綱紀粛正』やら『士道不覚悟』やら、何故だか異様に仰々しい文言が何故だか異様に達筆な筆字で記された半紙が吊るされていた。
「ヌヌヌ。ニャんという達筆。こいつァ書道の段持ちの仕事と見受けましたでよ」
「? あら、意外ね…。というか不愉快なくらいに慮外ね。アンタ、そういうの分かるの?」
「フッフフー。読み書きの類は子猫の時分っから三毛次にさんざ仕込まれてましたからなー。なー。ニャー」
かくして拒と白黒は風紀委員会本部前へとやって来た。
拒が「私が邪魔だと思うなら話を聞くわ。該当者は一歩前へ出て一列に並びなさい。横によ」と言いながらガラリと戸を開く。ひょっとすると〝邪魔するわよ〟と普通に言えない病気か何かを患っているのかもしれないと白黒は拒のことを不憫に思った。
室内は黒板部分をぶち抜いて一般教室を三つ四つ繋ぎ合わせたくらいの間取りだった。木とスチールで組まれている学生然とした机椅子、の上に、新旧様々なデスクトップPC(モニター部分がずんぐりとでかいか異様に薄いかくらいかでしか白黒には見分けが付けられなかったが)がズラリと並んでいる。
これで机を全てスチール製の事務机に入れ替えたら、刑事ドラマの署内シーンのようになるんじゃなかろうか。白黒はそんなことを漠然と考えた。
「あ、会長。ちゃーす」
「おはざーっす」
「っつかれーっす」
中では山積みの書類を抱えて右往左往している生徒の姿が数人ばかり。彼らは皆、制服姿の上に『風紀委員』と書かれた腕章を身に付けている。公認自由時間のような現在、ダラダラ過ごすよりもこうして委員会の仕事の方に勤しむ生徒も居るということらしかった。
「ン、ところでパターンがぼちぼち読めて来ましたでよ? さては各委員会の人らは各々あの腕章で身分を明らかにしてるワケですな! さっき購買部じゃァ『学連委員』って腕章付けてます人が動き回ってましたしよ!」
「まあ基本的にはそうよ」
ちょっと世間知らずに社会見学させてるからこの銀髪のガキのことは野良猫か何かだと思っててくれていいわよ、と周囲に言い含めていた拒は、ふと部屋の片隅へと顎をしゃくって見せる。
――白黒が釣られて視線を向けた先。
そこには薄手の羽織を袖を通さずに肩へ引っ掛けて佇む、一人の女生徒の姿があった。
『風紀委員』と刺繍された腕章。加えて、羽織の胸元には紅葉をあしらった神無月の校章デザインが染め抜かれている。
(…し、新撰組隊士…?)
白黒が思わずそんなイメージを着想したのも無理はない。なんせその女生徒は帯刀しているのだ。
白塗りの鞘。柄には飾り紐のワンポイント。虚のようなどこか砕けた雰囲気で腰に刀を帯びているのとは、何か違う。
むしろ彼女自身こそが一本の刀であるかのような。
張り詰めた鋼糸を極限まで引き絞ったかのような。
問答無用に「真剣」の気迫で周囲の空気を研ぎ上げて研ぎ澄ましている――そんな佇まいだった。
ちょっと眺めてみていればすぐに理解出来る。身体の正中線が地面に対してびっくりするくらい垂直なのだ(自分は油断するとすぐ猫背になってしまうだけによく分かる)。訓練の賜物か。それとも天性か。
なんにせよ、ただそこに居られるだけで武人の気位的なアレがとんでもない練度で感じさせられる――
「…? ヌヌ? 俺め、またもやデジャビュなカンジでお送りしておりますでよ」
拒の後ろを出、作務衣姿の銀髪小僧はひょこひょことその彼女へと近付いていってみる。
顔立ちしかり雰囲気然り、漢字一字で表せというならば、迷わず「凛」の一文字を誰でも選ぶような、そんな女生徒である。今はぴたりと瞑目しているにも関わらず、周囲の人の動きはおろか空気の流れの一筋まで完璧に把握し抜いているかのような、そんな隙の無さ――油断の無さを感じる。その辺の消しゴムでも投げ付けてみたらあの格好のまま指二本でキャッチしてのけそうな、そんな確信に近い予感が感じられた。
して、とにもかくにも既視感である。
――その羽織姿の帯刀女生徒。
――際立って流れている前髪の一房には、落ち着いた風合いの緑のメッシュ。
(そういや顔立ちの方も、さりげにそっくりなような…?)
1-Aで隣の席になった親切で明るい〝彼女〟の身長を縦に伸ばしてみると、こちらの〝彼女〟とぴったりシルエットが重なってきそうな気がするが、さて――?
ちなみに余談だが。
胸の大きさの方はすげー似たり寄ったりだった。
ぶっちゃけて言ってしまえば、あんまり大きくなかった。
「姐さん姐さん。あの件の目撃証言まとめ、どうします?」
と。クリアファイルに収められた書類片手の男子生徒が、当の彼女へと近付いていく。
「どの件だ」
口が開かれた。言葉少なの、凛然たる声。
「先月中旬の夜、第十学区で――」
「…『空を翔ける大きな銀色の狼を見た』?」
「ええ、それです。どうします? 特にあれからなんにも進展ないわけですけど」
「長月の生徒が何かすればそれくらいのものはいくらでも出るだろう。特に何も被害報告らしきものは上がっていない上に、戌亥警察や〝番犬〟の方からも特に協力や情報提供の要請は回って来てもいない。資料室行きで構うまい」
「了解す」
指示を出すのも慣れた様子。物事の裁可権限も持っている様子。
「しゃあー! こっちゃのパターンも読めて来ましたでよ! ななな、会長サン会長サン会長サン会長サン会長サン? あすこのカノジョはさてはここの委員長っスね?」
「違うわよ。あれは副委員長」
っていうかまとわり付くんじゃないわよ煩わしい鬱陶しい騒がしい腹ただしい疎ましい、とばかりに白黒を蹴り剥がしながら、得意顔を文字通り一蹴してのける拒。
「ヌーヌヌヌ。ニャんというミステイク。結構な猛者とお見受けしたんですけども。でもでも、あの表の〝書〟をしたためましたのは多分カノジョですよな? そんな気がしまさ」
床に這い蹲らされた白黒は、そのまま、じー、とくだんの羽織少女を見上げてみる。
目が合った。
しゅたっ、と手を上げてみる白黒。
しばらく相手はすがめた目付きで視線を返して来ていたが――やがて立ち位置をスッと離れて、室内のどこかへと行ってしまった。
「アルェ」
挨拶どころか自己紹介すら発生しなかった。白黒はその場にあぐらを組んで、一体なんなんでしょニャんなんでしょと小首を傾げていた。
「全く、揃いも揃って性格に癖がありまくる家系だこと…」
「ウェ? 〝家系〟?」
「まあいいわ。とにかくここが風紀委員会よ。やってることの都合上、戦闘向きの能力者の他、鑑識じみた真似が出来る探査系の能力者なんかで構成されてるわ」
傾げた首が更に傾げられて直角になっている白黒をさておき、拒は組織概要をざっと語る。
学内警察・風紀委員会。
生徒の生命と身体と財産の保護――と言うといささか仰々しいかもしれないが、とにかく主な仕事は校則違反や学内犯罪の防止運動・捜査・取り締まり。喧嘩の仲裁然り、学内警察の二つ名に相応しく、警察組織がやるようなことはおおよそやっている組織である。その行動半径は学院内のみならず自学院が存在する学区内にも及ぶと拒は説明してくれた。ちなみに十二学院の周辺ごとに符番されている学区の境目などでは、刑事ドラマさながらの管轄あれこれといった他学院風紀委員とのやり取りも珍しくないとも付け加えた。
所属者が将来的に考える大体の就職先というと、これまた安直。警察関係、法曹関係、警備会社――まさにここで培ったスキルをそのまま活かせる職場である。
「とりあえず、あくまで〝学内警察〟というのが基本よ。扱ったケースの重さに応じてひっ捕らえたバカの身柄を戌亥警察に引き渡すこともあれば、そこから協力要請を請けて動いたりすることもあるけれど」
「と、スミマセ会長サン! ストップ! その戌亥警察ってなァ一体何者なんですよ? フツーの警察とは違うんスか?」
ハイハイハイハイハハイのハーイ、と挙手しまくりながら白黒が質問をぶつけると、拒からは思いっ切り見下げ果てたような視線が返って来た。
「…白黒…。アンタ、仮にも極道の真似事に身をやつしてるらしい癖に、これから新生活始めようって社会で警察権のことにも気を払わないわけ? すこぶる意味不明かつ破綻したバカね」
「キエー! そうバカバカ言わないで下さいわ!」
「そう思うならそれなりの努力を見せなさいこのバカ! ったく、一から一〇から〇から百まで面倒臭いわね…。いい? 戌亥警察っていうのは、この独立行政区を総括する正規警察権。戌亥ポートアイランドだけに〝にゃるほどつまりは犬のお巡りさんっすね! 俺めも昔迷子になった時にゃぁ世話になりましたわ!〟とか言い出したら本気で捻じ切るわよ」
「ギャー読心!? おたく、念動力だけじゃなかったんスねやっぱし――!」
「――まあまあ。少し手柔らかにしてやれ、会長」
割り込んで来る声があった。
拒と白黒、二人して視線を転じる。そこには二メートルあるかないかくらいの高身長な男子が立っていた。
袖を通さずにブレザーを肩に引っ掛け、ワイシャツの腕に風紀委員会の腕章を填めている、実にマッシブなあんちゃんだった。というか現在進行で片手はダンベル運動中だった。揺れる重石がガッチャガッチャと金属音を立てている。
先の羽織少女よろしく、見ているこっちがヒヤリとさせられるくらいその背筋にはぶれが無い。羽織少女の姿勢を完全に垂直な正中線と喩えるなら、こちらは背骨に鉄の柱でも打ち込んでいるかのような、そういう剛健さが感じられた。
そして金髪だった。
だが金髪は金髪でも妙ちきりんな金髪だった。
地毛の黒髪がガッツリ斑状になっており、なんというか「虎!」という感じの頭髪になっているのだ。ひょっとすると意図してそう染めているのかもしれない。
そしてそんな髪は、一体どんなワックスでどんな固め方をしているのやら、あっちこっちに向けてジグザグに跳ねていた。
戯画化された雷。
白黒はすぐにそれを連想した。
「本当に昨日来たばっかりだって言うんだろ? なら多少勝手が分からないくらいは仕方ないさ。あまり新参を虐めてやるな」
そう言って、拒目掛けて(ダンベルを持ってる方の手で)親指をビッと立てて見せるカミナリ頭のマッシブ男子。
「そんなのは漢らしくないぜ――会長!」
白黒には何が起きたのか分からなかった。
ただ次の瞬間、カミナリ頭が宙を舞っていた。
とりあえず、彼の顎の辺りからズドゴォン! という音が聞こえてはいたので、ああ会長サンの黄金の右が炸裂したんですわな、という理解だけはあった。ただ何が起きたのかは本当に分からなかった。アッパーだったのかフックだったのか、それとも掌底だったのか。幸い他人事なので色々と冷静に物思う余裕だけはあった。
「フッ…。効いたぜ会長、今の平手」
平手だったらしい。
喰らった本人はきちんと見切っていたらしい。
というか当学院の生徒会長は平手だけで人をあんなに吹っ飛ばすらしい。今更だが。
「そう。良かったわね。漢らしかったわね」
「おっと、そう言ってくれるのか? …成る程な。また一つ磨きが掛かっちまったか」
「ギャーまたヘンな人ですわあー!」
顎を手の甲で擦りながらよろよろと立ち上がる、何やら漢らしさという代物に並々ならぬ矜持と執着があるらしいカミナリ頭を相手に、白黒としてはやはり戦慄するしかない。するとその御仁は心外そうにその広い肩を竦めて見せた。
「オレは高等部三年・風紀委員長の御雷武巳だ。まだ名乗ってなかった内は仕方ないにせよ、人のことはちゃんと名前で呼べ。というか変だなんて言ってくれるな。そんな真似、漢らしくないぞ」
「…えええええええええ…? でもおたくもおたくでジューブンにヤマダ(仮)先輩とドッコイな奇人ぶりでお送りしてますってカンジじゃニャーで――」
「お前が昨日校庭のど真ん中で見せた見事な啖呵、見てたぜ、白黒。お前ほどの侠になら、今の言葉、オレの漢に賭けるこの気持ち、伝わると思ってたんだがな…」
「フオオオオオオオオおたくの熱いソウルしかと受け取りましたでよミカヅッチー!」
何かに打ち震えながらゼロコンマ秒で瞳の奥に熱い炎を宿し始めた白黒。拳を握り締めるが早いか、御雷の方も同じように拳ダコだらけの手を強く固く握り締める。そして二人は拳を打ち合わせたり腕を交差させたりと、まるで数十年来の親友のようにガッツンガッツンと何度も右腕を交わし合い始めた。
「…まあそこの駄猫にここを案内してやろうと思った段階で予想はしてたけど。見事に周波数が合ったわね、アンタ達…」
これから神無月で共に漢を磨いていこうぜ白黒! オゥケィ了解ですでよ化猫任侠白黒一家四十六代目〝物九郎〟の名に恥じぬ俺めの侠気にアテられて物怖じしなさんなよミカヅッチー! ――と。なんかもう凄いノリノリな二人を他所に、拒は一人疲れた溜め息を吐いていた。
その時だった。風紀委員会本部の戸が開き、当委員会の腕章を付けた女生徒が「大変です! 高等部校舎で喧嘩騒ぎだそうです!」と駆け込んで来た。
「委員長――は、取り込み中か。私が聞こう」
出会ったばかりの銀髪小僧と絆を確信し合うのに忙しい組織のトップに一度こめかみを押さえなどしていたものの、とにかく応対に立つ羽織少女。拒も拒でなんとはなしにといった調子でそちらへと目を向け始めた。
「全く、半ば公認のような自由時間中とは言えまがりなりにも授業時間中だろうに。弛んでいるな…。それで? 一体どういった?」
「その、発端は男子生徒二人の口論なんですけど――」
「喧嘩早いのと士気が高いのとは別だ。どこのどいつらだ、すぐ行こう」」
息せき切ってやって来た女生徒は、何故かチラチラと拒のことを気にするような素振りを見せていたが、拒が「何よ」と睨みを利かせるとすぐに迷わず話を続けた。
「〝ミコト様みたいな義理の妹欲しくね?〟って話をしてた漫研部部長に対して、その…生徒会副会長が…。〝それを言うなら義理の娘だろ! ほとほと見下げた邪道だなアンタ!〟と有り得ないくらいに激昂して、それで――」
「会長。抜刀許可を」
「風紀委員長を代理して臨時承認するわ。両成敗、斬捨御免で結構よ」
神無月学院風紀委員会。
そこは何かとノリのおかしい委員長に代わって、副委員長があれこれを毅然として実質仕切っている組織だったりするようだった。
「…アンタも苦労するわね、玲美」
「会長ほどでもないさ。では――雲雀野玲美、出る! 綱紀粛正ッッッ!」
そして副委員長のノリもたまにおかしかったりした。
――とまあそんなこんな。
まるで一陣の烈風の如くして風紀委員会本部を飛び出していった羽織少女の後姿が視界を掠めた所で、白黒は何か聞き覚えのある名字が聞こえた気がして、ヌ? と小首を傾げていた。




