【6】「僕は影の薄さが有名でね」
初等部・中等部・高等部・大学部。各学部ごとに職員室も設けられていればグラウンドだって擁されていたりもする、とにかくだだっぴろい敷地面積を湯水の如く使いまくっている学院構造ではあるが、各学部間で共同利用されているセクションというのも無論存在する。
それは例えば、本土の「普通の」学校でいう所の体育館くらいのでかさを持つ学生大食堂という建造物であったり。
各学部の校舎から見てきっかり中央に陣取るように配置されている、図書室や保健室といった学内施設が集約された、その名も「共有棟」であったり。
――そして、そんな共有棟の入ってすぐ正面では。
――「学院の勘定奉行」こと学生連合が運営する〝購買部〟がでっかい門戸を構えている。
※ ※ ※ ※ ※
「ここが学連委員が経営する購買部よ。さっきアンタの制服の話してた時に触れたわよね」
傲然と腕を組んで佇む拒。その隣に控えている格好の白黒は「ホアー」と間の抜けた声を上げながら目の前の光景を眺め回していた。
拒に率いられて生徒会室を出発すること数分前。学院内行脚を開始した白黒が今目にしているのは、購買部っていうよりかこれむしろコンビニじゃね? といった具合のスポットだった。
なんというか本当にコンビニなのだ。扱われている様々なアイテムの系統というか網羅具合というか、そもそも陳列の方式がそれを彷彿とさせてくる。文房具の類が特に充実している取り揃えなのはさすがに学内施設であるが故か。
レジはまさかの五面揃え。そこだけ見るとコンビニというか小型のスーパーじみていた。それだけ準備されているレジの数に相応しく、間取りもなかなか広く取られている。拒曰く「基本的には休み時間中と放課後が営業時間」とのことで、半ば公認の自由時間のような現在は客足の数もちらほらといった所だが、きっとピーク時にはレジ全面フル稼働で買い物客を捌きまくるのだろう(今は二面だけ稼動中)。
「〝神無月学院購買部ポイントカードおトク情報、毎週火曜は二%増〟…? なんで火曜日なんでっしゃろ。何か特別なイミとかあるんですかね」
「神無月の〝か〟に掛けてるのよ。確かここの人間がシステム施行時にそんなことぬかしてたわ」
っていうかなんで真っ先に注目するのがそこなのよ、と、拒は店頭のノボリに見入っていた白黒の頭を一発ひっぱたく。そして首根っこを引っ掴んで無人の購買部内へと踏み込んで行った。
「三大組織の一角、学連委員。学院の財政管理を一手に担ってるセクションよ。こと財政に関する発言権なら、比率的には学連委員と生徒会とで七対三って所かしら」
「ヌ? シチサン? 誰の髪型っスか?」
白黒の尻を蹴っ飛ばしてから拒は組織概要に触れ始めた。
――生徒会を「立法」と位置付けるなら、学連委員は即ち「財務」の組織である。
――各委員会の予算決定及び財政指導。それから、購買部の運営を主な仕事とする。
「この購買の儲けってェのはどこに流れてくんスか? あとで学連委員の皆で飲んだり騒いだりするんでしょうかや? 俺めも混ぜて欲しいですわあー」
「アンタはもう少し考えてからものを喋りなさい…。学連委員が購買部で上げる利益は、学院内の設備の維持や各委員会の運営費用に回されるのよ。重要も重要な資金源。そんな遊んでられるような暇も余裕もありゃしないわよ、実際問題。――もっとも、そういう私的流用に走っちゃいそうな〝お金好き〟はこの組織には属することが出来ないけどね、そもそも」
溜め息ながらに語る拒。
それは理解も察しも悪い白黒にツッコみ疲れたからか、それともこの学連委員という組織の監督に関しては常に相応に神経を削っている所であるからか。
「ななな、会長サーン。ニャんだかおかしくありませんかよ? なんで生徒の方が必死こいて学校の為にカネ工面してるんスか? そーゆーのって、こう、経営する大人の側の領分なんじゃァ――」
「さっき話したでしょ? 私達は委員会活動を通して社会訓練をやってるからよ。学院という枠の中で一個の国体の真似事が大雑把に実施されてるものと思いなさい」
もちろん統括理事会といった戌亥ポートアイランドの「運営側」から各学院運営に関わる資金は当然回されて来る。しかしどんな試算が展開された末の業なのか、金額としてはそれだけでは見事に年度通して月次ごとにうっすらカツカツになるという不思議かつ絶妙な匙加減なのだ。
故に生徒達は自ら利益を上げる必要に駆られる。
赤字が続くと金策の為にマジで内職とかするのよ、という拒の説明を受けて、白黒は「シノギを上げるのもラクじゃねえってワケですに…」と三毛次仕込みの極道用語で思わず呟いた。
「組織としてやってることがやってることだから、将来的な進路としてはまさにそのまま、経理や会計士みたいな商業関係って所ね。どんなバカでも学連委員の仕事をしてる内に自然と簿記検定レベルの頭が身に付くっていうのはもう定説よ」
「ヌヌ、この購買部ン中ってば何か違和感があると思いましたら。俺め今まさにナウ気付きましたでよ! 会長サン会長サン、ここ! ここっスわ! 本来フツーのコンビニなら漫画が並んでそうなここらヘン、漫画は一冊もないんですわ! 代わりに教科書とか参考書とかばっかなんスよ!」
「アンタみたいな新入りに指摘されるまでもなくんなこと了解してるわよ生徒会長舐めてんのアンタ!?」
「ギャー腕が!? う、腕の骨は、そっちには曲がらなフオオオオ!」
突然右手同士で握手させられたかと思いきや、そのまま白黒の身体は宙に吹っ飛び上がり、そしてギュルンと一回転。たちまちの内に腕が極められた。恐ろし過ぎる念動力だった。
「…ま、まあ、とにもかくにも? 漫画こそありませんけども、なんやかやバラエティ豊かな品揃えですよなー、どうも」
猫変身緊急脱出で割と危険な音(※ミシミシ)を立てていた逆関節状態から無事逃げ出した白黒は、周りの生徒達から「うっわマジどつき漫才」「っていうか一方通行どつかれ漫才」とかなんとか囁かれつつも、漫画は無いのに何故かジョークグッズが置いてあったりする棚の間をウロウロ見て回り始めた。色々な商品が時折色鮮やかかつ手の込んだポップでピックアップされていたりする。
『寮監委員長が闘気を込めて作りました ~生春巻・一日限定三十食~』
『生徒会副会長イチオシ ~ミコト様ブロマイド~』
『第十議席推奨 ~女子用旧式スクール水着&紺ブルマ(初等部生徒五割引)~』
「…。……。………。スミマセ、会長サン? トーカツリジカイのダイジューギセキってェのは、あのー、謎の人物なんじゃありませんでしたっけか…? なんかヘンなトコにド平然と名前が登場してるんですけども」
「とうとうアンタの口からまともなツッコミが聞けたわね…。私、今少しだけ感動してるわ」
「ああ。そこの――水着と、そのそれ――はちょっとした怪奇現象でね?」
二人が渋面で額を寄せ合っていると、レジ側から出て来た背の高い御仁が近寄ってきた。
『学連委員』という腕章付きのブレザー制服姿。額には鉢金を巻いた、優しげな糸目のあんちゃんである。
「僕が高等部に上がった頃にはもうその商品、そこに陳列されてたんだよ。更にその上、何かの間違いや冗談で売れたら売れたで、翌日すぐに定数がきっちり補充されるんだ。ウチの中の誰かの仕業ってわけでもないみたいだし…。これはやっぱり第十議席は居るっていう証拠なのかな。どう思う、会長?」
拒は糸目のにーちゃんをちらりと見遣ると、憮然として答える。
「逆に〝こんな理事長居て欲しくない〟っていう見解にブーストが掛かる最大要因でもあるわけだけどね…」
「ポップを撤去してみたらしてみたでこれまた翌日見事に復活してるんだよね。電算委員会の全面協力で監視設備を敷いたこともあるんだけど、深夜に一瞬だけ見事に全部まとめてダウン、気が付いたらハイ再降臨。――本当、不思議。理事長かその指示で動いてる人はきっと腕利きの忍者かな」
「忍者がそう思うならそうなんじゃない?」
言われて、あははと笑う糸目にーちゃん。白黒は拒と彼とを順繰りにキョロキョロ眺め回すと、ハイハイハーイ、と手を上げた。
「会長サン会長サン! そこな御仁はいったい何者っスか!」
「〝何者〟じゃなくて〝何奴!?〟もしくは〝曲者!〟って呼んでやりなさい、白黒。こいつそれで喜ぶから」
拒に顎で示された糸目にーちゃんは、ブレザーの襟ぐりを白黒に見えるように軽く開いて見せながら目礼する。
――ブレザーの下。
――ワイシャツ代わりに着込まれているのは、鎖かたびらだった。
「こんにちは、噂の猫又君? 僕は学連委員長の忍者だよ」
忍者って。
鉢金と鎖かたびら装備してれば忍者って。
白黒は語勢鋭いツッコミをシャウトするでもなく、しばしの間えっらい微妙な表情で構えていた。
そして口を開く。
「…じ、地味ッ…!」
「あはは。そうそう、僕は影の薄さが有名でね」
「どっちですよ!? 影薄いんスか!? それとも有名なんスか!?」
「? だから、有名なのは影の薄さで」
「ギャー意味不明!」
「うーん、君ほどじゃないと思うけどね」
にこやかに微笑みながら頭を掻いている糸目にーちゃん。
(なんでしょこの人! なんか色々と異次元っポいですわ!)
白黒はなんとなく拒の後ろにそそくさと隠れながら自称忍者の人をチラチラ伺い見るのだった。そして拒は拒で呆れた素振りで白黒を即座に表へ蹴り出した。そして言う。
「こいつは高等部三年の山田次郎(仮)よ」
「山田(仮)だよ。これからは同じ学院の仲間だ。よろしくね、白黒君」
――いま何か、拒の頭も異次元に突っ込んでいたような気がした。
「…え? な、なんスか? なんて言いましたかよ、今? えと、その名前――」
しどろもどろにもなる白黒を、ん、と不思議そうに見返す糸目にーちゃん改め山田(仮)。
「ああ、僕の名前のこと?」
「! そ、そう! そうですでよ! 今なんか明らかに妙な――」
「ははっ、君はオーバーだなあ。こんなありふれた名前のどこに驚くことがあるのさ」
「どこも何も、その、ある一点に全力で凝集されてるワケなんですけども…」
「別にどうって理由はないよ?」
「き、聞かせてやって下さいわ! 怖いもの聞きたさで敢えて訊きますでよ俺め!」
「一郎っていう兄が居るんだ。だから僕は次郎。ちなみにその兄は霜月学院で生徒会に属してるよ」
「そっちじゃナァッシーング――!」
銀髪頭を掻き毟りながら悲鳴をギャーと上げる白黒。
「そ、そこじゃなくってですね…? その、名前の後に――」
「兄は山田一郎(仮)。それで僕は山田次郎(仮)。本当、さっきも言ったと思うけどありふれた名前だよねえ」
「いやかなり個性的っスよ!?」
「…アンタの声、鼓膜にガンガン響くのよ。あんまり人の至近距離で好き勝手絶頂にはしゃいでんじゃねーわよ」
白黒が騒ぎまくっているとお決まりのように拒の右拳が後頭部目掛けてゴツンと落とされた。
「いい白黒? この男は忍者なの」
「…は、はヒ…?」
「だから(仮)。それだけのことよ」
「ニャんてこった! 会長サンの目が至って正気ですわ!」
「僕のことは山田(仮)って呼んでくれていいよ、白黒君」
「…。……。………。あい分かりましたでよ、ヤマダ(仮)先輩――? …えー、と、忍者のヤマダ(仮)先輩…」
歯切れ悪い白黒の首根っこを拒はまた引っ掴み、ちょうどトップとの面通しも済んだし次行くわよ次、とばかりにズリズリ引き摺り始めた。化け猫の少年が山賊っぽく攫われていく光景を「僕ともども購買部のこともよろしくねー」と手を振って見送る山田(仮)。
「と、ちょいと待ってプリーズ会長サン!」
「は? 何かあるの? 言っとくけど購買部じゃ猫缶は置いてないわよ」
「ヤマダ(仮)先輩、おたくがホントに忍者だってんなら――」
拒の拘束を振り切り、山田(仮)の前へズドドドと走り込んでいく白黒。
「忍法! おたくの忍法を教えて下さいや!」
「ん? 僕の忍法?」
何やらハイテクそうなタッチスクリーンに付属のペンで何やら書き込みながら商品棚とにらめっこを始めていた山田(仮)は、糸目の片方だけをちらりと開いて不思議そうに言う。というか忍者がハイテク使いこなしてていいのだろうか。いいらしい。
「別にいいけど、地味だよー?」
特に隠し立てするようなものでもないらしい。かなりあっさりとしたリアクションだった。
「それでもですわ! どうしても知りたいんスよ! 忍法さえ見られればおたくのことを正真正銘の忍者だって俺めは信じられそうな気がするワケでして、ええ!」
勝手にウロチョロしてんじゃねーわよ首輪とリード付けるわよ? とか言いながらやって来た拒に再確保される白黒に、山田(仮)はやはり笑って言う。
「カーブを掛けた手裏剣投げ〝曲手裏剣〟に、それから、投げたクナイをあらかじめ打ってあるちょっとした仕掛けで手元に引き戻す〝戻苦無〟っていうのなんだけど――」
「忍法も地味ィィィィィ!」
拒にぶたれつつ、叫ぶ白黒だった。




