【5】「アンタの話してんのよ!」
戌亥ポートアイランドというこの島は「オカルトの全肯定」という大前提の下に存在しており、そして十二学院は各種オカルトの履修・専攻・開発・実践を旨とする。
そもそもが独立行政区としての立場を日本どころか全世界に対しても明らかにしているような社会なのである。それが〝普通〟の尺度で徹頭徹尾語り尽くせるような社会構造を有しているはずが――あるわけがない。
しかし、この島で学びを得るオカルトの申し子達にゆくゆくは世界に通用していける人材としての力を育む為の教育を実践しているのだということは、戌亥にとって重要な事実の一つでもある。決して社会不適格者の量産が目的というわけではない。常識から外れた異常識に基づいた有能ならぬ〝異能の人材〟でありこそすれ、決して「ただの異端」には貶めない――それが戌亥ポートアイランドの教育理念である。
〝普通〟とはどうしても異なる感覚を持ち合わせる者はそれだけで社会不適格者となり得る。また、持ち得る異能に由来する万能感から大きく間違った「妙な自立心」を抱いてしまうことも少なくない。
――そして、その為。
――戌亥ポートアイランドの十二学院では「社会性」や「公共意識」を身に付けさせる訓練の一環として、各委員会による学校生活の自治分業というシステムを施行しているのだった。
「つまり」
左手に持った黒マジックでホワイトボードにドカドカと文字を書き付ける拒。
生徒会を頂点に、そしてその下には学連委員会と風紀委員会の二つが並ぶ。その更に下に電算委員会・用具委員会・放送委員会・寮監委員会・美化委員会・保健委員会・図書委員会――と書き終えられた所で、おおピラミッド構造ってヤツですわな、と白黒は理解を得た。
「こういうシステムが敷かれてれば、どれだけディスコミュニケーションな頭をしたバカでも、ハードな仕事をこなしていく為に否応にも〝団結〟を覚えるってわけよ」
「…仮にも生徒会長なんだろうに、その言いようはどうなんだ…? もう少しあるだろ、会長」
苦笑しながら口を挟んで来る虚。
「はぁ? 何? お綺麗な言い回しがそんなに大事? あのね、虚。物事っていうのはイの一番の最初の最初はぼかさずぶらさず、要点だけキチッと教え込むことが重要なのよ。相手が白黒みたいな野良猫なら尚更ね」
「ニャー」
「やれやれ、兵が拙速を貴び過ぎるのも考えものだと思うけどねえ…。例えば、だぜ? 上下社会の仕組みってもんをこういう所できちんと偏見なく覚えておくことで、そう、いずれ自分が高学年になった時に妹系後輩キャラから〝せんぱぁい〟と呼んで貰える感動を知りそれによってゲブゥ」
右手に持ち変えられるや否や、虚の顔面目掛けて時速ン十キロでまっすぐ吹っ飛んでいき直撃するマジック。寝言をぬかし始めた副会長を自ら制裁した生徒会長は、目の前で起こった惨劇に恐怖でガッタガタ震えている白黒へ「…で」と向き直る。
「卒業まで職業訓練をしてるようなものだから、とりあえず技能や感性の面だけなら就職に困ることは無いでしょうね。各委員会できっちりとした功績を残せば残したでめいめいの特性に応じた業界からのスカウトだって優先的に回って来るかもだし。…ここまで着いて来てる? 理解してる?」
「い、いいいいいイェス・マム!」
「アンタの母親になんかなりたくないって私言ったわよね!?」
「ヒアー!? でもだってさっきはアルミちゃんがそう言ってても何も言わなかったじゃァ――」
「アレは割と聡い娘だから別にいいのよ。まあとりあえず、分かった? 分かってるわね? 分かったものとして話続けるわよ? キョトンな顔し始めたら即座に埋めるわよ」
――オゥケィ、三毛次。
――俺めは磨り潰された後に埋められるかもしれません。きっと見付けて下さいわ。
白黒は冷たい脂汗をダラダラ垂らしながら、ぶっちゃけ既にキョトンし掛けていた表情をどうにかこうにか改めるのに必死だった。
「つまり…言い換えますと?」
そして決死(文字通りの意味)の思いで相槌を打ってみる白黒。
「…。……。………。要するに、自己中なバカが好き勝手にすくすく育つのを防げるってわけよ」
泡吹いて昏倒している虚――を踏んで通りながら、落ちているマジックに右足つま先で触れる拒。マジックが彼女の目の高さまで、びょん、と跳ね上がった。手にキャッチしたそれにフタを填め直しながら、眼鏡越しのジト目が白黒を射る。
「ヌヌ! そいつは聞き捨てなりませんわな!」
と、クワッと目を見開いて応じる白黒。
「自分のことそんな風に卑下するモンじゃねっスよ会長サン!」
「私じゃねーわよアンタの話してんのよ!」
っていうかアンタの主観だと私は自己中なバカなわけ!? と激昂しながら白黒をネックハンギングツリー(むろん右手)で吊り上げる拒。白黒がタップし始めたらすぐに拒はその場に打ち捨てた。
「生徒は誰も彼もとりあえずどこかしらには所属必須。委員会活動に関する教職員のスタンスは基本的には相談・指導レベル。――まあ前置きはこんなものね。それじゃまずは生徒会について説明するわ」
「お、オゥ…イェ…?」
まるで死体袋のように転がる白黒は口端から泡を吹きながら、思う。
会長つええ。
学校こええ。
「で、生徒会よ。学院の代表、各委員会の頭脳――まずはそう覚えなさい」
ホワイトボード上の『生徒会』という文字を赤マジックで改めて囲いながら、拒。
「はい復唱!」
「ヒアー!? が、ッががががが、ガクインのダイヒョー! カクイーンカイの、ぶ、ブレイン!」
「バドー爺のチャッターボックスの方がまだ上手に喋るわよ? 全く…」
「ヌ? なんですよ? 誰がなんですって?」
「なんでもないわよ。それで、生徒会の主な仕事は――」
三権分立で言う所の「立法」に相当する、校則の制定。各委員会の活動承認をはじめとした管理・監督、そして状況に応じた補佐。学校行事の司会進行。学院間対外交渉、および学院イメージに関する広報活動の統括。
拒が一通り列挙し終えた辺りで、白黒はシュバッと手を挙げた。
「フッフフー! 分かりましたでよ! ええとですねえ、とどのつまりー」
「トンチキな相槌打ったらそれがそのまま遺言になるわよ」
「組の代紋背負って直参構成員を率いる組長の立場みたいな――…。……。………。スミマセ、なんでもねっス」
テンションと握った拳を振り上げながら嬉々として何やら言い放ち掛けた白黒は、顔を青褪めさせながらそっぽを向いた。拒はただ「学習効果が出て来たわね」とだけ褒めた。多分、褒めていた。
「各委員会の活動申請書に承認印を捺して、報告書を読んで活動内容に問題がないかどうかをチェックして、問題があろうもんならブッ飛ば――指導しに行くのが普段の仕事になるわ」
「今、ブッ飛ばすって言い掛けてませんでした…?」
「指導っつってんでしょアンタこそブッ飛ばすわよ。で、校外でバカな生徒が軽いバカな事件なんか起こした場合は――」
ケジメ! ケジメ付けるんですわな!
と言いたくなったが、とりあえず白黒は黙っておいた。
「―――――」
「…。……。………」
拒はジーッと白黒を睨み付けている。
「――クレーム処理に追われるようになる」
そして話を続ける。
敢えて少し時間を置いて妙なことを言い出させようとしていたのかもしれなかった。右手がちょっとワキワキ動いている。白黒は努めて目を逸らした。
「あとは学校行事なんかで〝おえらいさん〟が来ると、接待から委員会の指揮までこなさなくちゃならなくなるわ。そういうシーズンに限っては不眠不休なんて事態も珍しくないわよ」
「ヌ? おえらいさん、って言いますと…?」
「戌亥にコンタクトを取って来る以上、無論統括理事会の検閲をパスしてきてる相手であることだけは確実だから、特に応対の上でこっちがそんなに気を揉むような展開は――なんて小難しい話してもアンタじゃ分からないわね」
目をクリックリさせながら小首を傾げている白黒を一瞥すると、拒は三つ編みを背中の方へ流し直す。
「とりあえず〝本土〟で重要なあれこれを担ってる政財界のおえらいさんと逢う機会があったりもするってことよ。その関係で、もし気に入られれば出世街道のレールに乗ることだって、まあ――あると言えばある所なんでしょうね。それが幸せなことなのかどうかは個人差って所でしょうけど。外野の下世話な噂話じゃ有利な就職先は〝政財界・省庁・玉の輿〟なんて言われてたりするわ」
「ホアー。するとなんスか? 会長サンも将来、そゆトコのお嫁さんに行ったりですとか――」
ドグッシャァ!
今度は有無も言わさず拒本人がかっ飛んで来た。右足で地面を踏み切った瞬間だけが白黒にはかろうじて見えた。そして今、視界は真っ暗である。
――なんせ。
――顔面を右手で鷲掴みにされて、壁にブっ込まれているのだから。
「白黒」
「――ォゥェ」
まともな返事が出来るわけもない。
「稜牙さんの前で今の話蒸し返したら承知しないわよ」
「は、はヒ…?」
なんでここでオオガミ兄貴が出て来るんでしょ。
ダメージはさておき、白黒はそんなことを純粋に疑問に思うのだった。
「話を戻すわよ」
死人が出てもすんなり自分の話に進行を戻してのけそうな生徒会長様だった。白黒を床へと放り出しながらクルリと背中を向ける。
「生徒会は他の委員会に比べて、かなり成員に対して〝注文〟も多いわ。必然、所属人数は一番少ない――というか絞られて来る」
「? 注文? どゆコトでっしゃろわ。勉強出来なきゃダメー、ですとか?」
「それだけじゃないわよ。最低限の礼儀作法に始まり、品性上等・才気煥発って所かしらね」
品行方正、じゃありませんでしたっけか?
品性上等。
そんな言葉初めて聞いた。
しかし白黒はツッコまずにおいた。また一つ自分の命を拾った気がした(拾った端から吹っ飛ばされているような気もするが)。
「その上、文武両道だとか容姿端麗だとか、およそ誰かしらが他人を褒めちぎる時に持ち出すような四字熟語は備えているに越したことは無い――それが生徒会。それで生徒会役員よ。極端な話、オカルトが全肯定された島の学院代表として人前に出るわけだし、人間として上等であれば上等であるだけ上等って感じね」
ホアー、と間の抜けた相槌を打っていた白黒は、また「はい復唱!」と唐突に一喝されてギャーと悲鳴を上げた。
「しっかしニャんつーか――」
どうにか復唱をクリアした所で、白黒はぼんやりと虚の方を見た。相変わらずまだぶっ倒れている。顔をマジックの先っちょで撃たれただけならまだしも、ぶっちゃけ拒にズカズカ踏まれた方が利いているのかもしれなかった。
「容姿端麗、っスか…」
およそ露出して見える肌の六割がたに包帯を巻いた半ミイラ男。容姿など分からないような有様だが、それでも生徒会副会長をやっているということは――
「虚がどうかした?」
「ンにゃ。会長サンが美人だってェのは分かるんですけどもよ、そこなウツロ君の素顔ってば果たしてゴブフゥ」
白黒はぶっ飛ばされた。
というか吹っ飛ばされた。
ちょ、なんスかなんスかなんですよ俺め今何か癇に障るようなこと言いましたかよ!? と喚き散らす銀髪小僧に、憮然とした顔の生徒会長はこう語る。
「人様のことを衒いなく美人呼ばわりとか…。なんか無邪気キャラを無意識に推して来る辺りにイラッと来たわ」
白黒は理不尽という言葉の意味を知った。
ちなみに拒の顔色は微塵も赤くなっていたりなどはしない。照れ隠しのベクトルはゼロの純粋暴力だった。




