【4】「グッドスパッツ(挨拶)」
そんなこんなでスパッツ少女と作務衣姿の銀髪小僧は連れ立って1-Aを出発、一路生徒会室を目指して移動を開始した。
「ああ、会長さんに呼ばれて行くってコトだったの? じゃあ寄り道してたら怒られちゃうね。学校案内は一旦置いといて、とりあえず向かおっか、うん」
「あの会長サンを怒らせちゃダメっつーノリはもう当然の如く浸透してるワケなんですわな…」
他のクラスでもホームルームは終わっているようだった(1-Aよりは格段穏便に)。廊下を歩いているだけで生徒同士の賑々しいやり取りが聴こえて来る。しばらく歩いていると、教室を出て来た少年少女があちらこちらにたむろっていたりする光景もざらに見受けられるようになってきた。
開きっぱなしの各教室の戸から白黒はちょいと中を覗き込んでみる。
雑談していたり、本を読んでいたり、音楽を聞いていたり。割とフリーダムな光景だった。
白黒には学校生活というものの知識が経験として備わっていないだけに、まず出て来ない喩えだが――まるで文化祭翌日の後片付け日のような様子だった。
「ななな、アルミちゃーん? 皆ズイブンと好き勝手してるみたいですけどもよ、これが噂のガッキューホーカイってヤツっスか?」
廊下を歩いているだけで、アルミちゃんおはよー、とか、他のクラスの生徒達から色々と声を掛けられている彼女に白黒は訊いてみる。
「あっははは、バリバリ私服で登校しちゃってる白黒君にだけは言われたくないと思うよー。とりあえず合戦の翌日は大体こんな感じかな? 授業も無いし、皆ワリと好き勝手やってるよ。遊んでたり自習してたりさ。DOGSの〝次〟に向けての作戦会議だってだいたい昨日の内に済ませちゃうしね」
「確か会長サンは、後片付けの予備日ー、みたいなことを言ってましたような――?」
「しっちゃかめっちゃかになってるのは校庭だけだし。あれくらいならウチの美化委員長が一発で直しちゃうからねー。ぶっちゃけ暇なんだよ、皆」
二人、階段を登っていく。在美はスパッツ装備なので割と躊躇なく白黒の目の前を前をサクサク進んでいくのだった。時折二段飛ばししてみたりと、実にサバサバした身のこなしである。
「さすがに校内を戦場にされたような合戦の翌日だったりしたら、もう生徒総出で掃除用具とか大工道具とか担ぎ出したりって具合だけどね。〝心刃隠忍軍〟霜月学院なんかは屋内戦上手な人達が多いから、そこに攻め込まれた学院なんかは今日はホント重労働の日だよ。片付け、半日使っても終わらないかも」
まあ神無月は敷地内が戦場になったコトすらこの一年無かったんだけどね、と捕捉する在美。その伝説をぶち破った当の銀髪小僧は「ホアー」と間の抜けた相槌を打っていた。
「あ、そうだ。どうせだし通りすがった所だけでもちょっと色々紹介しておこっか」
「ヒィーハァー! 親切な同級生キャラ万歳!」
「まず廊下にはロッカーが並んでるよね。この中なんか結構暗くて狭いよ」
「フオオオオ! イッツァ俺め好みですでよ!」
「それから、掃除用具入れも基本的に廊下に置かれてるね。中は臭うかもだけど、外側、あれと壁の隙間なんかはどう?」
「ンー。俺めに言わせりゃァなかなかの通好みの狭さ薄暗さっスね。ちょいと素人にはオススメ出来ませんわ」
「で、お手洗いの前には水道が設置されてまーす、ってね。あの下はちょっとジメジメしてるけど、でもなかなか手頃な圧迫感のある狭さだと思うよ」
「そこは夏場に利用するとしましょっかね! 涼しそうでグーですわ!」
「…しまった。ボケてるつもりなのに清々しいまでにツッコミが返って来ない…」
「? ヌ?」
足袋をぺったぺった鳴らしながら在美に続く白黒は、えっらい無垢な瞳で小首を傾げた。
アルミちゃんってば何悩んでるんでっしゃろ?
俺め向けのくつろぎスポットを親切に教えてくれてただけですよな、今?
※ ※ ※ ※ ※
高等部校舎の三階に生徒会室はあるんだよ、と在美は言う。
「三階ィー?」
ここの校舎の三階。とすると白黒としては心当たりが無いでもない。
昨日乱入をかました際、校庭から見た国旗掲揚塔の裏っかわ、拒が飛び降りて来た高さは確か――三階くらいだっただろうか。
(会長サンはあのとき生徒会室から出て来たワケですわな)
白黒はふと横手に視線をスライドさせ、窓ガラス越しにグッチャグチャの校庭を見下ろした。頭の中で空間把握能力を働かせる。位置関係的には――どうも間違いないっぽかった。確か拒は「この辺り」から飛び出して来たような気がする。
果たしてその予感は正解だった。行く手に両開きの作りになっている木製の重厚な扉が見えて来る。一般教室よりも明らかに豪勢な作り。掲げられているプレートはやはり『生徒会室』。とりあえず白黒はピカピカした金色のドアノブにしばし目を奪われていた。
「初等部にー、中等部にー、ここ高等部。ンでもって大学部」
「うん? どしたの?」
「こんだけ学部があるワケですよな? なんだって高等部のトコに生徒会室が置かれてるんスか? 一番年嵩なのは大学部なワケですよねえ、やっぱし。しましたらよ、そこに置くのがなんつーかスジのような気がしないでもニャーですけど」
白黒が口にした疑問に、在美はああそれはね、と一拍置き、
「生徒会、学連委員、風紀委員、電算委員、用具委員、放送委員、寮監委員、美化委員、保健委員、図書委員――学院には全部で一〇の委員会があるワケなんだけど」
「ホアー」
「どこも主な牽引役はだいたい高等部の学生になるから、っていうのがメインの理由かな? 大学部の人達は卒論とかで大体てんやわんやだから、割と自然に委員会活動からは離れがちになるってカンジ。初等部や中等部の学生でも委員会の第一線で働いてのけてるような子も居ると言えば居るんだけど、でもやっぱり高等部が白黒君言う所の〝年嵩〟になるワケだしさ」
「大学生は委員会やってちゃダメなんスか?」
「駄目ってコトは無いよ。事実神無月にも一人、大学部の学生で委員長やってる――っていうか会長さん直々に大学部に乗り込んで引っ張って来たっていう〝やらされてる〟人が居るし。まあその人の場合、なんでも大学部進学時点で既に卒論相当のレポートを自習みたいな感じでバンバン仕上げてたっていうから、かなり特殊な例かな。〝卒論も終わってるようなもんだし委員長の席押し付けといてもいんじゃね?〟みたいな」
ちなみにその人がさっきちょっと話した美化委員長なんだよ、と捕捉しながら在美は生徒会室のドアをノックする。
「ごめんなすってー! お控えなすってー!」
「ギャー俺めのお株が奪われましたわあー!」
「フフフ新人だからってチヤホヤされてると思ってキャラ徹底に油断してるからこうなるのだよ!」
「ニャんてこった!」
「――そんな所で漫才してないで入って来るなら入って来るでさっさと入って来なさい、そこのトンチキ二人」
なんというか耳慣れてしまった罵詈雑言。
部屋奥の一際でっかいテーブル&椅子には、見た目だけおしとやかな文学少女にしてその中身はガチ猛獣(白黒主観)、生徒会長・乗降拒が待ち構えていた。
手元では何やら書類の束を繰っている。ホームルームが終わるなりここへ来てやることやっていました、という感じだった。
「こんちはー、会長さん。雲雀野三姉妹、力の一号技の二号に続く第三の刺客、とりあえず一番明るくて愛嬌があって取っ付き易いと評判のアルミちゃんでっす。猫一匹お届けに伺いましたー」
「ニャー」
「そこの猫うるさいぶっ飛ばすわよ。――ってあら、三女じゃない。1-Aなんだし、てっきりあの子がコイツのこと連れて来るもんだとばかり思ってたけど」
「白黒君のコト、凄い近付き辛そうなカンジで遠巻きに眺めてましたよ、彼女」
「まあ確かに、相手がこんなクソやかましい猫だと近付くのも度胸が要る話よね…」
瓶底眼鏡越しの表情こそ相変わらず憮然としているが、声からは幾分険が抜けているように思える。白黒はなんとなく今朝方の登校中のことを思い出した。確か拒を見掛けて高度を下げて来た空飛ぶホウキの人を相手にしている時も「こんな感じ」だったような気がするのだ。
生徒会室の中には他に半ミイラ男――神薙虚も居た。校庭に出来た断崖の中に放り込まれていたはずだが無事生還したらしい。いかにも格好よさげに片足を組んで椅子に座っているのだが、腰掛けているのは錆だらけのパイプ椅子だった。なんというか拒とは雲泥の差があった。
「おっと、在美ちゃんか。グッドスパッツ(挨拶)」
読み掛けの本――セーラー服姿の美少女が抜き身の刀剣を何故か満身創痍でぶん回している表紙の本、タイトルは『絵で読む萌え日本刀大全』――から視線を上げながら挨拶(?)する生徒会副会長。
「副会長さん、グッドミイラ。今日も相変わらずエセビジュアル系ですね!」
「エセと来たか…。本物を目指すならここらで一つ包帯に血しぶき模様でも散らしてみるべきかねえ」
「あはは。きっとその日の内に伝説の樹の下でメンヘラ女子に重い告白とかされますよー」
「ぐああっ! 想像しちまった! ちぃっ、鳥肌が止まらない…!」
頭を抱えて椅子から転げ落ちる虚。にびびる白黒。そんな野郎二人をさておき、拒は一旦手にしていた書類を置くと椅子から立ち上がった。
「とりあえず親切な同級生キャラ役御苦労様だったわね、三女」
「イェス・マム。それじゃあアタシは教室戻ってますねー」
「アルミちゃーん! どもどもサンクスでしたでよ!」
「…それが彼の最後の言葉になろうとは、この時アタシは思いもしなかったのだ…」
「ギャー不吉!?」
やたら薄暗い横顔で囁いていた調子から一転、在美はすぐに明るく笑い飛ばす。
「ジョーダンジョーダン。じゃあ、白黒君?」
「なんでしょうやー」
「即ゲームオーバー選択肢には気を付けてね! 会長さんを相手に会話する場合、理解とか察しとかが悪いと基本的にワンミスで死ぬよ!」
「ギャー言葉の意味が分かっちまいますのが怖ェ!?」
ばいばーい、と実に元気な調子で廊下の向こうへたったか消えていく在美を涙ながらに見送る白黒。
「なかなかうまいこと言うわね、三女」
――で。
――その背後に、当の歩く死亡フラグがお立ちあそばすのだった。
「今の言葉、心に留め置きなさい白黒。どんな金言にも勝る、これからのアンタの命を守る命綱になるわよ」
「…えええええええええ…?」
なんでしょ。一体何が始まるんでしょこれから。
白黒がほとんど壁際にへたり込んだような格好でハラハラしていると、拒は傲然とこう続けた。
「どうせ今日は半日自由時間みたいなものだしね。いい機会だし、今の内に各委員会についてこれから説明して回ってやるわ。学院生徒の学内公的組織運営による自治分業――学校生活に必須なこの全システム、一回の講釈で理解しなかったら磨り潰すわよ?」
「…。……。………。はヒ」
どこを? などと聞き返す精神的余裕などあるはずもない。
在美の面倒見の良さとさりげない優しさと愛らしさとが片っ端から思い起こされる。白黒は窓越しに見上げられる青い空に彼女の笑顔が遠く美しく透き通って見えたような気がした。




