【2】「では簡易ブリーフィングを行う」
「――先生。そいつです。そいつが先生へまさに今さっき〝初めて見る顔かもしれませんけども出会い頭にホールドアップとかしないで下さい〟って私がしこたま説明してた当該人物です。例の特待生」
「なん…だと…?」
都市迷彩に身を包んだおにーさんはしばし絶句し、とりあえず組み敷いた白黒から銃口を外す。当の白黒は目を白黒させながら(ややこしい)口でアワワワワと言い続けていた。
「それじゃそういうわけで、よろしくお願いします。あと、特待生だからってあんまり学力面を高く見積もらないで下さい。結論からいうと評価は恐らく何かの間違いで、本人は純然たるバカの可能性が非常に高いです」
「了解した。気を付けて教室へ向かえ、乗降二年生。現在時刻〇八二五時、ホームルーム開始まで五分を切っている」
「アイ・サー」
おざなりな敬礼と共に、拒。
最後に白黒へ「生徒会室まで来るって話、まさか忘れてないでしょうね?」と言わんばかりのきつい一瞥をくれると、学生鞄片手の拒はさっさと廊下の向こうへと進んでいった。階段の所で折れていってその背中はすぐに見えなくなる。
「すまないことをした。立てるか?」
そして右腰のホルスターに拳銃――随所への強化プラスチック製部品採用により取り回し易い重量を実現、地味ではあるが実用性重視の玄人には好まれる逸品・グロック17――をスチャッと収めつつマウントポジションを解く、担任教師(らしき人)。
短く刈り込まれた髪&鋭い目付き、しなやかに絞り込まれた上にもう一回り筋肉を巻いたような屈強な体格。パッと見の肩幅だけなら細マッチョなオオガミ兄貴よりもでかい、と白黒には見立てられた。はっきりとした使命感と闘争本能に裏打ちされた「鍛え方」をしなければこうはならない。そういう佇まいだった。
「た、ッたたたたた、立、立て、立て――ますでよ?」
いきなし何してくれやがらっしゃるんですよコンニャロ! 頭しこたまぶつけっちまったじゃニャーですか!
それくらいまくし立てるつもりで白黒は口を開いたが、しかし出て来た言葉は全然違っていた。その上声の方も擦り切れたレコード盤のようなていたらくだった。
――理由は明白。
――すっげービビっているからだ。
「登校初日では致し方無いが、当学院指定の制服は可及的速やかに手配するように。誤射の危険から身を守る――その為の制服だ」
制服すげえ。
白黒は愕然とした。
というか逆に言えば、拒のストップが入らなければ顔に風穴が開く所まで行っていたかもしれないのか。
「…さ、さっき会長サンにも早いトコ購買部に行って手配しろって言われましたでね、ええ…」
差し出された手を取って立ち上がる。ちなみにその手に填められているのは合成革製のフィンガーオフグローブだった。かなり使い込まれているような触感に加えて、まるで焚き染められたような汗と硝煙の匂い。
学校こええ。
先生パネエ。
白黒の認識の中で今、色々なものが書き換わりつつあった。
「ええとですねえ、俺めの名前は――」
「白黒二色だな。聞いている。俺の部隊への配属、心から歓迎しよう」
口はデフォルトでむっつりと引き結ばれている。その上ピクリとも笑いはしない。顔がそんななので、並べられる言葉にはひたすらに重みがあった。
「う、うっす! よろしくお願いしまさァ!」
だがその分、軽々しく嘘偽りを並べるような人種ではあるまいという確信を誰にでも抱かせる――そんな貫禄がある。
とにかくこの人は教師なのだ。生徒達の上に立って、ものを教える立場の人なのだ。ファーストインプレッションこそ少々特殊ではあったが、とにかく度量が感じられる御仁である。白黒は改めて一礼した。
これから一年、何あれ世話になる相手。人道だろうが極道だろうが、礼を欠いてはならないのはどこだって同じなのだ。
「ヘイ! ところで先生の名前をば訊いてもよろしっスか!」
「俺のことは軍曹と呼べ」
「――ウェ?」
「コールサインは〝アウル7〟」
「ホアー…」
「会話には常に傍受の危険性がある。いずれ君にも正式なコードを規定しよう」
「…。……。………。アイ・サー」
とりあえず拒の真似で相槌を打っておく。白黒の心は早くも挫け掛けていた。
※ ※ ※ ※ ※
「では簡易ブリーフィングを行う」
1-A教室へ向かうまでの間、白黒はサージェント(もう本名を聞き出すのは諦めた)から学院内の間取りについてざっくりとした説明を受けていた。
高等部は要するに高校生相当の年次を扱う校舎である。一年生教室は一階、二年生教室は二階、三年生教室は三階と、割とそのまんまな配置になっているということで、ンじゃ会長サンはさっき二階に昇ってったワケですわな、と口を挟むと「肯定だ」という返事が返って来た。会話が成立したようで白黒はちょっと嬉しくなった。
それからサージェントは「神無月学院生徒としての装備品を支給する。紛失には充分気を付けろ」といって、二つの物を手渡して来た。
一つは生徒手帳だった。
トップの部分に「コノ者ヲ神無月学院生徒トシテ認メル」的な文言と一緒に、自分の顔写真が貼り付けられている。
「…ここにちゃんと顔写真があるモン持ってたんでしょうに、なんでさっきは俺めのことを攻撃してきて…?」
「何か言ったか?」
「や、なんでもねっス」
手帳の表紙をめくり返すと、そこには何故か乗降拒その人の姿が描かれていた。一瞬白黒はびっくりしたが、なんのことはない、そこはただの「神無月学院生徒の模範的服装」を男子女子別にイラストで紹介しているページだった。
こうして考えると拒の外見は没個性以外の何物でもないはずなのだが、なんだって当の本人はああも人違いされそうもないオーラを放ちまくっているのだろうか。とても不思議な話だった。
「そしてもう一つ。この首輪だ」
次に手渡されたのは見覚えのある首輪だった。ビーム鎌を操る桜花やでっかい右腕の人や拒が身に付けていたものと同じデザイン――だが、色が違う。
あちらは確か黒。
そして今自分の手元にあるのは、白だった。
「各種測定や開発訓練等、各々の能力を用いた授業の際には欠かさず身に付けるように。このデバイスは生徒各人の心身状態を装着時にモニターし――」
「ななな、サージェントサージェント。これ、なんか色違くねっスか? 白いんですけども」
「? 白…? ああ、なるほど。DOGS仕様のもののことを言っているのか。あれは合戦仕様のシステムが搭載された特別な物だ。一般生徒用・一般授業用のものとは大きく異なる」
「ホアー」
やはりDOGSとやらは〝特別〟だということか。
戌亥ポートアイランドの全学生の中から選び抜かれた、特別な――…。……。………。
「…ン百人」
「どうした。何をぶつぶつ言っている。緊張による精神障害か? よし、そういう時に最適な呼吸法を教えてやろう」
二人は立ち止まると、廊下のど真ん中で互いにしばしの間深呼吸を繰り返していた。
※ ※ ※ ※ ※
「む。フルヌッコ1、そこで止まるんだ」
と。白黒の一歩先を進んでいたサージェントがスッと片手を上げる。
「ヌ? どうしたんですよ?」
いずれとかなんとか言っていたかと思えば即決定した自分のコードを呼ばれた白黒が目を丸くしていると、サージェントは中腰姿勢になった。かと思えばしゃがんでいた。と見せ掛けて地面に腹ばいに伏せた。
行く手には『1-A』のプレートを掲げた廊下奥の教室。
サージェントはえらい堂に入った匍匐前進で、そこを目指して慎重なる接近を開始した。
(…。……。………。えええええええええ…?)
なんスか今度は一体何が始まっちまったんですよこの人とばかりに白黒がハラハラしていると、サージェントは腰のポーチから何かを取り出した。一瞬拳銃かと思ったが、違う。形こそそれっぽいが、ドライヤーや電動ドリルのようなずんぐりしたフォルムをしており、上には濃いグレーにくすんだ扇状のスクリーンがマウントされている。画面内には四つ五つほどの同心円が描かれていて、白い光点がその中で幾つもチカチカ明滅していた。二〇――いや、三〇はある。
「…あのー、スミマセ…?」
「これは動体センサーだ」
勇気を振り絞って声を掛けてみると端的な答えが返されてきた。サージェントはそのブツの横っちょに取り付けられているダイヤルをグリグリ回しながら真剣そのものといった表情をしている。地面に着いた肘を基点に微塵もぶらさず重量を支持し、その先端部分は教室へと油断なく向けられていた。
「――妙な気配がすると思ったが、どうやら間違いなかったようだな。1-Aは生徒数合計三一名。しかし反応は、現在三二…!」
「…サー、ジェント…?」
「決まりだ。中に不穏分子が紛れ込んでいる。ふん、よりによって俺の指揮する部隊を狙うとは――いい度胸だ」
サージェントは素早く立ち上がると、中腰姿勢で1-Aの戸へと小走りに接近していった。びっくりするほど足音がしない。足元を固める編み上げブーツの靴底に何か特殊な素材でも仕込んであるのか、それとも純粋に卓絶した体術故か。なんにせよ挙動一つだけからプロの風格が惜しげもなく醸し出されていた。
プロの風格。
白黒は思う。
なんのプロなんでっしゃろ、この人。
「伏せていろ、フルヌッコ1」
白黒がツッコミやリアクションに迷っているのをおいてけぼりにサージェントは行動を開始した。ホルスターから慣れた挙動で拳銃を引き抜き、弾倉をワンチェック。装填し直し、手動でスライドを一度前後させる。そして戸口をほんの少しだけ開くと、その隙間目掛けて、ポーチから取り出したスプレー缶のようなもの(…?)をポイと投げ込んだ。
直後、ズバン!!!!! という爆音と閃光がつんざく。
「ホアアアアアアアア!?」
驚きあまりに猫耳&猫尻尾をビンビンに飛び出せた白黒をやはりおいてけぼりに、サージェントは「ゴウッゴウッゴウッゴウッゴウッ!」と大声を張り上げながら教室内へと突入していった。
「大丈夫か、お前達! くそっ、どこだテロリストめ!」
「どわぁーッ!? 何やってんだよサージェント!?」
「土曜日のまったりした幕開けによりによってスタングレネードかよ!」
「敵はどこだ! 速やかに投降しろ!」
「今日は何をどう勘違いしたんだよサージェント…!」
「おい、お前か!? お前じゃねえ!? 1-Bのお前!」
「はぁぁ!? 俺!? なんでだよ、ちょっと教科書借りに来てただけじゃねえか!」
「たぶん何かセンサーでも使って頭数がズレてると思った瞬間スイッチが入ったんだよ!」
1-Aは軽く阿鼻叫喚な騒ぎに突入しつつある。
そんな魔境を目の前に、廊下で一人呆然と立ち尽くす白黒は、
「――ふ、」
カタカタと小刻みに肩を震わせていたかと思えば、
「ふぇ、ッぇ、えうえうえ、エエエ、ひっぐ…! み、みみ、みぃけじぃぃぃ…!」
泣き出した。涙をボロボロ零してのガン泣きだった。
ガラスの花瓶が反射する陽光すら恐れる猫頭に、爆音と閃光のセットでお届けはきつ過ぎた。
化猫任侠白黒一家四十六代目〝物九郎〟・白黒二色。
神無月学院高等部1-A編入初日。教壇に立った所で涙は止まらずしゃくり上げっぱなし。まともに自分の名前も言えずにスタートを飾り、クラスメイト達からは「…え? 会長に喧嘩売ってのけたのと同一人物?」と大いに首を捻られたのだった。




