【乗降拒について】
「DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~」は【じょぉん】を言いだしっぺ兼代表とする物書き仲間同士による共同執筆作品です。
本作品は【椎菜】による著作であり、当人の許可を得て投稿しています。
――乗降拒と出会ったのはもう3年近くも前になるかな。
まだ俺も戌亥に来て間もなかった頃だ。
その頃俺はようやく客商売も慣れて、店にはそこそこ客が入るようになってた。
昔妹に、
「兄さんは愛想笑いが苦手だから、お店なんて務まらないんじゃないですか」
とか言われたのを思い出す。――残念だったな、俺にだってちゃんとやれるんだぜ。
まあ、料理関係には腕に覚えがある…それを喜んでもらえたら、自然に笑みも出るさ。
そんなこんなしてたある日、あの子が現れた。
今時三つ編みの眼鏡っ娘ってのも珍しかったが、どっばどば砂糖を入れてコーヒーを飲んでたのには流石に引いたもんだ。
超能力ってのは頭脳労働の一種だから、使うと体内の糖分が減るとかいう話は聞いたことがあったし、実際うちのメインの客層の学生連中は甘いものを率先して食べてるわけだが――
それを踏まえたってこれは無いと思った。コーヒーの味も何もあったもんじゃないだろ。
そんなわけで喫茶店主の端くれとして、正しいコーヒーの嗜み方を伝えねばなるまいと思った。
まあ、それに。どう見たって思い詰めた顔をしてたしな。
「ほらよ」
言葉で四の五の言っても聞きやしないだろうから、とにかくカップにコーヒーを注いで差し出してやった。
怪訝な顔をされたが、突っ返されたりはしなかった。おかわり無料のサービスか何かかと思われたのかも知れない。
すると、やはりと言うか…またむんずとシュガースティックを5、6本纏めて掴みにかかる。
「おっと、ただし砂糖は二本までだ」
すぐさまそう先手を打った。
今度は怪訝どころか、物凄い形相で睨まれた。視線だけで相手を殺そうとか思ってんじゃないのか、って程だ。
「ミルクが必要なら出すぜ。コーヒーに蜂蜜を入れるって嗜み方だってある、試してみたけりゃそれも出してやる。ただ、砂糖だけそんなバカスカ入れるのはナシだ。ちょっと見てられないからな――お前がいくら甘党だっつってもそりゃ無いだろう、眼鏡っ娘」
後に彼女が乗降拒と名乗ってからも、俺はこの子を「眼鏡っ娘」と呼ぶことが多い。
何となく、いい加減にあだ名を付けて呼ぶのが癖になってるのかも知れない…ウチの客の眼鏡っ娘率が上がったら対策を考えなきゃならないかな。
さておき。俺は飽くまで穏便に、つとめて諭すようにそう言ってやったわけだ。
「ハァ? 何アンタ、どうコーヒー飲もうと私の勝手でしょ? 客のやる事にケチつけねーで欲しいんだけど」
とても棘のある言葉が返ってきた。
だが生憎俺はお客様は神様です、なんて事は微塵も考えない店主だ。
パスタにどばどばタバスコをかけるのもお断りなら、俺が毎日ブレンドを研究しているコーヒーの素の味を破壊するが如き飲み方を放置してはおけない。
「勝手ってんなら家でやってくれ。わざわざこの店でやるこっちゃない。ウチのコーヒーを注文したのはお前だ。なら、ウチでお薦めする嗜み方ってのは尊重して欲しいもんだな。取り分けこの国なら今この瞬間にコーヒーを飲めなかったってだけで死ぬようなことはそうそう無いだろ? 要するに、どうでもいいレベルの商売なんだよ。喫茶店なんてな」
その飲み方をしないと直ちに爆死する体質、ってことなら仕方ないだろうが…。
目の前の少女がそんな特異体質を抱えているって風にはちょっと思えない。
「…それ、自分で自分の仕事を全否定してない?」
「そうかもな。けどなんつぅのかね――そういうどうでもいいことだからこそ、どうでもいいくらい拘ってみるのも一興ってヤツだろ? この商売に値打ちがあるとしたら、そこなんだと俺は信じてるさ」
喫茶店は本来、憩いの場だ。客に暫しの間リラックスしてもらう為の空間だ。
…たまに店の前で行き倒れが起きて、生かすためにタダ飯を食わすような事態になったりはするが。
「ンなの…。余裕のあるヤツだけがかませる優越だわ。私には関係ない」
相変わらず少女の態度は頑なだった。俺は構わず言葉を続けることにした。
「特に切羽詰まってる時ほどな。仕切り直しにはもってこいだ」
無駄を提供するのが喫茶店なのだとしたら。その本質は凪のようなものだ。
帆を休め、進みを止める。そうして自分を休ませることで、見えることもあるもんだろう。
その子も、そうらしかった。
自分が今何をすべきか理解して、すぐさまそれを実行した。
――即ち、声をあげて泣き喚き…胸に抱えた弱音ってのを洗いざらい吐き出した。
話を聞いてみれば案の定、人生に行き詰ってたって事だった。要約すると、だがな。
誰にだってある事だ――と言うと拒には失礼なんだろうが。
こいつの場合、要領がいいと言うか…物事の勘所を理解するのが上手すぎるんだろう。
なまじっか先が見えちまうから、辿り着く前に限界を感じてしまう。
念動力系の超能力に覚醒したのはいいが、とても高みを目指せる見込みがなくて…思い詰めすぎて自分の存在意義に疑問を持つに至っちまった、と。そういう話だった。
「なるほど。――そうだな、例えば」
ひとしきり話を聞いてから、俺は口を開いた。
「真剣が1本あんのと、木刀が100本あんのと…。どっちが良いっつったら、どう思う? ま、場に真剣が100本あったり、拳銃が一丁あったりすりゃ前提は覆るだろうが…。でも、まずお前の1本が何かってこったろ?」
――正直、羨ましい悩みなんだよな。そもそもが。
なぜなら俺は超能力なんて持ってないし、使えるようになる見込みもゼロだからだ。
「無いもんをあれこれ欲しがるより、持ってるもんで「何が出来るか」だ。俺も器用な方じゃないが、差しあたっては美味いと言えるコーヒーを淹れて、メシを作ることも出来る。そして、その事には堂々と胸を張れる」
とまあ。大したことを言ったわけじゃないが、どうやらそれで立ち直ってくれたらしい。何よりだ。
その後暫くして神無月の高等部に上がった後、「生徒会長をノしちゃったんだけどどうしよう」というような事を、嬉しさ半分困惑半分で報告に来たのを思い出す。当然、そのまま頑張れと言ってやった。
印象的なのは、あの子はあらゆる物事を自分の責任で解決しようとしているって事だ。
行き詰ったのだって、自分の力の至らなさを悩んでのことだ。
とうとう今日に至るまで、彼女が誰か他人のせいにして自己正当化をしている所を見たことが無い。
そりゃ、あれだけ周りがいろんな意味で個性派揃いだからな…愚痴を聞かされることはしょっちゅうだが。
最後の最後、結論の部分では常に自分の裁量だ。まさに自力本願、だな。
きっと物凄くプライドの高い子なんだろう、と思う。
勝つも負けるも自分の中に結果がある、という強烈な誇りだ。
俺がどうにも放っておけないと思うのはその辺だろうな。…俺も、”誇り”に全てを賭ける価値観の持ち主だ。
ただ同時にそれは脆さでもある。多分、負けたら全て失うとか思ってるんだろうな。
どん底を見て来たという思いもあるし、そこから勝ち続けることでアイデンティティを保ってきたんだろうし。
負けても誇りは残る。そこから新たなスタートもある。
一人で生きてんじゃないんだ、折れそうになっても誰かが支えてくれたりはするだろう。
何せ今の神無月DOGSは他ならぬ拒自身が集めた奴らだ。それぐらいやってくれなきゃ困る。
が、まあ…あいつが敗北を知るのはまだ先でいいだろう、とも思う。
どうも、この辺のことは言ってて自分に突き刺さるんで困ったもんだが…。
だから、乱入して来た白黒と大立ち回りを演じている拒は堂々としていた。
逃げも隠れもしない。どんなイレギュラーも言い訳にしない。
遂には”実在する非常識”によって白日の元に弱点を暴かれながら、見事に妖怪を退治して見せた。
…これで、俺が何の関わりもなければ手放しで褒めてやったんだがな。
あのバカをみすみす嗾けてしまったようなもんなので、複雑なところだ。
一方では、これだけの騒ぎに対して何の横槍も入ってこない不自然さも感じていた。
この時点で既に、皿洗い中の三毛の旦那から「白黒が神無月の転入生である」事は知ってたからな…そのうち一回あのふざけた病人ヅラはシめておかなきゃならないかも知れない。
翌日にも拒は店に顔を出した。まあ毎日顔を出してんだが…。
いつも通りハイテンションだったが流石に弱点暴きには動揺があったらしく、弱音を吐いていた。
あれ以来、拒は自分の中に負荷を溜めることを控えるようになった。俺がその捌け口になれてるなら、光栄だ。
さておき。まあ、ああいう格好だったからな…殆ど不意打ちもいいところなわけで、無理もない。
あの包帯君辺りなら「敵との戦闘中でなくてよかった」と言うんだろうが…寧ろ彼女にとってはその方がよっぽど感情の向け所があったに違いない。
野良犬に噛まれる、ならぬ、野良猫におちょくられるって所だ…想定外どころの話じゃないわな。
ただ、弱点を抱えてるという事自体は特別じゃない。そこだけははっきりさせて置いた。
その事を気に病むのは間違いだ…俺にだって弱点ぐらいあるわけだしな。
後はまあ、ウチの店と白黒一家が無関係じゃないってのがバレたぐらいで……ヤだなあ、飼い主か何かと思われたら。
ともあれ、白黒を連れてそそくさと学校に向かっていくのを見送った。
やったな白黒。初日から戌亥最高峰の有名人と登校してみんなに騒がれるというイベントを味わえるぞ。
…それ以前にどうもアイツの制服姿ってのがピンと来なかったわけだが。
少なくとも、その時はまだ…な。




