【7】「分かったら返事なさい」
「よくもまあ忠臣なんて言葉が並べられたものねこの逆臣ッッッ!!!!!」
曰く、壁に埋められたり地面に埋められたりされたことがあるという。
そんな各々方の目の前で、とりあえず神薙虚は顔面をアスファルトに埋め込まれていた。
「会長…! 会長だ!」
「会長が来たぞぉぉぉ!」
不良どもと言わず周囲のギャラリー連中と言わず、皆一斉にオオカミ少年みたいな大声を上げ始める。
「ちょ、会長サーン!? 跳ぶなら跳ぶで一言言ってやって下さいわ! なんの気構えもしてませんでしたトコでいきなしズドンと踏み切られるモンですからよ、俺めの背骨っから今さっきグリッとかいうヘンな音が――」
続いて現れたのは軽トラみたいなでかさのぶち猫――巨大ネコ白黒だった。人だかりが作る輪の中に巨大な猫の顔面をモフモフ捻じ込み道を開き、よたよたと拒の下へ近寄って行く。
「うおお猫!?」
「猫だ! 明らかにおかしいでかさの猫だ!」
「っていうかおい。ひょっとしてこいつ、昨日会長と戦ってた、あの――? 間違いねえよ! あの猫だ!」
「さっき会長を乗せて車道を走って来てたぜ!?」
「すげえ! もう手なづけたってことか…!」
「どういうことだ…? まさか飼うことにしたのか…?」
「天気雨を操った〝ヌコの婿入り〟だ!」
「はぁぁ!? ざっけんじゃないわよ! いくら積まれたっていらねーわよこんな駄猫!」
虚の後頭部を右足で踏み付けにしたままギヌロ! と眼鏡越しに視殺線を繰り出す拒。ヌコの婿入りとか迂闊なことをのたまっていたギャラリーの一名は、瞬間、口端から泡を吹いて人事不省に突入する。そして隣に居た奴に支えられていた。
「――へ、へへへ。遅いおでましだったじゃねえか、会長さんよぅ」
「タクちゃん!? このタイミングで行くのかよ!?」
「うるせえ! ブッ込むなら今に決まってるだろ! 飛ばしていくぜ!」
少し声が引き攣ってはいるものの不良の一人が一歩進み出る。
対する拒はというと、身体こそそちらに向けてはいるものの、足で巨大ネコ白黒を小突くことに集中しているようだった。
「…ちょっと。視覚的にうざいわよアンタ。いい加減サイズ戻しなさい」
「ニャー」
まるで空気が抜かれた風船よろしくシュルシュルしぼんでいき、巨大ネコ白黒は尋常なサイズの猫と化す。二又に分かれた尻尾をニョロニョロさせている以外は本当にどこにでも居そうなぶち猫が降臨した。そして拒の足元にてぐでーんと伏せる。誰が見ても明らかな疲労困憊の様子だった。
「それで? 生徒会屈指の変態相手に随分盛り上がってたみたいだけど、私に何か御用だったかしら?」
「カッ。いつものキレっぷりが感じられないぜぇ、会長さん? さすがに化けの皮が剥がれた翌日とあっちゃ寝覚めもスッキリとは行かなかったか?」
「布団に入ったのは深夜零時ジャスト、目覚めは六時。睡眠時間の確保も寝覚めもこの上なく良好よ。その上今朝の星座占いでは〝今日は頭が冴える一日でしょう〟って言われたわ」
「ヌヌ? おお、会長サン会長サン! 友達っスか? 朝の挨拶中ですかよ? ここは一つ俺めのことも紹介してやっちゃァくれませフギャー!?」
状況も分かってねえくせに口を開こうとした猫の尻尾を踏ん付け、拒は相手方へと向き直る。
「――もう一度訊くわよ。用件は?」
「へへっ。随分と穏当な入り方だなあ、オイ」
「人の質問に関係のない雑談で返すのが最近の流行なの? 私に迷惑だから存在もろとも廃れてくれない?」
足元でぶっ倒れている虚やネコ白黒をうっちゃって、両者共にずずいと詰め寄り合う。
「…そんな口利いてられるのも今の内だ。今まで俺ら相手に好き勝手いいようにやってくれたツケと思いなぁ、すぐにそのツラ地面に擦ることになるぜ」
「あら、初めて知ったわ。私、アンタ達の相手なんかしたことあったの? そんなつもりなかったんだけど。…でも、そうね。もしいつかどこかで私が気付かない内に轢いちゃってたっていうなら、それはそれでごめんなさいね」
「ッ! こ、の、アマ…! ――へ、へへっ。まあいいさ。戌亥ポートアイランド第一位だなんて気取ってられるのも今の内だぜ。随分と器用に誰も彼も騙してたみたいだが、アンタの〝バタ足アクセル〟の〝最強〟は見事に偽物だったわけだ。つまりはその看板だって偽物ってことになるんだからな!」
地面に突っ伏しているままだった虚がチラと顔を上げる。口角泡を飛ばして語る相手を静かに眺めていた拒が眼鏡のブリッジに指を添える。
二人のうちどちらかが動こうかとしたのかもしれない、その瞬間。
「ちょいと待ちなさいや」
動いたのは虚でもなければ拒でもなかった。
作務衣姿の銀髪小僧。
人型モードで、拒の目の前の相手にズイと立ちはだかった――白黒だった。
「おたく」
「あ? なんだ、テメエ…? 昨日ハシャいでたあのガキか?」
「おたくは合戦に参加してるクチなんスか?」
金色の瞳。縦長に割れた猫科の虹彩。
問答無用に人外の容貌が、まるで道端の野良猫のように、ただただジーッと相手を見詰めている。
なんだこいつはとばかりに取り巻きと視線を取り交わす不良。と、白黒の腕がそいつの襟を捕まえた。無理矢理に自分の方を向かせ、結構な開きのある身長差を引き下ろす。
「――目ェ反らしなさんなよ。こっち向きなさいなコラ」
ガツリ。
相手の額に額を合わせる。
至近距離で、白黒の虹彩が弦月よりも細くなる。
「!? テメ、離――」
「質問に答えなさいや耳ィ逆さに付いてるんスかこのド三品がァ!」
怒声一喝。
場を取り巻く空気が水を打ったように静まり返り、拒も目をしばたいていた。
「―――――。いないわよ。参加、してないわ」
「おお、そうでしたかよ。…ま、そうですよな。もししてたなら、今みてえな口だきゃァまかり間違っても叩けるハズねえでしょうしよ」
拒が端的に教えてやると、白黒はけろりとした顔で彼女の方を向く。その隙に捕まえていた襟は振り解かれた。
「…なんだこのガキ? 喧嘩売ってんのか?」
「そーゆーおたくは喧嘩に喧嘩売ってるんスか?」
「――はぁぁ?」
「今さっき拝聴したんですけどもよ? ニャんでもこの島は学生だけでン万人と居るそうじゃねえですか」
人口二〇〇万を数える独立行政区戌亥ポートアイランド。うち六割が学生。計算上、一二〇万人。
――この駄猫、計算放棄しやがったわ。
いち学院に付き生徒数約一〇万とは教えたが「一二〇万」という数字を教えてはいなかった拒は、口の中だけでそう呟いた。
「月イチの合戦の参加者は――、…。……。………。トータルでン百人」
計算放棄はいよいよ確実だった。
目の前にしている相手ばかりか周りの誰も彼もからも軽く冷淡な視線を向けられつつも、しかし白黒は怒りと八重歯を剥き出しに言葉を続けていく。
「とにもかくにも、ン万人居る内から選び抜かれたン百人がド真剣かつバッキバキに鎬を削ってるってェワケですわ。ビーム鎌にでっかい右腕の人にそんでもって会長サン…。正味俺めはこれこの通り三人っくらいしか知らねえ格好ですけどもよ、でも、みんなみんなスゲェんですよ! スゴかったんですよ! ンでなんスか? そんな中で会長サンが一等賞なんですって? ドとんでもねえことですわ! ド凄まじいことでしょうわ! 並み居る海千山千押し退けての優勝ですよ優勝! 優ッ・勝ォ! ――それをなんスか、おたくは!? その一位が〝偽物〟ですって!? 何をどう見りゃァそんなクチが利けるんですかよコラ! ってゆーか会長サンの〝強さ〟それ自体まで否定しやがらっしゃいましたよな今!? 失礼だと思わないんスか! 会長サンが積んで積んで積んで積んで積んで来たに違いねえ〝努力〟に対しても、会長サンがブっ倒してブっ倒してブっ倒してブっ倒してブっ倒して来たに違いねえ〝相手〟に対しても、全部ひっくるめたあれやそれに失礼だと思わないんですかよ!」
誰も彼もが目をしばたいている。
勢いばかりでほとんど何を言っているのか分からないような怒濤の啖呵。
それでも当人は、白黒だけは、強い強い確信を持っている様子で言葉を並べ立て続ける。
「強弱でも優劣でも勝敗でも、とにかく白黒付けるってェのは相手を踏み付けにするってことでしょうさ! 何あれ喧嘩巻く以上は沈めた相手の矜持も纏めて背負う覚悟が要るんスよ! ――おたくは! 今! 人様が重ねて来た! それを! 全部全部全部まとめて虚仮にしやがらっしゃった! 分かってるんスかァッッッ!」
「何言ってんだ、テメ――」
「今さっきおたくは喧嘩の粋に真正面から唾ァ吐きやがらっしゃった。なら俺めが言わせて貰いてえのは、要するにこゆコトっスよ」
白黒の履く下駄の歯が、ガン、と一度その場で踏み鳴らされる。
「ワビ入れろたァ言いませんや。この件はなんもかんも会長サンの裁量なんでしょうからな。ただ、さっきの啖呵だきゃァ切り直せ。相手のことが気に入らねえってんなら在り方を上げつらってやればイイ。でも〝生き様〟の方を槍玉に上げるのだきゃァ筋違いっスわ。――おたく、男なんでっしゃろ? なら、あんまし侠を下げなさんなや。見苦しい」
全力で稼働中の火力発電所のような勢いでまくし立てていた調子から急転直下、白黒の目付きがまた静謐な猫のそれに戻る。
――ただひたすらにジーッと相手を見詰める。
――それこそまるで、相手のことを見ているというよりも、鏡を使って相手自身に相手自身を見直させようとしているかのような。
ほとんど呆気に取られたようになっていた相手方、の口元が何かを言おうとするかのように僅かに動いた。その瞬間だった。
ベシン。
「ゲブファ」
白黒の頭が拒にひっぱたかれた。
「…朝っぱらからよりによって何を好き勝手にアゲてんのよ。それも人の目の前で」
「か、会長サン! いやでもそのなんつーかニャんつーか」
「今アンタが自分で言ってたでしょ? これは、私の、問題よ」
拒は白黒の首根っこを捕まえると、瓶底眼鏡をズズイと寄せ、一言ずつしっかり区切って言い聞かせる。白黒としては「ヌヌヌ」と縮こまるしかなかった。
「悪かったわね。この通り噛み付き癖と鳴き癖とがかなりひどい猫らしいのよ、こいつ。今日から躾ける予定だから許してくれていいわよ。許すわ。許すから、許しなさい」
しゃあしゃあと並べ立てながら、虚へ今一度「ほら行くわよ変態」とばかりにケリを入れつつ、拒は踵を返した。ぶたれた頭を擦る白黒と踏まれた頭を擦る虚とがその後に並んで続いていく。
「おい会長さんよお! まだ話は終わってな――」
「私に何か〝意見〟があるなら、誰でも良いから電算委員同行の上に首輪の持参が必須よ。ああ、あと保健委員も居た方がいいかもしれないわね。それだけ揃えるものを揃えて来たならいつでも時間を作ってやるわ」
歩みに合わせて三つ編みを揺らす拒の背中が振り返りもせずに言う。
「模擬戦仕様に調整された首輪。それが挑戦者の無事を守るわ。戦敗を読み上げて、ちゃんと試合にストップを掛けてくれるから。――それじゃ、失礼。アンタ達もどいつもこいつもさっさと教室に行きなさい。ホームルーム、始まるわよ」
それが合図だった。
場を取り巻いていた誰もがちらほらと歩みを再開させ、拒へ突っ掛かろうとしていた徒党も舌打ちを残して散っていく。
「クックック。成る程、任侠ねえ…?」
拒の後ろに付き従っているような格好の野郎二名の内、半ミイラ男の方が口を開いた(もう復活したらしい)。応じて作務衣姿の方が視線を返す。
「ヌ? おう、そういや何者ですよおたく?」
「…ああ、オレと逢うのは今が初めてっていう認識になるわけか…。そうだそうだ、あの時は正真正銘〝ただの猫〟だったんだもんな」
「? …! も、もしや! そのいでたち、ひょっとして猫神の守護を得て眠るにあの偉大なる――」
「おっと、違う違う。別にオレは砂漠のど真ん中で罠と呪いが満載された三角錐状の墓石の下に埋められた王とかじゃない。オレの名前は神薙虚。高等部二年、生徒会副会長をやってる。つまりそこな〝会長〟の一の舎弟ってことになるな」
「組織のトップの一の舎弟ってェと、つまり――? …。……。………。フオオオオ! 若頭! 若頭だったんですわな、おたく!」
猫耳&猫尻尾をバビョンと飛び出させながら戦慄に打ち震える白黒。今さっきまで啖呵切りまくっていた様子などもはやどこ吹く風だった。
「こいつァとんだ失礼をば…! 俺めは今日この日っからここ神無月で草鞋を脱がせて貰います、不肖――」
「化猫任侠白黒一家四十六代目〝物九郎〟こと白黒二色…だよな?」
「ヌヌ! 既に御存知でやがらっしゃるとは! まだ何も言ってませんってに! おたくひょっとしてチョーノーリョクシャですかよ!?」
「クク…。見える、見えるぜ? 白黒、アンタの身近には着流し姿の隻眼が居るみたいだねえ」
「ギャー三毛次のことまで!? ちょ、スゲ! スっゲ! チョーノーリョク半端ねーっスわ!」
白黒がますます驚愕の色を深くしていると、嘆息ながらに拒がふと振り返った。
「いちいちツッコむのも面倒だから、とりあえず私の用件だけ言うわよ」
「おっと、不思議な前置きを言うねえ会長? 別に断る必要もないだろうに。そのくらい、まるでいつものことブベラッ」
裏拳を無造作に振り出す拒の〝右手〟。立ち入り禁止ラインがしつらえられた校庭外周に沿うように歩いていた一同の中から虚の身体だけが派手に飛び出し、きりもみしながら一際深いクレーターの中へとまっ逆さまに墜落していった。
「ヒアアアアー! う、ウツロ君!? ウツロくーん!?」
「まず今からアンタを職員室まで連れてくわ。担任の教師に一言挨拶するのよ。バドー爺――院長は、まあ、居たらでいいわね。よくそこら辺ぶらついてるから、今逢えなくてもいずれすぐに逢えるだろうし。とりあえず担任に着いて行ってアンタの教室に行きなさい。今日は合戦後片付けの予備日ってことになってるから、基本的に授業は無いわ。ホームルームさえ終われば校内はほとんどフリーダムなことになってるから、まず生徒会室まで来るように。生徒会室の場所は――親切な同級生キャラでも探して頼ること。以上」
「パネェ! マジで自分の用件だけ話してますでよこの人!」
「ちなみに、職員室の中で変な仁義切り始めようとしたらその場で叩き割るわよ」
「どこを!? 俺めのどこを!?」
ズザザザと思いっ切り引く白黒、だったが、しかしまたすぐに作務衣の後ろ襟を捕まえられる。耳を引っ張られるよりかは多分にマシではあるがなんにせよ恐ろしいことには変わりない構図だった。
下手に抵抗すれば虚よろしく奈落の底へ突き落とされるかもしれない。白黒は不自然な態勢のまま、拒に引かれてよたよた歩くのだった。
「分かったら返事なさい。――白黒」
――と。
――出し抜けに、初めて名前で呼ばれた。
それが本当と言えば本当なのだろうが、今まで駄猫駄猫と呼び付けられていただけあって、白黒は自分の名前が呼ばれたのだというのにほんの少しの違和感を感じてしまわないでもなかった。
しかしその違和感は、また別の「違和感」にすぐ塗り潰される。
「お、オゥイェ…? りょ、了解しましたでよ!」
とりあえず返事だけしておきながら、白黒は思う。
今は絶対無敵にして究極の破壊力を秘めた右手で首根っこを捕まえられている格好なわけだが――
さっき頭をひっぱたかれた時には。
確か、左手が使われていたと思うのだ。
<「神無月学院入学案内・前編」END>




