【6】「予想はしちゃいたが」
――神無月学院、校庭。
まるで戦闘機が編隊で絨毯爆撃をかましていったかのような地盤陥没跡だらけのそこはところどころ断崖状になってすらおり、外周は赤いパイロンに中継されつつ虎柄のバーでぐるりと囲われていた。
『危険につき立ち入り禁止です すみませんごめんなさい許して下さい ~美化委員長より~』という張り紙が封鎖線上の所々に下げられている。それに添えて記載されている安全帽を被った工事従事者っぽいイラストは、何故か最敬礼ではなく深々と土下座している絵だった。腰が低いというよりも、ここまで来ると単に卑屈だった。
この通り学院敷地内に一歩踏み込めば合戦の惨状冷め遣らぬ――といった様子でこそあるが、しかし校門は至って無傷。「半日授業の後の解放感はマジ至高」という意見を統括理事会の存在すら怪しい〝第十議席〟が発したとか発してないとか、とにかく土曜日でも普段から半日授業が進行される朝の今この時、神無月学院校門周辺はブレザー制服に身を包んだ初等部・中等部・高等部の生徒達の姿でごった返していた。その人波の中にちらほら居る私服ちっくなのは、一限から授業を取っている大学部の生徒である。
「なあ…マジでやろうってのかよ、タクちゃん」
「馬っ鹿、お前。どう考えてもチャンスだべよ」
「〝左が弱点〟なんつっても、事実校庭をあんな風にしてる攻撃力だけは嘘じゃねえわけだろ…? やばくね? パなくね?」
と。そんな流れに逆らうかのようにあまりガラのよろしくない高等部男子が三名、校門の端に溜まっていた。
「だからここにこうして集合してんだろ? 戌亥の路地裏で幅ぁ利かせて久しい、泣く子ももっともっと限界まで泣いて引き付けを起こす――俺たち三人〝三重殺〟がな!」
「ヒューッ! さすがタクちゃん!」
「シブいぜ! タクちゃうんシブいぜ!」
「へへっ、よせよ。――とにかくだ、左っつぅ弱点が分かってると分かってねえとじゃ全然段違いだってことよ。三人で波状に仕掛けて一人だけでも〝そこ〟に辿り着ければ、それでもう勝負が決まるわけだしなあ…!」
横を往き過ぎる生徒達は物騒な会話を繰り広げている彼らを「風紀委員呼んだ方がよくね?」などと言い交わしつつチラチラ見るが、問題の彼ら三人組は「ァァン!?」とガンを飛ばしてそんな視線を跳ね除ける。
そして――彼らだけでは、なかった。
他にも「似たような集団」がまるで校門の両脇を固めるように布陣して、めいめい額を寄せ合ってはヒヒヒとほくそえんでいる。誰も彼も皆一様に暗い情熱に焦げ付いたツラを下げていた。
「…よう。お前らもなかなか滾ってるみたいだな」
やがて不穏分子どもは互いにコミュニケーションを取り始める。
「けっけけけ、決まってるだろうが! 今までさんざ俺達のことを好き勝手吹っ飛ばしてくれやがったあの女王サマの化けの皮がとうとう剥がれたんだからよぉ!」
「かかっ、燃えてるじゃん」
「おっと、今なんて言った? 何が萌え萌えだって?」
「違ぇよ! 部首が〝火〟の燃えだよ! 空気読めよ!」
「――それで? お前らは何しててやられたクチよ?」
「そっちと大体似たようなもんだと思うぜぇ? ちょぉーっと後輩にカンパ頼んで回ってたら壁に埋められたってとこか。…くそっ、思い出したらイライラして来たぜ」
「俺なんか新入生ちゃんに〝健全なお付き合い〟を申し込んでただけだったってのにいきなり地面に埋められたぜ。本当、あの生徒会長サマだけはいい加減アレだよな。アレだよ。マジで。もうアレしちゃおうぜ」
「っていうか駄目だねえ、アンタら。話聞いてると揃いも揃って後輩に嫌われるような真似ばっかりと来た。そんなんじゃ子犬属性の後輩娘が目の前に現れた所で〝せんぱぁい〟なんて呼んで貰える日は永遠に来ないぜ?」
「いや何の話だよ!」
「わけ分からねーし!」
「しかしつくづく個性が無いなアンタら…? 語尾は常に〝ゲッヒヒヒ〟笑いとか、激昂するにしたってこめかみから〝ビキィ!?〟って音を出してみるとか、せめてもう少し努力が欲しい。そんなんじゃボイス無しの不良A・B・C・D・E・F・Gで終わりだぜ」
「ますます何の話だよ!」
「ますますわけ分からねーし!」
「っつーか誰だお前! さっきから〝萌え〟だの〝せんぱぁい〟だの――」
場の不良どもはまさにこのとき連合と化して、自分達の中にいつの間にか紛れ込んでいた何者かを取り囲むように動く。
「口上もテンプレートじみてて面白みが皆無。未読メッセージだが、スキップしても差し支えないな」
果たしてその中央に飄然と立っていたのは。
伸ばしっぱなしの前髪に目元を隠し、手やら顔やら露出して見える肌のおよそ六割がたに包帯を巻き、腰には帯刀している――没個性なんだか個性的なんだかよく分からない半ミイラ男。
――神無月学院生徒会副会長。
――高等部二年・神薙虚だった。
「げえーッ!? 神薙!?」
「テメエ、マジでいつの間に…!」
「やれやれ。予想はしちゃいたがやっぱりこんな事態も招かれるわけか、そりゃ」
不良どもはじめ、遠巻きに様子を見ていた学生達もにわかに騒がしくなり始める。「副会長…!」「副会長だ!」「噂通りのエロゲ脳!」「いや待て! まだR-18発言はしてないから、そう断じるにはまだ…!」などなど、風紀委員を呼ぶべきかと囁き合っていた生徒達も一緒になってどよめいていた。
「とりあえず。生徒会の女王様に楯突こうっていうその気概は上等だ」
虚は自分の周囲三六〇度目掛けて、言う。目線の置き所は――包帯だらけの指でカチカチいじっている携帯電話の画面。何やらアプリでプレイしているゲーム(二次元美少女が何やらアップで恥じらい顔を見せている)にキリを付けようとしているようだった。
「いざ〝敵〟に現れられたとして、この私に立ち向かって来る不明を恥じろとばかりに口では色々と蔑んだり罵ったりするけどねえ? けどある意味ツンデレなのさ。あれは。例えば本人はこんなことを言う――〝戦おうとしない奴は負け犬にすらなれない〟ってね。この意味が分かるか? つまりその気概は上等なんだよ。評価されるんだ。ただ」
二つ折の携帯電話を手首のスナップでパタンと閉じる虚。
そして上がる〝おにいちゃん、ばいにゅ~☆〟という甘ったるいロリボイス。なかなか壮絶なクローズ音設定だった。
「たまたま偶然イケそうだと思えるようになった所で突然数に任せて動き出してみるなんてのは、言っちゃなんだかいささか〝覚悟〟が足りなさ過ぎる。そんな不届きな腹を抱えての女王への謁見を撥ねるのは――そう。例えば忠臣の役目なわけさ」
刀の柄に。
手が乗った。
瞬間、包囲の輪が押し広げられたかのようにジワリと動く。誰もが例外なくたじろいだのだ。
「神薙ぃ…!」
「上等じゃねえか! 前哨戦だ、まずはテメエから畳んで生徒会サマの鼻っ柱を根っこからブチ折ってやるぁ!」
しかし集団は強い言葉を無理矢理ひり出しながらすぐに再燃する。場の推移を見守っていた学生達がにわかに恐慌し始めた。涼しい顔をしているのは――その顔すらよく見えないわけだが、とにかく態度だけでそれは十二分に判る――虚一人。
「――はん。そもそもアンタら、本当にあの会長に勝つ気があるのかい?」
と。あくまで涼風の如くに佇んでいた虚の気配が、次第に次第に烈火のようなそれへと変貌し始める。
「数で囲む? 確かに兵法の基本だ。でもまだ甘いな! 頭数を揃えたら、次に勘案すべきは〝機〟と〝地形〟! 真正面から向き合ってのヨーイドンじゃなんにせよ先手を取られて一撃で陣形が崩壊させられるに決まってる。当然仕掛けるなら奇襲一択――すると何か、路地裏にでも押し込んでから不意を衝いてスタンガンでも押し付けてみるか? クックック、そう来たか、大した鬼畜だよアンタら…! なかなかゾクゾクさせてくれる! あの自力本願を地で行く鋼の心が屈辱で歪む様を至近距離からとっくりと眺めてみたいって? 割と底無しのドS言語を並べ立てるあの口に〝らめぇ〟なんて言わせてみるのもアリってか? いいねえいいねえ、人間やっぱり夢はゲブルブァ」
出たァー文句無しR-18! という歓声が上がったのも一瞬のこと。
どこからともなく飛んで来た会長様が、勢いそのまま地面目掛けて虚の頭を踏み潰した。




