【4】「東京湾までブッ飛ばすわよ?」
正直な話「全然わけが分からない」というのが白黒の内心だった。心外、と言い換えてもいいかもしれない。
先日は〝祭り〟の大舞台で互いにあれだけの大立ち回りを演じたのだ。これが粋でなくて、華でなくて、一体なんだというのか。
最後は最後でナインライヴスの反動の為に妙な幕切れになってしまったが(〝凍結〟し掛けの意識の中で妙に柔らかい感触を手やら顔やらに感じた辺りで記憶はぶった切れている。ふと気付いた時には辺りは夜。『Wolf in forest』店内で三毛次の膝の上に居た)、それでも自分もあの彼女も持てる力を双方尽くしまくったことには違いあるまい。
仲良くなれると思っていたのだ。
すっげー仲良くなれると思っていたのだ。
すっげー仲良くなれるとすっげー思っていたのだ。
実の所、今朝方目を覚ました所でいきなり拒と逢えたことはとんでもなく嬉しかった(なんだか随分とキャラが違っていた感じが一瞬したが)。来島早々ガチで分かり合えた相手とこうしてすぐに再会出来たのだから。
彼女――拒はこれから世話になる学院で〝カイチョー〟をやっているのだという。それはつまり何か。これから毎日だって彼女と逢うことが出来るということか。それも重ねて嬉しかった。
だがしかし実際にはどうか。どうも彼女は常にイライラしている様子でありカリカリしている様子でありイガイガしている様子であり――挙句の果てには、容赦なくこちらをボコボコにしてくると来た。
――全然わけが分からない。
――さては最後の決着がきっちり付き損ねていることをそんなに腹に据えかねているのだろうか。
「そいじゃァ訊かせて貰いますけども。…ニャんでおたく、そんな怒ってるんですよ?」
何か訊きたいことはあるかと言われ、車道を車のフリをしててってけ走る巨大ネコ白黒は、意を決してまずはそこの所を(超ビクビクしつつ)訊いてみることにした。
「…。……。………」
巨大ネコ白黒の背中の上で相変わらず憮然とした表情のままの拒は一度眼鏡を外した。レンズをハンカチで拭い、眼鏡を掛け直し、肩を竦めて嘆息し。
そして鞄から何かを取り出した。
それはリップクリームだった。
筒状の容器の尻の部分を細い指先が軽く捻る。中身が一センチばかりニュルリとと伸び出た。
そして拒はその先っちょを巨大ネコ白黒のまぶたにグリッと塗ったくった。
「ふみゃぎゃァァァァァ――!?」
「全くもう。ホント、難儀なバカね…」
「痛ッ! 痛ァーッ! す、スピード出して走ってますだけに、風、風が、風で、こう、ヒリヒリしてジンジンしてフオオオオオ!?」
「そもそも何をどう理解してるのかが分からないんだから、よく考えたら話のしようもないわね…。やっぱりこっちから先に訊くことにするわ。アンタは昨日この島――戌亥ポートアイランドに来て、何をどうして何がどうなって私の目の前に現れたわけ? ちょっと一から話してみなさい。ただし端的に。シロクロとかモノクロとか四十六代目とか明らかに余計な口上が出て来た瞬間、ひどい目に遭うわよ」
「ヌヌ! よりによって〝余計な口上〟たァ聞き捨てならねえ物言いですわな! 江戸幕府開闢から数えて四〇〇年、世田谷豪徳寺を根城に幅ァ利かせてきました化猫任侠白黒一家四十六代目〝物九郎〟! 仁義の切りようばっかしはでちっさい時分から三毛次直伝で――」
「はい追加入りまーす」
「ふみゃぁぁぁーご!? め、目に直接塗るのは勘弁してプリーズ! ギャー目がひどい目に!」
排気口から水をボタボタと零す乗用車よろしく滂沱の涙を流しながら、それでも巨大ネコ白黒は健気に走行速度を維持し続ける。
「…ええとですねえ。つい昨日に来島したワケなんですよ、俺め」
「それは知ってる」
「横浜からの方――西側っからの『よもつひらさか』で来た格好でしてよ? でも腹減ってブっ倒れっちまってましたらオオガミ兄貴が助けてくれたんですわあー。メシ喰わせてくれたんスよ」
「つくづく度し難い野良猫ね…! 稜牙さんの優しさに付け込んで来島早々餌までたかってたなんて! 何よ!? 何を食べさせて貰ったの!?」
「ヒアア今日一番のキレっプリ!? え、えとその、スパゲティナポリタンをば――」
「…ああもう、話が進まないわね…。いいわ。あとで東京湾にでも沈めて、その不届き、稜牙さんに代わって私が一括清算してやるから。それで?」
そして白黒はそこで稜牙から合戦というものが実施されているのだと教えられたことを話した。ちょうど目の前でビーム鎌とでっかい右腕が対決していた――そのことも話す。自分も祭りに参加したくなってそのビーム鎌の方へ話し掛けてみたらみたで神無月学院を教えられた。この辺りまで説明を終える頃には、拒のこめかみはビキビキと震え始めていた。
「成る程…。事情もよく分かってないくせに、稜牙さんや〝死神の鎌〟から得た情報を好き勝手解釈して、好き勝手はっちゃけてくれたってわけね。要するに」
「ヌヌ…? どゆことでっしゃろわ?」
「ヌじゃねーわよ。いい、駄猫? アンタみたいなエセヤクザに合わせた尺度で分かり易く一発で説明してやるから感謝なさい」
分厚い眼鏡の奥でギヌロと拒の眼が光る。ちゃんと前だけを見て走っている格好の巨大ネコ白黒は、まるで後頭部に畳針をザクザクぶっ刺されているかのような威圧感を感じっぱなしだった。
「これからアンタは神無月学院に入学する」
「オゥイェ」
「そして私はその学院の生徒会長」
「アイドゥーアイドゥー」
「これが何を意味するか分かる?」
「こ、これからよろしくお願いします…的な?」
「極道で言う所の〝親殺し〟に手を出してたってことよこのド三品!!!」
「ヒアアアアアアアア!?」
独立行政区戌亥ポートアイランド今期四月度新規編入生、神無月学院高等部一年・白黒二色。
拒の怒りが冷め遣らぬ様子の理由をこの上ない重さで理解した瞬間だった。
「ふーっ…。まあ多少はすっきりしたわ。多少よ。あくまで多少だけどね。はい、それじゃ話を戻してやるわ。アンタみたいな野良猫のことも案じてくれた優しい優しい稜牙さんに感謝なさい! ――で? 差し当たって、何か訊きたいことはある?」
「――ひ、ヒゲと尻尾、どっち詰めればよろしいでしょうかや――?」
「化猫任侠が詰めるのは指じゃないのね…」
「まさかまさか、これから世話ンなろうってェ組の代紋に唾ァ吐いてましたたァ…! 仁義に悖った真似しでかすのも程があろうってモンですわ! こ、このケジメ、なななニャんとすれば」
車のウィンドゥウォッシャーばりの勢いで涙をダバダバ噴出させる巨大ネコ白黒に、拒は呆れ果てたような顔になった。
「…分かったならいいわよ別に」
「よくねっスよ! それじゃァ俺めの気が済まな――」
「は? アンタ何様? なんでそっちの気が済むか済まないかを優先してやらなきゃならないのよ」
「…。……。………。ウェ?」
あくまで憮然とした顔のまま、しかし語勢だけはぼかさずぶらさずきっぱりと――言い切る。
「仕出かした不始末の始末を誰がアンタみたいなバカ本位の流儀で白黒付けさせた程度で終わらせてやるもんですか。その〝納得〟は全部全部私の裁量に帰結して然るべきよ。勝手に持ってこうとしてんじゃねーわよ、この泥棒猫」
「会長サン…?」
「だから! 要するに! ――この件に関して今後勝手にうざいことグチグチぬかさないって誓えるなら、それで〝手打ち〟にしてやるって言ってるのよ!」
「フオオオオ! か、会長サン――!」
差し掛かった信号のランプは赤色。
巨大ネコ白黒はでっかい四肢でブレーキを掛け、停止線の最前列へと止まると同時、クワと目を見開いた。
「感服しましたわ! これからは〝姐御〟と呼ばせて貰ってもよかですか!」
「東京湾までブッ飛ばすわよ?」
「…スミマセっした会長サン」
独立行政区戌亥ポートアイランド今期四月度新規編入生、神無月学院高等部一年・白黒二色。
立場の上でも義理の上でも気骨の上でも、今後彼女に頭が上がらなくなることが確定した瞬間だった。




