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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・前編>
22/72

【3】「選ばれし七二〇名」

 昨日の合戦(ドッグファイト)ではえらい目に遭ってしまった。

 ぶっちゃけて言うと勘違いに次ぐ勘違い。ひょっとしたら今まで「真正面からの不意打ち」を必殺技にしていたことのツケが回って来たのかもしれないと自学院の保健委員に回収されながら思ったものだった。


 急に雨が降って来たり。

 ぶち猫だけが民族大移動を始めたり。

 そんな怪奇現象(オカルト)を前に呆気に取られて立ち尽くしていたら、ドカンドカンという明らかに「あの会長」が何かしているに違いない轟音が二発、間隔を置いて聴こえて来た。後から知ったことなのだが、それはどうやら体育館の屋根と床をぶち抜いた時の音だったらしい。

 ともあれ、それでもそのまま神無月学院の校門前で「様子見」を続けていたら――

(如月の刺客…か? 随分と早かったねえ)

 いえ合戦(ドッグファイト)の参加者かと思って色々吹き込んじゃったニャーニャー言ってる変な子の様子を見に来ただけなんです。

 そんな釈明をする余裕もなく、帯刀した半ミイラ男が現れた。

 ――ミイラおとこAがあらわれた!

 だがそれは雑魚モンスターなどでは決してなく、ラスボス第一形態くらいの関門(レベル)たるミイラおとこなのだった。こと、この合戦(ドッグファイト)に於いては。

(というか、よく決断して来たもんだ。神無月(ウチ)の女王を本気で獲る気かい? 噂の〝死神の鎌(デスサイズ)〟を送り込んで来る辺り、どうやら如月的にもただの斥候で終わらせる気は無さそうだ――と受け取ったぜ)

 いえそんなあげてもいないものを勝手に受け取られても困ります。

 半ミイラ男の手は既に腰に差した刀の柄に掛かっている。完璧に臨戦態勢だった。

(今アンタの目の前には選択肢が三つある)

 相対距離は一〇メートル強。

 駄目だった。

 話に伝え聞く限り、ここはもう彼の「射程内」だった。

(一、戦う。二、逃げる。三、様子を見る。こんな所か。さて――ファイルの余裕は充分か? クイックセーブは済ませたか?)

 一歩踏み込んで来る。首輪(チョーカー)接近遭遇(エンゲージ)を声高に告げる。

(準備が出来たならそれでいい。ただしここで人気ブランド新作の発売延期並に残念なお知らせがある。――ここはハマリルート(・・・・・・)だ。どれを選んだ所で既読にしておく価値があるようなテキストシーンすら入って来ない、ここまで来た時点で問答無用のバッド確定。ただ)

 とりあえずすぐに離脱しよう。かといってここでいきなり背中を見せるわけには行かない。まずは初撃だけでもどうにか凌がなければなるまい。それさえ適えば後はすぐに地面を切り起こして盾にでもしながら逃げを打つとして――

(オレの抜刀シーン一枚絵CGが回収出来るぜ。見てけよ(・・・・)

 口元まで覆い隠している包帯のお陰で、果たしてどんな顔でそんな言葉を並べ立てているのかまるで判らない。

 かくして――刀の柄に掛かっている手が、瞬間、ぶれた(・・・)






(〝初見(ワン・ショット)〟―――――

挿絵(By みてみん)

 ―――――〝殺し(ワン・キル)〟)






〝――如月学院、桜花(オウカ)(アキラ)交戦開始(エンゲージ)

〝――神無月学院、神薙(カンナギ)(ウツロ)交戦開始(エンゲージ)

 双方の首輪(チョーカー)がそう謳い上げたのとほぼ同時。自分の身体は袈裟懸けに血を吹いて、そのまま地面へ突っ伏していた。


 昨日の合戦(ドッグファイト)ではえらい目に遭った。

 ぶっちゃけて言うと勘違いに次ぐ勘違い。

 神無月学院生徒会副会長に――勘違いで、斬られた。

 ――まあ、もっとも。模擬とはいえ戦争である以上、勘違いも何も無いわけではあるのだが。






     ※     ※     ※     ※     ※






 学生区ステューデンツ・クォーターラウンドの目抜き通りを『如月学院前』という分かり易いにもほどがある行先表示窓を掲げたバスが行く。

 独立行政区戌亥ポートアイランド。人口二〇〇万を誇り、その内の六割が学生――そんな島の朝の通学事情に対応する為に、必然、バスは大型のものがジャンジャン運行されている。それどころか外国の絵葉書にでも載っていそうな二階建て構造だったりする車両などもザラに走り回っていた。

 そんなわけで如月学院高等部一年〝死神の鎌(デスサイズ)〟ことキャスケット帽の少年・桜花晃は、二階建て大型バスの一階部分は窓際の席にてガラスに頬杖を衝いていた。体調は気だるい。合戦(ドッグファイト)の翌日は大体いつもこんな感じだ。

 彼の通り名そのままの名を持つ超科学兵器・死神の鎌(デスサイズ)は今傍らにはない。半ミイラ男の一太刀は身体どころか得物までぶった斬りにおなりあそばしたのだ。

 合戦(ドッグファイト)の毎月第四金曜日。普段土曜日には半日授業が行われているのだが、合戦(ドッグファイト)の翌日に関しては「後片付け」で終始するのが基本。破損した愛機の修理も如月学院敷地内で起きていたドンパチ跡の修繕と合わせて、今日中に完了する予定だ。

「傷も痛みも、もうないにせよ――」

 流れる景色を眺めつつ、ぼやく。

「割に合わない怪我しちゃいましたね、昨日は。まあ自分が悪いんでしょうけど。…色んな意味で」

 あの神無月の副会長の秘剣〝初見殺しワン・ショット・ワン・キル〟が日の目を見たのは合戦(ドッグファイト)では数ヶ月振りだったはずだ。しかしそれの録画などは全く以って手配されていない。当然だ――神無月学院の校門まで足を運んだのは、本当に本当に、自分一人による突発な出来事だったのだから。

 全く以って無駄な負傷。

 重ね重ね思うが、せめて録画でも出来ていたなら、多少なり情報面で今後の「足し」にはなったかもしれないのに。

〝超科学兵器の牙城〟如月学院の四月度島内ランキングは結局四位に落ち着いた。五位と僅差ではあったが自分が弥生の美化委員長を撃破した戦功点が後々響いて来た、とは後で仲間から教えられたが――自分の戦敗もどこかしかに響いているだろうことは事実。なんにせよ気持ちの上ではプラマイゼロだ。

「…死神の鎌(デスサイズ)にCCDカメラでも搭載すべきですかねえ。でもそんな余分な機能追加したらそれ意識しちゃって構えの向きが制限されちゃいますかあ…」

 つらつらと物思いながら桜花はなんとなはしにバスが追い抜いていく車の並びを眺める。二階建て大型バスなだけに、一階部分でもなまじのワンボックスカーの運転席などよりも断然視点は高い。目に映るのは普通乗用車のボンネットばかりである。

 ――と。窓ガラスのすぐ向こう、桜花の視点とほとんど並んだ高さに人の顔が出現した。

 太い三つ編みに今どき漫画でも見ないような瓶底眼鏡。文学少女のお手本のようなひどく大人しい佇まいとは裏腹に、その目付きはとんでもなく苛々して苛々して苛々して苛々して苛々しているように見受けられる。

 副会長どころの騒ぎではない。

 神無月の生徒会長だった。

 桜花は派手に吹いた。

「げ、げほげほげほっ!?」

 とりあえず口元を手で覆ってひとしきり噎せ込んでから、改めて二度見する。

 先日は先日で割とスキャンダラスな生中継を流された戌亥ポートアイランド第一位様は、明らかに車道の上で妙な高さに位置しているままだった。

 なんだろう。変に車高の高いオープンカーにでも乗っているのだろうか。桜花は窓ガラスに頬を寄せてまじまじと見る。


 なんか軽トラみたいなでかさのぶち猫が車道の上をてってけ走っていて、会長さんはその上に乗っていた。


「…。……。………」

 あまりにも絵がシュール過ぎて、桜花は吹きすらしなかった。代わりに自分の頬を抓る。やはりというべきか、痛かった。

「ええと、あの猫は確か――」

 くだんの生中継の中で会長と激戦を演じていた。

 そして間違いなく、白と黒の二色がどうのこうのと言っていたあの(・・)作務衣姿の銀髪小僧。

「…一体何がどうなってああなったんでしょうか」

 一つだけ確かなのは、彼の呟きに今ここですぐに答えを返せる者は傍には誰も居ないということだった。






     ※     ※     ※     ※     ※






バタ足アクセル(ストップ&ゴー)〟の力で容赦なくボコられながら喫茶店『Wolf in forest』の前を後にしてより。

 白黒は拒に(耳を千切れる寸前の力で引っ張られながら)案内されて近場のバス停まで移動、すぐにやって来たバスへ共に乗り込もうとしたのだが、瞬間卒倒した。乗り物酔いである。動いてすらいないのにアイドリング中のバスに一歩踏み入れただけで、瞬間、ウオエエエエエエエとなったのだ。

 拒にあらんかぎりの罵声(例:「ほんっとどうしようもないド<ruby>滓<rt>カス</ruby>ねアンタは!」)を浴びせられつつも、彼女に抱えられて一旦降りる。そして二人一緒に走り去るバスをお見送りした。彼方のバスへ向かって手を振ってみたら拒の蹴り(右足)に踏み付けられてしまった。地球重力のン十倍にも相当する重圧を重みを感じさせられた。背骨がリアルにへし曲げられるかと思った。ただでさえ猫背気味だというのに。猫だけに。

 ――とまあ、そんなこんな。

 乗り物に乗れないってんならアンタが乗り物になりなさいという神無月学院生徒会長による奇跡の英断にして逆転の発想により、かくして白黒は巨大ネコに変化。背中に拒を乗せての神無月学院への記念すべき初登校を開始したのであった。

「さっき稜牙さんの店の前に居た隻眼の猫、どこかで見たことがあると思ったら――昨日生徒会室に来てたあの着流し(エセヤクザ)が化けてた姿ってわけね。ったく、召喚師(サマナー)に率いられてるでもない〝本物の化け猫〟が二匹も一気に来島してるんじゃないわよ」

 そんなでかい図体して歩道歩こうとしてんじゃねーわよどうせ時速六〇キロくらいは出せるんでしょ? というわけで、車道を一般車両に混じって道路標示や信号に従いつつ走らされている巨大ネコ白黒――の上に乗っている拒はというと。なんだかんだで乙女座りだった。

 鞄を膝の上に抱いて、足を横に揃えて流している。

 格好だけならとってもしおらしい風味なのだが、しかしむべなるかな、その表情は苛々して苛々して苛々して苛々して苛々しているように見受けられた。

 白黒としては背中に解除不能な時限爆弾でも積んでいるかのようでとんでもなく落ち着かない気分だった。巨大肉球から染み出る止まらない汗がアスファルトの上へベタベタと足跡を刻んでいた。

「次は右!」

「りょ、了解ですでよ!」

「その次の交差点は左に右折!」

「ちょ、――えええええ!? 何!? なんですよそれ!? 何事っスか!?」

 と、拒の踵落としが風を受けてバッサバッサ揺らめく猫耳の中間、要するに巨大ネコ白黒の頭頂部目掛けて落とされる。乙女座り台無しだった。

「右折して左車線入れって意味よ! それくらい察しなさいこの犬! …じゃなかったわね。猫! この猫!」

「ニ゛ャー!」

「次の交差点は真っ直ぐ!」

「ヒアー! あ、あああああアイ・サー!」

 巨大ネコ白黒はほとんどボロ泣きだった。まるで事故った車のクラクションが鳴りっ放しになってしまっている時のような大音響だったが、しかし拒はまるで憐憫の欠片も見せない。

「何が〝サー〟よアンタ人のことナメてんの? 〝サー〟は男性詞! 女相手なら〝マム〟! 常識よ! こんな所で〝汚名挽回〟並の恥ずかしい指摘させてんじゃないわよ!」

「ギャーすすすすすスミマセ、ええと〝マム〟!」

「アンタに母さん(マム)なんて死んでも呼ばれたくないわ。でも呼ばれちゃったものは仕方ないわね。オーケー、代わりにアンタを今から潰す」

「会長! 会長サン! いやさ会長様! な、なにとぞ、ニャにとぞご慈悲を――!」

「…ふん。この道に入ったらあとはずっと真っ直ぐよ。六〇キロの制限速度だけ守ってそのまま進みなさい。ちなみに今は出てる速度は五六キロよ」

 さすがは吹っ飛ばしたものを捕まえてベクトル計算がどうこうと言っていた少女である。そんなことも感覚で判るらしい。腕を組んで少し静かになった様子の拒に少しばかり安堵しながら、巨大ネコ白黒はそのままのペースを保って走り続ける。途中、二階建て構造の大型バスを追い越した。

「って、この駄猫――! なに信号無視してんのよ!」

 と、拒がほとんど爪を立てるようにしてニョロニョロ揺れる巨大ネコ白黒の尻尾を鷲掴んだ。

「ふみゃぁぁぁーご!?」

「…は? 何よ、尻尾掴まれたくらいで何大声出してんのよ」

「し、ししししし、尻尾だきゃァ勘弁して下さいわ…! ニャんだかよく覚えてねえんですけども、ちっさい時にスゲェ怖い思いをしたような、ニャんつーか、ええ、そんなカンジのトラウマがあるような気がしないでもなく」

「…? まあいいわアンタの過去バナなんか。それより信号よ。いま通過した交差点」

「ウェ? お、俺め、いま何か間違ったことしましたかよ?」

「黄色信号が見えたら止まるのが常識でしょうが!」

「おたくは昨日〝急加速〟とかさんざん言ってませんでしたっけか!?」

 あれはあれこれはこれ、という暴論と共にまた一発、巨大ネコ白黒の頭に踵が落とされる。白黒はなんだか自分の頭の形が変わりつつあるような気すらして来た。

「えー、と――」

「…。……。………」

「その、会長サン?」

 速度を保って走行しつつ、巨大ネコ白黒は恐る恐るお伺いを立てるように声を掛けてみた。

「何よ」

 しかし返されて来るのは憮然とした態度。

 彼女は活火山だ。白黒はそう思った。どれだけ発散したように見えても、思っても――奥底には常にマグマがボコボコと沸いているのだ。

「今日は、その――あの首輪ー。付けてないんですな?」

「…。あれは合戦(ドッグファイト)中の各戦闘行為を累計したり、ガチの致死ダメージに対する〝自動安全装置〟を内蔵してたりするデバイスよ。いつもいつも付けてるわけじゃないわ。学院代表のDOGSだー、って常に自慢してたいおのぼりのバカは別だけど」

 沈黙もアレなので(というか純粋に怖いので)、とりあえず話し掛けてみた。するとなんとまともな会話が成立した。白黒はなんとなくほっとした。

「DOGS、ってェのはなんですよ? そもそも」

 なのでもう少し話題を広げてみる。

「それくらい会話の前後から察しなさい駄猫」

「…。……。………」

 甘かった。

「…合戦(ドッグファイト)に参戦する各学院の生徒のことよ。生徒会長を含めた各委員会の長が合計一〇名、プラス、その各一名につき五名までの選手選抜権限。それが全部で十二学院。戌亥ポートアイランド全学生一二〇万人中〝選ばれし七二〇名〟――それが〝DOGS(ドッグス)〟。以上」

 と思いきやまるで向こうが先に折れでもしたかのように言葉を続けてくれた。

「まあ、そうよね…。稜牙さんが寝床を貸してあげたりするくらいに目を掛けてるっていうなら、いえ、それでなくても〝色々教えてやれ〟って言われてるわけだし――ああもう!」

「ヌ? ど、どうしたんですよ会長サン? 何ぞブツブツ仰いましてからに」

「駄猫」

 もう二人称が駄猫(それ)で定着してしまっている感があった。白黒は泣きたくなった。なのでとりあえず鳴くことにした。ニャー。

「これからアンタは神無月学院に入学する」

「オゥイェ」

「そして私はその学院の生徒会長」

「アイドゥーアイドゥー」

「これが何を意味するか分かる?」

「こ、これからよろしくお願いします…的な?」

「アンタの生殺与奪はこの私の腹一つってことよ」

 イワン雷帝もびっくりの暴君だった。

 名前が白黒の癖に顔を青くしている巨大ネコ白黒をさておき、拒は不機嫌も不機嫌な表情のまま、こう続ける。


「とりあえず差し当たってはアンタがまともにこの島で生活していける程度には躾けてやるわ。――それで? 何か訊きたいことはある?」


 拒の中で一体どういった心理的動向があったのかは白黒にはてんで察せていないが、ひとまず会話を持てる風向きが向いて来ているらしいということは理解出来た。

 会話。まずは会話だ。

 何かに付けてボカボカやられまくっている気がするが、それはちょっと相互理解が足りないだけに違いない。

 行く手に見えて来た黄色信号で今度はちゃんとストップしながら、んー、と巨大ネコ白黒は丸太のようにぶっとい首を捻り――


「ちょっと何止まってんのよ今の黄色信号は行けたわよ!」

「ウェ!? さ、さっきと言ってること違くねっスか!?」


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