表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
【グラウンド・ゼロ編】<フォークロアの申し子>
2/72

【2】「姓は白黒名は二色!」

『御乗車ありがとうございます。手回り品、お忘れものございませんよう――』

 電子合成っぽい女声によるアナウンスがプラットホームに響く。

 超科学の力まで投入して静音・微振動を追求した設計を施されているというのに、そんなの関係ねえとばかりに『よもつひらさか』でめいっぱい乗り物酔いを起こした銀髪小僧こと白黒二色は、着流し姿の隻眼キャラこと茶斑三毛次に肩を借りつつの下車と相成った。

「若、お加減はいかがで」

「…ううう…。ン、まあ降りたら幾らか気がラクになって来ましたわ」

「そいつは重畳」

 右肩で白黒の体重を支えつつ、そして左肩にはブクブクに膨れた風呂敷包みを背負いつつ。だがそんな三毛次の表情は至って涼しいものである。腕も肩も細いながら、その実結構な力持ちのようだった。

「実は一つ懸念に思っていたことがございやした。かくも乗り物に弱くてらっしゃる若に於かれやしては――〝めがふろぉと〟と申しやしたか――言っちまえば海に浮かぶ巨大な船にも等しいこの島の中じゃァ、どこに立っていようとも先刻よろしく酔われちまうんじゃねえかと」

「ギャー! そ、そう言えばそうですわ…! ヤっベ、それ考えましたらなんかまた急に気分がウォェェェ」

「若ァァァァァ!」

 肩を借りてではあるが、どうにかこうにか立ってはいた白黒の足腰が完璧に崩れ落ちる。かくして三毛次は風呂敷包みと一緒に白黒をおんぶするのだった。

 曜日は平日、時刻は日中。

 学生が大半を締めるこの島にあっては、およそこんな時間帯のこんな場所に於ける人通りというものはおよそ皆無だった。


 ここは戌亥ポートアイランド出入島管理セクション。島の東西それぞれのモノレール終着点にすぐ隣接して設けられた、端的に言えば空港の税関機能だけを持って来たような施設である。

 未来水準に突入してしまっている科学技術や古今東西のオカルトを集中的に取り沙汰するこの島は、言わば世界にあらざる一個世界。島の「中」と「外」とでは物理法則それ自体に絶対的な〝開き〟が存在しているといっても過言ではない。そんな戌亥に存在する全ての学びの成果はいずれ「外」へと輸出されることをある程度前提としているにせよ、かといってそれは、醸成段階や未完成域にあるこれまた人材(こじん)や諸々を無闇に「外」と行き交いさせていいというわけではない。断じてない。

 故に、人の出入島には相応の検閲が存在する。それがこの管理セクションの存在意義である。

 島がその運営上必要とする本土からの物資輸入については、海輸ならばドッグ付きの港、空輸ならばそれ専用に設けられた離発着場と、それぞれ別個に存在する管理セクションが担っている。人知を超えた人知の最先端集合について学びを得に来た者、市民権を求めてやって来たオカルトの体現者、ぶっちゃけなんでもないただの観光者(相当煩雑な申請や審査があるが)などなど――ここは単純に人のイン・アウトを主に見る関所なのだった。

 まあ、もっとも。

 ()のインとアウトを見る――とは言っても、人ならざるモノも普通にやって来るのがこの島なのだが。


「次の方、お名前をどうぞ」

「へい。敷居内、御免被りやす。姓は茶斑名は三毛次――縁あってこちらの若の目付の役など頂いておりやす、しがない野良めでござんす」

「ううう、ウェ、オェェップ…。で、でかい船! でかい船ですわあー! ヒイイ足の裏にフワフワした感じがするような気がしないでもなくオエエエエ」

「……………」

 カウンターの向こうで新規入島者のチェック業務に従事していたSF映画の宇宙船の添乗員みたいな格好をしたおねえさんは、三毛次の繰り出す任侠映画よろしくの仁義(足を肩幅に開き腰を落として平手を突き出すアレ)にまず面喰らっていた。

 かてて加えて――その背中には、糸の切れた操り人形のようになってげろげろ言っている白黒が荷物と一緒になって乗っかっている。

 シュール極まりない風体。

 面喰らったどころの話ではない。もはや若干ヒいていた。

 だがおねえさんはすぐに、いや、と思い直すようにかぶりを振った。そして回顧する。こちとら黒ローブを目深に被って「我輩の名は修めし魔導と契約せし悪魔との代償により、天体の星辰が正しき配置に着いた瞬間にのみ発音を許される。故に娘よ、名乗りばかりは容赦を願いたい。…あ、すみませんそこのメモとペン借りてもいっすか? 書くのは別に大丈夫なんで、ええ」とか言い始めるホンマモンの魔術結社構成員だって相手に仕事をこなして来たのだ。

 ちょっと変な人が来たくらいで何か。

 そもそもここで入島確認を行われる者は、実践オカルトの修学を志してやって来た正真正銘のまっさらな一般人か、はたまた観光客でもないならば、消去法的にまず確実に全員が〝変人〟なのだ。

「チャマダラ・ミケジ様――はい。データベース照合取らせて頂きました。一年以上の長期滞在ということで申請・許可ともにお済みですね。では許可証をよろしいですか?」

 これ以上何か変なことを言ったりやったりするようなこともなく、ごくごく普通に入島許可証を差し出す三毛次。

 おねえさんは安堵した。そして再度回顧する。いつぞやお見えになったことのある、右肩に三本目の腕を生やした(何かこうトンデモな義手の類だったのだろう)で入島許可証を差し出しなどしてきた御仁に比べれば、このヤクザ屋さん風味はぶっちゃけかなりマシな方だ。

「ではお荷物はそちらに預けて次のゲートへお進み下さい。網膜情報と掌紋・声紋、最後に魂の霊波観測を以って個人情報として登記させて頂きます」

「若。お一人で立てやすか、若」

「…ヌ、ヌヌヌ。まあなんとか…。地に足が付いた生き方してりゃァ乗り物酔いなんざなんてことナッシングですよな! しゃー! オエップ!」

「さすがでさァ、若! それでこそ白黒一家四十六代目〝物九郎(モノクロウ)〟の襲名を約束されたお方!」

 まだちょっとオエップとかいっていたが、とにかく白黒は三毛次の背中から飛び降りるや否や、ばっしんばっしん掌に拳を打ち付けて気合を入れ始めた。「そっちのアレがくだんのゲートとやらっスか…。オケ! 切り込み隊長はおたくに任せますでよ、三毛次! ささ、戌亥ポートアイランドにいざ殴り込み(カチコミ)ですでよ!」「うっす! 一番槍、務めさせて頂きやす――!」とかなんとか妙なやり取りを繰り広げこそしていたものの、とりあえずおねえさんとしては二人ともこちらの手続きにきちんと従ってくれるようではあるのでもうなんでもいいやという感じだった。ここで何か妙なこと(主に破壊行為だとか)でもおっぱじめられたら鎮圧戦力がすぐに飛んで来る仕組みにはなっているが、それでもそんなことが起きてしまったら起きてしまったで最前線で巻き込まれることになるのは今まさにここに居る自分なのだ。危険手当コミで給料を貰っているものの危険は被らないに越したことはない。

「ではお名前をお願いします」

「お控えなすって、お控えなすって、早速お控えありがとうござんす! 生まれは世田谷豪徳寺(せたがやごうとくじ)、姓は白黒名は二色! 今後とも引き立てのほどよろしくお願いしまさァ!」

「はい、シラクロ・ニシキ様ですね。許可証の提示もよろしいですか?」

 いきなり仁義を切られるのも二度目ともなればおねえさんにスルースキルも育とうものだった。

 手元のコンソールを操作し、備え付けのモニタからデータベースへの照合を行うおねえさん。三毛次よろしく白黒の方も特に登記されているデータになんら問題は無いらしい。その手付きは淀みなかった。

 淀みなかった、のだが。

 おねえさんの目が画面上のデータを追っていく内、とある記述(・・・・・)を確認した瞬間、その指の動きは一瞬引きつるように止まった。

「どれどれー? ンーで? 俺めもあっちゃのあのアレを潜ればいいワケですかね」

 当の白黒は妙にウキウキソワソワしながら科学と魔術の共同合作とも言うべきくだんのゲートへと熱い視線を注いでいる。おねえさんが見せた一瞬の硬直は誰の視界にも入っていなかった。

「え? あ、はい、そうです。ええと、そうですね。どうぞお進み下さい。と、ああ――申し訳ありません。こちら許可証のお返しになります。編入先は学生区ステューデンツ・クォーターラウンド北西、第十学区の神無月学院高等部ですね。在学証明はそちらで直接交付される形になりますので」

「ういーす。どもですでよー」

 荷物と言えるような荷物は三毛次が運んでいた風呂敷包み一個に集約されていたらしい。白黒は返された入島許可証だけ受け取ると、抜き足差し足忍び足にキャットウォーク、最終的にはムーンウォークまで織り交ぜながらゲート内へと進んでいった。体調が復活したら復活したでうざいくらいのテンション急上昇だった。いや、むしろこれがデフォルトなのかもしれない。

「……………」

 出入島管理セクションの中には現在ほかに人影は無い。一仕事終えたおねえさんは作務衣姿の銀髪小僧の後ろ姿を見送るやもう一度改めてコンソールに指を走らせた。

 モニタ上。そこに表示されているデータは何度見たって変わらない。見間違い、という可能性は今この瞬間絶滅した。


「…義務教育未履修。戌亥ポートアイランド高等部一年編入試験、筆記試験全問正答(・・・・・・・・)…?」


 日本に居ながら義務教育を受けていないという。まあ歴史の闇に潜んでいたオカルトの関係者にはそんなケースは割合と珍しくない。問題は無論そちらではない。

 ――筆記試験全問正答。

 これはなんだ。

 一体どういうことなのか。

 おねえさんは首を捻るばかりだった。


「なんだろう…。いい意味でも悪い意味でも、どう見ても凄い馬鹿っぽい子なのに…」


 実はおつむが大変切れたりする子なのだろうか。

 と、この時おねえさんは驚きあまりにある重要な伝達事項を失念していた。

 今日ばかりは(・・・・・・)、例え相手が既に〝その件〟を了解済だったとしても、必ず口頭で再度念入りに申し伝えなければならなかったのに――失念してしまっていた。

 二〇二六年四月二十四日、第四金曜日。

 第四金曜日(・・・・・)

 それは、創設理念自体がぶっ飛んでいる戌亥ポートアイランドに於いて、更に更に輪を掛けてぶっ飛んだ――月に一度の「お祭り」の開催日を意味している。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ