【17】「それが流儀で、それが礼儀よ」
結論から言って白黒と拒の対決の全容は島内へガッツリ生中継されていた。
余す所なく徹頭徹尾、一から一〇から零から一〇〇まで――全てを全て生中継されていた。
(おたくは! 右半身でしか能力を使えないッ!)
〝戌亥ポートアイランド第一位〟。〝ツンギレ〟。〝バタ足アクセル〟。〝神無月の女王〟。
〝オール・イン・ワン〟神無月学院が誇る生徒会長、高等部二年・乗降拒。彼女の能力である絶対無敵の破壊力と完全無欠の防御力、矛盾なく成立した最強の矛と盾――「触れたものを吹っ飛ばす」最強の念動力が孕む〝その欠点〟が声高に指摘された瞬間まで。もちろん、生中継されていた。
直後。遡ること一年、鬼門であり不動の王者として合戦史に君臨し続けて来た神無月学院の周辺にとうとう動きが生じた。ほぼ間を置かずして〝超科学兵器の牙城〟如月学院の尖兵――しかもエースと評判の一名〝死神の鎌〟がなんと校門前に現れていたのだ。
全くの乱入者によって今まさに大々的に暴かれた生徒会長の弱点らしき話――まさかそれを信じて、すぐに攻め込んで来たのか。リポーター月上の横で騒ぎまくるミコト様然り神無月学院内のギャラリー達然り、周囲の目はすぐにそう判断した。
これを受けて即座に動いたのは生徒会副会長・神薙虚だった。すぐさま〝死神の鎌〟(何故かわけが分からないような風に軽くキョドっていた)を相手に接近遭遇&交戦開始。敷地内に踏み込ませすらせずに撃退を成し遂げる。
――かくして第一の波は立った。
――そして必然のように、続く津波はやって来た。
真偽すら怪しいながらも戌亥ポートアイランド第一位を打倒し得るかもしれない決定的かもしれない情報を信じたいくつかの学院が、如月が動いたならばとばかりに次々と神無月目掛けて刺客を送り込み始めたのだ。これに対し神無月学院は副会長を筆頭に最強の布陣で迎え撃つ。
学連委員長。
風紀委員長。
電算委員長。
用具委員長。
放送委員長。
寮監委員長。
美化委員長。
図書委員長。
保健委員長を除いて、計九名の揃い踏み。
――即ち。問答無用の、最精鋭戦力達の集結だった。
個人によって反応の程度こそまちまちだったがとにかく虚以外は「拒の左」などという弱点の話を明確に初めて聞いた彼らである。多少の混乱を引き摺りつつも、委員長勢は侵攻を第四波まで迎撃し尽くし、そして――
一六〇〇時ジャスト。
四月度合戦、タイムアップの報をDOGS達各人の首輪が告げる。
結果からだけしたら神無月学院は一位の座のままだった。
だがそれは、もし次回、合戦開始時点から他学院らに〝バタ足アクセル〟を恐れられずに同時一点侵攻を仕掛けられれば分からないという気配の色濃い――ひどく不穏な玉座だった。
※ ※ ※ ※ ※
「決めゼリフを考えてみたんだが。こんなのはどうだい?」
神無月学院高等部校舎三階・生徒会室にて。
デフォルトで包帯だらけな為に果たして先の迎撃戦ではダメージを負っていたのかどうかよく判らない刀差しの半ミイラ男・虚がそんなことを言い出した。
「〝そうよ。つまり私はどうしようもなく右ハンドル、生粋の国産車ってわけ。でも甘くみないことね! この戌亥ポートアイランド第一位の助手席はそう簡単には獲れないわ! アンタなんか乗車拒否よ!〟――と」
「…。……。………」
会長席で瞑目しながら腕組みし、眼鏡の奥の眉間にはひたすら険しい皺を刻んでいる拒は、じっと無言のままである。ちなみにもう黒髪は三つ編みにきちんと仕立て直されていた。
今ここに居るのは拒と虚の二人だけだった。最終防衛線の最終防衛戦で奮戦していた和人形さんは今、保健室で休憩中である。
「…。……。………」
「…。……。………」
「…そうそう。続きもあるんだ」
「…。……。………」
「〝それに最強の裏道を知った程度でいい気にならないことね。そっちもそっちで通行禁止――道路交通法も真っ青な神無月学院のイカレたディーゼルこと生徒会副会長・神薙虚という第二の進入禁止標識が見えないのかしら?〟って具合で――」
「虚」
微動だにしないまま、唐突に拒は名を呼ばわった。思わず背筋を正す虚。
「優しくしてあげるわ。こっちに近付いて来なさい」
「…。……。………。そ、それは何かい? 初めから言ってた通り、やっぱり会長、アンタの〝左隣〟に並び立つのはオレの他に居ないってやっと分かってく」
「そう、分かったの。もう十二分に分かったの。そして悟ったのよ。アンタのことはとびきり優しく――痛みを感じないように小脳を真っ先にヘシ割ってから頭を首から引っこ抜いてやるべきだってねえ…!」
かくて獣の眼光が開かれる。虚はガタタッ! と壁目掛けて背中から張り付いた。顔が包帯だらけでもその下は間違いなく顔面蒼白になっているだろうことがありありと判る雰囲気だった。
「――冗談。そう、冗談さ会長」
「それにしては随分と練り込まれたセリフだったじゃない」
「おや、光栄な評価だ。じゃあやっぱり今度使うか?」
トスッ。
虚の顔面のすぐ脇にカッターナイフが時速ン十キロでかっ飛んで来て突き立った。虚はそれ以上喋ることを止めた。
「…。それにしても本当、我ながら迂闊だったわ」
テーブルの上で両手を組み、深く深く面を伏せる拒。溜め息もまた深かった。
「まさか野良猫の乱入で私の〝バタ足アクセル〟が見破られるなんて…。何が招き猫よ。とんだ厄病神じゃない」
「―――――。いいや。ある意味でアレは福を招いてくれたのかもしれないぜ」
拒の顔が上がる。同時、彼女の右手がテーブル脇の三〇センチ定規へと伸ばされた。
虚は両手を上げて見せながら――
「良かったんじゃないかと思うぜ? そう、ある意味で――だ。会長の最強が剥がれる致命的瞬間としては、およそ最良とは言わないまでもそこそこ上出来なシチュエーションだった」
――それでも、言葉を続けた。
「何が言いたいのよ」
「例えばオレみたいなタイプの能力の使い手とまたぶち当たりでもしちまって、公式戦で大々的に――最悪、大敗を喫しざま――暴かれるよりかはかなりマシだろう? 際どかったとは言え、形式上はあのヌコをぶっ飛ばして終わってるしな。少なくとも負けちゃいない」
「…。何よ。まるで私が在学中に第一位の座から追い落とされることがあると思ってたような――」
「ああ。思って、た」
包帯だらけの指で、包帯だらけの目元を軽く掻き分ける。虚はその双眸をはっきりと覗かせて、拒を射るように見た。
「負けるとは行かないまでも、近いうちに絶対無理は出た。『あまつみかぼし』の天気宣言じゃないがこいつはきっと確実だ。…既に一年続けて来たんだ。これだけでもかなり相当なもんだろう。そう――潮時だよ。いつまでもアンタ一人で最強を吹くのは、さ」
拒は言葉を挟まない。ただただ虚を睨み付けている。
「委員長の皆、驚いた顔してたぜ? 戦いながら」
「…でしょうね」
「〝禁書殺し〟辺りは妙な得心顔だったりしたけどね。アテレコするなら〝成る程そういうカラクリだったのですか〟みたいな」
「…でしょう、ね。ああ目に浮かぶわ」
「でも誰も彼もアンタのことを謗ってる様子だけは無かったぜ。断言していい」
断言。
言葉の通りに力強く言い切ると、虚はまた包帯のあわいに目元を沈めた。
「むしろ感服してる感すらあった。能力を除いたアンタの運動神経やら何やらはあくまで常人のそれだっていうことは周知の事実――そんな絶対的な死角を抱えていながらも、そんな致命的な弱点を抱えていながらも、きっちり〝最強〟の看板張ってたんだから」
「――で? その話、どこで終わるのかしら?」
「次回からの合戦じゃ恐れず仕掛けて来る連中が一気に出て来るだろうから、神無月DOGS一同、一致団結して頑張りましょう。――ってね。ここで終わりだ。御静聴どうも有難う御座いました」
「…。私ガンガン中途で口挟んでたわよ。〝静聴〟って言葉の意味、辞書でも引いて調べなさい」
言って、拒は席を立った。テーブルの片隅に立てられていたガラスのコップへと手を伸ばし、そこに立てられていたものを無造作に手に取る。
スティックシュガーだった。
三本、纏めて右手に取る。先端の封が全て同時に弾け飛び、すぐ足元のゴミ箱へと吸い込まれるように落ちていった。そして食後に粉薬でも服用するかのような素振りで、三本とも一気にザラッと飲み干す。
「――どうしたらいいのよって話」
歯軋りついでのように砂糖を噛み潰しながら、拒はふと零す。
「こんな私を引き上げてくれた〝あの人〟の言葉にただ応えたくって、ひたすらこの念動力を磨き上げて、一年次で生徒会長の座までぶん獲って――そうして一年! 私はとにかく最強足り得て来たっていうのに!」
室内の端までズカズカと進んでいき、そして向き合うのはキャスター付きのホワイトボード前。
『合戦一位、継続【一二】ヶ月』。そこには大きくそのような表記が為されている。
「折角アンタ以外には伏せ続けられて来た〝弱さ〟をここに来て認めろだなんて! しかもどうしようもなく島全体に知れ渡ったとまで来たわ! 全く、煩わしいにも疎ましいにも面倒臭いにも程があるってのよ――!」
拒は乱暴な手付きでクリーナーを手に取ると【一二】の部分をほとんど殴り付けるような勢いで消した。
次にホワイトボード備え付けのマジックを手に取る。――と思いきや、その場に置き直した。
右手で手に取り掛けたが、それを止め、左手でマジックを拾い直した。
そして――書く。【一二】とあった空白に【一三】の数字を。左手で。
書き出されたその数字の筆致は微塵も歪んでなどいなかった。とても利き腕ではない手で書いた字とは思えないほどに。
「―――――、会長。ちょっと待て」
何事か言い差していた様子だった虚は、しかし目を瞠らざるを得ない。
「アンタ今、何した?」
「何よ。私は元々左利きよ」
虚は沈黙した。いや、むしろ絶句していた。
ぐるぐる巻きの包帯越しでもその表情は如実に語っている――そんなの知らないぞ、と。
「右半身でしか力を〝使えない〟ってんなら、せめて右手も左手と同じ練度で使いこなせなきゃドンパチするには不足も不足に決まってるじゃない。神無月で生徒会長の座を目指そうって思い立った時点で訓練したわよ、このくらい。別に苦でもなんでもないわ。両利きになれて人間としての間口が広がったと思ってるわよ、むしろ」
「会長。アンタの強気は、なんだい、なんていうか――筋金入りだな」
「今さっき似たようなことを言われてたわ。猫にね。全く、世も末」
叩き付けるようにマジックをホワイトボード下に置くと、拒は極めて不機嫌そうな表情のまま肩を竦めた。
「…なあ。思ったんだが」
そんな拒の背に、絶句から立ち直った風の虚は言う。
「そう。ろくなことじゃなさそうね。死になさい」
「あの人は――会長。アンタがちょっと最強じゃなかったくらいで、アンタを見損なって見くびって見下げて見下すような人なのか?」
「そんなわけないでしょ。殺してやるから死になさい」
「違うんだろ? なら」
「私が最強を自分に課すのは!」
ホワイトボードにバムと掌を付きながら、まるで喰い殺すような視線で虚に向き直る拒。
「――単に、私のケジメ。引き上げて貰ったんだから、とことんまで登らなきゃ。それが流儀で、それが礼儀よ。そう考えて私はここまで来たの。生徒会長の座に就いたの」
「…会長。命は惜しいが、敢えて言うぜ」
「分かった。大気圏外まで吹っ飛ばしてやるわ」
「常々思ってたが、会長、アンタどう考えても重い。重過ぎる。正直ヤバイ。一見大人しめの文系女子みたいな見た目と相まって、軽いヤンデレ臭すらする…」
グシャァ!
テーブルからまた取り上げていたスティックシュガーを、瞬間、拒は握り潰した。
〝バタ足アクセル〟の力で、ではない。彼女は左手を使っていた。
彼女はあくまで彼女自身の力で――怒気に任せて〝それ〟を握り潰した。
――『Wolf in forest』。袋の側面には小さくそんなロゴが入っている。
「よく頑張ったわね。やっぱり行き先はマントル直下へしてやるとするわ。全力全開で地球の核まで送ってあげる。もし地底空洞説がマジだったら、その時はメールで報告なさい。その真偽にはかねてからちょっと興味があったの」
「敢えて言ってのけたオレの度胸に免じて酌量してみるとか、そういう余地は一切無しと来たか――!」
相変わらず壁に背を貼り付けたままの虚は、ゆっくりと迫り来る拒の足取りから壁伝いに逃げる逃げる逃げる。しかし必然、すぐに部屋の角に行き着いてしまった。
拒はまるで術前の外科医のように手を(右手だけだが)ユラリと掲げながら、ゆっくりとゆっくりと一歩一歩を墓石のような重みを伴って踏み締めており――
ぶみっ。
ふみゃあーん。
彼女の足が猫の尻尾を踏ん付けた。
床の上で丸まってウトウトしていたその猫は当然の如くびっくりして飛び跳ね、そして七転八倒。しばらくにゃごにゃごと泣くように鳴きまくっていた。
「…。……。………」
「…。……。………」
拒と虚、二人の目がその猫へと向く。
ぶち猫だった。白黒模様の、ぶち猫だった。発育不良の成猫かもしくは普通に子猫かといったくらいの――小さな、ぶち猫だった。
「――それで」
今にも虚をどうにかしてしまいかねない様子だった拒は、矛先を転化したかのように低い低い声で呟く。
「なんでアンタは――」
大きく息を吸って――そして、溜め込んだ何かを一斉に放出せんばかりの勢いで、吼えた。
「なんでアンタはさっきからずっとずっとずっと猫やってんのよ!? ぶっ潰すわよ!?」
にゃぁー!?
拒に一喝されてそのぶち猫――よりによって神無月学院に乱入をかまし、生徒会長を相手に喧嘩を売り、天気宣言を覆して雨まで降らせた挙句に戌亥ポートアイランド第一位の座を脅かしまでした作務衣姿の銀髪小僧だったそのそいつは、ビクビクしながら手近な椅子の下へと飛び込んでいった。




