【15】「色付いてんじゃねーわよ」
拒はその右手を体育館の床へ盛大に突き込んだ姿勢で佇んでいた。
校庭よろしくここの地面にも一個のクレーターが派手に刻まれた形。直上の天井が大きくぶち抜けている絵と合わせると、さながら隕石でも降って来たかのような光景だった。
「重ね重ね手を焼かせてくれる野良猫ね」
舌打ちざま、呟く。喉輪を決めながら叩き落としたはずだったのだが――手応えが、無い。
やられた。卯月の柔術使い辺りには天敵だろうと自分で言っていたのに、まさか本当に掴み技を掛けにいった瞬間にやられるとは。
白黒は居ない。一瞬、モッフモフした感触が指の間をすり抜けていった記憶がある。
猫に変身しての緊急脱出――本当に、しぶとい。
拒はすっくと立ち上がる。そして辺りを見回した。
周囲は舞い上がる粉塵で視界が利かない状態である。拒がワンアクションを起こすだけで地形は派手に変わってしまうだけに、この一時的な視界閉塞はどうしたって付いて来る副作のようなものだった。
(…。近くに居るはず)
無造作に数歩ばかり歩み出しながら右腕をスッと振るう。油絵をシンナーで拭くかのように、もうもうと立ち込める砂埃は次々に薙ぎ払われていった。
「ニャーるほど。やっぱし視界が利かねえのは怖いっスよね」
矢先、声が聞こえた。
もはや敬語の体も為していないしっちゃかめっちゃかな日本語。誰何の声を発するまでもない。奴だ。白黒二色だ。
「どこから攻撃が飛んで来るか分からないってェのは、さしものおたくでも困るってワケですに――?」
「―――――、!」
四六時中たわ言をのたまっているかのようなすっとぼけた口調が、無視出来ないセリフを吐いた。
視界が晴れていく。白黒がその姿を現した。発育不良の成猫か子猫かといった辺りの体格――小さなぶち猫姿だった。拒からまっすぐ前方、一〇メートルほどの位置にちょこんと鎮座している。
「何度も何度も吹っ飛ばされてる内にですねー。ぼちぼち違和感が覚えられて来たんスよ。おたくが本当に無敵で絶対で最強だってんなら、色々と辻褄が合わないことが、こう――二ツ三ツほど。フッフフー?」
「…聞き流してあげるわ。言ってみなさい」
「はじめにアルェって思ったのは、そう。あのハジキを押さえ込んだ時ですわ」
にゃっふし。
ぶち猫はくしゃみを一発かました。よく見たら雨のせいで毛並みはごわごわだった。前足で鼻面をむにゃむにゃ擦ってから、改めて拒へと向き直る。
「結構重いんですよなー、ハジキって。アレもそんな例外じゃありませんでしたわ。これも映画観てて仕入れた知識なんですけどもよ、ハジキを〝構え続けるの〟ってそれだけでワリとタイヘンな仕事なんですってな? こう――手首が重みでくたびれっちまいましてよ、例えプロでも長いこと銃口の向きを支持し続けるのは結構キツいんですとか。なんとか。ニャんとか」
「な」発音が時折「ニャ」に化けるのは仕様なのか、それともキャラ付けなのか。とにかく白黒は低く伏せながらまっすぐ伸ばした一本の尻尾をにょろにょろと動かしていた。
「そこでふと思ったワケですわ。俺めのスタートダッシュに引き金を引く速度で負けるような身体能力的にはあくまでフツーのおにゃのこが、なんだって両手持ちでもなく右手一本のスタイルでいついつまでもハジキを軽々ブン回してられるのか――と。発砲の反動だってありましょうによ」
「それで? アンタは何をどう考えたの?」
「おたく。弾速にブーストを掛けたりするくらいなんですわ、さてはハジキ自体の重量やら発砲時の反動やらもチョーノーリョクでうまいことアレしてますわな?」
今拒の手にその〝小道具〟はない。アレは体育館の屋根上に転がしてきた。
ならば今この瞬間であのネコ白黒を確実に仕留めるには――足で地面を吹っ飛ばして、地形破壊に巻き込んで潰す。これが最速か。拒は冷静に算段した。
「――まあ、そうよ。でも言ったわよね? 小道具。アレは小道具。最強が最強足り得る為にはあってもなくてもまるで同じ、その程度のものよ。そんな些事を看破したくらいでよくもまあ舌の回る――」
「次に――っつーか、ワリと決定的に引っ掛かってましたのは」
言いながら、くわぁぁぁと大口を開いて欠伸するぶち猫。つくづく緊張感の無いバカと見えた。
「そもそも〝進入禁止〟の絶対防壁があるんでしょうに、なんだっておたくは手足動かしたり移動してみたりするんスか?」
だが口にされた言葉は無視出来ないものだった。
「顔面をばブン殴りました所で逆にこっちが吹っ飛ばされる――問答無用の、絶対防御。正直な話、今日の俺めのテンションがもう少し低かったらヤバかったですわな。二回目辺りでぜってー諦めてましたわ。でも今日の俺めはとみにアゲアゲ! そこんトコは問題ナッシング! ナァーッシング!」
――諦めて敗北を悟る。
――弱気を感じた途端に畳み掛けられて吹っ飛ばされる。
これら二つがこれまで拒との直接対決を演じた副会長以外の手合いの〝末路〟だった。
本来ならば気にされない事項。
気にでもしていようものならその隙に吹っ飛ばされる事項。
誰もがそれを意に介する前に、逃げを打つか戦闘不能に陥るかで触れられずにいた事項。
最強の最強を理解せずにひたすら突っ込んで来るようなバカであればこそ辿り着いてしまう――真実!
「おたくが手ェ振ってこっちを迎撃しますなり〝赤信号〟で壁作りますなり、そーゆー動きを見せてくれやがらっしゃった時の〝共通点〟――それは」
拒は右足を振り上げた。
足裏で地面を踏み付けるのだ。そして床を吹っ飛ばし、相手が宙に浮きでもしたらそこで改めて必殺の追撃を叩き込む。
「とーっととと、ちょい待ちですでよ! そっちを狙ってもイイんスか?」
「は? 今更命乞い? 悪いけど聞かないわよ。話に飽きたからぶっ潰そうとしてるんだし」
「こいつは忠告っスよ、会長。俺めを狙うんだったら――よーく目ェ凝らして、しっかり狙いを定めた方がグーですよ」
一体何をほざいているのか。拒は結局能力を使わずにそのまま右足を下ろした。
そうしていると、ぶち猫はプイとあっちを向いてゴロ寝を始めた。
(…ゴロ寝?)
緊張感が無いどころの話ではない。完璧に馬鹿にしている。されている。
この距離はもう既に〝バタ足アクセル〟の絶対領域だとまさか理解はしているだろうに、なんなのだあの振る舞いは――?
と。雨のせいではなく、拒の首筋に何か冷たいものが這った。
ゴロ寝を始めたぶち猫の傍らに――もう一匹、ぶち猫が現れたのだ。濡れてゴワゴワな白と黒の毛並み。
(分身…? そういう変化も出来るっていうの?)
一匹現れたら、もう一匹現れた。先ほど現れた奴の、今度は反対側から、だ。やはりぶち猫。やはりゴワゴワ。
ここで視界が完全に晴れた。体育館内全体に見渡しが利くようになった。
ぶち猫が居た。もっと居た。
一〇、二〇、――ひょっとすると三〇。
いつの間にか拒を円で囲むかのように、あちらこちらで皆一様に白と黒の斑模様の毛並みをした猫が、どいつもこいつも雨に濡れた佇まいで好き勝手に寝転んでいたりブルブルと身体を振っていたり入念にヒゲの手入れをしていたり自分で自分の尻尾を捕まえようとアホな努力をしていたりにゃっふしとくしゃみをしていたり――
「ささ、間違い探しの時間ですわ! 違うトコに狙いを定めた瞬間、モノホンの俺めが飛び掛かっちまいますでよ?」
「―――――、ッ!」
分身の術ではない。よく見ると斑点模様の散り方には〝個人差〟がある。一匹一匹、どうやら完璧に別個体だ。普通の猫だ。猫又ではない。普通の猫だ。そこいらへんの――野良猫だ。
猫を集める能力。
これもまたあの化け猫の持つスキルということか。
そこに気付いてしまうと拒は矢継ぎ早に悟り始めた。
言動と一致しない態度。欠伸やゴロ寝はもちろんのこと、あの白黒ならば恐らくくしゃみだってしたならしたで「ふぇーっくしょいチキショーめー!」くらいのセリフは言うだろう。そんな確信があった。
導き出される結論は一つ。
(一番最初から視界に居たあの猫すら、あいつじゃない――!)
声が聞こえるのだからこの中のどれかではあるのだろう。どこかに居て、こちらを見据えているのだろう。そしてぶち猫どもが拒を円で囲うように布陣している以上、下手に狙いを外せばまさにその瞬間に――飛び掛かって来る。
「話の途中で動こうとしますからよ、流れが切れちまったじゃァねえですかよ、ったく…。聞いてくれますっつってたでしょうに」
「…聞き流すって言ったじゃない」
「おたく流の冠詞かと思ったんスよ。どれ、ンでどこまで話しましたっけか…。――ああ、そだそだ。ただ突っ立ってるだけでいいハズでしょうに、なんで状況に応じて動くこともあったのかってェトコらヘンまででしたよな」
拒は頭の中から数分前からの記憶を片っ端から引きずり出していた。
白黒が猫変身をするシーンはあった。今さっきはやたら巨大に化けもした。そこだ。拒はその瞬間の記憶を集中的に洗い直した。
奴の斑模様の散り方はどんな風だった。どこにどう黒ぶち模様が入っていた。正確に思い出せそうになった瞬間、ぶち猫の一匹がニャアと鳴いた。途端、そちらへ視線が行った。行ってしまった。必然的にそいつの身体の模様を確認してしまう。それで進み掛けていた記憶照合が乱れてしまった。再度集中する。しかしまた鳴き声。行き着き掛けていた正解と符合しているような気がして――そこで、混乱した。どいつもこいつも濡れ鼠(つくづく猫だが)で毛並みは乱れに乱れている。ぶち模様の正確な位置があれでは判然としない。ではそもそも探しようがない、と思って、そこでぎょっとした。
(雨を降らせたのは、まさか)
猫分身で取り囲んだ時に、容易に毛の模様で〝判別〟されないように――?
「そいじゃァ話の続きですけども。最初に〝赤信号〟とやらを斑かましてくれました時、ええと、なんて言いましたっけかおたく? 理系の横文字はどうにも苦手ニャんですよ」
視覚に頼って探すことは止めた。ならば聴覚だ。
幸いグダグダと喋り倒している、集中すれば方角くらいは容易に――
そう思った所で、まるで何か合図でもされたかのように、ぶち猫どもが騒ぎ始めた。隣の奴が隣の奴へ、その隣の奴もそのまた隣の奴へ。いったい何の意思疎通をしているのやら飽きもせずにニャゴニャゴニャゴニャゴニャゴニャゴニャゴニャゴと。聴覚頼みの線も封じられてしまった。
「ベクトル計算、とかなんとか。でしたっけ? 合ってます?」
「……………」
「細かい言葉のイミは判りませんけどもよー。とりあえず〝計算〟なんですよな? ――で、だ。ここで一つ、吹っ飛ばされまくりながら得て来た事実から推論が立ったんスわ」
猫どもは騒がしいというのに。
そのすっとぼけた敬語まがいの口調ばかりが、変に耳に届く。
「ちっと身内の話になっちまうんですけど、俺めの〝一家〟の構成員、もうホント片っ端からそれこそ根こそぎ――ネコだけにネコソギなんちって閑話休題――〝ただの猫〟になっちまってるんですよなー。せいぜいちょっと死に辛くって長生きするってだけで、言葉を喋れるでもなけりゃ妖術の一ツだって使えねえ、もちろん尻尾だって分かれてニャーと来た。そんな皆の中にゃァでっけー病院に貰われてったヤツも居ましてよ? アニマルセラピー、ってんですか。そいつらの様子見ついでに、そこに居ます患者の人らの症状なんかも見たことがあったりしましてね、俺め」
「見舞いでもないのに病院に立ち入ってんじゃねーわよ。アンタ医療機関舐めてるの?」
「い、イイでしょうわ別に! あるイミ見舞いですっつの! ――ンでそこでちょいと病気について見聞きしたことがありましてよ」
こちらの言葉に応じる瞬間から些細な変化でも見取れないかと望みを掛けるも、生憎それは結実しなかった。ぶち猫どもは相変わらず好き勝手にゴロニャンしている。
てんで気まぐれに。
てんでバラバラに。
そこには一切の法則性が無い。
「〝片麻痺〟」
「―――――」
「身体を正中線沿いに縦に割って、右か左か、どっちかの半身の動きがいたく差し支えっちまう病気があるそうですわな? その〝右か左か〟は脳ミソがビョーキを持っちまった部位に影響するとも聞きましたわ。つまり――右脳か左脳か。芸術・発想・ひらめきに関わるってェフレコミの本能野〝右脳〟か、言葉だの計算だのを担当してます理性野〝左脳〟か。右脳と左脳がそれぞれ受け持つ仕事はこんな風に分かれてますそうで」
白黒の声はそこで一度合間を挟み、
「右脳なら左半身に影響が出る。左脳なら右半身に影響が出る。右脳は左半身と、左脳は右半身と、神経だかがそれぞれ繋がってやがらっしゃる」
宣告するように、言った。そして確信の篭もった調子が続けられる。
「〝ベクトル計算〟とやらは――やっぱし、左脳で処理してる分野ですよな」
「…。随分と色んなことを知ってるのね。猫の脳クソは人間に換算すると一歳半相当の出来だとか聞いたことがあるけど」
まさか。
まさかだ。
バカはバカなりにただバカであれば良かったものを、こともあろうにバカげたことに面倒なバカがバカな番狂わせを引き当ててきた――!
「最後の仕上げはこの雨ですさ。爆風の余波やら砂つぶてやらはヴァーっと飛んで来たトコでパッパと吹っ飛ばしてましたクセに、降る雨だけは――全身に向かって降り続ける雨だけは――諾々とその身に浴びてやがらっしゃる。それをしない理由はあった。それを出来ない理由はあった。そこにだけは進入禁止の標識が立てられない理由があった。つまりは」
なぁお、と。
皆が皆最後の一鳴きを境に唐突に鎮まった。
「身体に掛かる降る雨を吹っ飛ばそうとしようモンなら、吹っ飛ばせない部分の存在がこの上なく浮き彫りになっちまいますもんねえ――?」
(――そこ!)
やはりバカだ。攻撃行動を起こす瞬間に馬脚を現した。
拒はその時確かに見た。ぶち猫ども中に一匹だけ、一つのケツから二本を尻尾を生やした大バカを――!
右手を素早く構える。
飛び込んで来た瞬間に合わせて、合わせてやる。
自分にはこの読みがある。この感覚もまた拒が最強を張り続けてきた所以。あくまで常人並の運動能力しか持たない自分が、この戌亥ポートアイランドで第一位の座に君臨し続ける要素は〝バタ足アクセル〟の能力に加えてここにもある。
――先読み。
その確信に基づいて、絶対防御を迂回されてしまう裏道を完全封鎖する。
どうやらあの野良猫はその裏道の存在を知ってしまった〝二人目〟になってしまったようだが、知られた所で関係無い。ならば純粋な正面衝突で轢き殺すまでだ。
二又の尻尾を現した猫をしっかと視線で照準する。どれだけハイスピードで動いて来ようが、突っ込んで来る以上「合わせる」程度に苦は無い。大層な目くらましを敷いてくれたがそれもここまでだ。
拒に見据えられた猫は――後ろ足で、首筋をカイカイし始めた。
(…。……。………。え?)
その猫の背後で伏せていたぶち猫がのそのそと身体を起こした。
両者はちょうど身体を折り重ならせるようにして寄り添っていて、尻尾がたまたま一匹から二本生えているように見えていた。それだけのことだった。
あの猫も、白黒では無かった。
拒は冷えた肌に吹き寄せる風を感じた。振り返る。
「おたくは! 右半身でしか能力を使えないッ!」
満身創痍の銀髪小僧がそこに居た。周囲に紛れ込んでいた猫変身を解除し、突っ込んで来ていた。
はじめの頃に比べれば相当遅い。やはりダメージは入っているのだ。
一八〇度背後からの急襲だったが、拒は反応も運動もかろうじて追い付かせられた。
振り返りざま右手を伸ばす。白黒の額に触れる寸前で掌を開き――そこで、ピタリと静止している。
対する白黒もまた拒へ攻撃の一手を寸止めしていた。
「――〝能ある猫も爪を隠す〟」
右手の五指から刀のような長さの〝爪〟をぞろりと生え揃わせて、その「刀身」の中腹を――拒の左半身に添えている。
互いに至近距離。
まるで映画のようなメキシカン・スタンドオフ。
「全部推論よ」
先に口を開いたのは拒だった。
「もしその見当が外れてたらどうするわけ? 私はたまたま左でだけやらなかった――それだけのことかもしれないわよ?」
「はん! 三味線ならもうちょいうまく弾きなさいや!」
「なら切り込んで来てみなさいよ。〝進入禁止〟で生爪五枚が一気に剥がれたりしたら、きっと壮観ね」
「おたくこそさっさと打ち込んできてみなさいや。〝左〟までホントに無敵だってんなら」
辺りがにわかに騒がしくなってきた。体育館の入り口に生徒達の姿がちらほらと現れ始めたのだ。その先頭には帯刀した半ミイラ男が居る。驚きに目を瞠っているようだった。神無月学院生徒会長が――前でも後ろでもなく――左を取られている。その、光景に。
「アンタの言葉。そっくり返すわ」
ギャラリーが押し寄せて来た様子を悟って、ぶち猫どもは蜘蛛の子を散らすようにあっちこっちへと逃げ始めた。ある一匹など一旦逃げた後にもう一度戻って来、ガッツリ寝ている子猫の首を咥えて持っていってやっていた。親子でお越しの奴も居たらしい。
「抜きなさい、駄野良」
拒の言葉を受けて、
「オゥケィ? どっちが早ェか試してやりますわ!」
白黒もまた切り返す――!
「――って、アルェ」
そして先に動いたのは白黒だった。
それは誰の目にも完璧に慮外の動きだった。
「ナインライヴスの反動が、もう――」
ボフンと〝爪〟が掻き消える。
目をグルンと回して白目を剥いたかと思えば、そのままパタリと倒れたのだ。
濡れ透けで割とえらいこと――というかえろいことになってしまっている拒の胸元目掛けて、顔面から。真っ直ぐに。勢いを付けて。
『……………』
その時、場の誰もが沈黙を余儀なくされた。
ギャラリーも。先頭の虚も。気を失った白黒当人は勿論のこと、そして拒も。
反射で受け身を取ろうという動きだけは起こしてたのだろう、白黒の手は中途半端な高さに上がっている。
さて白黒と拒、両者の現在の姿勢の関係上、そんな風に手を出せば一体その手の置き所はどこになるのかというと――
「全くもう」
拒は優しく微笑むと、そっと白黒を抱き締めた。
「しょうのない子」
そのまま膝枕でもしてやるかのように自らその場へ腰を落ち着ける。
白黒の身を床に横たえ、そして拒は、はーっ、と握り固めた右拳に息を吹き掛け――
「白黒二色の分際で色付いてんじゃねーわよこの駄野良がぁ――!!!」
全霊の青信号を込めて。
自分の右腕に黄色信号まで乗せて。
瓦割りよろしく、作務衣姿の銀髪小僧の腹に渾身の一撃をブチ込んだ。
※ ※ ※ ※ ※
――〝戌亥ポートアイランド第〇位〟。
イの一番に名乗り上げていたはずの〝マネギの二色〟という呼称は本人の希望に反して全く以って定着せず、後にそんな通り名で呼ばわられるようになる猫又少年の、これが戌亥ポートアイランド編入初日の出来事だった。




