【13】「どうやら言った通りの」
触れたモノを吹っ飛ばす〝青信号急発進〟。
「吹っ飛ばす」力を込めることで運動体に超加速を掛ける〝黄色信号急加速〟。
複雑性の斥力計算を織り込んだ能力使用により、触れるか吹っ飛ばすかした対象を例え空中であろうがそのままその場に停止させる〝赤信号急停止〟。
そして何より、自分の身体に直撃した攻撃すらも「吹っ飛ばして」無効化してしまう問答無用の絶対防壁、最強の盾〝進入禁止〟。
神無月学院生徒会長・乗降拒は、超能力として分類される自身の異能――接触性の念動力のこれら応用を以って常に最強を証明する。
〝吹っ飛ばす〟。単純にして明快極まるその現象は、単純であるが故に、単純であればこそ、単純であればあるほど――際立った強度を誰の目にも理解させる力だった。
青信号に吹っ飛ばされる物や人。黄色信号に叩き出される超電磁滑走路をも超越した加速。赤信号によって塞き止められる、爆散するはずの地形。
一合目で唖然とし。
二合目で愕然とし。
三合目で呆然とする。
どれほど肝が据わっていようが、どれだけ自分の技に絶対の自信を持っていようが、彼女の力が巻き起こす破壊の嵐や攻撃を直撃させても逆に自分が吹っ飛ばされる〝進入禁止〟に直面してしまえば誰も彼もが三度と交錯を試さずに完全敗北を理解する。
攻撃も防御も全ては決して実ることの無いささやかな抵抗にしかなり得ない。戌亥ポートアイランド第一位〝バタ足アクセル〟の前に立つというのはつまりはそういうこと――およそ一年前からの合戦に於ける、それは言わば絶対の不文律だった。
だった――の、だが。
「…あっきれた」
いま拒の目の前には、無為を理解しないバカが居た。
いま拒の目の前には、不文律を読解出来ないバカが居た。
「どこまで構って貰いたがりなのよアンタ。よほど暇で暇で暇でバカな野良猫でもそろそろ命が惜しくなる段階じゃない?」
「フ、ッフ、フー…? とにもかくにも、野良たァこれまた失敬な」
赤信号で空中に縫い止めて、青信号の推進力を余さず頭蓋へ捻じ込んでやった。拳打術で言われる「顎を撃ち抜くように殴ってうまく脳を揺さ振った」どころの騒ぎではない。揺さ振るどころか直接ぶっ叩く勢いで攻撃してやったのだ。もう確実に立ち上がれないように。
――なのに。
「掛け値無しの直系四十六代! バリッッッバリの血統書付きですっつの!」
その作務衣姿の銀髪小僧は眉間のみならず身体のそこかしこを流血沙汰に染め上げながらも、目をギンギンに輝かせつつ笑顔も笑顔な笑顔で立ち上がって来たのだ。
「しっかしさすがはこの島のテッペンですわな? 三毛次と相撲取ってるワケでもニャーのにこんなビュンビュン吹っ飛ばされるなんざ、ちょっとねえ経験ですでよ?」
立ち上がった、が、白黒の姿勢はユラリと傾いでいく。だが転倒はしなかった。にょろりと動いた猫尻尾が先端を二股に分かれさせながら、まるで三本目四本目の足のように地面への支えに立ったのだ。どうにも緊張感が削がれる絵だった。
「何ブツブツ言ってるんだか…。そんなに寝言垂れ流したいならさっさとオチてなさい。何か意味のある文章を喋ってるものだと誤解するでしょ? 私が。迷惑になるでしょ? 私の」
白黒に一瞬引っ掴まれていたブローニング・ハイパワーは拒の足元に転がっていた。吹っ飛んだ拍子にすぐさま取り落としたらしい。拒はそれを蹴飛ばすように右足つま先で軽く触れた。瞬間、銃はグリップ下から弾倉を吐き出しつつ瓶底眼鏡の高さにまで跳ね上がって来るという「普通なら」有り得ない動きを見せた。右手で掴み取る。そして再装填。
「ヌヌ。まあ確かに普段だったら昼寝の一ツもしてます時間ですけどもな。が! こと今ばっかしはンなことしてるバヤイじゃナーッシング! 折角楽しくなって来たトコなんですからよ!」
拒が〝小道具〟の準備を終えたのにも委細構った様子もなく、白黒は再度突貫を開始した。しかし引き金が引かれる速度に伍するほどの自慢のスタートダッシュは見られない。ダメージは確実に蓄積しているようだった。
「〝楽しくなってきた〟…? お手だけじゃなくってドMのしつけまで受けてたってわけ? は、きょうびの猫は随分と覚えが良いのね!」
背面へほとんど投げ出すように振り被られた白黒の拳が、腕が、コンマ秒の世界の中で長大な猫の前足へと変化する。そして繰り出されるネコパンチが拒の顔面を強襲する。
しかし拒は一切動かない。まるで動かず、動じない。白と黒の斑模様の奔流がこちらの右頬を捉えるや否や、白黒自身が弓なりに身体を逸らせて吹っ飛んだのだ。――〝進入禁止〟。
だが白黒は止まらない。大口を開けて笑いながら力強く地を踏み切り弾丸のように跳躍、今度は跳び後ろ廻し蹴りで突っ込んで来た。しかしやはり進入禁止。羽虫でも払うように拒は右手の甲を振る――蹴り足がそこに接した瞬間、白黒の身体は面白いようにまた吹っ飛んだ。
「ハイここで不意打ちターイム! 喰らいなさいや猫砂アターック!」
白黒は再度ネコパンチを放つ、が、今度は拒狙いでは無かった。地面の砂を掬い上げるようなワンスイング。たちまち拒目掛けて殺到する砂つぶて。
嘆息し、拒は自らの足の置き所を変える。立ち構える姿勢は右の半身。子供だましのような目潰し攻撃は砂粒一個たりとも彼女の身体に届くことなく、霧のように飛散した。
「――っつーのは実は布石でしてよ! こっちが本命なんスよ!」
左右の腕をめいっぱい背中側へと投げ出す白黒。今度は両腕が同時に〝変化〟した。
「よってらっしゃい見てらっしゃァせー! 〝ネコパンチ・クロス〟ッ!」
拒の身体を左右から押し潰すように振るわれる両腕からのネコパンチ。だが肉球同士の拍手が轟いただけでそれは終わる。既に拒は能力を込めた右足の踵で軽く地面を蹴り付けることで、カタパルトによって押し出されたかのようなバックステップを敢行していたのだ。
「! コンニャロ…!」
「それだけドタバタしながらギャンギャン喚いてて、良く舌噛まないわね? 感心するわ。ある意味ね」
拒は相変わらず右手一本で軽々ブローニングを振り回し――そして、発砲した。
〝黄色信号急加速〟。一粒の鉛玉でありながら戦車砲じみた破壊をしれっと巻き起こす悪夢の一撃が白黒目掛けてまっすぐ飛ぶ。だが白黒の回避反応は早かった。自らの真横目掛けてネコパンチを繰り出し、地面をしっかと掴む。そして腕力で自分の身体を明後日の方角へぶん投げる――拒は知らないことだがそれはくしくも白黒が先刻観戦していた一戦から見取った緊急回避技である。
野太い衝撃波を纏った射線から白黒はすぐさま退避を済ませた。真横を銃弾が駆け抜けていく。
だがそうは行かなかった。行かせなかった。
そのままどこかへ飛んで行って校庭のどこかを派手に一発耕すはずだった銃弾が、空中、白黒の真横に滞空している時点で、急停止したのだ。
「――〝赤信号〟」
「ヒアアアア〝急停止〟――!?」
衝撃がドーム状に炸裂した。ぶっ飛ぶ白黒。
超慣性を以って直進していた物体が寸分の空走距離もなく問答無用で急停止したのだ。むろん自己崩壊する。そして行き場を失った運動エネルギーがそのままその場で爆弾のように撒き散らされたのだった。
拒の行う銃撃はもはや線軌道でもなければ点攻撃でもない。
射線上自由地点での任意大爆発――細かい操縦機能を搭載していないだけで、それはもはや遠隔起爆装置を積んだ爆弾のようなものだった。
「な、ニャんのこれしき! まァだまだまだまァだまだァァァァァ! 得意のミドルレンジから追い飛ばされっちまいました程度でヘコむ俺めじゃァありませんでね!」
頭をぐわんぐわん揺らしながらも白黒はすぐさまファイティングポーズを取る。たんたんたん、と小刻みなステップを裸足の左右つま先で踏みながら、直角に曲げた腕を振り子のように前後させ始めた。
「とりあえず打つべし打つべし打つべーし! 〝フリッカー・ネコパァァァァンチ〟!」
ボボボボボッ、という空気を鋭く割る音が断続する。白黒と拒の間の地面に肉球型の陥没が幾つも幾つも生まれ始めた。ネコパンチをとにかく繰り出しまくっている、それはまさしく無茶苦茶な乱打のようだった。
「そんなしっちゃかめっちゃかなフリッカーなんかねーわよ! ボクシング部の部室はあっちの棟の奥から二番目よ、さっさと泣いて鳴いて謝って土下座でもなんでもして来なさいこの駄猫!」
「ヒアー!? なんか怒られましたでよ!?」
どこを狙っているのか本人ですらよく分かってはいないだろう乱打のうち一発が拒に直撃する。だが当然のように〝進入禁止〟。肉球型の拳圧は打ち叩いたはずの拒の右頬を微動だにさせることもなく雲散霧消させられた。しかし彼女の足元周りでは肉球型クレーターの出現がまだまだ立て続いている。規則性も何もなくてんで無茶苦茶ながら、しかしその大雑把な狙いの粗さは徐々に徐々に絞り込まれていく。
拒はその場でズンと足を踏み鳴らした。地面から突き上げられた土砂の壁が彼女を囲うように屹立、そして急停止する。
白黒の中距離射程内無差別連打〝フリッカーネコパンチ〟の足跡がバコバコとその即席盾にスタンプされまくり、六発目で叩き割った。だが拒はもう次の行動を起こしていた。
まず右手がぶら下げていたブローニングを無造作に空中に置く。そして次に左手でスカートのポケットから未使用の予備弾倉を取り出し、右掌へとその中身をザラザラと零した。
銃弾を計四発。
あくまで億劫げな所作で、四発の弾を右手の五指の間に挟み持つ。
そうして弾頭の向きをピタリと白黒に合わせるようにして手を伸ばし――
「〝黄色信号急加速〟」
これまではあくまで一発ずつ、連射でありこそすれ間隔を挟んで繰り出していた大破壊攻撃を、
「――差し詰め〝片側四車線〟って所かしら」
一ヶ所目掛けて四発同時に繰り出した。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすって言うじゃない?」
本来銃弾が生み出す破壊力の論拠とは、火薬の撃発から得られる推進力と銃身通過時に於ける加速の獲得と射線の安定による。
しかしそれはあくまで尋常の話。拒がほんの少しだけ〝まっすぐ吹っ飛ばすように〟意識すれば、銃本体を経由させずとも銃弾だけで発砲を実現することなど全く造作も無いことなのだった。
「でもあのことわざってきっと獅子の方じゃなくって兎主観だったりするのよ。今考えたわ」
そして、そんなことが出来るということは。
これまで引き金を一度引くだけで起こしていた大爆発を、この通り、手に持てる限りの弾で同時に行うこともまた可能――!
「遊ばれてるのが理解出来ないのよ。相手は自分のことを全力で追い立ててるんだ、これだけ〝開き〟があるんだからそうに違いないって、そう勝手に勘違いして――絶望して絶望して絶望して絶望して絶望するの」
同時に四発密集させた大爆撃が撒き散らす爆風の余波が自分の下まで届いてくるのを〝吹っ飛ばし〟ながら、三つ編みを暴れさせる拒。
クレーターにクレーターが上塗りされまくったお陰で今や赤茶けた地面が広がるばかりの校庭。神無月学院生徒会長は、ただただ超然とそこに君臨する。
熱を持った薬莢四つをポイ捨てし、赤信号の力で空中に置いておいたブローニングを右手で拾い上げ、そして銃口を――持ち上げない。構えすらしなかった。徐々に晴れ往く砂煙の中を目で探ってはいるが、拒は積極的な攻撃姿勢を取らなかった。
さすがに終わったろう。校舎の窓から身を乗り出していた生徒達が一様にそんな言葉を口にした。そして――拒もまた同様にそう考えていた。
「それで、アンタ的にはどうだったのかしら見知らぬ駄野良。――私は全力を出してたと思う?」
ぱねぇ。
なんというドS。
〝神無月の女王〟ここにあり。
一筋の傷も負わずに佇む生徒会長へ向けて、それはそれで紛れもない賞賛である言葉が校舎側でちらほらと囁かれ始める。
「この時代に生まれて良かったですわあー!」
そんなさざ波のような喧騒をつんざいたのは、話の前後も脈絡も関係も何もかもが全く感じられない、いたくバカそうな快哉の声。
「…。……。………。は?」
片方の口端をめいっぱい捻じ曲げながら、拒はひたすら不機嫌そうな顔で濃密な砂煙が渦巻く彼方を見据える。眼鏡の奥の瞳は剣呑な光で出来ていた。
「オカルトの全肯定! なんて有難い話でしょうや! 基本毎日ヌコヌコしてましたり、突っ掛かって来る妖怪どもを三毛次がぶっ飛ばすの見てましたり、うまいことタイミング見計らって遊んでる子供達の中へ化けて潜り込んでみましたり――そんなどこかヘンにコソコソしたような真似も生き方ももうしなくってイイんですわな! イイんですよな! ココでなら! この島なら! この島の中でなら!」
徐々に視界が晴れ往くど真ん中に居座っていたのは、作務衣姿の銀髪小僧――ではない。
「大手を振ってお天道様の下ァ歩いても良し、ガッコーにだって通える、周りにゃァおんなじくらいの背格好したヤツらがいーっぱい!」
果たしてそこに居たのは――
「極め付けにゃァ全身全霊ド正面から喧嘩だって出来ると来たモンですわ! これが楽しくなくってニャんなんだってェ話ですでよ!」
――悠に軽トラ程の身の丈を持つ、巨大で巨大なぶち猫だった。
「…ま、そうよね。腕だけで化けてもあんな無駄にでかかったんだから、全身でそれをやればそれくらいでかくはなるわよね」
張り上げる声ほど巨大ネコ白黒はさほど元気ではなさそうだった。
地面をどっしりと踏んでいる丸太のような四肢はしかし時折ガクガクと震えており、斑模様の毛並みの中には血のまだら模様が散見される。そんな状態でほとんど腹ばいになりながら、それでもスピーカーのようなでかい声で騒ぎまくっているのだ。
「小さく化けて逃げを打ったのとはまるで逆ね。今度はでかく化けて無理矢理踏ん張ったってわけ」
「――フッフフー。あんだけ隙間なくブチかまされちゃァ、下手すれば消し飛ぶような気ィすらしましたでね…。もはやダメージ覚悟のアタマくらいしかなかっただけですやい」
言いながら四本足に力を込め始める巨大ネコ白黒。さては今度はあの形態で飛んだり跳ねたりする気か。
「アンタさぁ」
拒は銃口を差し向ける前に、まず訊いた。
「ひょっとしたら〝自分は粘れてる〟とか〝戦えてる〟とか思ってる? 注釈しておくけど、大いなる誤解よ。それ」
「ヌ! 言うじゃニャーですかコンニャロ! 確かにおたくの技はドとんでもねえ攻撃力ですけどもよ、俺めの意識はまーだトンだりは――」
「私の攻撃に耐えるだけなら卯月にも皐月にもそれが出来る奴はゴロゴロ居るわよ」
一際睨みを利かせる拒。応じて巨大ネコ白黒の耳と尻尾がビビンと硬直した。図体がどうなろうが根っこの気性は全く変わっていないらしい。
「いま講釈してやってんのはそこじゃないわよ。――〝進入禁止〟。アンタ、この標識読めないの?」
乗降拒の〝進入禁止〟。
あらゆるものを吹っ飛ばす絶対防御。
「知りなさい。どうしたって覆せない法はある。三六五日二四時間一切合切徹頭徹尾、一から十と零から百まで――全ての通行は完全封鎖。それが私。これが最強よ」
拒はその法を振り翳すように語りながら、静かに一歩を踏み出した。
「ニャーははははァ! 何を言い出すかと思いましたらよ、こともあろうにンな話ですかよ!」
視線に射竦められてビビっていたのも束の間、ベロベロと前足を舐めながらふんぞり返る巨大ネコ白黒。ギャラリーの中からは「なんだあのシュールな絵…」というどよめきが上がっていた。やはり猫はちっこいからこそ愛でられるのであって、こうも変にでかいとそれは当惑しか呼ばないようだった。閑話休題。
「ちょっと試してダメだったくらいで、それがニャんなんだってんですわ!」
鋭い視線で切り返しざま、後ろ足でガシュガシュと首筋を掻く。威勢が良いんだか真剣じゃないんだかとんでもなく分かり辛かった。
ブローニングのスライドがひとりでに一度前後へ素早く動く。薬室に初弾が送り込まれた。もういい。もう聞き飽きた。あの化け猫のわけの分からない口上よりか、発情期のやかましい野良猫どもの騒ぎの方がまだ意味を為しているような気がするし、少なくとも建設的なような気すらする。嘆息しつつ拒は銃の向きを――
「馬の耳に念仏。二階から目薬。おたく日本人でしょうに、こんなことわざも知らないんスか? はッッッずかしいですねえ!」
瞬間。
神無月学院敷地内にて――校庭で一人、生徒会室で一人――二人の人間がその言葉にぎょっとした。
「―――――。そこのクソ猫」
「ふーんだ。そんな呼び方じゃ返事してあげませんやーい。ニャーははは」
「白黒二色――とか、言ったかしら」
「…ヌ? おう、いかにも。俺めの名前ですでよ。なんですよ、ちゃんと人の名前をば覚えてくれたんじゃニャーで――」
「アンタ。そのことわざの意味、分かって言ってるの?」
拒のその問い掛ける言葉は嘲笑ではない。それは確認だった。
「お、おたく…。人のことをどんだけ極まったバカと思ってくれやがらっしゃってるんですかよ! ここまで堂々と言い放ってるんスよ? まさかもまさかでしょうわ、え?」
「いいから」
このとき拒は引き金に指を掛けることはおろか化け猫目掛けて銃口の方角を合わせることも忘れていた。
「さっさと答えなさい」
「…? ったく、ニャんなんですかよ急に」
B級映画で密林の探検隊を片っ端から食い殺す大蛇のようなでかさ太さを持つ猫尻尾がゆぅらり揺れ、地面を撫ぜる
「決まってるでしょうわ? 馬でもいつか悟りが開ける、そんな高さからでもいつかは目薬も入る、どう考えてもこの意味の他にねえでしょうさ!」
猫の分際で居丈高にヒトの言葉を喚き散らす異形目掛けて〝黄色信号急加速〟。拒は一射をぶっ放した。
ギャースとかなんとか騒ぎながらも巨大ネコ白黒は高速機動を発揮。やはり図体そのものがでかければ運用出来る膂力も跳ね上がるらしい、校庭を抉る大爆発から真横に一〇メートル近い距離を稼いでのけていた。
「か、会話の素振りからの不意打ちキタコレ…! おたくどこのプロの喧嘩師ですかよ!」
「そう。分かったわ」
拒は静かに、静かに、ただただ静かに――呟く。
話の前後も。
話の脈絡も。
話の関係も。
全てを全て一切合切無視をして、彼女は今ここに確定した事実を自身に確認するようにその言葉を口にする。
「アンタ私の〝敵〟だったのね」
拒は右手一本で取り回すブローニングで堰を切ったように連射を開始した。
〝黄色信号急加速〟が更に更に校庭を細長く抉り、深く穿つ。〝赤信号急停止〟が射線上任意地点で銃弾を基点に大爆発を巻き起こす。しかし巨大ネコ白黒の機動力は高い。作務衣姿で駆けずり回っていた時に悠に数倍する瞬発力、跳躍距離、最高速度。まるで子供が描くイナズマのラクガキのようにジグザグに、断続的な加減速と爆走を繰り返し駆け回りながら、拒の超能力による超暴力をひたすら回避しつつ接近しつつ――そして前足を振り被る。
「――〝真・ネコパンチ〟!」
そして放たれる本物のネコパンチ。
拒の右側頭部に直撃。
微動だにしない神無月学院生徒会長。逆に吹っ飛ぶ軽トラサイズの化け猫。
吹っ飛んでいった先は――校庭を大きく縦断し――校舎側。
「うわこっち来たぞ!」
「バカなことは止めろバカ猫! 吹っ飛ぶのは勝手だがこっちには来るな!」
「あの会長の性格上、校舎の一つ二つ、躊躇なく穴あきスポンジに変えるんじゃね!?」
窓際で勃発する人垣のドミノ倒しと共に叫ばれる悲痛な訴え(?)に耳を貸したのかどうなのか、巨大ネコ白黒は空中で鞠のように身を丸めるやそのまま校舎壁面に着地した。そして、駆ける。穴あきスポンジとまでは行かないながらもとりあえずドでっかい肉球を刻み込みながら、慣性に任せてひた走る。
壁を後ろの両足で蹴り付け、バビョンと跳ねた。
化け猫が跳んで飛んだ先は――校舎から伸びる屋根付きの渡り廊下が行き着いている先――体育館の、屋根上だった。
「ヘイ。そこな女侠」
屋根の建材を歪ませながら着地する。
全身から白黒斑模様の妖気を吹き散らしたかと思いきや、白黒の姿は作務衣姿の銀髪小僧に戻っていた。
実のところ校舎壁面を疾走する化け猫がほんの少しでもスピードを緩めていたらその瞬間にでガチで狙い撃つつもりではいた拒は、動きの流れで高みの白黒目掛けてブローニングの銃口を差し向けている格好である。
「悟りは開けて頭が冴えた。目薬が入って目も冴えた。――見てなさいや? 今からその化けの皮、剥いでやりまさァ!」
眼下から絶対破壊を照準されながらも白黒二色はまるで臆さず動じない。
ここが大一番。
ここが檜舞台。
「――おたく。三味線弾いてますね?」
そう確信して止まないかのような。白黒の今の表情は、とんでもなく不敵なそれだった。
『会長。下がれ。どうせイレギュラーをボコにするだけの話なんだ、後はオレが打って出て終わらせておく』
拒の首輪がノイズの前置きからそんなことを話し掛けて来た。虚だ。
『分かってるんだろ? アレはまずい。どうやら言った通りの〝天敵〟だ。万が一億が一兆が一は――ひょっとすると、ひょっとする』
「―――――、」
『まるであつらえたかのように、そう――疑いようも恥ずかしげもなく〝本物のバカ〟だ』
黙ってなさい。
そう言おうかと思ったが、結局拒はそれをやらなかった。何も言わず、通信を強制的にダウンさせる。
「既に三分以上持たされただけでもいい迷惑なのよ、こっちは。この上副会長の手なんか借りてるようじゃ戌亥ポートアイランド第一位の名折れも名折れ。人様の陣地の庭先に厚かましくもポッと出た程度の駄猫に最強の看板舐められたまんまで大人しくしてられないくらい、私は人間出来てるって言うのよ――!」
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!
ブローニングの銃口を自分のすぐ足元へと向ける。そこでまず一発撃った。そこから扇状に右腕を振り上げざま、次々に連射していく。
〝赤信号急停止〟。
放たれた銃弾らは全て、ある一定の間隔を以って空中でピタリと静止していた。させられていた。
一発目を拒は踏む。次いで二歩目。二発目を踏む。三歩目。同じく。以下繰り返し。
はじめはゆっくりと踏み締めるように。五歩目からは駆け抜けるように。
乗降拒は自ら創り出した「銃弾の階段」を足掛かりに、一気に体育館屋上へと昇り詰める――!
「天知る地知る――」
対してやや傾斜のついた足場の上、
「――人が知る」
粋でも気取るかのように斜に立った白黒は、
「ささ、行ッッッきますでよー! 一二三四五六七八――」
大きく両腕を左右に広げると、
「――九!」
ぱん、と。勢い良く柏手を打ち鳴らした。
そしてここで調子を一転、囁くような抑揚で言葉を紡ぐ。
「〝一匹の猫にも九分の魂〟」
相変わらず何か間違っていることわざを、まるで何かの呪文のように。




