【10】「理解した?」
白黒は現代火器事情については決して詳しくない。
これまでさんざっぱら視聴してきた覚えのある映画(任侠ものばっかし)のお陰で、とりあえず「拳銃」や「マシンガン」や「手榴弾」といった括りは理解出来る。ビームで刃を形成するような超科学兵器に至っては今先ほど初めて見た口だ――もっともそれに関しては、世間一般の人間でこの島の外でそうしたモノを見たことがあるというのはそれはそれで問題だが。
とにもかくにも。
拳銃を見ればそれが拳銃だと判るくらいの頭は持ち合わせている。
そして先ほど拒に発砲されたのは紛れもなくただの拳銃に違いなかった。銃声の大きさや火薬の燃焼する匂いなどから、それは断言出来る。
――だが、しかし。
――射線からの退避も余裕だったというのに。
「ふみゃぁぁぁぁぁぁご――!?」
人間の身体に風穴を穿つくらいが関の山であるはずのその凶器、その鉛玉は、秒速一〇二〇〇メートルで白黒の横合いを抜けていき、高速で運動する物体に自然と引っ付いてくる衝撃波だけで彼の身体を盛大にぶっ飛ばし、挙句の果てには弾頭が彼方の地面へチュンと掠ったその瞬間――
爆発した。
大爆発した。
轟音と共に地面がめくり上げられ、バタバタと土つぶての雨が降る。
ただの銃弾一発が――ロケットランチャーをダースで束ねて一斉に発射したかのような、そんな破壊を実現したのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「仮にも神無月に乗り込んで来たんだったら、せめて骨のあるところを見せなさい――?」
島内で日々研究開発される超科学兵器の数々ですら裸足で逃げ出しかねない破壊を実現したブローニング。それはまるでごくごく普通の拳銃のように一発の薬莢を吐き出し、薄いガンスモークを立ち上らせていた。
いや、否。
まるで、ではない。
それは、それ自体は、正真正銘――〝ごくごく普通の〟拳銃である。
「ぶっはァァァー!」
砂煙がようやく晴れた頃。遠く離れた地面ででんぐり返っていた作務衣姿の銀髪小僧――白黒は、ヘッドスプリングで跳ね起きた。
「ちょ、なんスか今の!? ちょ、え、えええ…? 何? なんですよ? ハ、ハジキ、あくまでただのハジキのはずで――」
「そうね。銃はあくまで普通の銃よ。銃は、ね」
銃は普通。
では一体何が異常だったのか。
「今のが私の〝黄色信号急加速〟。ちなみにまだ開始十七秒よ」
乗降拒。
彼女の〝能力〟によって、発砲される弾丸に加速が掛けられていたのだ――!
「…。……。………。フッフフー? ニャる、ホド…? よく分かりませんけども、要するに小道具と能力との合わせ技。そゆことっスか」
手の甲で顎に引っ付いた土埃を拭いながら、白黒。そんな彼に返される拒からの返答はただ静かに照準し直されるブローニングの銃口だった。
照準、といっても、それは「狙いを付ける」というほど大層な動作ではない。
ただ銃口の向きを相手の居る方角へ適当に合わせている。そんな銃の持ち方だった。もっと乱暴に言えば敵の現在地に対して東西南北の向きさえ合っていればそれでもう一向に構わないと言わんばかりの、ひどく大雑把な射撃準備だった。
もっともそれで充分なのだろう。
この射撃はもはや点狙撃ではなく面制圧に等しい。
引き金を引くだけで今のような大爆発が起きるというのなら、確かに方角さえ間違えなければそれだけで攻撃としては完成し終わっている――
辺りにはどよめきが満ち始めていた。上空ではこちらを見下ろしながら旋回している無音ヘリ。校舎側には窓から身を乗り出している制服姿の生徒達が鈴生りに並んでいた。皆、校庭の方を食い入るように見ている。
「おい、今の爆発は会長だよな…?」
「会長が戦ってるだって!?」
「相手はどこの誰だ!? 神無月にとうとう乗り込んで来る奴が出たのか!」
「ちょ、ワンセグで中継見てみ。あの猫耳付きの銀髪、なんでも〝首輪無し〟の乱入者らしいぜ」
「猫耳だとぅ!? えっ、ひょっとして美少女!?」
「いやめっちゃ男だけど。男でガキだけど」
「ありえねえー! 需要ねえー! 猫耳生やしてるクセに男とかマジふざけんな! 帰れ!」
人目は充分だ。
これでこそデモンストレーション。
神無月学院の絶対不可侵をよりより島内に知らしめる為にも、ここであのバカはここで徹底的にボコにする。拒はトリガープルと指の力を拮抗させた。
「ブローニング・ハイパワー。装弾数はトータル一三発。残り一二発――せいぜい踊りなさい」
「ヒアアアアアアアア!?」
耳を聾する爆音が断続した。
一二連発。校庭を月面よりもひどい窪地だらけにせんばかりの規格外の爆撃が、それだけ続いた。校舎側からは「会長パネェー!」という歓声が上がりまくっている。
舞い飛ぶ土つぶても砂埃も拒を決して汚さなかった。右の半身で佇む彼女のことだけは――須らく、避けて通る。
(―――――。オチたかしら)
撃ち尽くした弾倉を足元へ落とす拒。
が。瓶底眼鏡越しの彼女の目は、晴れ往く土煙の中にまだ健在なる敵の姿を捕捉した。
にゃぁん、という鳴き声。
一二連絨毯爆撃が作り上げたクレーターだらけの校庭に、ほじくり返された地面の間隙を縫うようにして、一匹のぶち猫が低く伏せていた。
小さな猫だった。発育不良の成猫か、もしくは子猫かといった程度の体格。そして何より目に付くのは――尻尾。
付け根から、綺麗に二股に分かれていた。
魑魅魍魎と名の付くものの中でおよそ誰でも知っているような特徴。――〝猫又〟。
「ちゃ、ヤベ。猫語で喋ってましたや」
縦に鋭く割れた虹彩を持つ金色の瞳をクリクリと動かしながら、その猫又――白黒はとぼけた口を利く。
「そんなワケでリテーイク! ン、げふんげふん。テステス。うっし、オケ。――ってなワケで! フッフフー、ズイブンとハデにブチかましてくれたじゃニャーですか! しかし俺めを獲るにゃァちょいとばかし足りなかったみたいですに!」
言いながらその猫はすっくと立ち上がる。まるでところてんがぬるりと押し出されるような滑らかさで、その化け猫の姿は作務衣姿の銀髪小僧へと戻っていた。猫耳と猫尻尾はそのままだ。
「動くモンを目で追うのは得意ですからな。後すばしっこさにも定評のあるニシキ君でござーい。身体ァちっこくして表面積削ればこれこの通り――爆風の間を逃げ回るくらい、ワケはナァーッシング! ニャーはははははははァ!」
「…混血ってわけじゃなさそうね」
ブローニングにスカートから引き抜いた新たな弾倉を再装填しながら、拒。
「体積も盛大に無視してポコポコ化けるなんて真似――、そう。アンタ〝本物〟なのね」
妖怪。人外。魑魅魍魎。総じて〝異形〟。
ありとあらゆるオカルトの創始にして原型にして出発点。
「戌亥ポートアイランド島内全一二〇万の学生の中でも一〇〇体居ない、存在自体がオカルトそのもの。神無月の中でも委員長勢の中にやっとこ一人居るって所だけど――へえ。なかなか御大層な来訪者だったってわけね」
「お、なんでしょなんでしょなんでっしゃろわ。ホメられてるんですかね」
下駄から抜いた右足で左足首をぼりぼり掻きながら、白黒は視線をキョドキョドとさせ始めている。
拒は理解した。
異形というとその存在自体が人間と大きく異なり根底が観念的であるだけに、その在り方や性質や気性は総じて極端である。
大雑把に言うならば――無垢か老獪か。おおよそこの二者択一。
とりあえずこの化け猫は、どう見積もっても無垢な方だ。
(――バカ、ねえ)
拒は自分が飛び降りて来た生徒会室へと僅かに視線を走らせた。そこにはあの半ミイラ男も他の生徒達よろしく見物姿勢を取っている。
あの言葉がリフレインする。
しかしそんな無駄な思考に時間は二秒と費やさない。拒はすぐさま白黒へと視線を射直した。それだけでビクッとする銀髪小僧。やはりバカそうだ。
(バカが面倒なバカをしでかす前に、徹底的に磨り潰す。――それだけよ)
拒はブローニングのスライドを手動で一度前後させる。応じて白黒は「ヌヌ! 第二ラウンドっスね!」とかなんとか言いながらファイティングポーズを取っていた。履いていた下駄をあっちこっちへ脱ぎ散らかすや裸足で地面へ降り立ち、タンタンと小刻みに跳ね始めている。まるでシャドーボクシングの真似事をしている幼稚園児のようだった。
と。拒の首輪がザザッとノイズを発し始めた。思考操縦で受信をオンにする。
拒の視界の片隅に展開したウィンドウによれば、連絡を寄越してきた相手は電算委員会だった。このタイミングで連絡して来るということは、あの作務衣姿の銀髪小僧について「調べ」を進めでもしてくれていたのかもしれない。
『会長。報告だ』
電算委員会委員長の声。
『今君の目の前に居るアンノウンに付いての情報は、どこをどう調べてもヒットしなかった。あの顔は島内の学生記録の中には存在していない』
(…?)
無駄にダッキングしまくっている白黒を眺めながら、拒は眉を顰めた。
どこかしらの学院に属している生徒では――ない?
ではどういうことか。まさかアンチ戌亥のテロリストか、という荒唐無稽な考えも脳裏を過ぎった。
『以上だ。ちなみに何故か運営サイドとは連絡が付かない。ホットラインまで断絶している。さて、これは一体――』
「いいわよそんなの。それより、妙な茶々入れたら諸共ぶっ潰すわよ」
通信を落とす。
構わない。変わりない。どこから紛れ込んで来た野良猫なのかは存じ上げないが、そんなもの後でいくらでも調べられるだろう。
――神無月の威光の為に。
――今ここでこの銀髪小僧をボコにしてから。
「化猫任侠がどうのこうのって言ってたわね。アンタ、何者?」
「姓は白黒名は二色、またの名を白黒一家四十六代目〝物九郎〟。何度でも名乗ってやりますでよ! ヒュー!」
「白黒一家…?」
察するに本物の妖怪が寄り合っている「何か」か。〝戌亥百鬼夜行〟皐月学院辺りで口にすれば何かしらのリアクションが得られたりする名前なのかもしれないが、今の自分の知識にはヒットする要件は何も無い――拒は眉を顰めた。
「江戸の昔っから続いて来た看板なんですけどもよー。生憎と年々枯れっちまいそうになってますトコでして。俺めの代で白黒一家を終わらせたりなんざしません為にも! まずは手始めにここでデカい花火をブチ上げがてら、この島を縄張りにする勢いで馳せ参じたんですわ! 島だけにシマ! なんちって! ニャんちって!」
「…。……。………」
駄目だ。こいつはどうやらバカ過ぎる。日本語を使えていこそすれ、何言っているのかがよく分からない。
拒はもう情報を引き出そうとすることを止めた。そうだ、そもそもそんな遣り方は自分らしくない。
まずぶっ潰す。
それが神無月学院生徒会長。それが乗降拒だ。
相槌の代わりにもう一発ぶちかました。銃身で束ねられた火薬推進力が叩き出す銃弾の破壊力――を、何十倍にも引き上げられた暴威の一撃が白黒目掛けて殺到する。
「!」
ビヨン、と猫耳を跳ね起こした白黒は、瞬間、大きく地面を踏み切った。横手へとほとんど低空飛行するようなワンステップでかっ飛んでいく。飛翔する銃弾の軌跡に伴う衝撃波――それに巻き込まれるのを避ける為には、対処は単純。大袈裟過ぎるくらいに大仰に回避すればいい。あの化け猫、学習能力は備わっているようだった。無為な面破壊が校庭を更に抉り飛ばす。
「そいじゃァぼちぼちこっちも攻勢に回らせて貰いましょっかや。行きますでよ、娘っコ!」
「私の名前は乗降拒! 二度言わせてんじゃねーわよ!」
白黒は地面に降り立つが早いか、目一杯握り固めた拳を掌で押し包んで腰を低く低く溜め始めた。まるで本気でジャンケンに挑む小学生男子のようだった。
何かをしてくる。
拒はすぐさま銃口の「方角」を合わせる。
「黄色信号――」
「斑込んでやりますでよ! 喰らいなさいや〝ネコパンチ〟!」
拒が引き金を引き絞るよりも彼方の白黒が拳を繰り出す方が早かった。
彼方。
白黒の現在位置は、あくまで拒からすれば彼方である。
だが届く。そう確信しているかのような勢いで、白黒はその右腕を鋭く出したり戻したりと――ブン回し始めた。
次の瞬間、奇妙な現象が起きた。
ボコンッ!
白黒と拒の間に隔たる距離、横たわる地面が、唐突に半径一メートルほどの浅い「陥没」を見せたのだ。
その陥没というのがまた奇妙だった。まるで墨を踏んだ猫が半紙の上でも歩いたかのような、とどのつまり――猫の肉球の形をしているのだ。
陥没は一発ではない。拒の位置目掛けて驀進していくように、もう一発、もう一発、もう一発、もう一発、もう一発、もう一発――計七発の〝凹み〟が地面に穿たれていく。
そして八発目。拒は瞬間、歪んだ大気に目視した。猫の肉球の形を模した衝撃の波が自分の身体の右側面をひっ叩くように迫り来るのを――!
「獲ったァ!」
まるで居合い抜きの剣士が刀を鞘に叩き戻すかのように、拳を掌に打ち付け直す白黒。
が。
その表情が違和感に歪んだ。
「――な、ナヌ? アルェ?」
ぐー。ぱー。
ブン回していた手を確かめるように見下ろす。
「お手が出来るのね」
乗降拒は立っている。
平然と、超然と、立っている――
確かにぶち込んだはずなのに。当てた手応えもあったのに。姿勢の一つも傾がせずに、そこに立っている――!
「偉いわね。褒めてあげるわクソ駄猫」
非常識にして異常識なブーストが掛けられた銃弾が白黒目掛けて真っ直ぐに繰り出される。
「ど、どゆことっスか…!? 当たったはずですってに、なんだってあんなフツーにして――」
コンニャロと毒づきながらも白黒は動いた。衝撃波に身体をなぶられながらも銃弾の真横を駆け抜け、背後に大爆発を聞きながら、拒目掛けて駆け込んでいく。
「なら今度は――直接! 斑込んでやりますまでですわ!」
グラグラと傾ぎまくる姿勢を無理矢理に整えながら、白黒は左腕を大きく自らの背面へと振り出した。
時間にしてコンマゼロセカンド。白黒の左腕が三メートルはあろう巨大も巨大な〝猫の前足〟へと変化する。
――腕限定で瞬間的に変化をON/OFFさせつつ繰り出すパンチ。それが白黒の〝ネコパンチ〟の正体だった。
「〝零距離ネコパンチ〟!」
斑模様の獣毛がモッフモフに生え揃った巨大な猫の前足と化した左腕が、拒目掛けて猛烈な肝臓打ちを放つ――!
「〝進入禁止〟」
しかし拒の身体の右側面を打ち付けたまさにその瞬間、そこだけ巨大な猫の前足に変化した白黒の左腕は大きく弓なりに背後へ反った。
弾き飛ばされた。
吹っ飛ばされた。
「ホアアアアー!?」
何かおかしな体術が使われた様子も無い――と、いうのに。
ただ立っているだけの相手をぶん殴りに行った所で、逆に仕掛けた側がぶっ飛ばされている。
奇妙どころの騒ぎではない。それはてんで理不尽な話で、非合理な光景だった。
白と黒の斑模様に塗り分けられた炎のような妖気が盛大に弾け散る。白黒の左腕の変化はもうすっかり解けて、作務衣の左袖に通されただけのただの腕にすっかり戻ってしまっていた。
「アンタは私に一切触れられない」
まるで風車に手足を縛り付けられたかのように空中でグルグルと態勢を回転させている白黒にブローニングの銃口が向けられる。
「弱者も凡百も並以上も中の上も、最強には一切届かない」
拒は引き金に指を掛けた。
「私が触れるあらゆるものを、問答無用で吹っ飛ばす――」
どうしようもなく空中。かわしようもなく空中。銃口は至近距離から白黒のみぞおちへと「方角」を定めている。
「それが私。これが最強。矛盾なく成立した矛と盾――〝バタ足アクセル〟。理解した?」
銃弾でありながら銃弾に準拠しない超絶破壊を実現する銃弾が、そして放たれた。




